想定と、食事


  *


「──まんまとこちらの思惑通りに行動してくれたものね。想定通り過ぎてむしろ驚きさえ感じるわ」


 アメリアがふかふかのソファーに腰を下ろしたまま、ほう、と息をつく。


 視線の先、スクリーンの中では倒れた令息を四人が介抱する光景が映し出されていた。銃弾をゼロ距離で頭に受けた令息はこめかみから血を流し、ぐったりと横たわっている。その瞳は驚きに大きく見開かれたままで、しかしその色は既に濁り始めていた。


「まあこれも心理の誘導というべきでしょうか……。魔銃が五丁あれば一人一丁を持ち、しかも五人同時に銃爪を引くのは自然な流れと言えましょう」


 白い長髪の執事ディアマンテスがアメリアの言葉に反応しながら、テーブルに食器を並べてゆく。精緻な彩色の施された美しい皿には見目良くサラダやパンが盛り付けられ、透いたスープからは湯気が上がっている。


「五人同時に撃つのは、恐怖心からの行動でもあるのよね。皆と一緒なら怖さが薄れるわ。その上、やらなければならない状況、抜け駆けも出来ない環境に置かれる事によって、自身で撃つという重責も薄れる……心が弱い者ならばよりそうなるんでしょうね」


「……それがそもそも、ゲームの正答から遠ざかる要員にもなっておりますがね」


 さも可笑しそうな執事の言い草に、アメリアも肩を竦めた。そして身を起こして座り直し、テーブルの上の食事を眺め首を傾げる。


「で、ディアマンテス、これは?」


 配膳を完了したディアマンテスはにこやかに笑み、アメリアの横に跪いて黒いシルクの手袋をそっと脱がす。現れる滑らかな白い肌、ほっそりと美しい指。紅く染められた爪が艶を帯び煌めいた。


「お食事ですお嬢様。余り食欲は無いかと思いますが、この先も長いことですし、この辺で一度軽食を、と」


「そうね、……頂くとするわ」


 アメリアがカトラリーに手を伸ばしかけ、そこでふと動きを止めた。食事に向けていた顔を上げ、ディアマンテスを見る。執事は傍に立ったまま、笑顔で少し首を傾げた。


「そういえば貴方さっき、あの令嬢達に紅茶とクッキーを差し入れしてたわね?」


「ああ、お気付きでしたか」


 悪びれも無く認めるディアマンテスをアメリアはじっと見詰める。


「……そんな事したら不公平になるわ」


「大丈夫ですよ、その後王子達のグループにも水と黒パンを差し入れておきましたので」


「メニューがまるで違うわ。……貴方、女に甘いわよね」


 アメリアの微かな感情の揺れを執事は掬い上げ、柔らかに微笑んで膝を突く。その華奢で美しい手を取り、白い真珠のような眼でアメリアの深紅の瞳を覗き込んだ。


「──妬いていらっしゃるのです? 感激の極みでございます。ご安心を、自分は貴女様だけのもの。他の女に心を砕く事などございません」


「……別に、妬いてなどいないわ」


 滑らかな甲にくちづけるディアマンテスから視線を外し、アメリアは薄く睫毛を伏せて呟く。


「それは、──残念至極」


 長い指が少しだけ手の平と深紅の爪を辿り、そして淡い名残を匂わせて離れた。執事は一度軽く礼をすると、再び優雅な所作で立ち上がる。


「ささ、お料理が冷めてしまいます、どうぞ温かい内に。……ああ、もしお望みならば、お手伝いして差し上げますが?」


「要らないわ。わたくし、子供ではありませんもの」


「ふふ、確かにお嬢様は素晴らしいレディでいらっしゃいますからね」


 執事の笑みを無視し、アメリアは食事に手を付け始めた。その仕草は上品かつ優美でしかし艶めかしさを湛え、何処か官能的ですらあった。


 ディアマンテスはそんなアメリアを見守りながらもそつなく給仕をこなし、そしてふとスクリーンを凝視する。


「おや、どうやら令息達のグループに動きがあったようですね」


「ああ、やっと箱の使い方に気付いたようね。一人当たってしまった今となってはもう遅いけれど」


 アメリアも声につられスクリーンの中を見遣った。そこでは令息達が魔銃を持ち、何やら頭を突き合わせて相談している。


「そうね、これ以上の犠牲が出ないだけでもまだマシと言えるわね……彼らは一人が倒れても、まだ考えようとは努力しているもの」


 そう言ってアメリアは丸いパンを手に取った。指に力を込め柔らかく白いパンを一口分千切り取ると、紅い果実のジャムを塗る。それをすい、と口に運び、ゆっくりと味わった。


 唇の端からとろりとジャムが垂れる。血のように紅くまろやかなそれを舌で舐め取ると、微かに、ほんの微かにアメリアは微笑んだのだった。


  *

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