賭けと、カウント
*
「賭け、……だって?」
持ち掛けられた提案に、ルヴィエラは端正な顔を僅かに歪めながらガーネッタを睨み付ける。その表情はそんな時でも酷く芝居掛かっていて、まるで──今王都で流行っている少女歌劇団の男役そのものだ、とガーネッタは心の中で苦笑する。
腹が据わった所為か、ガーネッタの中で根を下ろしていたルヴィエラ達への恐怖と服従心は綺麗に拭い取られていた。
冷静になって見直した彼女は、まるで滑稽だ。誰とも被らないよう、誰よりも抜きん出ようとして付けたであろう個性、男装趣味などというそれそのものが、結局ただの稚拙な思い付き、児戯にも似た借り物のそれでしか無い事に彼女自身気付いていないのだから。
「そう、賭けでございます。この魔銃を使った今の状況そのものがゲームであるならば、それに則ったこの賭けもまたゲームなのですよ」
少しの哀れみも込めた瞳でガーネッタはルヴィエラを見詰めた。他の二人は雰囲気に飲まれてか、ただじっと黙って成り行きを見守っている。
「──ふん、そこまで言うのならば乗ってみようか。ルールはどのようなものなんだい?」
「わたくしとルヴィエラ様、今持っているお互いの魔銃はどちらも残りの発射数は四、そしてどちらも弾が一発込められています。この二丁で同時にそれぞれ自分の頭を撃つ、というのでは如何でしょうか」
ゲームの内容にルヴィエラは怪訝そうな表情を浮かべる。
「自分を撃つのか? 今このまま相手を撃つ方が手っ取り早いと思うんだが。それに残るカウントは七だ、一発ずつでは二しか減らないぞ?」
「これは人殺しのゲームではなく、お互いの度胸を試すゲーム。だから自分を撃つのです。……そして、二発あれば後は安全にクリア出来ます」
ガーネッタの言葉にはっとし、サフィーリアが指折り数え、そして不思議そうに首を傾げる。
「残り七でしょ、トパーゼンの魔銃が残り四発だから引いて三。一発足りないんじゃない?」
「いいえ、まだ使っていない魔銃がありますよね。それの一発目を使えば良いのですよ。──わたくしの推測ですが、恐らくこの魔銃、弾の入っている位置が一から五まで被らないようになっているのではないでしょうか。そうだと仮定するならば、使っていない魔銃の一発目は空砲となります」
「ああ、そういう事ね。ねえスピカ、ちょっと手伝ってよ」
サフィーリアが善は急げとでも言わんばかりに、ルヴィエラがポケットに入れていた魔銃を勝手に抜き取ると、つかつかとトパーゼンの傍に居るスピカに歩み寄った。落ちていたトパーゼンの魔銃をスピカに手渡し、自身はまだ使っていない五丁目の魔銃を倒れたままのトパーゼンの頭に当てる。
「スピカ、アンタはその魔銃で四回、自分の頭でも撃ってなさい。私はこっちを試すわ」
「あ、はい。でも、何でトパーゼンの頭を……」
「一応念の為よ。多分ガーネッタの推測は当たっていそうだけど、もし自分で試して死んじゃったら嫌じゃないの。だから申し訳無いけどトパーゼンで試すのよ」
顔を歪ませたスピカは非難がましくサフィーリアを睨もうとしたものの、しかし言葉通りに申し訳無さが滲むサフィーリアの表情を見て、結局は何も言わずに従った。
静寂の中に、カチ、カチッ、カチ、カチという銃爪を引く音だけが響く。
カウントが無事二にまで減ったのを確認し、そしてガーネッタは再びルヴィエラに視線を投げた。暗紅色と緋色の瞳が互いを映し合う。
「それでルヴィエラ様。お返事は如何ですか?」
「……一つ、いいかな」
ルヴィエラの真剣な眼差しにガーネッタは頷く。一度その長い睫毛を伏せてから、再度ルヴィエラはガーネッタを見返した。
「お前は賭けと言ったな。……こちらの魔銃が発射されればお前の勝ち、逆ならばこちらの勝ち。しかし両方共に空砲だった場合はどうなる? 可能性はある筈だよ」
「ああ、そうですわね。その場合は──」
そしてガーネッタはふわり、と笑んだ。初めて見るような彼女の美しい笑顔に、ルヴィエラははっと息を飲む。
「──その時は、賭けは不成立、どちらも勝ちでございますわ。恐らくゲームはこれだけでは終わりません。ですので少し言葉は違うかも知れませんが、一時休戦といった体裁で協力する事にする、というのは如何でしょうか」
「それならば、悪い話ではないな」
「でございましょう?」
そして二人は自然に、自分のこめかみにそれぞれ魔銃を宛がった。薄く笑みすら浮かぶ二人の様子を、サフィーリアとスピカが固唾を飲んで見守っている。
魔銃がそれぞれ、深紅と真紅に輝いた。
「それでは、スリーカウントで同時に行こうか。いくぞ、三──」
「──二」
「……一」
「──ゼロ」
二人は同時に、銃爪を引いた。
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