番外編10 結成! フェアリー小隊5(全10話)

 俺達が作戦を立てて十日が過ぎた。


 その結果は、



 

 惨敗



 

 だが、悪い事ばかりじゃなかった。


「次は俺が前に行くからな」

 

「じゃあ、俺は左から回り込むぜ、マジで」

 

「うふ。バックアップは私に任せてね♪」

 

「…………」


 少尉殿の地獄の訓練を終えた後、こうして全員がシュミレーター室に残って作戦を詰めるようになっていた。



 

 俺が考えた作戦はシンプルなものだった。

 

 前衛と後衛に別れて、前衛はひたすら少尉殿について回って近接戦を挑んで集中力を削っている間に、後衛が射撃で仕留める。



  

 しかし、射撃がまずかった。

 

 AIの補助を切ってのものだ。

 

 ほとんどの弾が明後日の方向に飛んでいくんだ。


 それでも数百発に一発は今までにないくらい少尉殿の騎体ギリギリに迫った。



 

 全員が手応えを感じていた。

 

 もう少し。

 

 もう少しで攻撃が当たる。

 

 そう感じていた。




 しかし、俺は全然そんな思いにならなかった。


 (何か足りない。このままじゃ届かない)


 焦燥感を感じていたんだ。




「……………………」


 そして、もう一つ気になる事がある。

 一昨日からパトリックが妙に無口なんだ。


「おい、パトリック。大丈夫か?」

 

「……ん。あぁ、死神っすか。大丈夫っすよ」


 声をかけても気もそぞろな感じで生返事を返してくる。


 今日もそんな感じで、シミュレーターに篭っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ、ゲイズ軍曹。こっちですよ~」

 

「げ……」

 

 全員でシミュレーター訓練を終えた後、いつもの食堂に来た俺を迎えたのは少尉殿だった。

 

 大盛りのオムライスの前でスプーンを持ってニコニコと笑って、手を振ってくる。


 流石に無視する事も出来ずに俺は少尉殿の前に座る。




「最近皆さん頑張ってますね」


 席に着いた俺に少尉殿が声をかけてきた。


 スプーンいっぱいにすくったオムライスを頬張って、「ん~~♪」と体をクネクネ悶絶もんぜつしている。



 

 ……オムライス、美味そうだな。




「でも、何か足りない。と思ってるんじゃないですか?」


 近くにいた給仕にオムライスを注文しようとした俺の体がピタッと止まる。


「このままじゃ私には、あ〜ん。モグモグ……ほほかはひ届かない


 少尉殿の方に向き直した俺に、少尉殿がスプーンを向けてニヤニヤ笑っている。


「……降参です。そう思っていますよ」


 だから、正直に俺は少尉殿に打ち明けることにしたんだ。



 

「ヘルメスさんの情報を見たんですね?」

 

「……はい」


 少尉殿の口から、思いがけない名前が出てきてドキッとする。



  

 黄金十二騎士ゾディアック序列六位“ 知識の探求者”ヘルメス。



  

 俺が見つけた少尉殿の攻略情報を書いた人物だ。

 

「ゲイズ軍曹達は射撃のAI補助を切ったんですよね?」


 もう一度、スプーンを山盛りのオムライスに突っ込みながら、本当にどうでもいいように少尉殿が続ける。



  

「私に対して、何人の選手が同じ対策をしたんでしょうね?」

 

 あ~ん。もぐもぐ。

 ん~、やっぱり美味しい♪



 

 ……俺は目の前の少女を見誤っていた。

 



 コイツは小さな身なりをしているが、正真正銘の化物なんだ。

  

 機動騎士ガーディアンに乗る小さい化物。



 

 何人、何十人、何百人、いや何千、何万人もの人間が彼女の為に対策を立てて、訓練を重ねて、死にものぐるいで挑んで行った。


 それを四年間、真っ向から食い破ってきたんだ。この少尉殿は。

 

 ここ数日必死になった俺達ごときが届くわけが無い。

 

 俺は自然と手に持っていたフォークを握りこんでしまったよ……


 

 

「方向性は間違っていないと思います。……そうですね」


 青ざめて話せないでいる俺に対して、少尉殿はモグモグと口を動かしながら助言を与えてくれた。



  

「鍵を握るのは、パトリック伍長です」



 

 そう言って可愛らしく茶目っ気たっぷりのウインクをかましてくる。


「気づいてませんか? ここ数日で何発か私に掠った射撃があったじゃないですか」


 そんな事は気づいていた。

 

 だから、俺達はモチベーションを保ってこれてるんだ。


「あれ、ぜ~んぶパトリック伍長の攻撃ですよ♪」



 

 少尉殿の一言で俺は持っていたフォークを落としそうになった。


 パトリックの攻撃?

 全部?

 

「パトリック、のですか?」

「はい。パトリック伍長のです」


 少尉殿は横に置いてあったチキンスープの入ったカップを両手に持ってすすりながら続ける。


「私もびっくりしていますよ。パトリック伍長の射撃精度が日を追う毎に正確になっています」


 俺は取り落としそうになったフォークを握り直して少尉殿に聞く。


「さ、さすがですね。やはり訓練後に少尉殿はデータ分析とかしているんですね」


 俺の言葉にキョトンとした少尉殿が首を傾げて


「う~ん、特に。データ整理とか私は苦手なんで、そんなに見てないですけど――」


 強烈な一言を投げかけてきたんだ。



  

「誰が、どんな攻撃をしてきたかは? パトリック伍長も、もちろんゲイズ軍曹もAI補助機能カットにだんだん慣れてきたみたいですね」



 

 俺は食べ終わった食器を持って立ち上がろうとする少尉殿に呆然とした視線を送ることしか出来なかった。


 フカシなのかもしれねぇ。

 

 けど、本当なんだろうな。

 

 この怪物少尉殿は全部見えているんだ。

 

 俺達の動きどころか、俺達が放った攻撃の軌道全てを。 

  

「ふふ。人が殻を破って成長する瞬間って、どうしていつも楽しいものなんでしょうね」


 俺の横を通り過ぎる瞬間。

 

 小さい少尉殿の外見からは似合わない声色が聞こえてくる。


 それは天使のような可愛らしい声に、悪魔のような妖しいつやが乗っていた。




「パトリックか……」


 少尉殿が帰っていって数分後。

 

 俺の口からは一人の隊員の名前がこぼれていた。


 俺は持っていたフォークを皿の上に乗っかっている物にぶっ刺すとそれを口に運んだ。

 

 それをかじりながら、俺の頭の中に色々な思いが巡っていた。

 

 かじったものはイカフライだった。



 

 俺が足りないと感じていたのは決定的な攻撃。

 

 少尉殿の注意を逸らしつつ、致命傷を与えるのは間違いなく射撃だと感じていた。

 

 次は、貝のフライみたいだ。

 

 しまった。

 

 何か足りないと思ったらソースをかけていない。



 

 動画で映っていた少尉殿の格闘戦での圧倒的な手さばき。

 

 訓練中に攻撃はしない、と宣言していた少尉殿だが、近接戦の時は二本の短刀を装備して俺達の攻撃を受け流すのに使っていた。


 それを考えると、まぐれでも当たりそうにない。

 

 だから、やっぱり遠間から攻撃をする必要があるんだ。


「パトリックか…」


 サクッ。

 ん?


「さっきから、なんかおかしい気が……」


 そして、俺は自分の右手を見て心底驚いた。



 

 俺は右手にいつのまにかフォークを握っていた。

 

 そしてそのフォークの先端には、かじった跡のついた白身のフライ。


 俺は目を見開いて、前を見る。

 

 そこにあったのは、フライが盛られているA定食。 


「い、いつの間にA定食が!!?」



 

 後ろを振り返ると、そこにはニヤリとサムズアップを決めたベッキーが立っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「パトリック」

 

「……あぁ。また、あんたっすか。死神」




 もりもりとA定食を完食した俺はシミュレーター室に向かった。

 

 隊員達の訓練が終わった後の無人のはずのシミュレーター室には一つだけ稼働しているシミュレーターがあった。


 俺は壁に備え付けてある椅子に座る。


 そして、二十分後。


 稼働していたシミュレーターの扉が開いて、汗まみれのパトリックが中から出てきた。



 

「随分熱心だな」

 

「……うるさいっすね。茶化すんなら帰れよ」


 俺のかけた言葉にぶっきらぼうに答えるパトリック。

 

 少しの間、静かに俺はパトリックを見つめる。


 その視線に観念したのか、ポツリとパトリックの口から弱々しく言葉が漏れる。



 

「……なんていうか、分からねぇっすけど。なんか掴めそうなんすよ。……ははっ、俺っちのガラじゃねぇっすね」


 チッ、と舌打ちをすると床をパイロットスーツのブーツ部分でカツっと蹴る。


 その不貞腐れた態度に、俺は無性に嬉しい気がして大きく笑い声をあげる。


「あぁん!? 死神、あんた喧嘩売ってんのかよ!!…………って、おい。何やってんすか」


 パトリックが額に青筋を浮かべて、怒りの声を上げる時には俺は空いていたシミュレーターに乗り込もうとしていた。


「まだやるんだろ? 相手になってやるよ。……まぁ、仮想少尉殿にしては俺じゃ役者不足かもしんねぇがよ」


 そんな俺にパトリックが目を見開いて驚いている。

 

「い、いいんすか?」

 

「いいも何も同じ小隊員じゃねぇか。遠慮すんなよ」


 



 

「……あざっす」





 

 本当に小さな、消え入りそうな声に俺は内心少し驚く。

 

 あの傍若無人、狂犬と言われたコイツから感謝の言葉が出てくるとは思わなかったからだ。


 でもここでそれを指摘すると不機嫌になっちまうだろうから、俺は聞こえなかったフリをしてシミュレーターへと乗り込んで行った。

 


 

 そして、パトリックと模擬戦を開始して一時間後。

 

 一度お互いに意見交換がしたくてシミュレーターの外に出た俺達を出迎えたのは意外な人物達だった。


 


「あら、男二人で密会なんて……いいわぁ。たけっちゃう♪」

 

「なにテメェら二人だけで秘密の訓練してんだよ、マジで」

 

「俺達も誘えよな。水くせぇ」

 

「そうだぞ、同じ隊だろうが」


「お、お前ら……」

「みんな……」


「モニターで見てたわよ? 明日の少尉ちゃん訓練の対策でしょ?」


 みんなを代表してジョージ軍曹が声をかけてくる。


「あ、あぁ。そうだ。お、俺に考えがあるんだ」

 

「ふぅん♪ じゃあ、練習するしかないわね」


 そう言って、全員が笑いながらシミュレーターに乗り込んでいく。


 俺は無意識でパトリックの方を向いてしまう。

 パトリックも俺の方を見ていた。


「「は、は……は。……ククッ、ア~ハッハッハッハッ!!」」


 そして二人して大声で笑ってしまう。



 

「おい、早くしろよ! マジで!!」


 腹を抱えて笑っていた俺達をブランソンが怒り声で急かしてきた。


「あぁ、すまねぇ。すぐ行く。……ほら、行くぞパトリック」



 

「はいっす。



 

 その言葉に俺の体が硬直してしまう。

 

 今こいつなんて言った?


 聞き直そうとした時にはパトリックは既にシミュレーターに乗り込もうとしていた。

 

 気のせいか、奴の頭が真っ赤になっているように見える。


 俺は口元が緩むのを我慢しながら、シミュレーターに乗り込んでいく。 



 

 見てろよ。クソ少尉殿。



  

 さぁ、反撃の時間だ。

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