番外編14 結成! フェアリー小隊9(全10話)

 三日後



 

「全員整列」


 基地にある機動騎士ガーディアン格納庫のパイロットルーム


 俺達の小隊はこの日、再編期間が終了して実戦の時を迎えようとしていた。

 

 俺の横には十人の男たちが直立不動で綺麗に並んでいた。

 

「みんな、この三週間、本当に……本当によく、頑張った! 本当に……頑張ったな、本当に……本当に!!」


 俺は横を向いて、全員を見ながらこの三週間の事を思い出した。




 自然と涙が出てきたよ!!




 俺だけじゃない。


 目の前の十人の男達も肩を震わせて涙を流して、中にはその場で泣き崩れている者もいた。



 

「おいおい。見てみろよ」

 

「どこの新人部隊だ? 泣くなんてみっともねぇ」

 

「実戦が怖いのかよ、情けねぇな!」


 周りにいた他の部隊のパイロット達が俺達を指さして声を上げて笑っていた。


 俺はこの状況にやばいと思ったよ。


 絶対に手を出す奴がいる。


 特にパトリックが!


「……なんすか?」


 しかし、俺の心配とは裏腹に誰も動こうとしない。

 

 パトリックも俺の視線を受けて不機嫌そうに声を上げるがそれだけだ。


 その態度にホッとした。




 だが、何も言い返さない俺達の態度を見て野次を飛ばしてきた奴らの態度がつけあがってくる。


「おい! 情けねぇこいつらが、今日の出撃で何人死ぬか賭けようぜ」

 

「ぎゃはは、じゃあ俺は五人に十賭けるぜ」

 

「俺は十人に五だ」

 

「俺は七人に十!」

 

「三人に一!」


 すぐに周りで聞いてた大勢のパイロット達が俺も俺もと言い出したヤツに詰め寄ってきていた。



 

「まぁ、待て待て。今集計するからよ」


 そう言って言い出した奴が携帯端末を取り出すと立体映像装置ホログラフィックディスプレイを立ち上げて集計を始める。


 ご丁寧にオッズまで載せてやがる。


 その時だった。

 



「全員生還に千!!」




 パイロットルームに響いていた喧騒がピタッと止まる。


「お、おいおい。お嬢ちゃん、自分の言っている意味わかってんのかい?」




 カツ。カツ。カツ。


 床に響くパイロットスーツのブーツの音。




「はい。ですから、全員生還に千を賭けます。はい、これマネーチップです」 


 カツ……カツ。カツ。


 一瞬止まって、そしてまた歩き始める。


 

 

 俺の横で隊員達の肩が嬉しそうに小刻みに震え始めてやがる。

 

 俺だってそうさ!


 カツ。カツ。カツ。


「少尉殿に敬礼!!」


 ザッ!!


 俺達の後ろから現れたのは純白のパイロットスーツを着た、ちっこい少尉殿だった。


 前に出てきた少尉殿はクルッと体の向きを変えて答礼を返す。


「お疲れ様です」

 

「直れ!!」


 ザッ


 俺達の後ろから「おい、千だと!?」「ヤバい、おい俺も賭けるぞ」と喧騒が更に酷いことになっているが馬鹿な奴らだ。


「今夜は皆さんで食堂を貸し切ってパーティーが出来ますね」


 少尉殿がイタズラっ子のような笑顔で言うと俺達は静かに笑う。



 

 わりぃな。

 

 この中で今日死んじまうって考えている奴なんて一人もいねんだわ。

 

 賭け金は少尉殿の総取りだな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 少し落ち着いた後に少尉殿が真剣な顔付きで話し始めた。

 

「司令部より本日付けをもって、我が小隊は実戦部隊に登録されました」


 一度全員を見渡して続ける。

 

「小隊長は私、アルマ・カーマイ ン少尉が務めます。……ゲイズ・ミラー軍曹!」

 

「はっ!」

 

「あなたをこの小隊の副長に任命します」


 え?

 お、俺が副長!?


 俺は戸惑って周りをキョロキョロ見渡すと全員が微笑んで俺を見ていたんだ。


「私達は反対しないわよ?」

 

「なんだかんだ言って、途中からまとめ役はゲイズ軍曹だったっすからね」

 

「めんどくさい事は頼むわ、マジで」

 

「ゲイズが副長なら文句はねぇよ」


 お前ら……



  

「謹んで拝命致します!……まぁ、この問題児だらけの中で唯一の常識人の俺が妥当でしょうな」


 周りから「うるせー」「引っ込め」と笑顔で野次が飛んでくる中で俺は一歩前に出て少尉殿の横に並ぶ。


 少尉殿も笑っているが……俺の中で一番の問題児はあんたなんですがねぇ。

 

 ま、言わんけど。




 しばらく、騒がしい状態が続くが少尉殿の「コホン」という可愛らしい咳払いでそれも止まる。


「そして我が小隊のコールサインですが、私が昨日一晩眠らないで相応しいものを考えました」


 俺達の喉が自然とゴクリと鳴る。


 コールサインとはその部隊の愛称のようなもんだ。

 

 作戦中には個人名でお互いを呼ぶのではなく、コールサインと番号の組み合わせでお互いを呼ぶのが規則となっている。


 その部隊を象徴し、隊員達が誇りに思う大切なコールサイン。


 それを少尉殿が発表しようとしていた。

 

「我が隊のコールサインは――」


 ゴクリ。





 

「『スーパーストロングネオアームストロン――」

「はい、ストップ! 待て待て待て!! 少尉殿待ってください!」





  

 俺は慌てて少尉殿を止める。

 

 あぶねぇ。

 

 と、とんでもねぇ名前が少尉殿の口から出てきちまったよ!


 少尉殿の暴挙に小隊員も目が点になって驚いて、ついでそれを止めた俺に全員が視線を寄こしてきた。


 三週間も同じ釜の飯を食ってたんだ。

 

 視線ひとつで何を考えるかくらいは分かる。


『よくやった!』


 全員が安堵した表情で俺の判断を支持してくれたようだ。

 

 てか、副長になって初めての仕事がコレってどうよ!?



 

「あ、あ~、その、な、長すぎるんじゃないですかね? もっと短い方がいいと思うんですが」


 俺は遠回りに遠回りに少尉殿の説得にかかる。

 

 が、少尉殿は唇を突き出して不満そうだ。



 

「隊長ちゃんの『妖精小姫』から『フェアリー』なんていいんじゃないかしら?」



 

 なだめすかして何とか『ネオアームストロング』なんちゃらを撤回しようと俺が奮闘している時、隊員の中からそんな声が挙がる。


「フェアリー……っすか」

 

「いいな。フェアリー」

 

「隊長ちゃんにピッタリだな、マジで」

 

「フェアリー……うん、フェアリー」


 隊員達も少し興奮した様子で次々と同意している。

 

 チラッと横を見ると少尉殿は、



 

 うへぇ、という顔をしていた。



 

「少尉殿? 俺もフェアリーという案がいいと思いますがね」

 

「う~。私、あんまりそれ好きじゃないんですよぉ」


 モジモジしながら少尉殿は衝撃の一言を放つ。

 



「…………だ、だってぇ、妖精小姫フェアリーの中の『小』って文字に納得がいかなくてぇ。妖精姫フェアリーでいいじゃないですか! わざわざ『小』なんて付けなくても」


 

そう言って、小さな体をさらに小さく縮こませてモジモジする少尉殿の様子に俺達全員は一斉に下を向いて肩を震わせた。


『いやいやいや。ピッタリじゃないですか!』と。



 

「ま、まぁ、わ、私も大人なんで? みなさんが、そ、それがいい、というのなら? 非常に、非っ常~に遺憾ではありますが『フェアリー』でもいいですよ?」


 本当に嫌そうに言いながら俺にチラッ、チラッと目線を送ってくる少尉殿。


 俺に小隊員を説得するようアイコンタクトを送ってくる。


「隊員達の思いを汲み取ってくれる『大人』な少尉殿は良い小隊長ですなぁ。ありがとうございます」


 俺は有無を言わさない速度でまくし立てると、隊員達に向き直る。


「この小隊のコールサインは今後『フェアリー』とする! はい決定! 小隊員拍手ー!」 


 俺の意を汲んでくれた全員が一斉に拍手をし始めた。


「え、ちょ、待っ――」


 俺の横からそんな声が聞こえるが空耳だろう。




 こうしてこの日。

 

 少尉殿と俺達の『フェアリー小隊』が誕生したんだ。



 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 まだまだ納得のいってない様子の少尉殿だったが、コホンと咳払いを一つすると少し落ち着いたように話し始めた。

  

「まずはこの三週間お疲れ様でした。苦しい訓練に一人も脱落する事なく、ついて来てくれてありがとございました」

 

 俺達はハッとする。



  

 ……少尉殿にも“ 苦しい訓練”と自覚があった事に驚いたんだ。 



 

 特に訓練の後半、少尉殿が攻撃をし始めてからはその度合いはグッと増した。


 この人は回避がすごいのかと思ったら攻撃もえげつなかったんだよ!


 一般的な機動騎士ガーディアン乗りの攻撃命中率は良くて一割。

 

 射撃に開眼しやがったパトリックが四割で、それでも十分人間離れした数字なんだ。


 少尉殿の攻撃の命中率七割って……もう、それ人間じゃねぇだろ!!


「おかげで、というのはおかしいでしょうが、みなさんの腕前もかなり上達したのでは無いでしょうか?」



 

『えへへ。早く逃げないと撃っちゃいますよ~』

 

『ほい! ほい! 回避が足りませんねぇ。切り返しはもっと早くしないと撃っちゃいますよ~』

 

『あはははは、逃げろ逃げろ! どんなに逃げても無駄無駄無駄! 撃っちゃいますよ~』

 

『おや? 弾幕が足りませんよ。スカスカで足止めにもなりませんが撃っちゃっていいんですかね? 撃っちゃいました!』



 

 ここ最近の訓練を思い出して俺は吐き気がした。


 悪夢だったんだよ。率直に言って。



  

 小手先の回避をした途端、表示される撃墜判定。

 

 死ぬ気で連携しないと僚機がすぐにいなくなる恐怖。

 

 撃墜されると流れる高圧電流と通信から聞こえる仲間の『もういっそ殺してくれ!』という断末魔。



 

 こんな環境で上達しない方がよっぽどおかしい。



 

 でも、少尉殿の言う通りだと思ったよ。


 俺もいくつもの小隊を渡り歩いてきたが、小隊の練度は過去一だった。

 

 そこら辺の一般的な部隊が相手だったら負ける気がしない自信があった。 


 他の隊員も同じ思いなんだろう。

 

 みんな、顔を真っ青にしながらもどこか自信がにじみ出ている。



 

「さて、私達の小隊は三十分後に哨戒任務のローテーションに入ります。そこでみなさんに命令します」


 少尉殿は笑顔を浮かべていた。


「いつも通り……いつも通りのみなさんを期待します。変に気負ったり、緊張することなく任務にあたりましょう。そうすれば生きて帰って来れます。みなさんにはその力がある」


 その言葉に俺達は力強く頷く。


「よろしい。それでは……う~、フ、フェアリー小隊出撃準備にかかれ!」

 

「「「「「「イエス! マム!」」」」」」


 ザッ!


 全員が一斉に敬礼をする。


 そして、みんなが動き出そうとしたその時、俺は見てしまった。


 


 敬礼をした少尉殿の指先が少し震えている事を。




「あ~、すまねぇ。少し待ってくれねぇか」


 ちょうど駆け足に移ろうとしていた隊員達がピタッと止まる。


「副長として、大切な事を言い忘れていた」


 全員が俺の方を非難の交じった目で見てくる。


 おぉう。そんな目で見てくんなよ。言いにくくなるだろうが。


てか、言うぞ? 言っちゃうからな?



「この中に『童貞』がいる!!」




 俺が意を決して言った一言に全員がポカンとした表情になる。

 

 こいつ何言ってんだ? という表情だ。


 若干一名、ブランソンの肩が跳ね上がるのを俺は見逃さなかった。

 

 へへっ、同志よ。俺もだから安心しな。


 ま、まぁ、一昨日に、は、初チューは済ませたけどな。へへへ。



 

 とまぁ、そんないらん事は置いといて、俺は横にいた少尉殿の背中をポンと叩く。


「みんな経験したはずだ。初めて実戦に挑む恐怖を、な。我が小隊には今日初めて実戦を迎える素人さんがいらっしゃる」


 あぁ、そういう事か。と全員の顔に納得の色が浮かぶ。

 

「実戦童貞を優しくサポートするのが先達としての責務だ。みんなどうかフォローを頼む」


 俺は軽く体を折ってみんなに頼んだんだ。

 

 横にいた少尉殿はあわあわと顔を真っ赤にして慌てている。

 

「少尉殿。助言を一つ。『困ったり迷ったら後ろに引けばなんとかなる』です。階級じゃ下でも実戦経験は俺達が上だ。俺達を頼ってくださいな」


 少尉殿はまだ真っ赤な顔で周りを見渡す。

 

 俺達はそれに優しい笑顔で応えた。


 その瞬間、さっきの作ったような笑顔じゃねぇ、少尉殿本来の明るいひまわりのような笑顔が顔に出てくる。


「はいっ! みなさんよろしくお願いします!!」


 その様子に俺は満足してみんなに言った。

 

「よっしゃ! フェアリー小隊、いっちょぶちかますぞ!!」

 

「「「「「「応っ!」」」」」」 



 

 そうして俺達フェアリー小隊は初めての実戦に挑んだ。

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