騎士と、誇り
*
「棺には、私が入る」
パールのその言葉は、水音の轟く石牢の中でもはっきりと聞こえた。
一瞬パールが何を言ったのか理解が追い付かず、三人は固まった。そして直ぐ弾かれたように、パールの背後に庇われていたジェッティアがその背に取り縋る。
「──お、おやめ下さいパール様! いいのです、もういいのです! コーラル様の言う事の方が道理……、普通に考えれば私が入るべきなのは明白です!」
「いいや、それは違う、断じて違うぞ、ジェッティア」
静かに言葉を返すパールの声は凜々しく、しかしジェッティアは気付いてしまった。取り縋ったままのパールの背が、その身体が小さく震えている事に。
「私は騎士を目指している身だ。騎士の魂とは何だ? 騎士道とは何だ? ……その身を挺して民を守る事だ。ならば私は、それに殉じよう」
「でも、でもパール……!」
コーラルが叫ぶも、パールはただ微笑を浮かべ首を振る。今にも泣き出しそうなシエルにも微笑み、そしてパールは胸を張る。
「それに、──先程はあのような失態を晒してしまった身だ。アンバーが無事生きているとは言え、……私は罪を償わねばならない」
パールの背から身体を離したジェッティアは、もう何も言えなかった。彼女の覚悟は、決まっているのだろう。尚も続くパールの言葉に誰も口を差し挟めない。
「頼む、私に汚名を返上する機会をくれないか。誇りの為に散るのならば、私は本望だ」
──嘘を断罪するあの恐るべき魔法は、発動しなかった。つまりは、パールの本心からの言葉なのだ。
誇りとまで口にした騎士の強い決意を、誰が咎める事が出来ようか。
三人が注視する中、パールは綺麗な姿勢のまま石棺をまたぎ、その中へと身を沈めた。ゆっくりと身を横たえて息をつくパールへと、弾かれたように三人が駆け寄る。
「パール様、パール様……」
「パール……!」
ジェッティアとコーラルは棺の縁に取り縋り、しかし掛ける言葉が見付からず、ただその名を呼んだ。シエルはもう既に何も言えず、ただ眼鏡に涙を溜めて啜り上げている。パールはそんな皆の顔をぐるり見回し、微笑みを絶やさない。
「皆、私は大丈夫だ。きっとまた会える。それまで、……さらばだ」
「は、はい、パール様……お、お元気で……」
「うん、またね、絶対だからね、パール!」
「……ぐす、ぱ、ぐす、う、……」
三者三様の別れの挨拶に柔らかな笑みを湛え、またな、と一言だけを残してパールは自分で蓋を閉じる。
──これ以上は耐えられそうになかった。震えはジェッティアに気付かれただろうか、取り繕った笑顔はコーラルにバレてはいないだろうか、虚勢を張った声色はシエルに勘付かれてはいないか。……私は上手くやれただろうか。パールは閉じた暗闇の中で大きく溜息をつき、震える手に力を込め、カチリと鍵を掛けた。
「……もう嫌なんだ、自分の目の前で誰かが犠牲になるのは」
思い出すのはぐったりとしたアンバーの姿。血にまみれた親友の顔がフラッシュバックする度に、パールの胸は痛みに軋む。皆の前では騎士だ誇りだと大見得を切ったものの、結局はこれも自分のエゴに過ぎないのだ。その事を思い、パールはようやく努力し作った笑顔ではなく自嘲めいた苦笑を浮かべた。
石棺は密閉されているのか、もうゴウゴウとあれだけ激しかった水の音は聞こえない。無事、天井の穴は開いただろうか。三人はちゃんと協力し合えるだろうか。取り留めも無い考えを浮かべる。自分はこれからどうなってしまうのか。この棺の中で息絶えるのだろうか……。
しかしやはり石棺の底は堅く冷たい。堪らずにパールが身じろぎをすると、床がぎしりと微かに軋んだ。
──その瞬間、目の前に紅い光が浮かび上がる。それは魔法円だ。見覚えのあるその術式は、確か、と驚きに息を飲む。
パールが瞬きをした刹那、──パールの身体は、ふわり、と浮遊感に包まれたのだった。
*
「──残るは王子達のグループですね」
ディアマンテスがスクリーンから視線を外し、アメリアに向き直る。クッションを抱えソファーに身を沈めたアメリアは、そうね、と気怠げに頷いた。
「ゴールディは当てにならないし、シルヴィアは戦力外。スティールの慎重さとブラスの閃きが頼りだけど」
「もし四人共が残れば、それこそバランスが悪くなりますが……」
少し意地の悪い笑みを浮かべた執事に、アメリアがゆるゆると首を振る。
「魔法が使えない以上、次のゲームではブラスはお荷物だわ。それにもう、……ブラスは覚悟を決めてしまっているようよ?」
アメリアの視線の先には、王子達の様子がスクリーンに映し出されていた。
彼らは、そうまさに、口論の真っ只中であった。
*
鋼鉄令嬢アイアンメイデンは処刑聖女に進化する! 神宅真言(カミヤ マコト) @rebellion-diadem
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