第三章:憎悪と、業火

五人と、二人


  *


『──皆様、すっかりお目覚めのようですわね。それでは早速、説明を始めさせて頂きます』


 スクリーンの向こうでアメリアが告げる。それを困惑の表情で見上げるのは、魔法学院に通う五人の貴族令息達であった。


 辺境伯令息であるクリスタリオ・クリストルを始め、いずれも伯爵や子爵などの適度に名のある家の出身者ばかりだ。皆揃って美しい刺繍や宝石の付いた飾りなどが縫い込まれたフロックコートを着用したままである。やはりゴールディ王子達と同様に、卒業パーティの帰りに拉致されたようだ。


 五人はちらちらと互いに視線を交わしながら、アメリアの説明を聞いてますます戸惑いの色を深めた。曰く、ゲームに参加させる為に拉致監禁した、拒否権は無い、嘘をつくと死にかねない、等々──。


 何故自分達が選ばれたのか、此処は何処なのか、自分達は生きて帰れるのか。様々な疑問が令息達の脳内に湧いたが、恐らくアメリアはそれらを質問したところで何も答えてはくれないだろう……そんな確信めいた予感が五人の心を諦めさせた。


 非情なルールを説明するアメリアの表情は仮面のように凪いでいて、些かもその心の内を読む事は不可能だ。五人は改めて、アメリアが『鋼鉄令嬢<アイアンメイデン>』と呼ばれている事実を納得したのだった。


  *


 そして、五人の目の前に二個のサイコロが出現した。


 それは確かな重みをもって石の床を転がり、カツンカツンと硬質な音を立てた。鈍色の金属に紅い、血の雫の如き宝石が煌めく。


「さて、誰が振る?」


 五人は顔を見合わせた。説明の通りならば、このサイコロの出目でゲームが決まるという。責任重大ではないか。誰もが無言のまま、互いに目線で牽制し合う。


 辺境伯令息であるクリスタリオは、緋色のフロックコートの胸元をぎゅっと無意識に握り、そのまだあどけなさの残る中性的な顔を強張らせて唇を噛んだ。周囲の四人を見回す。皆、それなりに仲の良い令息達ではあるものの、心を完全に許せる親友と呼べるような者は含まれてはいない。


 沈黙が場を支配する。


 ──そんな中、不意に濃い紫のフロックコートを来た背の高い令息が口を開いた。伯爵令息であるアメジスタン・アメイシスである。


「こうなったらさ、一番爵位が上って事でさ、クリスタリオに振って貰うって事でいいんじゃね? どうせどんな目が出るかなんて分かんないんだしさ、もう誰が振っても怨みっこ無しでさ」


 軽薄な口調だが、言っている内容は納得のいくものであり、クリスタリオ以外の三人もそれに同意した。気は進まなかったが、こうなっては断る理由も見付からず、仕方無くクリスタリオはサイコロを握る。


「……じゃあ、振るね」


 緊張にクリスタリオの手が少し震える。銀色の長い前髪に隠れた金の瞳をぎゅっと瞑り、ままよ、と手の平の内に握り込んだ冷たい固まりを放り投げた。


 ──カツン、カツンカツン……。思いのほか大きな放物線を描いたサイコロは、少し離れた床の上で落ち着いた。


『ああ、二と三ですね。ふむ、それでは──』


 スクリーンの中のアメリアがパチンと扇を開くと、ふわり、と転移したサイコロが扇の上に現れた。そして再び扇を閉じると、サイコロは何処へともなく消え失せる。


 代わりに現れたのは──長身の美青年である。ディアマンテスと名乗ったその執事は白く長い髪を靡かせ、白い瞳を細め笑った。


『それでは、ゲームのデモンストレーションとして、二人の人物に登場して頂きましょう。お二人とも、皆様がよくご存じの方達でございます』


 ディアマンテスが優雅に一礼し、一旦画面外に出て行くと、程無くしてまた戻って来た。しかしその手には、奇妙な物を携えている。


 右手で押しているのは、車椅子のハンドルである。その座面には、全身を包帯で覆われた一人の人物がぐったりと身を沈めている。


 そして左手に握っているのは、鎖であった。じゃら、と重い音に続き、鎖の先に繋がれているのは首枷と手枷を嵌められた一人の男。


 その二人を目にした瞬間、──クリスタリオは、大きく息を飲んだ。


  *

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