第24話 破滅へのカウントダウン
『――ちくしょう!! グレムリン7が喰われちまった!! グレムリン7の生命反応なし!! グレムリン7KIA(戦死)!!!』
悲痛な報告がフェアリー大隊の通信を駆け巡る。
声の主はグレムリン小隊を率いる中年の小隊長。
彼はアルマがフェアリー小隊を立ち上げた頃からの古参パイロットだった。
「グレムリン1! 大丈夫で――」
『ちくしょう……殺す、ぶっ殺してやるクソ機械ども……』
アルマが被害状況の確認をしようと声をかけるが、グレムリン1と呼ばれたパイロットからは絞り出すような声が聞こえてくる。
元々責任感が高く、新人への気遣いが出来る人物だったから小隊長のポジションに据えた人物だったが、部下を思いすぎる彼の性格が今回は裏目に出てしまったようだ。
部下を殺されたグレムリン1の目は血走り、
『殺す、殺す、殺す!! グレムリン小隊!! てめぇらグレムリン7の弔い合戦だ!! 全騎、アモスのクソ野郎どもをぶっ殺せ!!』
グレムリン1の乗る
そして手に持っているマシンガンからは狂ったように激しい射撃が放たれる。
その何発かがグレムリン7を撃墜したアモス達に命中し、機械達の体を火球へと変えてしまった。
しかし、外から見ていてその動きは決して褒められたものでは無かった。
『た、隊長!! 危険です、隊――』
『うおおぉぉぉおお! 死ね、死ね、死ね死ね死ねシネシネシネ!!!』
しかも部下の制止も振り切ってグレムリン1はめちゃくちゃに暴れ回る。
まるでこの世の全てを憎悪するかの様な
「グレムリン1……」
自分の戦闘を行いながらその光景を見ていたアルマは持っているライフルを構えてグレムリン1の方に向く。
『――
アルマの様子を見ていた副長のゲイズが驚いた声を上げるが、それを無視したアルマは一発の弾丸をグレムリン1に向かって放ったのだった。
放たれた弾丸はまっすぐ暴れ回るグレムリン1に向かっていき、そして――
『――っ!?』
グレムリン1が乱射しているマシンガンを撃ち抜いてしまった。
突然手の中のマシンガンが破壊されたグレムリン1が驚いてその動きを止める。
『隊長! 突出しすぎです。味方から離れすぎて危険です』
動きを止めたグレムリン1の周りにすぐに集まってくるグレムリン小隊の
彼らはグレムリン1をグルっと囲むように円陣を作ると、警戒するように外に向けてそれぞれの武器を構えた。
『……ハァ、ハァ、ハァ……すまん。頭に血が
『隊長……』
やっと落ち着いた様子のグレムリン1の様子にホッとしたアルマが声をかける。
「落ち着きましたか? グレムリン1」
『……はっ。失礼しましたフェアリー1』
少し落ち込んだようだが受け答えはハッキリしている様子で、アルマから見て普段のグレムリン1に戻ったようだ。
「グレムリン小隊は一時後退。後方の“パッケージ”で補給後にすぐに戦線に復帰してください。――出来ますね?」
アルマにしては少し硬い声で出した指示に対して、短く『了解』と返したグレムリン1は騎体を返すと部下を連れて後方に下がっていく。
『……アイツは来月結婚式だったんだ……俺が仲人をする予定だったのに……あの娘さんになんて言えばいいんだよ、あのバカが。――ちくしょう……』
ひとり言に近い、か細い消えそうな声を出しながら。
『……やりきれませんな』
「そうですね……」
その様子を聞いていたゲイズの発した言葉にアルマが相槌を打つ。
軍人である自分達は、戦いになればいつかは死んでしまう可能性がある事はここにいる全員が理解している。
しかし、彼らは機械ではないのだ。
喜怒哀楽の感情を持ち、軍人としての役割以前に全員が人間としての人生を歩んでいる。
パイロット達の背景にはそれぞれの人生があり、それぞれの人間関係があり、それぞれの想いがある。
酷い言い方だが、もし他のパイロットの戦死であったならグレムリン1もあそこまで取り乱すことも無かったのかもしれない。
「でも、ここで諦めちゃったらもっと多くの人が死んじゃいます」
そう言いながらアルマはライフル銃を前に構えて、引き金を何度も引いていく。
『酷なようですが、グレムリン小隊が潰れていれば被害はもっと大きくなりますからな』
ゲイズも機動を止める事なく、マシンガンを前に向けて発砲している。
それでアルマ達に近づいていたアモスの集団が撃ち抜かれてどんどんと沈んでいっていたのだった。
どのような事情があったとしても戦場は待ってはくれない。
怒ってもいても悲しんでいても宇宙の奥から溢れてきているアモス達は待ってはくれないのだ。
本心では仲間の死に対して叫び声を上げたい自分の心に蓋をして押さえつけ、アルマは大隊長としての声を上げる。
「大隊全騎! グレムリン小隊が一時後退します。彼らが帰ってくるまで苦しくなりますがここを守り切りますよ!!」
『『『『『『了解!!』』』』』』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(駆逐艦ヨーク格納庫)
「次のパッケージ、用意完了しました!」
「よーし。すぐに射出しろ!」
「了解でさぁ!」
駆逐艦ヨークの格納庫では整備士達が忙しなく走り回っていた。
戦闘が激しくなり、前線に張り付いたままの
その為に開戦前と比べれば比較的忙しく無くなってはいたが、それでも整備士達の仕事が無くなる訳では無い。
今は“パッケージ”と呼ばれている物を準備しては前線に向けて送り続けており、その準備の為に多くの整備士達が動き回っている。
これは替えの武器や弾薬を推進剤の入った細長いタンクの周りに貼り付けたものに簡単なロケットを付けた代物で、後方に帰って来られない
「ニルスの嬢ちゃん。パッケージも六便送った。そろそろ打ち止めだな」
ロケットに点火して戦場へと進んでいくパッケージを眺めている長身の女性整備士長に声をかけたのは老齢の整備士だった。
「……ゲン爺。でも、もっと送った方がいいんじゃねぇか?」
声をかけられた整備士長、ニルスは少し不安そうな顔で答える。
「馬鹿野郎! クリスマスプレゼントじゃねぇんだ。バカスカ送ったところで無駄になるだけだよ」
「だけどよぉ……」
「……たく。別に適当に言っとるわけじゃないんじゃ。儂の
そう言ってゲン爺は自分の頭を人差し指でトントンと軽く叩いた。
長年整備士として多くの戦場を渡り歩いてきた経験からこれ以上の補給物資輸送はむしろ無駄になる。
そう彼は判断していた。
「……でもよぉ」
それでも食い下がろうとしてくるニルスをゲン爺は鋭い視線で制した。
「嬢ちゃん。心配な気持ちは儂も痛いほど分かる。儂らは実際に戦場で戦う訳じゃない」
少し語気を強めるたゲン爺は、しかし次の瞬間には眉根をふっと緩めて優しい瞳でニルスを眺める。
「儂らはこの場所で奴らが帰ってくるのを待つのも大切な仕事じゃ。じゃが、帰ってきたのに補給物資が足りませんじゃあ意味が無いじゃろ」
「…………」
ニルスの心根を見透かしたような優しい声。
ニルス自身もこれ以上の補給物資を送っても効果が薄い事は感じていた。
ただ、心を占める不安感を振り払う為に何かしたかっただけなのだ。
「アルマの嬢ちゃん達がそうそう死ぬような事があるもんか。今儂らが出来るのはパイロット達が無事に帰ってきた後に最高の整備が出来る場所を整えておく事じゃ」
「ゲン爺……」
自分の数倍の人生を生きて、数十倍の戦場を渡ってきた老人の強い言葉。
この言葉の裏に老人がどんな思いで整備士として出撃して行った軍人達を待っていたのか。
優しい声だったが、確かに重い感情が乗った言葉なのがニルスには分かる。
そうしてポンポンとニルスの肩を軽く叩いたゲン爺がニルスの傍を離れようとした時だった。
「た、大変だ!! フェアリー大隊で一騎撃墜されたらしいぞ!!」
凶報が突然舞い込んでくる。
「っ!?」
「なっ!?」
格納庫に飛び込んできた若い整備士が息を荒げながら発した大声に整備士達の手が止まり、全員の視線がその整備士に集まっていた。
「バカヤロウ!! テメェら手を止めんじゃねぇ!!」
突然止まったかのような空間に二ルスの怒号が響くと彼女はその若い整備士に大股で近寄っていく。
その鬼気迫る様子に整備士達は肩をビクッとすくませて元の作業に戻っていった。
そして、若い整備士の前までたどり着くとその胸元を荒々しく掴みあげた。
「テメェ、どこで聞いたか知らねぇが適当な事フカシてんじゃねぇよ!!!」
そして自分の額を若い整備士に勢いよくぶつけると、驚きと痛みで涙目になっている彼に聞いさな声でこうささやくように聞いた。
「……それでどういうことか詳しく教えろよ。あぁ?」
かわいそうに涙目になったその若い整備士はコクコクと首を縦に振りながら自分が聞いた情報をニルスに話していくのだった。
ただ、その顔は痛みや恐怖からではない赤色に染まっていたのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(巡洋艦オーベイ 艦橋)
「……エドマン」
「ついに始まりましたな」
ここ巡洋艦オーベイの艦橋は重苦しい雰囲気に包まれていた。
中央のモニターには戦場の広域レーダーマップが映っているのだが、その横の文字に変化が起こっていたからだ。
『
当初のシミュレーションでは戦闘開始から三時間後に訪れるであろう最初の被害。
それを四十分の遅らせられたのは第二〇八辺境パトロール艦隊の実力が高かったのか、それとも運が良かったのか。
「アルマ隊長と大隊パイロット達はよく持ちこたえていましたわ」
「そうですな……しかし、ここからは更に厳しい戦いになりますぞ」
ともかくここまで順調に進んでいた防衛戦に出てしまった被害は無視していいものではなかった。
当初のシミュレーションで予想されていた開戦から三時間後で出てしまう被害は、アモスの出現数の増大が要因と考えられていたが、
もちろんの事だが生き物は機械とは違い徐々に疲れを溜めていく。
疲労が増せば体の動きや思考は鈍くなる。
この時、長い者で最後に補給を行って一時間以上敵前で戦い続けていたのだ。
戦場では一瞬の判断ミスや操縦ミスで簡単に命を落とす場所だ。
疲労が蓄積しているであろう今の
「ともかくアルマ隊長にもう少し敵を後ろに通すように指示をします。こちらの負担は増えますが艦隊はまだ余力がありますわ」
「そうですな。この段階で
オリビアの提案にエドマンも即座にうなずいて了承の意を伝える。
そしてオリビアが通信機を通してアルマに連絡を取ろうとした、その時だった。
「ヒィッ!!」
若い観測員の女性が上げた短い悲鳴が艦橋の中に響いた。
「何事ですかな!?」
それにいち早く反応したのはエドマンだった。
彼の脳裏には最悪の展開が、
「
しかしその女性観測官は顔を青くし、ブルブル震える声で必死に先を伝えようとするが上手く言葉が出て来ないでいた。
その様子にオリビアは手元のコンソールで彼女が見ている画面を中央のモニターに転送して、エドマンと自分が見えるように操作する。
「なっ!?」
「そんなっ!?」
そして出てきた画面を見たエドマンとオリビアは揃って絶句することになった。
画面には敵を示す赤い光点が映っている。
それも今まで多くても三十機程度の集団で固まっていたアモスの比ではない数の赤い光点が灯っていた。
優に四百を超えるアモスの集団がひと塊でアルマ達フェアリー大隊に迫っている状況が映っており、その中心には一際大きな赤い光点。
その大きな光点の横には中型種巡洋艦型の文字が記されていたのだった。
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