第7話 いわゆる“股枕”といわれる体勢

「うぅ……ん」 


 妙に背中が痛い事に気づいたウィリアムは真っ暗な中にあった。


 それが自身が目を閉じている為というのに気づくと、その閉じていた目を開けた。


 目の前には上下反対で気持ちよさそうに眠る少女の顔があった。

  



「うわぁぁぁ!」




  ウィリアムは起き上がろうとしたが上手く起き上がれなかった。


 そのまま起き上がると高確率で上にある少女の顔にぶつかってしまうからだ。

 

 それほどまでウィリアムと少女の顔の距離は近かった。

  

「……んみゅ。……ふわあぁぁぁあ……あ、おはよう、ロックウェル君」


 少女も目を覚ますと「んぅぅ!」っと猫のように背伸びをする。


「え? え? なんで?」

 

「いやぁ……あの後ロックウェル君眠っちゃったからさぁ。流石に乙女な私は男子の寄宿舎に行けないし、ロックウェル君をほっておく訳にもいけないし」


 自分の体に毛布がかけられていることにウィリアムは気がついた。


 上を見るとアルマも肩から毛布を被っていた。 


「自分の部屋から毛布取ってきて、自習室で寝ちゃいました! あははは」



 

 いまだ混乱しているウィリアムは、不意に自身の頭の下にある硬いけど少し柔らかい感触が気になった。


 自分の頭の上になぜか見えるアルマの上半身と、上下逆になったアルマの顔。


 そして自分の顔の周りからは女性の匂いが強く感じられる。

 

 そこで完全に理解した。自分はアルマの下半身を枕替わりにしている事を。



 

 いわゆる、“股枕”といわれる体勢である事を。



 

「き、君! 未婚の女性がなんて破廉恥ハレンチな事をしているんだ!!」


 今度こそ飛び上がったウィリアムは慌ててアルマから離れた。

 

「あ、ごめんね。おかーちゃんがしてくれた、ひざ枕を真似してみたんだけど途中で足が痛くなっちゃってさ。……あ、もしかして……その――臭かった?」

 

「い、いや、すごくいい匂いだった――って違う!」


 羞恥心で顔を真っ赤にしてその場にうずくまったウィリアムに「だったら良かったよ」とアルマは笑い、背もたれにしていた壁から体を離すと彼のそばまで四つん這いになって進み、その顔をのぞき込んだ。


「……うん。今日はいい顔してる。吐き出したらスッキリしたでしょ?」


 その言葉に、さっきとは違う意味でウィリアムの顔は真っ赤になった。


 昨日、アルマに吐き出した弱音を思い出したからだ。


「あはは。恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。こういう事はね、溜め込んじゃダメなんだよ……無視してたらいつか壊れちゃうからね。私でよければいつでも聞いてあげるから遠慮しないでね?」


 そう伝えたアルマはジーッとウィリアムの顔をのぞき込み続ける。

 

「でも、なんか本当に変わっちゃったね。昨日までは眉間にしわ寄せて、こーんな顔してたのに」


 そう言って、彼女は自分の眉間を摘んでしかめっ面をする。


「今日のロックウェル君は子供みたいなかわいい顔してるよ。私はそっちの方が好きだな」

 

 ウィリアムの顔の前でにこっと笑うと、アルマは勢いよく立ち上がる。

 

「よし! それじゃあ、あとは教官に見つからないように部屋まで帰るのが最大のミッションだねっ! あー、お腹も空いたし!」


 よいしょー、とアルマは背伸びすると二枚の毛布を回収し、自習室を出て行こうとする。



 

 その後ろ姿を真っ赤な顔で見送っていたウィリアムはアルマを呼び止める為に声をかけた。


「カーマインさんちょっと待って!」

「?」


 扉を出ていこうとしていたアルマが歩みを止めると、ウィリアムはガバッと上半身を折り曲げて彼女へ謝罪した。

 

「その……中間試験の順位発表の時は申し訳なかった。君にはとても失礼な事をした。本当にすまなかった」


「あぁ、いいよいいよ。ロックウェル君の事情も何となくわかったし、私は気にしてないよ」


 そんなウィリアムの態度にアルマは右手を横にヒラヒラ振って、気にしていないと告げる。

 

「ありがとうカーマインさん」


 そして、意を決した様子でウィリアムは続ける。

 

「……そ、それと良かったら今度から僕の事はウィルって呼んで。親しい人は皆そう呼んでいるから」 

 

「え!?」


 一瞬キョトンとした表情をしたアルマは、

 



「――いいね、いいね! じゃあ、今日からウィルって呼ぶね。愛称ってなんか仲良しさんみたいで、とってもいいねっ!」




 ウィリアムからの提案に目を輝かせて反応した。

 

「じゃあね、じゃあね。私の事もカーマインさん、じゃなくて、アルマ……アル?でいいよ」

 

「ふふっ、アルだと男の子みたいだから、その、ア、アルマって名前で呼ぶよ。いいかな? ア、アルマ」


 恥ずかしそうにそう言ったウィリアムに

 

「うんっ。それじゃあこれからもよろしくね。ウィル」




 アルマはひまわりのような明るい笑顔でそれに応えた。


 恐らく、この時がウィリアムがアルマへ恋に落ちた事を自覚した瞬間だったであろう。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから、二年間の帝国軍幼年学校での季節は瞬く間に過ぎていった。


「今回は僕の勝ちだね、アルマ」

 

「ぐぎぎぎ、あの問題さえケアレスミスしなければ」

 

「ふふふ、そこを含めての真剣勝負さ。ミスする方が悪い」

 

「つ、次こそはウィルには負けないからねっ!」


 時にお互いに競い合い、



 

「ねぇねぇ、ウィル、ウィル! マウザー準教授の論文読んだ? 凄いよね~」

 

「もしかして『レゾナンス粒子と多世界解釈を利用した空間跳躍ワープ技術の発展』ってやつ?」

 

「そうそう! 凄いよね~。プッシュアンドプル方式の数倍の移動距離と時間短縮って夢があるよね!」

 

「……準教授は学会ではトンデモ論者で有名だよ? 君は読む論文は選んだ方がいいと思うよ、アルマ」

 

 時にお互いの知識を共有し、



 

「ねぇねぇ、ウィル。おとーちゃんから携帯端末買ってもいいって許可が出たから買いに行くんだけど、週末に一緒に行こうよ」

 

「し、しょうがないなぁ。今書いているレポートが仕上げられたら付き合うよ。……僕も持ってないから買おうかな」

 

「やったーー! じゃあ私もお手伝いするよ! ライバルらしくさ、一緒の買おうよ!」


 時に共に街へと繰り出し親交を深め、

 


 

「……うぃるぅ、お腹すいたぁ」

 

「アルマ、またご飯食べないで論文読んでいただろう。……ほら、今日僕が実習で作ったレーションがあるから明日の朝までこれで我慢して」

 

「ああぁぁ、クッキーだぁ! ありがとうウィル! それじゃあ、いっただきまーす! はむっ」

 

「って、僕の手まで食べるな! ゆ、指に付いた粉まで舐めるんじゃない!」

 

「ぺろぺろ……ぅん、ちゅぱっ。…………ねぇ、ウィル。もうないの? 私、もっとウィルのが欲しいのぉ」

 

 そして、時にお互いにご褒美を与え合った。



  

 それから季節は流れていき、卒業まであと三ヶ月を切った時、帝国軍幼年学校において最後にして最大のイベントが始まろうとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「来週の月曜日より、諸君の二年間の集大成となる総合訓練が始まる。諸君の成績にも大きく反映される大事な訓練だ。全員気を引き締めて訓練を完遂するように」

 

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

「よろしい。それでは本日の終礼を終了する。日直!」

 

「起立! 礼!」

 

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」



 

 総合訓練


 ここ帝国軍幼年学校において、卒業前に課される最後の訓練だった。


 訓練内容は二人一組で目的地まで移動するという簡単なものである。


 しかし、目的地は年によって違うが、平均しておよそ五十km。


 しかも、食料や水の入った重さ二十kgのバックパックを背負い、二kgもの重量がある帝国陸軍制式採用のブラスターを持っての移動となる。


 訓練場に選ばれるのは起伏に富んだ山地が選ばれることが多く、学生は渡された地形図を元に自分達でルートを選定し、およそ二泊三日で踏破する。


 その間には、教官達による妨害や襲撃などもあり、毎年踏破する学生は全体の六割いるかどうかで、途中でリタイアする学生が多く出ていた。


 

 

「ねぇ、ウィル。来週からの総合訓練とっても楽しみだね!」

 

「うーん、アルマ。君は呑気そうだけど、今後の僕たちの進路が決まる大事な訓練だから気を引き締めないと」


 教室の片隅では二人の男女が話をしていた。



 

 一人はウィリアム・ロックウェル

 

 黒真珠のような光沢のある黒髪に、少年から青年に変わる、可愛らしさを残しつつも引き締まったように変化している顔つきは、見る人を魅了する美しさがあった。

 

 同学年からはもちろんだが、下級生の女子生徒からも絶大な人気があり、密かに『ウィリアム様警備隊』なるものが結成されているという噂もある。



  

 もう一人はアルマ・カーマイン

 

 亜麻色の髪の毛は背中まで伸びており、それを後ろで束ねている。


 頭頂部からはひと房の髪の毛がぴょこん飛び上がっており、見た目と合わさって少し幼い印象を、綺麗というよりは可愛らしいという印象受ける。

 

 今年に入ってからはOBB作戦なる計画を立案したようだが、ウィリアムはその詳細を知らないまでもまだ結果は出ていない様子であることは分かっていた。 




 ちなみにくだんの警備隊の最重要排除目標にはアルマ・カーマインの名が挙がっている。


 が、しかし。


 ・強硬派(積極的にアルマを排除し、後釜に自分が座る)


 ・穏健派(自然とアルマが離れていくまで待ち、後釜に自分が座る)


 ・見守り隊(今のアルマと一緒にいる時に見せるウィリアムの表情が至高)


 この三派閥に分かれては日々凄惨せいさんな内輪揉めをし、本格的な行動が出来ていない状態なのだという。



  

 ウィリアムとアルマはこの二年間でさらにその距離を接近させていたが、好意を寄せているウィリアムはあまり積極的には動こうとはせず、アルマに至っては事ある毎にライバル心をむき出しにウィリアムに突っかかっていく様子で、仲のいい友人という言葉が彼らの関係にピッタリな言葉であった。


 事実、教官の言った総合訓練ではどちらとも一緒にペアになろうとは言っていない。


 が、彼らの中では既にお互いがペアを組むことが前提で話が進んでいた。 



  

「甘い、甘いでヤンスよ!」


 その二人に近づく影が一つ。


 瓶底メガネをその顔に掛けた影の薄そうな金髪の男子生徒は、きっと一度見ても次に会った時には忘れられていそうな幸薄さをその身にまとっていた。

  

「き、君はヨナサン・ステッドラー君!」

 

「あれ? アルマ、君なんで説明口調なの?」


 この空間は二人の親密な雰囲気に加えて、警備隊が常時複数人視線を向けている為、クラスメートですら近寄りづらい空間となっていた。


 そこに躊躇ちゅうちょ無く踏み込んだ彼はまさに勇者と言っても過言では無いだろう。


 ――たとえ明日には忘れてしまいそうな顔だったとしても。

 

「ふっふっふ。ウィリアム君とアルマさんはこの学年で入学してから一位と二位を他人に譲ったことの無い最強コンビでヤンス。もちろんこのまま行けば第一位間違いなし!……でもね、そうは問屋が卸さないでヤンス」


 ちなみにさっきからの変な話し方は、少しでも人に印象が残るようにする為に考え出した彼なりの涙ぐましい努力の結果だったりする。

 

「ど、どういうこと? 普通は『』と『』がいれば一位は間違いないじゃない!?」

 

「しれっと僕が前回のテストで君に負けたことを言うの止めてもらえるかな?」

 



「毎年、この訓練では優勝間違いなしと評価されていたコンビが多くリタイアしているでヤンスが、そのほとんどが他生徒の妨害でヤンス。――例えばほらあそこ」


 あ、僕の発言は無視するんだと思いながらウィリアムがヨナサンが指を向けた方向を見ると、いかにも人相の悪そうな二人組がウィリアム達を見てわらっていた。

 

 これみよがしにポケットから硬貨を取り出すと親指と人差し指でつまんで、それをフンッと気合一閃、折り曲げている。

 

 それを見てキャッキャとはしゃいでいるアルマを見て、後でやり方を教えてもらおうとウィリアムは胸に誓った。


「オルガ君とボッシュ君の最狂コンビでヤンス。汚いことをさせたら我が学年で並ぶ者なしのコンビでヤンスよ。お~、怖っ」



  

 そして、今度は教室の窓を指さす。

 

「次はエリン嬢とナターシャ嬢の、私のウィリアム様にまとわりつく羽虫(アルマ)絶対コピースコンビでヤンス」 


 窓にへばりつくようにウィリアム達を観察する二人の少女達がそこにいた。

 腕章には「警備隊」との文字が見て取れる。


 二人とも髪の毛をドリル状に巻いており、それを見て「あれって隠し武器だよね! きっとギュインって回るんだよ!」と興奮しているアルマが真似をしないように後できつく言っておこうとウィリアムは胸に誓った。


 

 

「クーデリアン君とテッド君のイケメンウィリアム絶対コピースコンビでゲス」


 次いで隣の校舎の屋上を指さす。

 

 そこには右手の手のひらを自身の顔に当て、人差し指と中指の間から目を覗かせながら口元を歪めている美少年と、腰をクイッと横に曲げて左手をその腰に置き、天を仰いだ顔に右手を絡ませて立っている香ばしい美少年が立っていた。


 前半の少年は今にも「我に従え!」と叫びそうな雰囲気を、後半の少年は気を抜くと背後にオラオラ言う何かが見えそうな雰囲気を醸し出している。


 ウィリアムが脅威の視力で前半の少年の口元を見ると


「アルマたん、今日も可愛いよ。( ///́Д/̀// )ハァハァ♡」


 と動いており、訓練中にこっそり消そうとウィリアムは胸に誓った。


 

 

「最後はイーサン、イーロン・マクスウェル兄弟。彼らは君たちに次ぐ成績の……えーと、成績の猛者でヤンス」


 知ってる。


 ウィリアム達の隣の席で四角い委員長メガネをかけた線の細い双子の兄弟が、さっきから課題を無言でこなしている。


 この前、部屋に教科書を忘れたアルマに、自分達は双子だから一緒に見るよ、と言って一冊貸してくれていた、とても心優しい兄弟だ。


 彼らは見ての通りで体力に自信がなさそうだったので、総合訓練できっと力になろうとウィリアムは胸に誓っていた。


 ……ただ、あの時彼らの申し出がなければ、自分の教科書を見せる為にアルマと席をくっつけられたかもしれなかったのに、という事は少し根に持っていた。



 

「むむっ、こうしてみると強敵揃いだねっ!」


 そうかな?と思ったウィリアムは、それでもアルマに「そうだね」と相槌を打っておく。


「ふふっ、アルマさんは怖気付いたでヤンスか?」 


 そう言って、挑発するようにその瓶底メガネの顔をアルマに近づけたヨナサンに、ウィリアムはそれ以上近づいたらピーすぞと殺気を送る。


「……ふっふっふ。そんなことないよ。ねっ、ウィル!」

 

 そう言ってウィリアムに真っ直ぐな笑顔を向けてくる彼女に、大きく頷くと 


「僕達ならきっと」

「私達ならきっと」

「「絶対に勝てるから!!」」


 と答えていた。



「ふ、ふ。自信満々でヤンスね。……今年の総合訓練は風が吹き荒れるでヤンスよ。それもとてつもない巨大な嵐がね!!」


 


 それでもきっと勝つのは僕達だろう。


 隣で不敵に笑う小柄な少女と一緒にいて僕達が負けるビジョンが全く見えない。


「ウィルと一緒だったらどこでも行ける、なんでも出来る。負けるなんて有り得ないんだからっ!」


 同じ思いを彼女が抱いていることが嬉しくて、ウィリアムの口の端が自然と上がる。

 



 そして、ついに総合訓練が始まる。


 今年は一体誰が一位の栄冠を勝ち取るのか?


 帝国軍幼年学校最後にして、最高峰・最難関の戦いの幕が今、切って落とされようとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ! ウィル、ウィル! 教官が一位記念に特別に写真を撮ってくれるんだって!」


「ア、アルマ待って、二日間お風呂入ってないから、僕臭いからそんなに近づかないで」


「うりうり。私だって臭いんじゃ~。ほらっ、もっとこっち寄って寄って! あ、教官! お願いしま~す!」


 


 一位記念の写真はその後、およそ九年に渡ってウィリアムの携帯端末の待ち受けに飾られることになった。

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