第8話 僕はこの光景を一生忘れない

「卒業生、学校長へ敬礼!」




 総合訓練終了より一ヶ月後。


 首都星ソルベリアの地表にある自然公園の一角にて帝国軍幼年学校の卒業式が執り行われていた。


 普段生活している高度千mにある居住地ではなく、あえて地上で行われているのには開校以来の伝統であった。


 学生達が並ぶ周囲には桃色のカーテンが広がっていた。


 初代皇帝がわざわざ人類の母星である地球から取り寄せ、今では宇宙においてこのソルベリアにしか自生していない帝国を代表する国花“チェリーブロッサム”。

 

 古い記録で別れと出会いを象徴するとされるこの花は、帝都では各種学校の卒業と入学の時期にその花を満開に咲かせ、首都星の特に帝都ではこの花が自生する自然公園で式典をすることが上級学校の特権の一つとなっていた。



 

「それでは成績順に卒業証書を授与する。――首席ウィリアム・ロックウェル訓練生!」

「はっ!」


 帝国軍幼年学校の青みがかった黒の制服を見事に着こなした黒髪の学生が、会場の上座に位置する壇上に上がっていく。


「ロックウェル訓練生、卒業おめでとう」

「ありがとうございます!」


 壇上で卒業証書を渡す学校長に、見惚れるような敬礼をする。

 

 そのあまりにも見事な敬礼に、軍帽からこぼれる黒真珠のような黒髪と整った精悍な顔つきが合わさり、彼を一種の芸術品へと昇華させていた。

 

 周りからは思わず、ほうっとため息が漏れている。



  

「次!――次席アルマ・カーマイン訓練生!」

「ひゃ、ひゃい!」


 帝国軍幼年学校の青みがかった黒の制服を亜麻色の髪の毛の小柄な女生徒が、右手と右足を同時に出しながら壇上へと上がっていく。

 

「カーマイン訓練生、卒業おめでとう」

「ありがとうございましゅ!」


 壇上で卒業証書を渡す学校長に勢いよく敬礼をすると自身の手が軍帽に当たってしまい、頭から飛んでいってしまった拍子に亜麻色の髪の毛がこぼれ出す。

 

 顔を真っ赤にして固まった様子に学校長は自ら彼女の足元に転がった軍帽を拾い上げてその小さな頭に乗せてあげた。

 

 周りからは思わず、くすくすと小さな笑い声が漏れている。



  

 その後は滞りなく学生達へ卒業証書が授与されていく。


学校長からの訓示も終わり、卒業式は終わりの時を迎えようとしていた。


「これにて第六二六期帝国軍幼年学校の卒業式を終了する。卒業生諸君、卒業おめでとう」



 

 その瞬間、卒業生が一斉に投げた黒色の軍帽が空を舞った。



 

 穏やか八月の日差しが卒業生達を柔らかく照らし、薄紅色の可憐な花びらが祝福するかのように舞い散る中、ウィリアムとアルマは晴れて帝国軍幼年学校を卒業したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 卒業式の後は立食形式のささやかなパーティが開かれていた。


 この日ばかりは普段は厳しい教官達もその顔に笑顔を浮かべ、学生達に細かなことを言ってこない。

 

 卒業生達は思い思いの相手と談笑に興じていた。


 

 この後、卒業生達はほぼ全ての者が士官学校へと進学していく。


 幼年学校で各種適正が見定められた学生達はこの後、複数の課程に分かれてそれぞれの専門分野を学んでいくのだ。


 中には二度と会えない者も出てくる。


 その為、卒業生達の中にも友人との別れを惜しんで涙を流している者も多くいた。



 

 その中で一番多くの卒業生に囲まれていたのはウィリアムだった。


 女子生徒はもちろんだが、思いのほか男子生徒も多く集まっており、彼ら彼女らとの会話に華を咲かせていた。

 

 中にはこの機会に告白をしていた女子生徒もいたが、全員が丁重に断られていた。


 しかし、彼女達にとってはそれも青春の一ページとして色褪せない記憶に刻まれたことだろう。


 ウィリアムが男子生徒達と冗談を言い合い笑っている姿は、入学したばかりの頃からは考えられない光景だった。


 初めは遠巻きにウィリアムを見ていただけの生徒達は、しかし流石は各地から集まったエリート達だった。


 次第に周りから畏れられていたウィリアムへぶつかって行く者が現れ始め、お互いに遠慮なく切磋琢磨する関係へと進んでいた。


 幼少期からその才能故、周りから別格と避けられていたウィリアムにとって、とても居心地のいい環境であり、鳴りを潜めていた生来の社交的な性格が発揮された結果多くの友人ができ、多くの者に慕われるようになった。



  

 しばらくしてウィリアムは友人達に断りを入れて飲み物を二つ持つと端のテーブルへと歩いていった。

 

 少し名残惜しそうにしていた友人達は彼が歩いて行った先を見ると納得したように笑みを浮かべ、それぞれに違う友人と会話するためにその場を離れていった。



 

 ウィリアムが向かった先には亜麻色の髪の毛の少女がいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ん~~!?□★\〇!!」

 

「アルマ。ほら、お水」


 テーブルの端にいた小柄な少女は顔を真っ青にして、亜麻色の髪の毛を振り乱しながらその薄い胸をドンドンと自らの手で必死に叩いていた。


 ウィリアムが水を渡すとそれをひったくるようにして飲んでいく。

 

 様子を見ながらウィリアムはその少女、アルマの背中を優しくさすった。


「……ぷはっ。ありがと、ウィル。あ~死ぬかと思った」

「何しているんだよ、君は」


 だって、こんなに美味しいご飯があるんだよ?と目を輝かせて次の獲物を見定めているアルマをウィリアムは優しい目で見る。



 

 二年前。彼女と出会ったことで自分の人生は確かに変わった。


 今でこそ多くの友人に囲まれて多くの学友達と切磋琢磨している自分がいるが、彼女に出会わなければ――あの自習室の一件がなければ自分は勝手に周りに失望して、勝手に自分の殻に閉じこもったままだったかもしれない。


 そのきっかけをくれたのは確かに、目の前で多くの食事と格闘しているこの小柄な少女だった。


 この後、ウィリアムは帝国軍でも花形とされる帝国宇宙軍艦隊司令官の養成課程へと進むことが内定している。


 そしてアルマは機動騎士ガーディアン指揮官の養成課程へと進むことが内定していた。


 

 

 二人の道は今日この日を以って分かれることが決まっていたのだ。



 

「アルマ」


 万感の思いを込めて少女の名前をウィリアムは口にする。


 あの自習室での夜。


 自分の凍りついていた心を優しく包んで溶かしてくれた少女。


「ん? どしたの? ウィル」


 少女が振り向く。



  

「僕は、君のことを――」



  

『愛している』

  

 それは貴族として一般市民へ言ってはいけない言葉。


 ましてや、身分は隠しているが自分は貴族の頂点、皇族である。


 少女に恋い焦がれるこの気持ちは決して表には出してはいけないモノ。



  

「――生涯のライバルだと思っているよ」




 寸前でウィリアムは言葉を飲み込んだ。

 これでいいんだ、と自分に必死に言い聞かせながら。



 

 でも

  

 きょとんとしたアルマはその数瞬後に、


「私も! ウィルは私の生涯最大のライバルで――」


 あぁ、そんな顔を見せないでおくれアルマ


 さっきの僕の決意が簡単に壊れてしまうじゃないか……



 

「――最高の相棒パートナーだよっ!」

 

 満面の笑顔を浮かべた。



 

 その時、強い風が吹き、多くの桜の花びらが風に乗って二人の元へ舞い降りてくる。



 

 桜色の花吹雪の中で太陽のような笑顔を浮かべる少女アルマ


 僕はこの光景を一生忘れない


 この世で一番綺麗な風景の中にいる、この世で一番可憐なアルマの姿を




 神様




 この人アルマと巡り合わせてくれた奇跡を僕に贈って下さって、ありがとうございました


 この日から僕の中にある、この狂おしい程の感情愛情は誰にも言いません



 

 だから、今日この日だけは……




 もう少しだけ最愛の人アルマと一緒の風景に居させて下さい

 


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 二週間後


 真新しい黒色の制服を身にまとったウィリアムは士官学校の校舎にいた。


 今日より士官学校でのカリキュラムが始まる。

 

 皇族として、未来の帝国を支える将官となるべくこれから四年間、この新しい環境でまた多くの経験を積んでいくことになるのだろう。

 

 周りには見た事のある顔もあれば、他のエリアにある帝国軍幼年学校から来たのだろう、見知らぬ顔も多くあった。




 そして、帝国軍幼年学校でいつも彼の横にいた、亜麻色の髪の毛の少女はもうそこにはいなかった






 

 

「ねぇ。ウィル、ウィル。ほら、私成長期じゃない? だから制服大きめのサイズ頼んだんだけど、変じゃないかな?」


 ――訳では無かった。


「うーん……小さくなったら買い換えれば良かったんじゃないかな?」

 

「やっぱり! 変なんだ!? だって制服って高いじゃん! 私の家そんなにお金持ちじゃ――」


 確かに専攻課程によって道は分かれるが、共通する授業もあり、艦隊司令官と機動騎士ガーディアン指揮官の過程は二年生までは多くの共通授業があった。



 

「でね、でね、ウィル。昨日の下見の時に私、機動騎士ガーディアンクラブに勧誘されてね――」


 士官学校に登校した時に教室でアルマの姿を見つけるまでその事を失念していたウィリアムは驚愕すると共に、先日の決意を思って顔から火が出るほど恥ずかしい思いをした。


「ウィルも一緒に入ろうよ、機動騎士ガーディアンクラブ。で、全国大会で優勝てっぺん取ろうよぉ~」


 どうやらあの決意によって、神様はアルマと一緒に過ごせる猶予をあと数年伸ばしてくれたようだった。

 

 その事は素直に神様に感謝するとしよう。


「えー。艦隊司令官課程の学生がそのクラブはおかしいんじゃないかな?」

 

「だったら目指そうよ、帝国初! 機動騎士ガーディアンに乗って戦う艦隊司令官! ほら格好いい!」


 さっきからウィリアムにしてくるアルマの提案は無茶振りと呼んで差し支えないものであった。

 

「だって、私とウィルが組んだら最強無敵だもん」


 しかし、彼の心には既に無い。

 アルマの言うことを断る、という選択肢は既に存在しなかった。



 この後、士官学校でこの二人は多くの伝説を作ることになる。

 

 ウィリアムはアルマの宣言通り、艦隊司令官養成課程の生徒としては士官学校設立史上初めて、全国機動騎士ガーディアン競技選手権大会ペアの部と団体の部で優勝を果たすことになるが、それはまた別の物語で。



  

~FIN~

 

 監督・脚本・盗撮・編集 マーカス・オルブライエン

 制作 マクシミリアンピクチャーカンパニー(M.P.C)


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ブラボー! ブラボーでござるよ! グッジョブ、マーカス!!」

 

「そう……ソフィアが生まれてからウィリアムが優しくなったのはこの娘のおかげだったのね……」


 マクシミリアンが滂沱ぼうだの涙を流し、セシリアがさめざめと泣いていた。


「あ……あ、ああ、あ……」

 

 そして、ウィリアムはまたもや灰のように真っ白になっていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その様子を見ながら、ヒソヒソと二人の皇子が話し合っていた。

 

「……なぁ、コンラッドよ。私はアルマ・カーマインという名前に聞き覚えがあるのだが」

 

「奇遇ですね、自分もですよアルフレッド兄上」


 まずはアルフレッドが口火を切る。

  

「確か、四年前に連邦軍の帝国方面軍司令ウラジミール大将を拉致、ゲフンゲフン、保護した実行部隊にその名前を見たな」


 次いで、コンラッドが忌々し気に語る。

  

「自分は一昨年の南天方面軍第四十九宙域エリア物資横領事件解決の中心人物のリストに見ましたよ。……まぁ、横領と言ってもあれは現地軍による暴動一歩手前でしたから。もみ消した情報局と治安維持局には大きな借りができましたがね」


 そうしてヒソヒソと話している二人の間に、マクシミリアンがその巨体を割り込ませてきた。

 



「デュフ。拙者も前から知っていたでござるよ。八年前の全国機動騎士ガーディアン競技選手権大会。当時は数十年に一人の逸材と呼ばれる選手達が同年代に多数集って、黄金世代なんて呼ばれていたでござった」




 当時のメディアは黄金十二騎士ゾディアックと名付けて映像配信サービスで盛大に取り上げていた。

 

「そんな猛者揃いの中で、その年から個人の部で大会四連覇という偉業を成し遂げた妖精小姫フェアリーと呼ばれていた選手がアルマ・カーマインでしたな」


 ちなみに大手メディアが作成した十二騎士のプロフィール画像で他の選手が競技中の凛々しい表情の切り抜きが使われていたのに対して、妖精小姫アルマだけが幸せそうにみたらし団子を頬張っている写真を使われていた事に当時のネット掲示板は大いに賑わい、様々なコラ画像が産まれる結果となった。

  


 

「そして、二年目には中央士官学校機動騎士ガーディアンチーム、妖精小姫フェアリーが率いる妖精の踊り子達ダンス・オブ・フェアリーズが魅せた奇跡の三十分。……拙者、今でもまぶたの裏に刻まれているでござる。ウィリアム氏も確かその一員だったはずでござるよ」


 アルフレッドとコンラッドはヒソヒソと話していたはずだったが、大声のマクシミリアンが入り周りに注目を浴びてしまう。

 

 彼らが話していた内容は一部機密の情報があった為、少し複雑な顔をするが、マクシミリアンの話に反応を見せたのは意外な人物だった。



 

「やはり! お名前が一緒だったのでまさかとは思っておりましたが、このお方が妖精小姫フェアリー様なのですね!?」


 それまで眠そうな目をしていたクローディアは目をカッと開きマクシミリアンへと詰め寄っていた。


「おほっ、クローディア氏もご存知でござるか?」


 普段はあまり会話のないクローディアの反応に少し嬉しくなったマクシミリアンだったが……

  

「ご存知か、ですって!? 『黄金十二騎士ゾディアック』筆頭にして『孤高なる頂きプライマル・ワン』の妖精小姫フェアリー様を帝国人で知らない人なんているんですか!?」


「お、おうふ……」


 おや?クローディアの様子がおかしいぞ?



  

「かのお方の妖精の散歩道フェアリーステップは左右のスラスターを不規則に使用する事で相手に間合いを悟らせない事と同時に戦闘補助AIの未来位置予測による偏差射撃をことごとく欺くとされておりますが、黄金十二騎士ゾディアック序列六位の知識の探求者ヘルメス様の解析によると射撃開始の0.02秒後に回避行動をしていたことが確認されていて、これは人間の知覚してから筋肉に伝達される速度を大きく上回っていると言われています。これによって妖精小姫フェアリー様は未来予知が可能であると一部では噂されておりましたが、今では相手の攻撃パターン、射撃武器の銃口の位置、間合い、自身の位置を全て勘案しての行動と言われております。が、人間の頭脳で、しかも高機動戦闘でその計算を脳内で常にしているのは不可能ですが、しかし四年間公式記録で有効被弾数が四発のみという事実が……ブツブツ」


 普段の眠たげな顔の妹からは考えられない程の饒舌じょうぜつぶりにマクシミリアンは呆気に取られてしまう。

 

「クローディア氏。ストップ、ストップでござる」


 しかし、クローディアは止まらない。

 

 目を爛々らんらんと輝かせ、口から唾を飛ばす勢いのクローディアは全く止まらない。

 

「しかも、あの四七八回大会の団体戦。北天方面第一士官学校に蓬莱ほうらい諸国家連合王国から留学されていた黄金十二騎士ゾディアック序列二位の龍撃公女ドラグニカシャオロン・メイファ王女率いるチーム『明けの明星ルシフェル』との決勝戦。あの奇跡の三十分での大逆転劇を演じた妖精の踊り子達ダンス・オブ・フェアリーズにウィリアムお兄様がいたなんて情報を知らなかったなんて私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。確かにロックウェルという黒髪の選手がいたことは知っていましたが、妖精小姫フェアリー様と一心同体の神コンビネーションを魅せた調律者コネクテス様と呼ばれたお方が、ウィリアムお兄様だったなんて当時の私が知っていたら! あの大逆転劇は準決勝で負傷して、決勝戦は交代枠でのスタートとなった調律者コネクテス様の復帰を信じて戦い続けた妖精の踊り子達ダンス・オブ・フェアリーズの絆が光っておりましたわ! 妖精小姫フェアリー様と調律者コネクテス様へ託す為に各人がその身を挺して龍撃公女ドラグニカ様の猛攻を防ぎ、そして! 土壇場で復帰した調律者コネクテス様と妖精小姫フェアリー様とのコンビネーションで僅か三十秒で龍撃公女ドラグニカ様以外の『明けの明星ルシフェル』を撃破した妖精達の舞踏会フローレス・ワルツ! そしてそして……もがっ」


「どうどう。どうどうでござる、クローディア氏。ソフィがすごい顔をしているので、その辺で止まるでござるよ」


 口を押さえられて強制停止したクローディアが横を見ると、ソフィアは白目になってうわ言のように「こんなのお姉様じゃない、お姉様じゃないお」とブツブツと呟いていた。


「ん……」


 そんな妹を見たクローディアがいつもの眠たげな瞳に戻る。

 

 その途端「いつものお姉様なの! おかえりなさいなのクローディアお姉様!」と抱きつくソフィアにグリングリンと頭を押し付けられたクローディアは、読めない表情の中に確かに『やっちまったな』的な空気を出していた。


 自分と同類の匂いを感じたマクシミリアンは静かにサムズアップした。



  

と各所で様々な衝撃を受けている者達がいる中、


「……これがウィリアムが婚約をして来なかった理由か」


 オルフェインの声が聞こえてきた。

 

 心なしかイライラしたような響きが含まれている。


「どこぞの下級貴族の娘に懸想けそうしているのかと思いきや……まさか一般市民の娘とは……」

 

 その言葉に部屋の全員がオルフェインに注目する。



 

「――くだらねぇ。全くもってくだらねぇなぁ!」


 皇帝オルフェインは、そう吐き捨てるように言葉を放った。

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