第23話 途切れ始める希望の糸



『敵一〇一波、中型種一、小型種多数接近!!』


 対アモス戦が始まってすでに三時間あまりが経とうとしていた。


 第二〇八辺境パトロール艦隊の前面に展開していたフェアリー小隊は全ての機動騎士ガーディアンが戦闘を繰り広げ、余裕はすでに無かった。


『続いて一〇二波、小型種十八機。一〇三波、小型種六機接近』


 各小隊とも今戦闘を行っている目の前の敵に手一杯で、この時に侵入してきた敵への対応は回れそうにない。


フェアリー11パトリック、第一〇一波の中型種に攻撃は可能ですか?」


 瞬時にその事を判断したアルマがパトリックに問いかけるとパトリックの少し憎たらしい声が聞こえた。


『――やってみるっすよ!!』


 この時にすでに展開して両手に持っていたロングレンジライフルを構え直したパトリックは照準を近づいてくる中型種駆逐艦型に合わせる。


 そして少しスラスターで上に移動すると一発のみ発砲した。




 パトリックの騎体から放たれた銃弾、貫通力を高めた徹甲弾は宇宙を切り裂くように高速で敵の駆逐艦型に迫る。


 そして駆逐艦型の後方に位置する盛り上がったドーム状の手前、そこにあった幅一mに満たない細いスリットに吸い込まれるように着弾した。


 そこは他の装甲に比べて少し薄い部分だった。


 着弾した徹甲弾は装甲を突き抜けて、その速度を少しも落とすことなく内部を進んでいく。


 様々な電子機器を巻き込み、破壊しながら進む徹甲弾はやがて小さな黒いキューブ状の部品にたどり着いて、一瞬のうちに破壊すると反対側の装甲も突き破って宇宙の果てに消えていった。




 一mにも満たないその黒いキューブ状の物体こそ、この駆逐艦型の中枢ユニットだった。


 機内の奥に隠されるように大事に守られていた中枢ユニットはパトリックの一撃、たった一撃で破壊されてしまったのだ。




 その瞬間、中型種の周りを同行していた多数の小型種が一斉にその動きをピタッと止める。


「敵、中型種駆逐艦型の破壊を確認」


 その様子を見たアルマは即座にそう断言した。




 アモスの指揮系統は強力なトップダウン型をしている。


 各個体が小集団を作り、中集団を作り、そして群れとなっている。


 群れを統括する一番トップの個体を最上位存在と呼んでいるが、その下の小集団や中集団にもその集団をまとめる上位存在と呼ばれる個体が存在している。


 人間の軍隊で言えば小隊長や中隊長といった存在だ。




 そして、アモスの特性としてその上位存在の役割は非常に強い指揮力を持っており、戦闘で突然失われた場合は下の個体達は少しの間活動を止めてしまう事が分かっていた。


 自分達の中から次の指揮者を選定しているのか、それとも近くの上位存在の指揮下に入るためなのか定かでは無いが、数分から長い時は半日も活動を止めてしまう。


 パトリックの銃弾が突き抜けた瞬間、配下の小型種が動きを止めてしまう。


 それは上位存在である駆逐艦型が破壊された証拠だった。




『あーしはあんなに苦労して倒したのに……』


 その時、恨めしそうな少女の声が通信を駆け巡る。


 声の発信主、リリーが横目でその光景を見てつぶやいた一言だった。


『ふふん。これが俺っちの実力っすよ、


『ムキーッ!! あーし達もフェアリー11に負けてらんないよ!! ピクシー小隊全騎気合い入れ直しなっ!!』


『『『『『『り、了解』』』』』』


 少し前に駆逐艦型を破壊したリリーは激闘といってもよい戦闘を繰り広げたのに、パトリックは遠間からただの銃弾一発で終わらせたのだ。


 へこんだ様子のリリーのつぶやきを目ざとく拾ったパトリックが煽るように返すと、顔を真っ赤にしたリリーが部下に対して怒ったように発破をかける。


 その様子をケラケラ笑いながら見ているパトリックを横目に目の前の敵を片付けたアルマは、停止した敵の小型種に向けて無造作にライフルを向けると発砲。


「もうっ、フェアリー11!! あまりピクシー1をからかわないで下さい!!」


 アルマの持っているライフルの射程距離からは少し離れすぎている敵の小型種達に対して一発ずつ発砲されたアルマの銃弾は、全ての個体に着弾すると一発も外すことなく全ての小型種の重要部分を撃ち抜いてしまう。


 そして二十機以上のアモス達は爆散して宇宙に散っていったのだった。


 


『……隊長ちゃんの方がえげつないっすよ……』

『……あーしもそう思う。やっぱりフェアリー1アルマってパないわ……』


 人間離れした技をさも当たり前のようにして見せるアルマを唖然とした表情で見ている二人だった。




『フェアリー1。少しまずいですな……アモス達が何機か抜けていきました』


 パトリックとリリーが呆然としている間にアルマへ通信をしてきたのは副長のゲイズだった。


「第一〇二波が抜けましたね」


 応えるアルマがレーダーを見た時には小型種のアモスが十機ほどフェアリー大隊の後ろを艦隊に向かって進んでいた。


 すでに追撃するには距離が離れていた事に加えて――




『第一〇四波接近、小型種二十一機。続いて第一〇五波、小型種十七機接近』


 次々と新しいアモス達が戦場へと突入していたのだ。



 

「オーベイコントロール。こちらフェアリー1」


『はい。こちらオーベイコントロール。どうされました? フェアリー1』


 敵の接近を知らせる女性オペレーターの報告の間にアルマは彼女へと通信を試みる。


「敵第一〇二波、約十機が艦隊に向けて抜けていきました。気をつけてください」


『……ご心配なく、フェアリー1。こちらのレーダーでも把握しています。フェアリー大隊は防空圏内に侵入したアモスの迎撃に専念してください』


 アルマの報告に少し間を置いたオペーレーターからは余裕のある返答が返ってくる。



 

『既に艦隊は対空戦闘準備が完了しています』



 

 その応えに微笑んで一度うなずいたアルマは、新たに近づいてくるアモスの集団へと攻撃を続けながらヘルメットのマイクに向かって必死な形相で叫ぶ。


「フェアリー大隊全騎へ! ここが正念場です!! 各騎全力で敵の侵入を食い止めます!!」


『『『『『『おうっ!!』』』』』』


 その声にフェアリー大隊全騎が大声で返す。




 すでに敵に侵入は間がない程になっており、機動騎士ガーディアン大隊での処理が追いつかない状況になってきていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「全艦、対空戦闘用意ですぞ!!」


 アルマ達フェアリー大隊後方に位置する第二〇八辺境パトロール艦隊。


 その旗艦、巡洋艦オーベイの司令官席に座っていたエドマンは戦場を映しているレーダーマップを凝視しながら声を張り上げる。

 

「全艦対空戦闘用意! 対空レーザー機銃、対空短距離ミサイル起動!!」


 エドマンの声に副長のオリビアの指示が飛び、艦内はさらに慌ただしく動き始める。



 

 この時、レーダーマップに映っていたのは艦隊の前方に布陣する機動騎士ガーディアン大隊の脇を通り過ぎようとする小集団が映っていた段階だ。


 エドマンはアモスの物量とフェアリー大隊の対応能力を天秤にかけ、そろそろ機動騎士ガーディアンだけでは限界が訪れようとしている事を感じていた。


 その最中の敵の突破。


 その数はまだ極少数だったが、彼はそれは今後の戦況の変化の先触れであると判断したのだった。




 艦内に対空戦闘が始まるアナウンスが流れ、それは第二〇八辺境パトロール艦隊を構成する駆逐艦や補給艦にも伝播していく。


 基本は非武装の補給艦も自衛用の対空レーザー機銃を起動し、そのレンズを艦外に露出させ動作の最終確認を始める。


 それと共に艦隊の陣形も徐々に変化していった。


 最大火力を持つ巡洋艦オーベイの射線を優先した攻撃陣形から補給艦を後方から中心に移動する防御型のボックス陣形に。




『『親父殿っ!!』』


 その最中にエドマンが座る司令官席の立体映像装置ホログラフィックディスプレイが起動して二人の男の上半身が映る。


 一人はちょび髭を生やした陽気そうな男、もう一人はふくよかな体を無理やり軍服に押し込んだような男だった。


「オーランドにアルカンク。あなた達の活躍の機会ですぞ。活躍を期待しますぞ!」


 エドマンはニヤッと笑いながら二人に視線を向けると、オーランドと呼ばれたちょび髭の男が歯を見せて豪快に笑う。


『おうともさ! 私の対空型駆逐艦グロスターの力を見せてやりますぜ!』


 そしてアルカンクと呼ばれた男も額に浮かんだ汗をハンカチで拭きながら笑う。


「我輩の対空型駆逐艦コービーの腕の見せどころなんだな」




 この二名はどちらも駆逐艦の艦長。


 そして二人の乗る艦は名前に入っている“対空型”と入っている通り、対空戦闘に特化した駆逐艦だ。



 

 通常の駆逐艦が装備している対空レーザー機銃は六基。


 それに対して対空型駆逐艦は両舷に増設され、総数は十二基と倍の数を誇る。


 さらに対空用の短距離ミサイル発射管も二基増設され、まさに対空戦闘のスペシャリストたる艦。

 

 その代わりに駆逐艦の主砲である連装陽電子砲は撤去され両用レーザーターレットがその代わりとなっており、対艦戦闘では少々物足りない攻撃力である。



 

「駆逐艦グロスター、駆逐艦コービー。前へ出ます」


 オペレーターの報告にエドマンが壁全面に埋め込まれているモニターに目を向けると、巡洋艦オーベイの左右前方にそれぞれ駆逐艦が進んでいく姿が映っていた。


 ちょうど装甲が開いて対空レーザー機銃を外に出しながら。




「全艦、対空戦闘準備完了! 敵機接近、接触まで二十秒」


 そして全艦が配置に着いた時、フェアリー大隊の脇をすり抜けた敵はもう目と鼻の先にまで近づいていた。


「射程範囲に入り次第攻撃開始ですぞ。各艦の攻撃目標は戦闘補助AIの振り分けを優先」


 エドマンの命令が下ると共に各艦の対空レーザー機銃に変化が生まれる。


 各艦が展開していた対空レーザー機銃の先端が高速で回り始めたのだった。


 


 対空レーザー機銃は長さ約一mの筒型をした先端に四つのレンズがついた物だ。


 そのレンズが入れ替わる様に回転することで一つのレーザー発生源からのレーザーを四つのレンズを通して発射することが出来る。


 この時、各レンズは焦点を変えることで対空機銃一基で最大四個の目標を追尾することが出来、射角は最大で一八〇度をカバー出来る。



 

 そして約十秒後。


 宇宙に白いレーザーの花火が舞い散った。




 四個の目標にそれぞれ針の様なレーザーを放つ対空機銃が艦隊の総数では数十基。


 高性能のレーダーと高度な戦闘補助AIの組み合わせで、侵入してきた十機のアモスに容赦ない弾幕が襲いかかった。



 

 そう。敵は十機なのだ。



 

 先頭の突撃型アモスの表面には無数の赤い点が浮かび上がる。


 よく見るとその赤い点の中心には溶けたような穴が空き、その内部も穴と同じ直径で溶かされていた。


 特殊な処理がされていないアモスの表面装甲は艦艇が放つ出力のレーザーを防ぐ事は出来ない。


 哀れなアモス達は対空レーザー機銃の射程範囲に入った順にその身にレーザーの雨を浴び、艦隊に到達するはるか手前で爆散してしまうのだった。




「敵機全機破壊を確認」


「……これから敵機の侵入は増えますぞ。各艦対空警戒を厳にしつつ艦砲射撃を継続」


 オペレーターからの報告にエドマンは一息ついて、少し体から力を抜いて司令官席に体を預ける。


 しかし目線は艦橋中央のモニターを厳しく見たままだ。


 


 戦場を映しているそのレーダーマップは濁流の如き赤い光点が続々と奥から湧いて出ていた。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 後方の艦隊が対空戦闘を開始していた頃。


 前方でアモスと対峙しているフェアリー大隊で事態が大きく動こうとしていた。


 そのきっかけはほんの小さな取るに足らない一粒の水滴だった。



 

「痛っ!」




 フェアリー大隊 第七小隊『グレムリン小隊』


 そこに所属しているパイロットの額から流れた汗の粒が、彼の目に入ったことから事態は動き始める。



 

「ちっ、クソ!」


 彼は目からの不意の激痛に慌てて目をつむってしまった。


 そしてヘルメットのバイザーを上げて乱暴に腕で目元を拭う。


 そして再び目を開けるまでにかかった時間はたったの七秒。


 しかし、その七秒という短い時間は命のやり取りをしている戦場にあっては致命的な長さの時間だった。

 

『グレムリン7!! 何をやっている! 動け! 動けぇ!!』


「へっ……?」




 彼が再び目を開けた瞬間に飛び込んできた光景は、鋭い先端をこちらに向けて突っ込んでくる小型種突撃型の大きな姿だった。




「ぐあぁぁぁああああ!」


 まず彼が感じたのは衝撃。


 そして横に振り回される激しい遠心力がグレムリン7と呼ばれたパイロットを襲った。


 この時、彼は咄嗟に騎体の身をよじった事が功を奏して接近していた突撃型からの攻撃の直撃は避ける事に成功した。


 ただし、その代償として左腕部に接触した突撃型に左腕をもぎ取られてしまう。


 そして、この時の衝撃で騎体はコマのように激しく横方向にスピンをしてしまったのだ。




 激しくスピンする騎体の中でパイロットは強すぎる遠心力になんとか抗って操縦桿を握り直すとガチャガチャと激しく動かし、何とか操縦しようとする。


 しかし、彼が出来たのはここまでだった。



 

 すぐ後ろから迫っていた次の突撃型はグレムリン7の騎体の下半身と接触。


 彼の騎体は腰の部分からちぎれて上半身と分かれてしまう。


 そして、さらにすぐ後ろから迫った三機目の突撃型の鋭い先端がグレムリン7のコックピットを綺麗に捉えてしまったのだった。


 


『グレムリン7!! ちくしょう!! グレムリン7が喰われちまった!! グレムリン7の生命反応なし!! グレムリン7KIA(戦死)!!!』




 戦闘開始から三時間四十分。


 ギリギリの所で保っていた『生き残れるかもしれない』という希望の細い細い糸は、遂にプチプチと音を立ててほころび始める。

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