禁忌と、賄賂
*
スクリーン越しに聞こえる悲鳴に、五人は唖然とするしか術が無かった。王子が握ったままのシルヴィアの手は小さく震え、スティールはおろか、ブロンゼですら息をするのも忘れ固まっている。
そんな中、ブラスの奥歯がギリ、と鳴る。その音に気付いたゴールディが目を遣ると、いつもあどけない表情をしている事の多いブラスが、いつになく険しい顔をしていた。
「どうした、ブラス……何か気付いたのか? そんな怖い顔をして」
王子の問い掛けに、ブラスは絞り出すように、呻くように小さく言葉を吐いた。まるでその台詞を言う事を、ブラス自身が拒絶しているかのように。
「あれは、あの術式は──、禁忌魔術だ」
──禁忌魔術。
ゴールディは第二王子である。このまま順当に行けば兄で或る王太子が王位を継ぐとは言えど、ゴールディも産まれながらにして正当な王家の血筋に名を連ねる者であり、王位継承権を持つ存在だ。王国に纏わる闇の部分の知識もそれなりに教え込まれてきた。
だから王子もまた、ブラスの言葉に息を呑んだ。その言葉が何を指し示しているかを知っていたからだ。
禁忌魔術とは、文字通り禁忌とされ、王城の奥深くに封印された数々の魔法の事である。一般には存在すらも隠匿されており、使用すれば極刑をも免れない、怖ろしい術式達。
禁忌指定された理由は様々だが、主な物を上げるとすれば──度を越した大量虐殺を引き起こせる程の威力を持つもの、死者蘇生などの生命を弄ぶ類のもの、そして人心に強い影響を及ぼすものなどが中心である。
「そりゃあ本当なのか、ブラス。だって禁忌魔術と言えば、術式そのものは元より、どんな魔法があるのかさえ普通は知る事もできねえってやつだろ?」
「う、うん。僕はお父様にお願いして、特別に許可を貰って目録だけ見た事があるから分かったけど……あれは確かに禁忌指定された古えの魔法の一つ、【欺瞞断罪】の術式だと思う。だって他にあんな効果を持つあんな強烈な魔法、僕は知らない……」
「しかもああ易々と使いこなしているとは──一体、アメリア嬢は何者なのですかね」
ブロンゼの問いにブロスが応じる横で、スティールは眼鏡の奥の眼を鋭く光らせた。スクリーンの中では未だに、絶叫を上げ続けるアクアの姿が映し出されている。
『ぎぎぎぎががっっががが! わがっ、わがっだ! いぎぎぎっ言う! 言うからあががが! ああっああ、あだだだだっ! あっだ! あっだ! ある! ある! あるあるあるある! 認める! 認めるから止めてくれ!』
アクアが『ある』と認めた途端、ガクガクと痙攣し異様な咆哮へと曲がりかけていた手足から力が抜けた。強く明滅していた紅い魔法円が、蝋燭の火を消すようにすっと輝きを失う。
どうやら苦痛から解放されたらしいアクアはそのままへなへなとその場にへたり込んだ。呼吸は荒くゼエゼエと肩で息をしながら、ボタボタと滝のように汗を流している。
『自業自得ですよ、アクア先生。あんなに念を押しましたのに、嘘をつくからですわ。──さて、それでは次の質問に移りましょうか』
冷たい声色で言い放たれたアメリアの台詞に、アクアは目を剥いて彼女を見上げた。ひっと小さな悲鳴を上げた口許は強張り、その顔には驚きと恐怖が浮かんでいる。
『待て、待ってくれ。少し、少しだけでイイ、休ませては貰えまいか。身体中が、骨が、内臓がまだ軋んで痛んで仕方無いんだ。頼む、頼むから』
『嘘をつかなければいい事でございます。ホラ先生、お立ち下さい』
懇願する声にも耳を貸さず、薄く笑みながら執事がまた鎖を引き上げた。絞まる首枷にアクアは顔を歪め、ガクガクと笑う膝を抑えながらどうにか立ち上がる。歯を食い縛り垂れる汗もそのままに、時間を掛けてアクアは背を伸ばし姿勢を正した。
その様子にアメリアは無表情のまま頷くと、扇をパチリ、と鳴らした。そしておもむろに事務的な程に平坦な様子で、艶めかし胃唇を開く。
『では次の質問です、アクア・マリーネ。──貴方が生徒に求めたという報酬。貴方は金品以外の何を要求したのですか?』
淡々としたアメリアの口調。決して問い質すような、攻めるような声色では無い、むしろ凪いだ穏やかな声。しかしアクアにとっては、その静けさこそが、怖ろしかった。
──すう、とアクアの顔から血の気が引いてゆく。しかしそんな青褪めた顔色を見てもなお、アメリアの声は凪いだままだった。
『言い逃れをしようとしても無駄ですわ。この術式は、虚構を、欺瞞を見逃さない。──さあ、答えを。貴方自身の口で、自らの罪を告白するのです、アクア・マリーネ』
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