救済と、苦言
*
──ダンッ、という音が冷酷に響いた。
「……あ、」
何かを言い掛けたルヴィエラの瞳が見開かれる。そして、こめかみからつうと一筋の血が流れた。
「ルヴィ!? ルヴィ、ねえ! 嘘でしょ、ルヴィ!」
ぐらりと揺れて膝を突くルヴィエラに、慌ててサフィーリアが駆け寄った。倒れそうになる身体を抱き留め、ほろほろと涙を零しながらサフィーリアは何度もルヴィエラの名を呼ぶ。
「ああ、サフィ、……私はもう駄目だ。お別れだ、サフィ」
即死ではなかった。まだ喋る程度の余裕はあるようで、しかしその息は荒く、顔色はどんどんと悪くなってゆく。力の籠もらないルヴィエラの身体をそっと横たえ、サフィーリアはその頭を自分の膝に乗せた。
「喋らないで、ルヴィ。私より先に死ぬなんて、信じられない。私より先に逝くなんて、許さないんだから」
ぽろぽろと流れる涙がルヴィエラの頬に降る。手から落ちた魔銃はそのままに、サフィーリアはルヴィエラの手を握った。
ルヴィエラは、自分が当たるとは思ってはいなかった。根拠の無い自信があった。今までの人生で、ルヴィエラにはおよそ障害らしい障害は無かった。順風満帆だった。今までは大丈夫だった。だから今度も、大丈夫だと思っていた。
──今までのツケが回って来た、という事なのかな。ルヴィエラはふとそんな事を思い、淡く笑った。
不思議と、悔しさも憎しみも湧かなかった。ただ心は凪いでいた。ただ一つ、親友の、いや親友以上の仲だったサフィーリアだけが気掛かりだった。
「……ルヴィエラ様」
傍にガーネッタがひざまづくと、ルヴィエラは彼女を見上げた。その緋色の瞳は穏やかな色を湛えている。
「……君には、今まですまない事をした。……こんな事を言うのは、虫が良すぎるかも知れないが」
「いいえ、いいえ。先程の掛けで全て水に流したじゃありませんか。もうわたくしは貴女を怨んではおりません」
「そうか……すまない、あり、が……」
ゴフ、とルヴィエラが噎せ混み、そして血を吐いた。口だけでなく鼻からも血が溢れる。もう命の灯火が消えかけている事は、誰の目にも明らかだった。ここまで生きて話せていた事の方が奇跡だったのだ。
「ルヴィ!? ルヴィ、ルヴィ……!」
取り縋って泣くサフィーリアの顔がくしゃくしゃと崩れる。呆然とした顔のスピカも傍で心配そうに見守っている。
そんな折、──不意に、空間が歪んだ。
「あ、……」
誰もが言葉を失った。そこに現れたのは、アメリアだった。無表情の彼女はつかつかとヒールを鳴らしルヴィエラに近寄ると、転移魔法を発動させる。
「あ、ルヴィを、ルヴィをどうするの……!?」
「まだ命があるのでしょう? しかるべき処置を行いますわ。生き永らえても何らかの後遺症が残る可能性はあり、以前と同じように……という訳にはいかないでしょうが、それでもまだ見込みはゼロではないですわ」
アメリアの言葉と同時に魔法円の輝きが三人の顔を照らす。縋るように見詰めるサフィーリアの視線を、アメリアの深紅の瞳が受け留めた。
「ルヴィを、ルヴィをお願い、アイアンメイデン……!」
「──そもそも生と死の確率は半々といったところですわ、確約は出来かねます。それでも良いと言うのならば」
「構わないわ、それでも……お願い! ルヴィを助けて!」
アメリアは頷き、そして──一瞬後にその姿は魔法円の光と共に掻き消えた。
後に残されたのは、薄れゆくぬくもり。
静寂が落ちる。やがてサフィーリアのすすり泣きが沁み入るように床に零れた。散らかった部屋の中、無言でガーネッタが魔銃や箱を片付け始める。スピカは事切れたトパーゼンのドレスを整え、顔の血飛沫を拭い、目蓋を閉じさせると胸の上で手を組ませた。
重い空気が部屋に満ち、溜息が幾つも転がる。三人はいつしか身を寄せ合い、それぞれに震えながらそっと瞳を閉じていた。
*
「あのままですとルヴィエラ嬢は確実に命を落としておりました。何故お助けになったのです?」
作業を終え戻って来たアメリアを迎え、ディアマンテスが訝しげに問う。アメリアは少し疲れたように溜息をつくと、ふかふかと柔らかなソファーにぽすんと身を預けた。
「だって、ガーネッタが言ったんですもの」
すかさずテーブルに置かれた温かい紅茶に手を伸ばし、アメリアは伏し目勝ちに遠くを見遣る。
「わたくし、ガーネッタがルヴィエラを憎んでいたならばそのまま放っておこうと思ったのよ。でもあの子、言ったのよ」
「──何と?」
「『もうわたくしは貴女を怨んではおりません』と……だからわたくし、助ける事にしたのよ、ルヴィエラを。彼女を助けたのはガーネッタよ……」
「そう、ですか。──了解致しました。しかし今後何かなさる際には、先に一度自分にご相談頂ければありがたいですね」
執事が珍しくアメリアに苦言を呈した。ふいと顔を横に向け、アメリアは小さく呟く。
「だって、時間が無かったのよ。──分かってる。もうしないわ」
「ペナルティとして、出そうと思っておりました焼き菓子はお預けと致しますね」
ディアマンテスの言葉に、アメリアは俯きソファーに転がっていたクッションを抱いた。その肩は震えているようにも、拗ねているようにも見える。
ディアマンテスはアメリアのそんな年相応とも思える僅かな反応に、愛おしさと愛らしさを感じ、密かに含み笑いを漏らしたのだった。
*
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