第25話 決断


 暗闇の中を進む多くの機械の群れ。



 

『、、、。、、、、。、、。。。、!!!』



 

 彼らは一心不乱に前へ前へと進んでいた。

 なぜなら彼らの前には、彼らの待ち望んだ存在がいたから。



 

『『『『『『、、、。、、、、。、、。。。、!!!』』』』』』


 

 

 彼らが造られてもう数十万年以上もの時間が経った。

 彼らがこの世界に生まれ落ちた瞬間から、たった二つの使命を与えられて宇宙の暗闇の中をさまよっている。


 機械である彼らの脳であるチップに刻まれた命令。

 その命令に彼らはある意味、雁字搦がんじがらに縛られて広大な暗闇を切り裂いていて進んでいた。


 前へ、もっと前へ。


 もっともっと前へ。



 

 それは彼らの待ち望んだ存在に出会う為に。




 宇宙を進むアモスの集団。


 巨大な楕円形に散っていた仲間達はある一点に向かって突き進んでいた。

 その先には自分達と同じ機械の反応がたくさんある。

 十個の大きな機械と一〇七個の小さな機械の反応。




 しかし、大事なのはそのような事ではなかった。




 その機械の入っている生命体の反応に、彼らのネットワークは狂ったように信号を頻繁に送りあっていた。

 人間の子供のように嬉しい思いを体中から爆発されるように送られる無数のシグナル。


 きっと人間の言葉であったなら「会えた! やっと会えた!!」だっただろう。




 アモス達が広大な宇宙空間に散り散りになっている理由は創造主から与えられた二つの命令。


『。、、、。。、。、。、。。。、。、、。。、、、。、、』


 そして

 

 『、、。。、。、。、、。、、。。。、。、』



  

 彼らがこの数十万年の間、律儀にずっと守っていた大切な自身の存在意義。

 それを果たせる目標を目の前に捉えて彼らは基盤が焼き切れるのではないかという程の信号のやり取りを行っていた。




 そして、前を進んでいく仲間達がどんどんと数を減らしていく。

 それは知的生命体達の必死の抵抗によるもの。

 それを感知したアモス達はさらに喜びを表していた。

 自分も、自分達もと競い合うように前へと飛び出していった。


 そして全長八百mの巨体の誇る彼も、逸る思いを隠そうとせずに部下を引き連れて前へと進んでいた。

 人類側から中型種巡洋艦型と呼ばれている彼も自身の巨大な推進器を赤く発光させて前と進んでいた。





 創造主の悲願を叶える為に。




 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


【中型種巡洋艦型を含むアモスの集団が接近中。数は四百。接敵まで三分】



 

 第二〇八辺境パトロール艦隊旗艦、巡洋艦オーベイからもたらされたその報告にアルマは一瞬その身を固まらせてしまう。


 ただでさえギリギリの戦闘を、綱渡りのような状態で進めていた彼女達に新しい中型種巡洋艦型出現の報告はまさに破滅を意味していたからだ。



 

 個体で見た時、アモス達の性能は実はそこまで脅威的なものでは無い。

 小型種は遠距離攻撃の手段を持っておらず、中型種も帝国の艦艇と比べた場合、武装も一段下回る程度だからだ。

 しかし、アモス達の一番恐ろしいところはそこでは無い。



 

 彼らの最大の強みは――その数だ。



 

 “群れ”と呼ばれる集団になった途端、アモスの脅威度は格段に跳ね上がる。

 数機のアモスが数十機のアモスを呼び、さらに周辺に散っている数百機の仲間を呼んで、周辺のアモスが枯渇するまで彼らの侵攻は止まることはない。



 

 この時、アルマの前に届こうとしていたアモスの規模は四百機以上。

 一〇七騎しかいない味方の機動騎士ガーディアン達は対応を誤れば大きな被害を受けてしまうだろう




 この時にアルマが取れる手段は大きく分けて二種類。

 このままのフォーメーションで迎撃するか。

 それとも小隊を集めて守りを強固にするか。


 この二つ。




 一瞬ぎゅっと目をつむったアルマの脳裏に一つの言葉が蘇る。



『いざと言う時は自分の部下を優先させなさい。判断は誤らないようにね、



 それは補給でオーベイに降りた時にオリビアからかけられた言葉。

 それを思い出した次の瞬間には目を広げてヘルメットのマイクに向かって大きく命令を下した。

  

「フェアリー大隊! 全騎、フェアリー小隊の現在位置まで集合してください!!」


 彼女の選んだ選択肢は後者の大隊を一箇所に集めて守りを固める、だった。


『『『『『『了解!!』』』』』』


 その声にフェアリー大隊の機動騎士ガーディアン達は徐々にフェアリー小隊の元へと集まってくる。

 外に武器を向けて徐々にその範囲を狭めながらゆっくりゆっくりとアルマのいる場所に向かって集まってきた。

 そして、一〇七騎の機動騎士ガーディアンはアルマを中心に球状の防御陣形を作ると、次々に迫ってくるアモスをお互いにフォローしながら撃墜していった。




「ゲイズ中尉」

『はっ!』

「これより大隊の臨時指揮をお願いしますっ!」

『はっ!!………………はぁっ!?』


 味方が密集して防御陣形を完全に作り終わった頃、アルマから副長のゲイズへと指示が飛ぶ。

 アモスに向かってマシンガンの弾をばらまいていたゲイズは反射的に返事を返したが、すぐに素っ頓狂な声を上げた。


「大隊全騎。これよりこのポイントで皆さんはアモスの迎撃に注力して下さい。大隊指揮はゲイズ中尉が執ります」

『フェ、フェアリー1アルマ隊長! 何を言っているんです――』


 当然のように挙がるゲイズからの非難の声の途中でアルマは遮るように声を張り上げた。



 

「フェアリー1はこれより中型種巡洋艦型に対して単騎突撃を行います! 大隊全騎はこの場を死守!!――私の帰る場所を守って下さいね?」

『『『『『『っ!?』』』』』』




 片目でウィンクをし、ペロッと舌を出したアルマに全員が唖然としてしまう。

 中にはアモスへの攻撃を止めてアルマの騎体を振り返る者もいたぐらいだ。


『た、隊長!! 何を言っているんですか!? この状況で突撃!? しかも単騎でなど何を考えて――』

「このままでは敵の物量に押しつぶされます! 敵巡洋艦型を墜とせば今迫ってきているアモスの大部分は活動を停止するはずですっ!」


 有無を言わせないアルマの叫びに大隊員達は声を失ってしまう。



 

『……単騎でなんて……それじゃあーし達と一緒じゃ、あーしらが足手まといって言いたいのかよ……』


 その中で通信に乗る少女の声。

 ピクシー1リリーの絞り出すような声がパイロット達の鼓膜を震わせる。

 ギュッと操縦桿を握りしめた彼女の顔は酷く歪んでいた。


 この状況でアルマが部下を連れずに行く理由は明白だ。

 彼ら、彼女がいてはアルマの邪魔にしかならない。


 アルマは言外にそう言っているのだ。



 

『……ピクシー1リリーちゃん…………』


 その様子にジョージがリリーをいたわる様な声を掛けるが、次の瞬間に『ダァァァァアア!!』と上を向いて奇声を吐いたリリーはキッとした視線でモニターを睨んだ。


『ピクシー小隊はこの場で防衛戦を継続! フェアリー1が帰ってくるまで全騎堕ちることは許さないからね!!』

『『『『『『了解!!』』』』』』


 そしてぷいっとそっぽを向いて顔を赤くしているリリーを見ていた他の小隊の隊員達に小さな笑みが浮かぶ。


 

  

『アインセル小隊了解。ご武運をフェアリー1』

 続いて声を上げたのは落ち着いたアインセル1の声。 


『うふ♪ バンシー小隊も了解♪ 絶対帰ってくるのよ?』

 それに少し茶化した様子の明るいジョージの声が続く。

  

『ケットシー小隊了解。まったく、あなたは無茶な人だ』

『デュラハン小隊了解。隊長ちゃんらしいぜ!』

『エサソン小隊了解。ご帰還をお待ちしています』

『グレムリン小隊了解……死ぬんじゃねぇぞ、隊長』

『ホビット小隊了解。少し頑張らないと、ですね』


 次々と各小隊の隊長達から声が挙がった。




『フェアリー1……』


 各小隊の反応に笑顔を浮かべるアルマに対して最後に声を掛けてきたのは副長のゲイズだった。


『まったく、あなたという人は……。あなたの無茶ぶりに慣れたつもりでしたが、今回は特大の無茶ぶりですな』

「てへへ。すみませんフェアリー2ゲイズさん


 心底呆れた様子のゲイズだったが、一度大きく息を吐くとアルマに対して綺麗な帝国軍式の敬礼を取ると叫ぶように声をだした。


『復唱します! これよりフェアリー大隊の指揮はフェアリー2に移行。大隊全騎はこのポイントでの防衛戦を継続します。――フェアリー1は心置き無くアモス達に突っ込んで行ってください!』


 ビっと敬礼した手を前に払うようにしたゲイズは片方の口の端を上げる人の悪い笑顔を浮かべていた。


『帰ってこなければ、全員で地獄の果てまで隊長を追ってやりますからな』

「それは責任重大ですね!……大隊を頼みますっ、フェアリー2!」

『はっ!!』




 そして、大隊が作る球状の防衛陣形からアルマは慎重に飛び出すと騎体を正面へと向ける。

 その方向の延長線上には接近する中型種巡洋艦型のアモスが率いる四百機ものアモスの群れがいた。


『……あなたはいつも予測不能です、マスター』


 そして、フットペダルにかけていた足に力を入れる直前。

 アルマの耳に電子的な合成音声が届いた。


「えへへ、ごめんね。でも、一緒に頑張ろうねっ、腰ミノ!!」

『ハミングバードです。ここまで来たら一蓮托生です。ミッション内容を更新。敵中型種巡洋艦型への単騎突入。サポートプログラムを接近戦に変更』


 その機械的な声の正体は騎体の戦闘補助AIハミングバード、もとい腰ミノのものだった。 

 機械の音声にしては少し呆れたニュアンスが入った妙に人間臭い響き。

 その声を聞きながらアルマは操縦桿を握り直して、足に力をかけていく。


「うんうん。サポートは任せたよ、腰ミノ。 それじゃあ、行っくよ~――」

『ハミングバードです。いつでもどうぞマスター。レディ――』

 

『「Go!!」』


 一気に踏みしめたフットペダルに反応したスラスターから大量の推進剤が吹き出して点火。

 アルマの騎体、XIKU-25Cの背中から巨大な青白い炎が吹き出して弾かれるように前に進んでいく。



 

 その行き先に待ち構えている巨大なアモスの群れに向かって。 




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 巡洋艦オーベイ艦橋


「フェアリー大隊がフェアリー小隊を中心に密集隊形に移行しました」


 オペレーターの女性の言葉にオリビアが後ろを振り返ると、その目線の先にいたエドマンは大きく頷いた。

 

「当然でしょうな」

「えぇ、妥当な判断ね。騎体間が離れていては各個撃破の格好の的だわ」


 艦橋の中央モニターに映るマップでは機動騎士ガーディアン大隊が球体の防御陣形に密集している様子が映っている。

 

「待って下さい!?……一騎……密集隊形から一騎が飛び出しました!」

「――たった一騎が、ですと?」

「この状況で飛び出すなんて……」


 その映像に変化が現れたのはそれからすぐだった。

 味方を示す青色のマーカーが一個、防御陣形から出てくる様子が映ったのだ。

 

「飛び出した一騎は巡洋艦型の群れに向かって前進を開始……騎体番号は……」

「……まさか」

「いえ、さすがに、ねぇ?」


 その状況にエドマンとオリビアの脳裏に嫌なデジャヴュがよぎる。


「XIKU-25C! アルマ・カーマイン少佐です!!」

「「やっぱりぃ~~!!」」


 報告を聞いたエドマンは天を仰ぐと、被っていた軍帽を脱いで顔を覆った。

 対照的にオリビアは両手で顔を覆って下を向く。


「この状況であの子は何を考えて――」

『あっはっはっ、飛び出した機動騎士ガーディアン嬢ちゃんだな? さすが親父のクルーだ! 頭のネジが吹っ飛んでやがるぜ!』


 次いでオリビアの口からアルマに対しての非難めいた言葉が出かかった時、彼女の小さな声は豪快な笑い声でかき消される。


『そ、そうなんだな。ぐふふ』

「……オーランド、アルカンク」


 豪快な笑い声の主は対空型駆逐艦の艦長、オーランドとアルカンクだった。

 通信モニターに映った二人は本当に愉快そうに笑っている。


『まぁ、悪くない判断だと思うぜ? 俺は』

『巡洋艦型を撃墜出来ればあの群れは止まるんだな、きっと』


 それはエドマンも分かっていた。

 四百ものアモスの群れが殺到してはいかに精鋭を揃えているフェアリー大隊と言えども無傷ではいられない。

 その前に群れの上位存在を墜とせればあの群れの進軍は止まって機動騎士ガーディアンの被害はなくなるだろう。


『……まぁ、俺達のお仕事は増えるだろうが今の段階で機動騎士ガーディアンがごっそり減るよりはマシだろ?』

『なんだな。吾輩の駆逐艦もまだまだ余力があるからタイミング的には大丈夫なんだな』


 エドマンがその声を聞いて自身の艦橋中央にあるモニターをにらむと、大きく網を広げるように広がっていた機動騎士ガーディアン達が密集した事で穴が空いた宙域から、十数機から数十機のアモスの小集団が次々と艦隊に向かってくる様子が映っている。


「ふむ、そうですな……しかしあのように思い切りよく飛び出されてはこちらのキモが潰れてしまいますぞ、まったく」


 もう一度、前後逆さまにした軍帽を被り直したエドマンが大きなため息を一つ吐くとそう零した。


「えー……あなたがそれを言っちゃうの?」

『……親父殿。あんたがそれ言っちゃダメだろう』

『……なんだな。親父殿が『突撃』という度に吾輩達もそんな思いだったんだな』


 上からオリビア、オーランド、アルカンクの少し呆れたような声。

 その声を聞いたエドマンはぱちくりと大きくまばたきをするとその頬に少し朱の色がさす。


「か、艦隊各員へ! アモスの集団が来ますぞ! 対空防御を厳にしなさい!!」


 そして明後日の方を向いたエドマンの口から出た言葉は誰の耳にも話題を逸らそうとする慌てた色が浮かんでいることが分かった。

 艦橋のクルー達、特に歳をとった古参の者達は下を向いて小刻みに肩を震わせている。

 オリビアは両手を軽く上げて呆れた顔をした後に、自身の席に座り直してコンソールを操作し始める。

 オーランドとアルカンクは「ブッ」と少し吹き出した後、カメラから目線を外して肩を震わせながら敬礼をすると通信モニターからその姿を消してしまう。


 そして、艦隊の全員が接近するアモス達に対応する為に慌ただしく動き出す。


 チラッとオリビアが後ろを振り向くと顔を真っ赤にしたエドマンがプルプルと震えている。


 その様子にオリビアがクスッと口元をほころばせると、顔を戻してコンソールに向かい、その手を忙しく動き出させる。




 フェアリー大隊を抜けてくるアモス達が艦隊へと近づいてきていた。

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