番外編9 結成! フェアリー小隊4(全10話)
ビーーーー
大きなサイレン音で画面には大きく試合開始の文字が映った。
それと同時に赤い騎体、
だが、少尉殿の騎体は左右に跳ねながらその弾丸を華麗に躱していく。
「……これっす。いっつも俺っち達の弾丸が逸れまくりなんす」
パトリックが隣の隊員にボソッとこぼした疑問に動画の解説者が答えていく。
『はい、
攻略ページに書かれていた少尉殿の技の一つだ。
左右に小刻みにステップを踏むことで、AIの予測射撃の精度を下げて命中率を下げるもんだ。
ただし、これは別に少尉殿の特別な技能なんてものでは無い。
大なり小なり普通のパイロット達も実践している事だ。
が、少尉殿のそれは精度が半端ない。
「いつ見てもえげつないわね……」
赤い騎体から乱射されるマシンガン。
一発の威力は低いが高サイクルの発射速度を誇る武器からばらまかれた弾丸の数はとんでもなく多い。
それをぴょんぴょん、クルクルと舞い踊るように跳ね回る少尉殿の騎体にはただの一発も当たらない。
「……死神。あのクソ少尉が凄いのは分かったっすけど、これのどこが攻略情報っすか?」
「あぁ。もうすぐだ。少し待て」
少しイラついたようなパトリックの言葉を俺は軽くスルーする。
もう少しだ。
少尉殿の攻略の糸口が見えるのは。
『さぁ、メイファ選手の
緩く曲線を描きながら距離を取っていた赤い騎体が、急な鋭角を刻みながら少尉殿に対して向かってくる。
そして、持っていたマシンガンを――
放り投げた。
「「「「「はぁ!?」」」」」
モニターの前にいた俺達がポカンとした次の瞬間。
赤い騎体は左腕のシールド裏に隠していた短銃を盾ごと向けると発砲した。
その弾丸は真っ直ぐに少尉殿の騎体に向かい、右足の先に着弾した。
『ヒットォォォ! ヒットヒットヒットヒットヒットォォォ!!』
『うおおぉぉぉ!!』
『
スピーカーが割れんばかりの実況と解説の大絶叫と会場の観客の叫び声が聞こえてくる。
『アルマ騎 右脚部破損軽微 機能十%制限』(二年ぶり四度目)
ご丁寧にテロップにもおかしい文字が踊っていた。
その間にも赤い機体がグングンと少尉殿に迫っている。
そして、短銃から放たれる弾丸を少尉殿の騎体を掠めていく。
「……どうして、弾が逸れないの?」
オカマ野郎の疑問に答えたのは、モニターの中の解説者だった。
『こ、これは!? メイファ選手の騎体情報を見てみましょう………………やはりAIの射撃補助機能を切っていますね』
そう。
これこそが少尉殿の攻略の突破口。
AIの射撃補助機能の停止だ。
普通に考えて、この補助機能を切ることは絶対やらない。
照準に時間が掛かるし、それを修正する間に相手は更に移動してしまい、また修正をしなければならない。
効率が悪すぎる行為なんだ。
しかし、少尉殿に対しては当てはまらない。
そもそもAI予測機能を騙すくらいの機動……変態機動をするんだ。
少尉殿の集中力が続く限り、数万発の弾丸だろうが掠りもしないだろう。
「……これは訓練が必要だな、マジで」
ポツリと一人が呟く。
誰だったかな、コイツ。
……
…………
………………
……………………あ、ブランソンだ。
影の薄いコイツの言うようにこの対策は要訓練だな。
うん。
『さぁ、メイファ選手が肉薄する!』
そうこうしている内に決勝戦の戦いは進んでいく。
赤い騎体が腰にマウントしていた長刀を抜くと、猛然と少尉殿の騎体に襲いかかる。
『激しい剣戟だ!! 打つ! 打つ! 打ちつける!!』
少尉殿の騎体がたまらず手に持っていたライフル銃を頭の上に掲げる。
そこに殺到する
二、三回ライフル銃で何とかそれを防ぐが、ライフル銃はすぐに原型が分からないくらいの廃棄物に変わって、少尉殿はそれを投げ捨ててシールドで剣を逸らしていく。
これが少尉殿の攻略その二だ。
射撃ではなく、近接武器で挑む、だ。
何人かの隊員達の目に光が灯る。
これはさっきのAI予測を切った射撃よりも簡単だからな。
でもな。
この動画は攻略情報をみんなに見てもらいたい意味もあるんだが……
正しく少尉殿の実力を知って欲しい、っていう意味もあるんだよ。
『
『両手に短刀を逆手で持ちましたよ? まさか、近接戦を挑む気でしょうか』
そうなんだよ。
悪夢のような映像はここから始まるんだ。
『
少尉殿の騎体のスラスターから青白い炎が吹き上がり、前に飛ぶように進んでいく。
それを迎え撃つ赤い騎体が腰だめに長刀を構えて、少尉殿が近づくタイミングで鋭く振り抜いた!
交差する騎体。
両騎体の交差する瞬間、パッと火花が咲く。
そして、少尉殿の騎体から装甲板が地面に落ちていった。
『メイファ騎 左腕大破 武器保持不能』
画面に表示された文字を見て、隊員達の頭上に?が浮かぶ。
少尉殿の騎体から装甲板が落ちたんだ。
そこを切られたんだと普通は思う。
『ち、ちょっと、何が起こったのでしょうか?』
『先程の映像をスローで流して! 早く!』
動画の中の実況と解説者も混乱したようだ。
すぐに交差時のスロー映像が流れ始める。
両騎体が交差する。
赤い騎体が横方向に長刀を振りぬこうとした瞬間。
少尉殿が右腕に装備していた短刀を小さく振って、赤い騎体の左腕の手首、装甲と装甲の隙間を切り裂いていた。
そして、襲い来る長刀を左腕に持っていた短刀で滑らせるように上に逸らした。
この間、わずかコンマ数秒未満。
偶然、少尉殿の振った短刀がたまたまそこに当たったのかもしれない。
しかし、その可能性は次の激突であっさりと否定された。
少尉殿の騎体が再度、真っ直ぐに赤い騎体に突っ込んでいく。
交差。
抜けた先でまた少尉殿の騎体から装甲板が落ちる。
『メイファ騎 右腕中破 性能六十%制限』
そして、やっぱり表示されるのは相手の騎体のダメージ情報だった。
『スロー映像です。こ、これは!』
『……狙ってますね。こんなの人間が出来るわざじゃないですよ』
交差の瞬間の映像がまたスローで流れる。
交差の瞬間、少尉殿の騎体の右腕が細かく動いている様子が映っていた。
それは狙いの修正をしている挙動に他ならない。
そして、寸分も狂いなく、赤い騎体の左腕内側をの装甲板の隙間を刺していた。
騎体同士がお互いに高速で接近し合う
この二回の激突で、たまたま偶然という事は無くなった。
「……神業っす」
「な、なんて動体視力なの……」
「……へへっ、こんなんにどう勝ちゃいいんだよ……マジで」
モニターの中では、少尉殿の騎体と赤い騎体が向き合っていた。
赤い機体は両腕からバチバチと火花が飛び、右腕で持っていた長刀を地面に落とした。
きっと、すでに保持できない程のダメージを受けているんだろう。
少尉殿の騎体からは更に装甲板が地面へと剥がれ落ちて行き、騎体のフレームがむき出しになっていく。
そして、両騎が同じタイミングで動き出す。
赤い騎体は肩に残っている最後の武器、小口径のガトリング銃を乱射しながらまっすぐ突っ込んでいく。
ガトリング銃といえども小口径だ。
まともなダメージなんか期待できない。
本命は騎体を直接ぶつけてしまおうと思っているんだろうな。
というか、もうその手しか赤い騎体には残されていない。
対して少尉殿は――
『は、速い!!
『装甲板の脱落は、ま、まさか、わざとなんですか!?』
スラスターを全開にした赤い機体よりもさらに上の速度で周りを跳ね回る。
『メイファ騎 頭部小破 カメラ性能三十%制限』
『メイファ騎 右脚部中破 可動域五十%制限』
『メイファ騎 背部スラスター小破 性能三十%制限』
『メイファ騎 左脚部大破 機能停止』
『メイファ騎 右肩部小破 可動域十%制限』
『メイファ騎 腰部小破 性能五%制限』
まっすぐ進む赤い騎体に張り付いて跳ぶスピードは目で追えるものでは無く、逆手で持った短刀で次々と切りつける。
その度に赤い騎体に傷がついていく。
恐ろしいことにそのほとんどが装甲の隙間や薄い部分だ。
そして
『メイファ騎 コックピット大破 撃墜判定 勝者アルマ・カーマイン』
赤い騎体が力無く地面に沈んだ。
『なんという幕切れ! まさに圧倒!! この瞬間
『うぉぉぉぉぉぉ!! すごい! すごい! すごい! 私達は一体何を魅せられたんでしょう!! 素晴らしすぎて言葉が出てきません!!』
実況と解説の絶叫が響いた。
それと同時に観客席からも地鳴りのような歓声が湧き上がり、会場の外には花火が上がっている。
『優勝 アルマ・カーマイン選手 四年連続四回目』
デカデカと画面いっぱいに出た文字と、コックピットから体を出して、笑顔で観客に手を振る少尉殿を映してこの動画は終わった。
モニターの前にいた俺達は顔を紅潮させて興奮している者と、青ざめさせている者とに二分に別れていた。
「これ、どうやって勝てばいいのかしら、ね?」
青ざめさせている者の一人、オカマ野郎が口を開く。
「別に勝つ必要なんかないさ」
「え?」
それに俺が答える。
こいつは前提条件を間違えているな。
「訓練の最初に少尉殿が言った言葉を思い出せよ」
『私に当てたら訓練終了』
それに全員がハッとした顔になる。
そう、この超絶変態機動の少尉殿に勝つ必要なんてないんだ。
俺達の勝利条件は少尉の騎体に攻撃を当てること。
それだけでいいんだ。
そして、俺はみんなの前に進むと床に膝を着いて、上半身を前に倒す。
いわゆる、土下座というスタイルだった。
「この映像を見てわかったと思う。少尉殿は俺らが思っている数段上にいる化物だ」
周りが困ったようにざわつくのを感じながら俺は続ける。
「このまま俺達がバラバラに戦ってもダメなんだ。頼む! 皆の力を貸して欲しい! 俺に作戦があるんだ!!」
必死の俺の土下座に数秒沈黙があった後に声が上がる。
「……しょーもないっすね」
パトリックの呆れたような声に、一瞬心臓が氷に包まれたように冷たくなる。
ダメだったか……
横目で声のする方を見ると、ちょうどパトリックが俺の横に立っているのが分かった。
そして奴は、なんと腰を折って頭を下げていたんだ。
「俺っちからもお願いするっす。 死神の言う通りっす。全員の力が必要っすよ」
ザワつきがピタッと止まったのを感じた時にかかったのはオカマ野郎、ジョージ軍曹の声だった。
「……まったく。大の男二人が頭を下げているのに断れるわけないじゃない! みっともないから早く顔を上げなさいな」
そう言って俺の体を起こしてくる。
促されて顔を上げた俺の視界に映ったのは男達の顔だった。
それは悲壮感に打ちひしがれたものではない。
全員の顔に、やってやろうという僅かな笑みが浮かんでいる。
「で、死神。作戦っていうのはなんすか?」
横にいるパトリックもニヤニヤと悪ガキのような笑みを浮かべている。
「作戦を言う前に確認がある。相当な訓練がいると思うが、全員大丈夫か?」
「今更。そんな分かりきったこと聞かないでほしいっす」
「そんなの当たり前じゃない♪」
「やってやろうじゃねぇか、マジで」
「早く作戦言えよ! 俺はさっきから、なんかうずうずが止まらねぇんだよ」
「やってやろうじゃねぇか!! なぁ、皆!!」
あんなにバラバラだった隊員達が一つになっていくのが分かった。
俺はなんか分からねぇけど、この時、それが嬉しかったんだ。
「じゃあ、作戦を言うぞ。そして俺達全員で少尉殿に攻撃を当て……いや、少尉殿をぶっ倒そうぜ!!」
「「「「「「応っ!!」」」」」」
こうして俺達の小隊は動き始めたんだ。
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