生死と、拍動


  *


 清潔な白い部屋、幾つも並んだ寝台。清浄かつ適温の空気が循環する中、そこには三人の怪我人が眠っていた。


 一人は、ブロンゼ・ブロディオ。王子ゴールディに鞭打ちを受けて負傷したが、持ち前の体力が幸いしてか命に別状は無い。


 隣に眠るのは、アンバー・アンビス。こちらも仲間のパール・パリーアに鞭打ちを受けて傷付いたものの、やはり命を脅かす程では無かった。


 更にその隣に寝かされているのは、ルヴィエラ・ルベウスだった。頭を魔銃の弾丸で撃ち生死を彷徨ったものの、弾の射出の角度が幸運をもたらしたのか、無事一命を取り留めた。多少の後遺症は残るだろうが、今の彼女の様子はただ穏やかに眠っているだけにしか見えなかった。


 こちら側はゲームからはドロップアウトしたものの、命を取り留めた者の領分だった。魔法によって眠らされ傷を癒され、生命力を高める術までも掛けられた彼ら彼女らは、この一連のゲームが終われば無事に元の生活へと戻る事が可能な者達だ。


 ──ならば、隣の部屋はどうか。


 そちらの部屋にも寝台が幾つも並んでいた。但し、部屋の空気は重く、寒い。


 寝かされているのは、首のある者が二人と、首が離れている者が二人だった。


 まず首があるのがルチルティアナ・クリストルと、シトリー・シトリンニアである。二人は同じようにこめかみに傷があり、それ以外は綺麗なままで目を閉じていた。身体には防腐の為の保存魔法が掛けられ、また体内を凍らされている所為か、肌には薄らと霜が降りている。


 そして首の無い二人は、アクア・マリーネとジェダ・ジェイドである。


 二人の身体は不思議な事に、まだ温かかった。首の断面からは血が一滴も流れておらず、剥き出しの肉を晒している。胸の上で組まれた手は時折びくりと動き、身じろぎさえする事もあった。


 更に異常なのが、その枕許に置かれた首だった。


 その首達は生きていた。見開かれた目はぐるぐると高速ででたらめに動き回り、時々ぶつぶつと何かを呟いている。涎と鼻水を垂らしたままになる彼らの為に、下には清潔な布が幾重にも敷かれていた。


 ──彼らを『生きている』と評するのが正しいのか否かは分からない。首は取れ、意識も無く、自我さえ失われている。身体は自分の意思では動かす事が出来ず、恐らく元の生活に戻れる見込みは全くと言って無いだろう。


 それでも彼らは、ただ生きていた。


 彼らはずっと、悪夢の中を漂っているのだ。意識の中に無理矢理創られた地獄の中で、ずっと夢を見ている。恐怖を、苦痛を、絶望を体感し、再現無き闇の中で生き続ける。


 そこに恐らく、救いは無い。赦しも無い。光も、伸ばされる手も、そして死という終焉すら奪われていた。


 それが正しい結末だったのか、与えるに相応しい罰だったのかは分からない。だからこそ処刑人たる少女はただ瞳を伏せ、溜息を漏らし、その重さを背負い続ける。その覚悟はもうとっくの昔に、出来ている。


 それが彼女の、アメリアの【地の聖女】としての責務なのだから──。


  *


「それにしても少し、おかしいとは思わない?」


 甘いミルクティーを飲みながらアメリアが呟く。ディアマンテスはその小さな言葉を聞き漏らす事無く、どう致しました、と小首を傾げた。


「ジェダ・ジェイドの事よ。──彼は火魔法が得意だった。でも彼はその身に纏う色が示す通り、ジェイド家の人間よ。ジェイド家と言えば、王国が出来る以前の魔法帝国から続く家系だわ。その始まりは──」


「【緑の魔女】……その名の通り、緑、植物に関する魔術に長けていたとされる人物ですね。その血を継ぐジェイド家は代々、植物系の魔法を得意とする血筋とされてきました」


 ディアマンテスの言葉にアメリアも頷く。そして優雅な指先でカップを持ち上げ、温かいミルクティーをまた一口啜った。


「でもジェダは火魔法が得意だった。いえ、ジェダだけならばただのその代限りのものかも知れないわ。でも──最近のジェイド家は何代にも渡って、火魔法を得意とする人物ばかり輩出しているのよ」


「……確か自分の記憶が定かならば、少なくとも百年程前までは、ジェイド家は植物魔法を得意としていた筈です。変わったのはいつだったか……、ああ、七十年程前でしょうか。あれは、王国が意欲的に他国家へと侵略を開始した頃になりますかね」


 訝しむような執事の口振りに、アメリアは小さく息をつく。


「そうね、じゃあ、それが仕組まれたものだったとしたら?」


 ディアマンテスは驚きにその切れ長の瞳を見張った。続けて少しばかりの戸惑いを露わにする。


「──まさか! いや、しかし……」


「火魔法は便利だわ。植物魔法は直ぐに効果が出るものでは無いし、土魔法や光魔法、水魔法を応用すれば似た効果を得る事が出来る。しかし、火魔法は即戦力たり得るわ、明らかな実行力をもってね」


「お嬢様、それは……」


「……ただのわたくしの妄想よ、誰にも言っていないわ。王家の耳に万一入るような事があれば、わたくしでもただでは済まされないもの」


 そしてアメリアはそっと目蓋を伏せる。執事がカップに、また温かな紅茶を注ぐ。


「──ジェダ様は、その歪みの産物なのかも知れません」


「そうね……そうかも知れないわ。彼の母君も若い頃、治療院で酷い火傷の治療をしたという記録を見たわ。そしてその母も、そのまた母もね」


「知っておいででしたか。ちなみに今、例の火傷痕の使用人は子を身籠もっているそうですよ。……恐らく、今のご当主であるジェイド卿の子でしょう。無事産まれればジェダ様の異母兄弟になりますね」


 アメリアはそっとカップを口に運ぶ。ふわり、甘い湯気が立つ。


「ならばそもそも、その火傷ですらジェイド卿の……いえ、これは下世話な勘繰りですわね」


「──何にせよ、人間の愛欲というのは果てしない。深く深く、昏い深淵の如きでございます」


「そう、ね……わたくしもいずれ、そのような物に囚われる時が来るのかしら」


 唇から零れた言葉に、そっと執事は深く笑む。ディアマンテスはひざまづくとアメリアの美しき手を取り、熱をもってくちづけた。


「願わくば、その相手が自分だったならば、光栄の極みにございます──この身がいつまでもお嬢様と共にあらん事を」


 その唇の、言葉の熱に、アメリアは密かに胸の内を震わせる。


 ただ黙ったまま、そっと目を閉じる。巡る拍動を指先に感じながら──。


  *



  ▼


 ここまでお読み頂きありがとうございます。


 第四章はこれにて終幕となります。次は登場人物紹介を経て、第五章の開始となります。


 次章はいよいよ全グループが合流となる章です。どのようなゲームが用意されているか、ぜひご期待下さい。


 本作がお気に召しましたら、☆、ハート、コメントやレビュー、SNSでの拡散などで応援して頂けると執筆の励みと鳴ります。


 また、本作もこの話をもって十万字を突破致しました。ここまで書いて来られたのもひとえに皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございます。


 それでは今後もどうぞ宜しくお願いいたします。


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