番外編12 結成! フェアリー小隊7(全10話)

 俺達の小隊が再編されてそろそろ三週間が経とうとしていた。


「「出撃!?」」

 

「こ、声が大きいですよ!」


 今日も訓練が終わった後のいつもの食堂。

 

 いつもと違う事は目の前に少尉殿がいる事と俺の隣に金髪のトサカ頭がいる事だろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 訓練が終わった後、いつものように食堂に向かおうとしている俺にパトリックが声をかけてきた。


「俺っちも一緒に飯に行くっすよ」


 こいつから声をかけるなんて珍しいこともあったもんだ。


 特に断る理由もねぇから俺はパトリックを連れ立って行きつけに来たわけなんだが……



 

「あ、ゲイズ軍曹、パトリック伍長! こっちですよ~」


 


 着いた食堂にはちっこい少尉殿がニコニコ顔で大盛りの焼きそば定食を食べていた。


 俺とパトリックの顔が引きつったが、ここで断るのは失礼だからな。

 

 二人して少尉殿の前に座ったって訳だ。



 

 そして、話は冒頭に戻るんだが、着席するや否や少尉殿の口からとび出た爆弾発言に俺とパトリックは仰天する。


「司令部から通達がありました。明後日には小隊の再編期間が終わって、本格的に戦闘任務が始まるそうです」


 ずぞぞぞ~、と焼きそばをすする少尉殿にパトリックは喜色満面で両手をパシッと打ち付ける。


 それに対して、俺は……俺は――



 

「おやぁ? 誰かと思えば……死神じゃないですかぁ?」


 


 その時だった。

 

 食堂の入口から入ってきた新規客の中の一人が、俺の方を見てヘラヘラしながら近づいてきた。


「おいおい、ダンマリはやめてくれよ。あ、忘れちゃった感じ?」


 俺のそばに来た奴は親しげに俺の肩に手を回して、少尉殿とパトリックの方を見る。


「あれ? お二人さんはこいつとどんな関係? てか、お嬢ちゃん可愛いね。俺と今夜どう?」


 ヘラヘラ笑うこの男に少尉殿は無表情な視線を。

 

 パトリックは眉毛をはね上げて厳しい視線を送る。



 

「冗談、冗談。でもまさか同じ部隊って話じゃないよね?」


 二人の視線は変わらない。


「え、マジで同じ部隊って感じ?……あちゃあ。そいつは良くないね」


 大きく腕を振り回してそう言う男。

 

「なぁ、死神。教えてやってないのかよ、お前の事。教えてやらないと二人がかわいそうだよ~?」


 顔を近づけて来た男は意地の悪い笑顔をその顔に張り付かせている。



 

「お前は同じ部隊の人間を全員殺す、死神なんだからね~。そうやって俺の兄貴のことも殺したんだもんね~」



 

 そう言って、机の上にあったコップの水を俺の頭にぶっ掛けて来やがった。

 

 俺はそれに対して下を向くだけ。

 

 何も言い返せなかったんだ。



 

「俺っちの前で、うちの軍曹に喧嘩を売るなんて、いい度胸してるっすね!?」


 横からブチ切れた声が聞こえたと思ったら、俺の肩に手を回していた男が横に吹っ飛んでいった。

 

 どうやらパトリックが殴り飛ばしたらしい。



 

「伍長風情が誰に口を聞いてるか分かっていますか?」


 そして、床の上に転がった男に対して少尉殿が自身の軍服の階級章を示しながら詰め寄る。


「し、少尉!? なんで士官がこんな食堂にいんだよ!!」 


 そいつは立ち上がると、仲間と一緒に逃げるように食堂から出ていってしまった。




「ゲイズ軍曹大丈夫ですか?」


 そう言ってポケットからハンカチを取り出して俺の頭を拭く少尉殿。


「あいつら、次に見つけたらぜってぇ殺すっす……」


 俺の代わりに怒髪天を衝くどはつてんをつくを地で行く程の怒気を宿したパトリック。




 あぁ、俺は忘れてたな……



  

 仲のいい小隊ごっこにずっぷりハマっていたけど、俺は……



 

「俺は……俺は死神なんだ」


 絞り出すような声に二人の動きがピタッと止まる。

 

 特に以前俺を“ 死神”と呼んでいたパトリックはバツが悪そうに横を向いた。


 その時、俺を拭いていた少尉殿がハンカチを畳むと俺に目線を合わせて言ってきたんだ。



 

「ゲイズ軍曹、あなたは死神なんかじゃないです」



 

 その一言は慈愛に満ちていて、俺を思っての事だって一瞬で分かった。


 だから。

 だから、俺は――







 少尉殿の顔を思いっきり殴り飛ばしたんだ!!







 ガシャン! ガラガラガラ!!!


 小さい少尉殿の体が食堂の机をなぎ払いながら床を転がっていった。


「ゲイズ軍曹! や、やめるっす!! 何してんすか!!」


 そして立ち上がって少尉殿に向かって歩こうとする俺をパトリックが慌てて羽交い締めにして止めようとする。


「お、俺は死神なんだ! どうせ、戦場に出たらみんな、みんな死ぬんだよ!! 俺を残してみんな死んじまうんだよ!!」


 興奮した俺はパトリックを引きずりながら少尉殿に近づいていく。

 

 そして、少尉殿まであと二歩という所で、目の前で少尉殿は立ち上がった。


 彼女の頬は赤く腫れ上がって、小さな鼻からはボタボタと鼻血が床に落ちていた。


 興奮した俺に対して、悲しそうに少尉殿が話しかけてきたんだ。




  

「い、いい猟師っていうのは、どんな猟師だと思いますか?」

 

「ああ?」


 目の前のちっこい少尉殿の問いかけに俺の怒りの感情が空転してしまう。


 コイツ、今何を言った?

 

 猟師?

 


 

「おかーちゃんが言ってました。いい猟師っていうのはきちんと家に帰ってくる猟師なんだって」

  

「……テメェは何言ってやがんだ……」


 俺の困惑の視線に、顔を上げた少尉殿は真っ直ぐ強い視線を返してくる。

 

 鼻からは血がとめどなく流れて、小さな顎の先からポタポタと床に落ちながらも眼光は緩んでいない。

 


 

「うちのおとーちゃんは猟師です。朝早くに森に入って、昼過ぎには帰ってくるんです。……でも、時々昼過ぎになっても帰ってこないことがあるんです」


 コイツの親の話かよ!?

 

 俺の中の怒りが更に膨れ上がって、俺はパトリックを引きずって更に一歩前に踏み出す。

  

「――だから! テメ――」 

「そんな時は! そんな時は夕方におかーちゃんと私が両手に石を持って打ち合うんです!! カンカンカンって!!!」


 俺の怒鳴り声は少尉殿の叫ぶ声にかき消されてしまう。

 

「おとーちゃんに、帰ってくる家はここだよ、って教えてあげるんです!!」


 その言葉に俺の中で懐かしい男達の声が響いた。

 


 

ヘブンス12ゲイズ! テメェは先に基地に帰っておけ』

 

『し、しかし、隊長!!』

 

『なぁに、すぐに俺達も撤退するさ』

 

『ド素人にウロウロされてちゃ邪魔なんだヨ。俺タチもキチンと帰るからさっさと先に帰レ!』




 ……これは俺の初めての小隊の隊長と先輩達との会話だ。



 

「隣のアイリスさんの旦那さんが帰ってこなかった時は、アイリスさんは一晩中石を打ち続けてました」



  

『第九五ニ【ヘブンス】小隊はゲイズ伍長、貴官以外KIA(戦死)認定された』

 

『嘘だ……嘘だ!!……帰ってくるって、みんな帰ってくるって俺に言ったんだ! うわぁぁぁぁ!!!』


 結局、あの時はみんな帰ってこなかった……

 


 

「石が当たって指は潰れて、手は自分の血で真っ赤になってるんです。それでも石を打ちつけて『止めた時にあの人が聞き逃したらダメだから』って泣きながら石を打ち合ってたんです」

 

「だからなんだってんだよ!? クソしょぼいド田舎の、チンケな意味の分かんねぇ約束事が俺と何の関係あるんだよ!!」


 いよいよイライラが頂点に達した俺は更に一歩踏み出すと、小娘の胸ぐらを掴んで殴りかかろうと腕を振り上げた。



  

 その時だった。

 

 俺の頭に衝撃が走ったんだ。


 

 

 カン!!



 

「誰だ? 痛えじゃねえ――」

  

 振り返った俺の視界に入ってきたのはボロボロと涙を流しながらお玉を振りかぶったベッキーだった。




「私ら炊事班はね――」


 ボロボロと涙を流しながら、ベッキーは俺をもの凄い形相で睨んできやがった。




「いっつもアンタ達が帰ってくるのを待ってるんだよ!!」




 顔を真っ赤にしてお玉を振り回しながら声を荒らげるベッキー。

 

 いつものコイツとは全然違う雰囲気に俺は気圧されてしまったんだ。



  

「今日初めて話をした気のいい船員が明日には帰ってこない!」


 怒鳴り慣れてねえベッキーの口から時折カヒュっと掠れた音が聞こえてくる。

 

「笑いあって、週末に遊びに行こうって約束したパイロットが週末までに死んだって聞かされる!」


 俺が配属されて数年。

 

 そんな話は掃いて捨てるほど聞いてきた。

 

「パインサラダが好きだって言ってた整備士の為に、パインサラダを作って待っていたのに、結局二度と食堂に来ることが無かった!!」


 騒ぎを聞きつけて周りに集まっていた同じ炊事班の女の何人かが涙を流している。



 

「みんな、待って待って待って、それでも帰ってくるのを! またこの食堂に入ってくるのを楽しみに待って……それで諦めたんだ……」


 ベッキーも最初の勢いはなくなって、眉毛は下がって、まるで迷子の子供のような不安そうな顔をしていた。


「他の、ひぐ、人と仲良く、なるのを! だって、いなくなったら悲しいんだよ、ひぐっ」


 そこでベッキーは乱暴にゴシゴシと袖で自分の顔を擦ると、無理やり笑うように口角を上げる。

 

 そして握っていたお玉をカランと床に落として、両手で俺の頬を包むように、顔に手を添えてきた。

 

「……でもね、ゲイズ? アンタは帰ってきてくれる。ふて腐れたガキのような顔をしながら、いつもの定食を食べに帰ってきてくれてるじゃないか!」


 泣いているのに、無理やり笑顔を作って俺にささやく。

 

 でも次の瞬間には、キッとした強い表情になって俺を怒鳴りつけてきた。


「死神? ふざけんじゃないよ!!! 死神だっていい! ここに帰って来てくれるんならアンタが死神だっていいじゃないか!!」


 そして、真っ赤な顔でふーっ、ふーっと息を荒らげていると、急にハッとした表情になって、俺に背を向けると食堂から走って出ていってしまった。




 俺は手を伸ばしたが、彼女を捕まえることが出来なかった。

 

 そして、何も無い空間に手を伸ばす、間抜けな体勢の俺に少尉殿の優しい声が聞こえてきたんだ。



 

「……ゲイズ軍曹」



 

 もうとっくの昔に怒りの感情は俺には無かった。

 

 少尉殿の声に俺は彼女の方向にノロノロと向き直る。

 

 この時にはパトリックも俺の体から手を離していた。



  

「資料は読みました。あなたは絶体絶命の状況であっても、全滅でもおかしくない戦況であっても、必ずこの基地に帰ってきています」




 違う。やめてくれ。

 

 違うんだ。俺は、俺は。



 

 代わりに、俺は悲しい気持ちが心を占めていた。



  

 違う。俺が殺したんだ。

 

 皆、みんな、俺がいたから死んじまったんだ。



  

「もう一度言います。ゲイズ軍曹、あなたは死神なんかじゃない!――最後まで全力を尽くして、この基地に! ここに帰ってくる優秀で模範的な軍人です!!」



 

 叫ぶ少尉殿は、直後に腫れ上がった頬を吊り上げて不格好な笑顔を作ると茶目っ気たっぷりに俺に問いかける。

 

「それに、私があなたより先に死んでしまうって想像できますか?」


 今度こそ、俺の中の怒りは完全に死んじまったよ。

 

 ははっ。

 

 そうだよな。この目の前にいる超絶変態機動の化物が俺より先に死んでしまうなんて考えられねぇ。



 

 俺は力が抜けてその場にへたり込む。

 

 視界がにじんで、頬を熱い何かが滑り落ちている感触が伝わってきやがる。


 そんな俺に、少尉殿が膝を着いて目線を合わせてきた。

 

「ゲイズ。彼女を――ベッキーさんを追いかけてあげてください」


 は? ベッキーを追いかけろって?

 

 困惑する俺を無視して、少尉殿は言葉を続ける。

  

「あなたは気づいてましたか?」


「な、何を……」


 


「この食堂のメニュー表にはね……『A定食』なんて料理は無いんですよ?」


 


 少尉殿のその言葉に、俺は衝撃を受けた。

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