第26話 中型種巡洋艦型との戦い1

『マスター。中型種巡洋艦型との接敵まで約二分』

「おっけ~、腰ミノ!」

『ハミングバードです』


 フェアリー大隊から離れたアルマが駆る機動騎士ガーディアンXIKU-25Cは中型種巡洋艦型アモスへと向かって矢のように突き進んでいた。

 宇宙の暗闇に溶けるような闇色をした機械の巨人は、しかし騎体色とは真逆の白い尾を背中と両腰から長く引いており、真っ暗な宇宙空間でとりわけ目立つ存在になっている。


『中型種巡洋艦型が率いる群れの先行個体がそろそろ現れます』

「おっけおっけ、腰ミノ! サポートよろしくねっ!」

『ハミングバードです。レーダーを近接戦モードに変更』


 そしてそれは前から彼女に近づいてきているアモスの群れからは的確に捕捉されており、四百機もの巨大な群れの先陣を切る三角錐の形をした小型種突撃型のアモス達は先端をアルマの騎体に定めると猛然と進んできている。


『予測進路からマーカーを設置。敵の補足は一瞬です。注意してくださいマスター』

「う~。緊張するねっ、腰ミノ!」

『……ハミングバードです。――来ます』


 そしてついにアルマの前に十数機の小型種突撃型が姿を現す。


 

――いや、この表現は正しくない。



 アルマの網膜に投影されている映像に赤いサークルでマーキングされたアモスが出てきたのはまさに一瞬。

 パッとマーカーが現れたと思った次の瞬間には、マーキングされたアモスはアルマの後方に消えていっている。


 お互いに近づくアルマとアモスの相対速度が速すぎる為だった。

 

 しかし、これはアルマの騎体XIKU-25Cの頭部に収められているレーダーの性能が悪い訳では無い。

 どの騎体、それこそ帝国が配備を始めている最新のFE-35であったとしても結果は同じだっただろう。


 全速力で前へと進む機動騎士ガーディアンは空気抵抗の存在しない宇宙空間においては、地上では信じられない速度で進むことが出来る。

 

 しかし、それはアモス達も同じこと。

 この時お互いに全速力で近づく両者の相対速度は恐ろしい数値に達していた。

 

 同じ状況に置かれていたのならほぼ全ての機動騎士ガーディアンパイロット達は同じ行動を取るであろうことは容易に想像がつく。



 

 すなわち、敵と当たらないように神に祈りを捧げる。 

 生身の人間であるパイロットに出来る事はこれだけである。



 

 今の状況は人間の反応速度を軽く超えている。

 視界に敵のマーキングが入ったとしてもそれを脳に伝えて、脳が考えて、筋肉に電気信号を送って、筋肉を動かして、機動騎士ガーディアンへ操縦を伝達して、機動騎士ガーディアンが動く。

 通常であれば気にしない数瞬の間だろうが、“数”の間すら今の状況には存在していなかった。



 

 しかし。

 しかし、である。



 

 アモス達にとっての不幸は彼らの前にいた機動騎士ガーディアンパイロットはその“ほぼ全て”に当てはまらない規格外の存在だった事だった。



 

「………………」

『小型種突撃型を一機撃墜。さらに一機、二機、三、四、五機を撃墜』


 コックピット内のアルマは頭を動かさないまま、目だけを素早く動かして小刻みに操縦桿を操ってトリガーを引く。

 それを忠実に追従するXIKU-25Cの騎体は少しだけ右腕を動かしながら手に持っているライフルから高速弾を吐き出し続ける。


 そしてそれは面白いようにアモスの胴体に吸い込まれて行ったのだった。




(――本当に信じ難いですね)


 その光景を外部映像とコックピット映像で見ているハミングバードは自身の電子回路内でそう吐き出した。


 そもそも今の状況は人間が知覚できる速さではないのだ。


 機械の身で辛うじて反応できる速度域での戦い。

 全身を、あるのであれば心ですら電子回路で構成されているアモスならなんとか対応出来る速度域で、“たかだか”秒速一二〇m、音の伝達速度の三分の一しか出ない人間の神経の伝達速度では対応など不可能だ。


 しかし、自分のマスターはその不可能を先程から可能にしている。


 それはもはや“反応”ではない。

 “予知”と呼ばれる領域になるだろう。


 以前の戦闘で同じ感想を抱いた時にハミングバードは彼女に聞いてみた事があった。

 どうやって高速で動き回る敵を補足しているのか?と。



 

『う~ん。何となく、かな?』


 


 その時返ってきた彼女からの返答はこれであった。


『ほら、私っておとーちゃんのお手伝いで小さな時から猟師の真似事してきたじゃん?』


 さも以前話したでしょ?という感じで語られていくアルマの言葉を、全く自身の記憶領域には記録されていない事を検索し終えたハミングバードは続いた言葉をこの時聞いていた。


『だから私って“勘”だけはいいんだっ、にしし』


 “勘”


 人間がよく使用する、自身の経験則から導き出す不合理な判断を指す言葉。

 膨大なデータの解析能力を誇るAIが示す最適解を、人間はその言葉でいとも簡単に否定してしまう事をハミングバードは知っていた。


 ごく稀に、非常に経験が豊富な人間がAIを超える答えを出す事がある、という事もハミングバードは知っていた。

 意外と馬鹿に出来ないのが人間の“勘”なのだ。

 

 しかし自分のマスターの人生経験の長さから出される“勘”などたかが知れている。

 しかも戦闘の度に高頻度に当たる“勘”など統計学の学者がいたら資料をぶん投げて発狂するレベルだろう。

 

 毎回の戦闘で彼女の言う“勘”のお陰でアルマの射撃命中率は七割を超えている。

 はっきり言ってこれは異常なのだ。



 

(研究所で一度マスターの脳内をじっくり研究するのもいいかもしれませんね。人類の為にも、我々人工知能の為にも)


 戦闘補助の最中に、空いた演算領域で恐ろしい言葉を考え出していたハミングバードは意識を戦闘に向ける。


『小型種突撃型の撃墜数四十機を超えました。中型種巡洋艦型との接敵まで残り二十秒』


 先程思考していたハミングバードではない、自身とは違うハミングバードが報告している事を聞いて『彼』は薄ら寒い感情を覚える。

 それは一分ほどの短い時間で四十機ものアモスを撃墜している事にではない。


 全く騎体に損害がない事にであった。


 自分達が遭遇した群れは四百機。

 先行している小型種は優に百を超えていたはずであり、アルマは騎体の腕は小刻みに動かしていたが、回避行動は先程から全く取っていない。


 彼女は自身の騎体に被害を出すであろうアモスを撃墜して、それ以外はスルーしていた事を意味していた。


 そんな事を彼女の言う勘だけで出来るのか?

 しかし、一瞬で接近する敵を取捨選択する余裕など無い事は分かりきっている。 


「ふいぃ~。なんとか抜けれそうだね、腰ミノ」

『……えぇ、そうですね。マスター』


 アルマの口から出た気の抜けた言葉に、いつもなら『ハミングバードです』と訂正していたはずの言葉を忘れた人工知能はつぶやく。


(この人はこの状況で……。いや、だからこそ“面白い”、のか)


 ハミングバードが開発された経緯は完璧な人工知能を生み出すプロジェクト。

 その計画で生み出された人工知能『ハミングバード』の雛形ひながたは調整を施されて様々な業種に提供されていた。

 機動騎士ガーディアンの戦闘補助AIというのはその中の一つに過ぎない。


 何百と生み出されたハミングバードの中でアルマに出会った自分は運がいいと感じていた。

 ――まぁ、いつになっても自分の事を『腰ミノ』と呼び続けるのは業腹ごうばらではあるが。


 少し人間臭い二律背反の思いにを抱きながら人工知能は男性とも女性ともつかない合成音声を発する。


『マスター。そろそろ中型種巡洋艦種との予測交差点です。減速開始まで五・四・三・二・一』

「よっし、減・速! ふ、ふぎぃぃぃ!!」


 脚部を前に出して、進行方向とは逆のベクトルで推進器を最大稼働させるアルマ。

 その瞬間にとんでもないGがかかったコックピット内に乙女が決して発してはいけない声色が響き渡った。

 それを聞いていたハミングバードはすぐさま擬似重力発生装置でGを打ち消しながら思う。


 (あなたは最高のデータ収集対象です。これからもついて行きますよマスター)

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