第二章:運命の、賽子

運命の、出目


  *


『──さて皆様。これで、嘘をついてはいけないというのはご理解頂けましたでしょうか?』


 アメリアからの問い掛けに、王子達は一斉にスクリーンを振り仰いだ。


 いつも通りの無表情に戻ったアメリアの姿。その完璧なまでの美貌に、少しだけ恐怖を覚えてゴールディはぶるり身を震わせる。まだその顔色は蒼いままだが、一度吐いてすっきりした所為か、気分は幾分かましになっているようだった。


「おお、充分理解した! しかし、しかしだな! 俺達にその事を分からせる為だけに、クズとは言えあの教師をあんな風にする必要はあったのか!?」


 ブロンゼがアメリアに語気を荒げた。正義感の強い彼は、アメリアがアクアを害した事に対して怒りを覚えているのだろう。例えアクアの所業が極悪非道なものであったとしても、正当な手続きを踏まずに私刑を断行するのは道理に反していると憤っているのだ。


『ああ、その事でしたら問題ありませんわ。あの者の処遇については、わたくしに一任されておりましたから。──どうせ消す予定でしたので、デモンストレーションに利用させて頂いただけのこと』


「なっ……!?」


 淡々とした答えにブロンゼが絶句した。他の皆も同様に表情を歪める。


 事も無げに言葉を紡ぐアメリアの様子からは、先程人間の首を斬り落としたという事実など害虫を潰したのと同じ、そのような雰囲気が感じ取れた。皆は沈黙し固唾を飲むしか術が無かった。


『与太話はここまでに致しましょう、それでは本題に移りますわね。──皆様にはこれより、ゲームに参加して頂きますわ。皆様を此処へ招待しましたのも、その為ですのよ』


「ゲーム、ですか。そんな物の為にわざわざ……」


 アメリアの言葉に、眼鏡の位置を直しながらスティールが訝しんだ。


 ゲーム、とアメリアは言ったがしかし、恐らくただのゲームではないだろうとは容易に想像が付く。楽しく娯楽に興ずるというのならば、わざわざ眠らせて拉致し、魔法の使えない石牢に閉じ込める必要など無いのだから。


『当然、ただのゲームではありません。皆様の為に趣向を凝らした、特別なものを多数用意してありますわ。──さあ、まずはサイコロを振って頂けますか? 出た目の数によって、最初に遊ぶゲームを決めたいと思いますので』


 途端、王子達の居る部屋の中に小さな輝きが生じ、そこから何かがこつん、こつんと音を立てて石床の上に零れ落ちた。


 近くに居たブラスが転がったそれらを拾い上げると、それは二個のサイコロだった。


 黒く滑らかな金属で造られた正立方体の表面には、紅く輝く宝石で一から六の目が刻まれている。


 まるで、アメリアそのもののような色彩の、不気味なサイコロ。ブラスはそれを手の平の上で転がし、その重みと氷の如き冷たさにぞくりと身を震わせる。


『さあ、どなたでも構いません。そのサイコロを振って下さいませ。──それで、貴方がたの最初の運命が決まりますわ』


 ──運命。


 その単語の重みとサイコロの重さが比例するような錯覚に囚われ、ブラスは皆に向き直ると震える手で五人の中央にサイコロを置いた。自分にはその重みが手に余るような気がして、無意識に責任を逃れようとしたのかも知れない。


 皆の視線がサイコロに集まる。誰も何も喋らない。重苦しい沈黙がしばし流れ、そして──とうとう覚悟を決めたようにスティールが口を開いた。


「殿下。サイコロをお振り下さい」


 ゴールディがはっと息を飲み、弾かれたようにスティールを見遣る。他の三人の視線も眼鏡の青年に向けられた。


「殿下が出した目ならば、この場の誰も文句も異存も申しません。殿下以外の者が振った目ならば遺恨を残す可能性もありましょうが、──この場の四人は皆、殿下を信頼し、慕っておりますれば、殿下のした事に怨みを持つ者などおりません」


「……しかし」


 スティールの意見になおも戸惑いを見せるゴールディに、他の三人も言葉を掛ける。


「スティールの言う通りだゴールディ。ここはお前が振るべきだ」


「そうだよ、王子の出した目ならどんなものだって、僕達は文句を言うなんて事はしないよ。それがどんな結果になっても、だよ」


「私達の運命をお任せしますわ、さあゴールディ様、遠慮なさらずお振りになって下さい」


 皆の言葉に後押しされ、王子は恐る恐るサイコロを掴んだ。二個の想い塊の冷たさに、背筋に悪寒が走る。


『運命の賽を投げるのは神ではありません、運命を決めるのは自分自身。どうぞ、思い切って、さあ』


 揶揄するようなアメリアの台詞に唇を噛み、ゴールディは目を瞑り、そして──サイコロを振った。


 カツン、カツン、と冷たい石床の上に金属の塊が転がる堅い音が響く。


 王子はゆっくりと瞼を上げた。出た目は──六と二。


『六と二ですね。最初にしてはなかなかの目です……さあ、ゲームを始めましょう』


 瞬間、サイコロは掻き消え、代わりに現れたのは──一本の鞭であった。


  *

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