番外編13 結成! フェアリー小隊8(全10話)

 いっつも、いっつも俺が頼みゃしないのにベッキーが出してくるA定食がメニュー表にない?

 

 A定食はただのフライの盛り合わせだ。

 

 そんな訳――



 

「ゲイズさん。人はね、誰でも験担げんかつぎをするんです。たとえ、それが自分の為じゃなくても、です」



 

 その言葉を聞いた俺の頭の中はグルグルと混乱した。


 A定食が験担ぎ?

 

 誰のため?

 

 俺のため?



 

 あいつはさっき言った。

 

『みんな、誰かと仲良くなるのを諦めた』

 

 確かにこの食堂の給仕達は無愛想だった。



 

 その中で、ベッキーだけはいつも俺に対して笑顔だった。



  

 そこまで思い至った時、俺は食堂を走って出ていった。 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そこは基地の中にある小さな緑地公園だった。


 恒星光の代わりの、天井に付けられた古ぼけた蛍光灯に照らされた一台のブランコにベッキーは座っていた。


 それを見つけた俺はベッキーに近づく。

 

 そして、あと数歩でベッキーの前に立つ、という所でベッキーの方から声が聞こえた。

 


 

「私には小さな頃から好きな人がいたんだ。近所のお兄さんでね。……まぁ、私の勝手な片想いだったんだけどさ」


 そう言って、下を向いていた顔を上げると俺を真っ直ぐに見てきた。

 

 その目は涙でぐしゃぐしゃになっていて、捨てられた子供のように頼りない瞳だった。

 

「お兄さんが十六歳の頃にね、軍の徴兵検査で機動騎士ガーディアンの養成所に行くことになって、短期養成で戦場に行ってしまったんだ。……まぁ、分かると思うけど、ここの基地にね、配属されたっておばさんから聞いたの」


 彼女は上を向いて座っていたブランコを軽く揺らす。

 

「私もガキだったからさ。後先考えないで家を飛び出してね。貯めてたお小遣いを全部使って、ここに来たんだ」


 そして俺の方を向くと子供のように歯を見せて、にししと笑ったんだ。


「で、なんやかんやあって食堂に何とかねじ込んで貰えたんだけどね――」


 懐かしそうに語る彼女の姿は小さくて今にも消えてしまいそうな感じだった。


 

 

「私の初出勤の日にね。パイロット達の会話で、そのお兄さんが死んだって知ったんだよ」

 



 ベッキーの告白に俺は何も言えなかった。

 

 掃いて捨てるほど聞く誰かの生き死にの話。

 

 その裏にベッキーのような思いを抱いている人間がいる事なんか、俺は考えもしなかった。

 

 何も言えないでいる俺にベッキーが問いかけてくる。



  

「あんたが私に初めて頼んだご飯を覚えているかい?」



 

 ベッキーと初めて会った日なんて覚えているわけがねぇ。

  

「ふふっ。イライラしていた私はね、あんたが頼んだ飯をつい『売り切れだよ』って言ったんだよ」


 ……コイツ、とんでもねぇな。

 

「だから適当にそこら辺のフライを盛り付けて出してやったんだ。『A定食だ』って」


 あぁ、そりゃメニュー表に無いわけだ。

 

 ベッキーの即席だったんだからな。

 

「次の次の日にあんたはまた食堂に来てた。それを見た私は心底腹が立ったのさ」


 俺は静かにベッキーの独り言のような告白を聞いた。

 

 そうすべきだと、この時思ったんだ。

  

「どうして私の好きな人は死んでしまったのに、お前は生きて帰ってきたのか、って。だから、その日もあんたの頼んだ飯は売り切れだって言って、適当にフライの盛り合わせを出してやったのさ。また『A定食だ』っつってね」


 ベッキーは地面を蹴って、ブランコを大きくこぎ出す。



 

「それからもあんたはいつまでも死にもせず、食堂に


 恥ずかしそう早口でまくし立てると、地面に靴をつけてズザザとブレーキをかけると、また止まったブランコの上で顔を伏せてしまう。



 

「嬉しかった。……で、でも、怖くなったんだ」



 

 そして、少し震えた声になる。

 

「こ、このA定食を出さなかったら……あ、あんたは帰ってこなくなってしまうんじゃないかって」


 少尉殿の言った『自分の為じゃない験担ぎ』。

 

 それをずっとしてくれていたベッキー。

 

 でも、何のために?


 俺の脳内にはそんな想いが浮かんだ。


 そして、それに対して答えてくれたのは顔を俯かせたままのベッキーだった。

 


  

「わ、私はあんたの事が……す、好き、なんだよ」



 

 ……は? こ、こいつは今、な、な、なんつった?

 

 止まったブランコから腰を上げたベッキーが俺の前まで来ると、顔を伏せたまま、頭を俺の胸に押し付けてくる。

 

「顔だって好みじゃない、声だって、そのウジウジした性格だって全っ然、好みじゃないんだ」


 突然の告白に頭の中が真っ白になった俺に、随分酷い事を言ってくるベッキー。

 

 俺は何も言えずにベッキーの言葉を聞いた。

  

「でも、帰ってきてくれるの。……私の作ったA定食を食べて、それできちんと帰ってくれるんだ」


 そう言って、ベッキーは顔を伏せたまま俺の背中に手を回してきた。


 


『はい、三・二・一、A定食はいりま~す!!』


『あ、ゲイズはA定食ね』

 

『そして俺の目の前にはいつものA定食』

 

『「い、いつの間にA定食が!!?」

 後ろを振り返ると、そこにはニヤリとサムズアップを決めたベッキーが立っていた』




 こいつは今までこんな気持ちで俺にA定食を出してきてたんだな。

  

 彼女の体温と一緒に、壊れるほど早く打つ脈が俺の胸板から腹にかけて伝わってくる。


 それを感じると、目の前のベッキーが急に愛おしく感じてしまう俺はチョロいのかもしれないな。



 

 だから。



 

 彼女の想いに対してきちんと答えようと思ったんだ。 



  

「俺はな、この基地に帰ってきたら、すぐに食堂に行くんだ」


 静かに語り始めた俺の言葉をベッキーはまだ俯いたまま、俺の胸に頭を付けたまま聞いていた。

 

「そこじゃ、よ。いけ好かない従業員がいっつも俺の注文無視して違う料理を出しやがる」


 軽く冗談めかして言った俺の言葉に、俺の体に回した腕に力が入っていくのが分かる。

 

「『今日はパスタの気分なんだよ!』って言っても、いっつもA定食だっつって、フライの盛り合わせを出すんだよ」


 回した腕とベッキーの体が震え始めた。

 

「……でも、不思議なもんでな。そのA定食を食べてると『あぁ、今回も基地に帰って来れた』って実感が湧いてよ」


 そう言いながら、俺はベッキーの頭の下に手を入れて彼女の顎に指を添えると、グッと力を入れて彼女の顔を上にあげる。


 俺の目の前に現れた不安そうなそばかす顔に、俺はニカッと笑顔を作ると優しく言ってやったんだ。

 


 

「だから、次もこのA定食を食べに戻ってこなきゃな、って思えるんだよ」



 

 その瞬間、ベッキーの目から大粒の涙がボロボロと溢れ出してきた。

 

 それは俺が見てきたどんなものよりも綺麗なものだった。

  

「だからよ、ベッキー――」


 俺は彼女の頭に手を置くと、その頭を優しく撫でながら続けた。

 

「その……これからも俺に作ってくんねぇか? A定食」


 その言葉に涙を流しながらもキョトンとした表情を作るベッキー。

 

 や、やばいな。今はベッキーのどんな表情を見ても可愛く見えてしまう。

 

「……いいの?」

 

「……まぁ、たまには他のもん食わしてくれたら――」


 恥ずかしさを隠す為に咄嗟にそんな事を言う俺に、彼女の返事は即答だった。



 

「やだ!!」



 

 力いっぱい俺に回した腕を締め付けてくる。


「やだ、って即答かよ!?」


 子供みたいな物言いに俺は自然と笑い声が口から出ちまう。

 

「……だって、帰って来なくなるもん…………」


 次いで不安そうなベッキーの声を聞くと、俺は自然と彼女の背中に腕を回して、細い彼女の体を抱きしめる。


「じゃあ、毎日A定食がいいな。それで俺は絶対帰ってくるんだ。この基地に……そんで、お前の前に、な」


 抱きしめたベッキーの体は熱くなった。

 

 きっと俺の体もめちゃくちゃ熱くなっているんだろう。


「毎日? 毎日でいいの? 私が『』ゲイズのご飯作っていいの?」

 

「お、おう。なんか微妙にニュアンスが違うようだけど、作ってくれよ」


 ベッキーの不安そうだった顔が変化する。

 

 真一文字に結んだ唇の端がだんだん上がっていって、目尻も優しそうに下がってくる。



  

 にまーっという音がめちゃくちゃ似合う、可愛い笑顔になったんだ。

 


 

「うひひ。うん、毎日作っちゃう。ゲイズのご飯は私が毎日作ってあげちゃうよ」


 そう言って、ベッキーは目を閉じて俺に対して唇を突き出してきた。

 

 俺は彼女の頭を抱くと、ゆっくりと自分の顔を近づけた。



 

 チュッ



 

 軽く彼女の唇に触れると、すぐに俺は自分の唇を離した。


 ま、まるで子供のようなキスだったけど、か、勘弁して欲しいぜ。

 

 て、ていうか、は、初めてのチ、チュウにここまで勇気を見せた自分を――



 

「むぅ~~~!!」



 

 ドギマギとしている俺と違って、ベッキーは頬をふくらませて抗議の表情を作ると、背中に回していた腕を解いて、俺の首に回してから飛びつくように顔を近づけてきたんだ。


「お、おいベッキー、なにを!……はむっ、んぅ、ちゅく、ん、んぅぅぅぅ!」


 そして、勢いに押されて俺は地面に尻もちを着いちまう。

 

 その拍子に、俺の口とベッキーの口が離れてしまう。

 

 ていうか、こいつ今ベロチュウしやがった!!



 

 そして、倒れた後の姿勢が悪かった。

 

 丁度、尻もちを着いた俺の腰あたりにまたがっているベッキー。


 彼女は真っ赤な顔で、興奮したようにペロッと自分の唇を舐めた。


 え、おい、ベッキーさん?


 そして不安定な俺の体を押して地面に倒すと、ズリズリと腹の方まで移動して俺の頭を抱えるように、自分の体で覆うように抱きしめてきた。


 俺の目の前には鼻息を荒くした、真っ赤になったベッキーの顔しか見えなくなる。

 

 だんだんと彼女のツヤツヤとした柔らかい唇が近づいてくる。


 あぁ、ヤバい。

 こいつは。



  

 一生、尻の下に敷かれるタイプだ!



 

「や、やめ、あ~~~!! あむっ、んぅ~、ちゅく、ぅん、れろ……」


 静かな緑地公園にしばらくこもった水音が響いた。 


 この時、俺とベッキーは全然気づいていなかったんだ。



  

 緑地公園の茂みの中に顔を真っ赤にした少尉殿と、普段は一ミリも見せない笑顔でキャアキャア騒ぐ食堂の給仕達がいた事に。

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