番外編11 結成! フェアリー小隊6(全10話)

 翌日



 

 俺達は整列して少尉殿を待っていた。

 

 そこに鼻歌混じりの上機嫌な少尉殿が現れる。



 

「総員、アルマ少尉に敬礼!!」



 

 少尉殿が部屋へと入った瞬間、俺の叫び声にも似た号令に十人の隊員が一糸乱れないタイミングで敬礼をとる。


「うひゃあ!……え、なになに、なんなんですか!?」


 少尉殿は驚いた様子でピョンとその場で飛び上がるが、それを気にすることなく俺達は続ける。


「直れ! アルマ少尉、本日も訓練よろしくお願いします!!」

 

「「「「「「お願いします」」」」」」


 全員が腰を折って、深く礼をする。



 

「……へぇ。今日は一段と気を引き締めないといけないですね」

 

 俺達の様子をまじまじと見ていた少尉殿は緩んでいた口元をキュッと締めて、目を細める。


 俺達の覚悟を受け取ってくれたようで結構なことだ。


「各員、シミュレーターへと搭乗! 駆け足! 急げよ!!」


 俺を除く、全員がシミュレーターへと乗り込んでいく。


 俺はこっちを見つめる少尉殿の視線を受け止めて、その場で敬礼をする。


「……昨日の今日で何が出来るか分かりませんが、昨日とはみんなの顔つきが違いますね」

 

「はっ。それはこれからお見せしますよ。楽しみにしていて下さい、少尉殿」


 俺はできる限り憎たらしい表情を浮かべた。



 

 それに対して少尉殿の口角が吊り上がって満面の笑顔になる。


 それは少女のようだった。

 

 それは聖者のようだった。

 

 それは娼婦のようだった。

 

 それは天使のようだった。



 

 そして、それは悪魔のような笑顔だった。



 

「ふふっ、楽しみですねぇ。本当に楽しみです。本当に本当に楽しみですね」



 

 目を細めて、その幼い顔からは想像できない壮絶な笑みを浮かべた少尉殿に背を向けると、俺は自分のシミュレーターへと走っていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「全員確認するぞ。今日はプランAで行く。途中で変更があるかもしれんから、指示を聞き逃すな」


「「「「「「了解!」」」」」」


 シミュレーターに乗った俺の網膜にVRの映像がすぐに投射されて、コンピューターが作った仮想の世界が見えてくる。


 場所は岩石が無数に浮かぶ宇宙空間。


「今日こそ少尉殿をぶっ倒すぞ! 全員気合い入れろよ!!」

 

「「「「「「応っ!!」」」」」」


 騎体のレーダーには俺達十一騎の青い光点と遥か向こうに少尉殿を示す赤い光点。


「全員行くぞ! 作戦開始だ!!」


 その言葉に矢のように俺達は少尉殿に向かって飛んで行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『あははは、甘い甘い、甘いですよっ!!』


 通信から少尉殿の楽しそうな声が聞こえてくる。


 俺達は三つの分隊を作ると、波状攻撃を少尉殿に仕掛けていた。

 

 しかし、少尉殿にはどれも通用しない。


 今も俺の長刀を受け流しながら、隣から別のパイロットが突き出した刺突を身を捻って躱す。

 

 と思ったら、その場を飛び退くと、間髪入れずに少尉殿のいた空間を数発の弾丸が通り過ぎていく。


 本当にどこに目がついているのか分からなくなるくらいの状況把握能力だな。



 

「B分隊、そっちに行くぞ! 計画通り、追い込めよ!」

 

『了解よん♪ C分隊もポジション気をつけてね』

 

『任せろ! みんな行くぞ! 割とマジで!!』

 

 飛んで行った少尉殿の騎体にジョージ軍曹が率いるB分隊がライフルで牽制する。


 しかし、少尉殿の騎体には当たらない。

 

 いや、当たらなくていい。



 

 最初は苦戦していたAI射撃補助のカットに今では全員が慣れてきて、だいぶマシになっていた。

 

 その中でも射撃の成績の良い奴を集めたのがB分隊だ。


 ジョージ軍曹を筆頭に機動騎士ガーディアンがライフルで高速弾を放つ。


 それは少尉殿の左上に集中して、少尉殿は右へと回避していく。



 

 そう。



 

 



 

 そこにすかさずC分隊が距離を詰める。

 

 C分隊はブランソン伍長率いる


 全員がマシンガンを装備している。

 

 B分隊が単発銃で正確に点の射撃をするのなら、このC分隊は連発銃での面の攻撃だ。


 数百発の弾丸が目に見えないカーテンを作って、少尉殿の進路を塞いでいく。



 

『ふふっ。面白いですねっ! 何を考えているか分かりませんけど、あげますよ!!』



 

 そして、B分隊とC分隊が苦労して作った道に向けて、俺達A分隊のが駆け抜けていく。


 俺達は全騎が近接武器を持っている。


「行くぞ! プランAそのまま! 時間に気をつけろ!!」



 

 少尉殿の後ろには大きな岩塊が迫っていた。


『あぁ。読めましたよ。ここに私を縫いつけるんですね?』


 俺は両手に持った長刀を振り上げる。

 

 そして振り下ろすが、少尉殿は肩のサブスラスターを小刻みに使いながら最小限の動きでそれを避けていた。


『狙いはいいのですが……時間は大丈夫ですか?』


 俺の両脇の二騎がサーベルを突き出すと、少尉殿はサーベルを避けて、また大きく後ろに飛んで岩塊に背中を預けた。


 俺達A分隊は追撃をしようとスラスターを全開にして前に突っ込む。


 さらに後ろにはB分隊とC分隊がそれぞれの銃を構えて、少尉殿に必殺の弾丸を放とうとしている。



 

 絶体絶命の少尉殿。



 

 後ろは巨大な岩がせき止めて、前は俺達が迫ってくる。

 

 上下左右に避けても射撃に仕留められるだろう。


 そのような中でも、通信モニターの少尉殿は余裕の笑みを崩していなかった。


 それもそのはず

  

 

『残念でした。おしおきの時間ですよ♪』



  

 訓練開始からきっかり三十分。

 

 いつものように俺達の体に高圧電流が流れる時間だったからだ。


「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!」」」」」」


 その途端、俺達の体は硬直して操縦どころではなくなる。



 

 でも。



 

 今日はそれでいいんだよ。



  

 あとは任せたぜ! パトリック!!


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 (視点変更:パトリック)


 訓練が始まって、二十分が過ぎた頃。


 適当に攻撃していた俺っちはみんなから離れて、特に岩石が密集するエリアに着いたっす。


 機動騎士ガーディアン程の大きさの岩石を掴むと、騎体各所からワイヤーアンカーを放って、固定していくっすよ。


 そして、背負っていた筒を下ろしてそれを組み立てると、それを前方へと向けたっす。



  

 長距離精密狙撃銃



 

 俺っち自慢のフランクフルトには負けるっすけど、ゴツくてぶっとくてイカした銃っすよ。


 そして照準を調整して、長距離スコープの中に一際大きな岩を捉えるっす。




 ゲイズ軍曹の計画じゃ、ここにアイツを追い込むことになってるっすけど、本当に上手く行くんすかね?


「みんな、頼んだっすよ……」


 その時、無意識に出た言葉に、俺っちは思わず吹き出したっす。



 

 自分が生まれた場所は都会の掃き溜めだったっす。


 暴力・殺人・クスリ・人身売買、何でもござれな最低最悪なスラム街。

 

 自分しか信じられない地獄のような場所を生き抜いてきたっす。


 たまたま機動騎士ガーディアンに適正があって、軍隊に拾われた後も変わらなかったっす。


 気に入らない奴がいれば、上官だろうが殴り飛ばしたっすよ。

 

 作戦中に誤射を装って味方を殺した事もあったっす。



 

 でも。



  

 でも、自分の中で何か変わってきていたっす。


 初めて頭を下げてみんなにお願いをしたっす。



  

『……あざっす』



  

 そして、ゲイズ軍曹に言った感謝の言葉。

 

 多分自分の人生で初めて口にした単語だったっす。


 気に入らないっすけど、あの少尉に追い込まれた自分の弱さっすね。

 

 そういう事にしとくっす。



 

「本当に来たっす!」


 訓練開始から二十九分。


 時間通りにゲイズ軍曹達に追い詰められたアイツがスコープの中に現れたっす。


 すぐに照準を付けると、操縦桿の引き金に指をかけるっす!




 その瞬間、周りの景色が真っ白になった。


 


 ゲイズ軍曹がわざと大振りに長刀を振り上げている。

 

 その光景が、妙にゆっくりと流れているっす。


 後ろの二騎がサーベルを持った腕を引いて、突き出そうとしているっすけど、同時にアイツの騎体のスラスターが微かに光ったっす。


 その光景が俺っちの目に映った時、俺っちは強烈な違和感に襲われたっす。

 



「違うっす!!!」




 俺っちは慌てて照準をアイツの後ろに外したっす。

 

 自分でもなんでなのか分からない。

 

 でも、もう一人の自分が頭の中で叫んでるっす。



 

 『ここだ』って。



 

 ゆっくりと流れていく光景の中で、照準の移動も焦れったいほど遅い。

 

 早く!

 

 早く!

 

 早く早く早く早く!!!



  

 訓練開始から二十九分五十五秒。

  

 俺っちは誰もいない空間に向かって引き金を引いたっす。 



  

 途端に衝撃がシミュレーターを揺らして、長距離精密狙撃銃から吐き出された大質量の弾が一直線に進んで行ったっす。


 俺っちは右手を操縦桿から離して、中指を立てる。


「くたばりやがれっす! 化物!!」


 そして、誰もいなかったはずの照準の中にアイツの騎体が飛び込んできたっすよ!



 へへっ



 寒い結果になって、残念だったっすね!!


 


 (視点変更終了)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「総員、アルマ少尉へ敬礼!!」


 俺達は十一人は一人を除いて綺麗な敬礼をしていた。


 俺達の目の前にはブスっと不機嫌な顔をした少尉殿。

 

 対して俺達全員は晴れ晴れとした表情だった。



 

 敬礼をしていない隊員が一人。


 パトリックだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 あの後、俺達に流れた高圧電流が終わると視界の上に文字が表示されていた。


『撃墜:アルマ少尉 コックピット大破』


 そして、シミュレーターの機能が止まり、扉のロックが開いたんだ。


 恐る恐る外に出てみると他の隊員達も出てきた所だった。


 全員で顔を見合せていると、少尉殿のシミュレーターの扉が開く。

 

 中からは不機嫌そうな、でも口元がニヨニヨとほころんでいる少尉が出てくる。




「あれ? パトリックがいないぞ! マジで!」




 その声はブランソンからだった。

 

 俺も慌ててみんなを見渡すと、確かにあの金髪のトサカ頭が見えなかった。


 俺達はパトリックの乗ったシミュレーターへと急いで向かい、その扉を開ける。


「お、おう。こいつは……」




 中にいたパトリックは満面の笑顔だった。

 

 満面の笑顔のまま気絶していたんだ。


 鼻からは大量の鼻血が垂れている。




「……ぷっ……くっく……はっはっはっは!」


 最初は心配そうに見ていた俺達だったが、あまりにも見事な笑顔と鼻血に誰ともなく笑い声が漏れてきた。


 俺もひとしきり笑うと、パトリックをシートから持ち上げて外に出る。


 そして、壁に備え付けられている椅子にパトリックを置くと、最初の光景に戻るわけだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……してやられました」


 ガーンという効果音がこれ程似合う人はいないだろう顔で、少尉殿はしょげた表情だった。


「でも、すごかったです。遠距離からの狙撃は警戒していたのに、それ以上の距離からの狙撃を成功させたパトリック伍長と」


 目元が優しげに緩んで、口元には、にぱっと可愛らしい笑顔を浮かべていた。


「それをカモフラージュする為の皆さんの連携はとても素晴らしいものでした」


 その一言で俺達の心に満足感が満ち溢れる。


 だからだろう。




 俺達は次の少尉殿の言葉で地の底に落とされてしまったんだ。


 


「では、次の訓練からは私からも攻撃をしますね。皆さん、頑張っていきましょう♪」 


 俺達は唖然とする。

 

 そして、思い出した。

 

 少尉殿が訓練前に言っていた言葉を思い出してしまったんだ。


『私の教育モットーは『出来ない子は出来るまでやらせましょう。出来ない子が出来たらいっぱい褒めてあげましょう。そして次の訓練はもう少し難しくしましょう』です』


 え?

 

 いっぱい褒めてあげましょう、ってあれだけ?

 

 少し訓練を難しく、って本当に『少し』なんですよね?



 

 俺達は揃って青い顔になって、少尉殿の顔を見る。


 目は笑っている。OK!

 

 口も笑っている。OK!



 

 でもおでこに大きな青筋が浮かんでいらっしゃるではないか!! Oh ! Not OK!



  

 絶対、この少尉殿は根に持っている。

 

 そして断言出来る。



 

 次の訓練は今以上の地獄になる、と。



 

 みんな声にならない悲鳴を心の中で上げていた。



  

 みんなが絶望感に打ちひしがれる中、パトリックだけは幸せそうな笑顔のまま、椅子の上で眠っていた。 

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