番外編16 とある小妖精の恋物語1
今回から番外編『とある小妖精の恋物語』を始めます。
本編の二年前、リリー・マルレーン少尉目線でのお話となります。
番外編ばかりで申し訳ありませんが、お付き合い頂ければ幸いです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
十歳の頃からあーしにとってこの狭い部屋が『世界』だった。
子供には大きいブカブカのシート。
二本のスティック型の操縦桿に数個のフットペダル。
コントロールパネルのモニターに物理スイッチがいっぱい。
たったこれだけ。
でも。
この狭い狭い空間があーしにとっては、広い広い世界ノ全テだったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ウザ」
今日も昼間からネット掲示板を覗くと、あーしはすぐに後悔した。
ーーーーーーーーーー
名無しのゲーマーさん
今年のWSOKどうだった?
名無しのゲーマーさん
PiXyの圧勝。レベチだった。
さすが電子の小妖精。
名無しのゲーマーさん
でも、
名無しのゲーマーさん
それなwww
名無しのゲーマーさん
禿同www
名無しのゲーマーさん
お前らPiXyの話になるといつもそれだなwww
名無しのゲーマーさん
てか、PiXyって絶対アルマたん意識してるよなww
ムーブが
名無しのゲーマーさん
え?今さら?
名無しのゲーマーさん
君にはガッカリしたよ
名無しのゲーマーさん
情弱乙!
名無しのゲーマーさん
PiXy =偽フェアリーJK
名無しのゲーマーさん
前から言われてますぅwww
名無しのゲーマーさん
あ、自分で見つけちゃったって思ってた?思ってた?
名無しのゲーマーさん
(´;ω;`)シクシク
ーーーーーーーーーー
すぐに携帯端末を閉じると、あーしはシートを倒してゴロンと転がった。
最近はこんなバカな奴ばっかだ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
じいさんの残した
擬似重力発生装置なんていう、民生品につけてなんの意味があるのか分からない物がついた高級品が倉庫の隅に転がっているのを見つけたのがあーしが十歳の頃。
電源を引いてきて、インターネットに接続して、対応ソフトをダウンロードしてからあーしはこの世界にどっぷりと浸かってしまった。
来る日も来る日も、親の目を盗んでは倉庫に入り浸り仮想世界で
小さい頃から花よ蝶よと大切に育てられてきたけど、五年前に弟が生まれてからは両親はあーしに興味を忘れたみたいに弟ばっかり構っていた。
家の中にあーしの居場所はなかった。
でも、このシミュレーターの中じゃ違ったんだ。
誰もがあーしを褒めたたえて、あーしを認めてくれた。
誰もがプレイヤー“PiXy”を見てくれた。
動画配信サービスでも多くの人があーしのプレイ動画を上げてくれて、機動を分析してくれて、
そして、
あーしの事を“偽フェアリー”と指をさして笑っていたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あーしの名前はリリー・マルレーン。
貴族の……貴族だったマルレーン家の娘だ。
あいにくじいさんの代で資産を食いつぶして、父親の代で貴族から一般市民に転げ落ちた典型的な没落貴族の家系。
一般市民として身の丈にあった生活をすりゃ良かったのに、両親は貴族だった頃の生活が忘れられずに借金をしては豪華な生活をしまくった挙句、周りからはもう見捨てられている。
あーしも小さな頃から、どこかの貴族家の嫁にねじ込もうと必死な親に連れられてお見合いばかりさせられてた。
『君も災難だね。昔のよしみで席だけはセッティングしたけど、適当にご飯を食べて帰りなさい』
その度に相手は『来たこと』にされて、代理人のおじさん達に哀れみの目線を受けながら一人で豪華な食事を食べて帰っていった。
『君はかわいくないな。特にその目。睨んでいるようで気持ち悪い』
時々、本当に時々あーしに会ってくれる人もいたけど、そんな人もあーしの顔を見た時にガッカリしていた。
あーしも分かってるんだ。
あーしの目が鋭すぎるからだ。
だから相手はあーしが睨んでいるように見えたようで可愛げがないと言って、早々にお見合いを切り上げられる事が多かった。
『この役たたずが!!』
そして、誰からも相手にされずに家に帰ったあーしに親はキツイ言葉で
『お前にいくら金をかけてきたと思ってるんだ!! 男の一人も
『ごめんなさい、お父様ごめんなさい。ごめんなさい』
父親は容赦なくあーしの体を殴りつけて、母親はそんな光景を気にした様子もなくてこっちを見ようともしない。
今年五歳になった弟はそんなあーしをバカにしたように見てくる。
あーしは男に生まれればよかったってこの時よく思ってた。
あーしが男だったら父親もあーしにもっと優しかったのかな?
『ごめんなさい、ごめんなさい』
あーしが男だったら母親もあーしをもっと見てくれてたのかな?
『ごめんなさい、ごめんなさい』
あーしが男だったら弟がいた位置にあーしも居られたのかな?
『ごめんなさい、ごめんなさい』
そして、今日も父親の気が済むまであーしは殴られて、蹴られて泣きながら謝り続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いつものシミュレーターの中。
昨日も大会で優勝した後にそのままシミュレーターの中で眠ってしまった。
それで起きてから、誰か褒めてくれているかもとワクワクしながら昨日の大会の掲示板を見ると、やっぱり偽フェアリーとバカにした書き込みが多くあった。
あーしがゲームを始めた頃から全国
あーしも動画で見たことがある。
正直いって、あーしの方が上手だと思ったよ。
なのにみんなは
現実世界で居場所の無かったあーしにとって、仮想世界はあーしにとって唯一の居場所だった。
なのに。
なのに!
なのに!!
こいつがいるせいではあーしは居場所を奪われたんだ!
この時あーしは、よくそう思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あの、前に言っていた事なんですが……」
あーしは携帯端末を持つと意を決して、前に教えてもらった連絡先に電話をかけた。
それは以前、ある大会で優勝した時にDMで連絡が来た軍関係者の連絡先だった。
そいつは大会の成績優秀者をスカウトする仕事だと言っていた。
来てくれるのならある程度の要望は聞いてくれるとも言っていた。
「はい……はい。出、出来れば南天方面軍、第四十九
だから、あーしはアルマ・カーマインのいる部隊への配属を希望していた。
なんでかって?
もちろん
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ここが宿舎か……」
それから一ヶ月後。
あーしは惑星SE-49S198の軍宿舎前にいた。
今回ここに来る為に家を出るのはそれほど苦労はしなかった。
旅費はいくつかの大会で賞金が出ていたから、両親に黙ってこっそりと貯金してた口座から出した。
家から出てくる時もお手伝いさんや警備員さんに見られたけど、みんなあーしの事が見えていないようにスルーされた。
あーしが大きなトランクケースをゴロゴロと引きずっているのに誰も気にしていない様子に少しショックを受けたけど、でも止められるよりはマシだったと納得している。
宿舎の前にはエプロンを付けて鼻歌を歌いながら、ホウキで掃除をしている亜麻色の髪色をした小さな女の子がいた。
「フフフ~ン♪ あ~ちょいやっさぁ、ちょいやっさぁ♪」
……音程が独特すぎて何の歌かは分からないけど、本人が楽しそうならいいと思った。
「あ、あの」
「はい?」
そんな女の子にあーしは声をかける。
小さな女の子だったから、お小遣い稼ぎのお手伝いか軍関係者の家族だろうとアタリをつけて案内してもらおうと思ったんだ。
「あーしは今日からここでお世話になるマルレーンっていうんだけど、どこに行けばいいか聞いてなくて……受付とか知らないかな?」
少しキョトンとした女の子だったけど、すぐに「あっ!」と声を上げると、手をポンと打ってニコッと笑いかけてきた。
うっ。よく見るとこの子めちゃくちゃかわいいな。
あーしと違って女の子らしい大きくて丸い、くりっとしたかわいい目。
今も見せてくれている笑顔もあーしの貼り付けたような笑顔じゃなくて、心の底から笑っているような太陽のような笑顔。
「リリー・マルレーンさんですよね? こっちです。着いてきてくださいねっ!」
ホウキを壁に立てかけた女の子はあーしの手を掴むと宿舎の中にズンズンと進んで行こうとする。
「あ、ちょっ、待って!?」
あーしは慌ててトランクを掴むと女の子について宿舎の中に入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ブランソンさん! 宿舎内ではきちんとズボンを履いてください!!」
「パトリックさん! また夜更かしですか? 訓練に支障が出るから早寝しないといけないですよ!!」
「ゲイズさん! またベッキーさんと喧嘩したそうですね! 優しくしないとダメですよ!!」
宿舎の中を進んでいく女の子にすれ違う人に挨拶をするついでに、そうやってお小言を言っている。
それに対して、あーしでも尻込みするような大きな男達が頭をかいて小さく縮こまっていた。
その光景に内心ですごいな、と感心しながらあーしは宿舎の奥へと進んで行ったんだ。
「あらん? そのかわいい女の子はだぁれ?」
そして。
この時あーしはジョージさんと初めて出会ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あーしが初めてジョージさんを見た時の感想は『なにこの人』だった。
これは決して悪い意味じゃないよ。
今まで見たこともない完璧なメイクをしていたからで、全然悪い意味じゃないからね!
朝早い時間からバッチリ決めた派手なメイク。
見るからに男の人だったのに、ジョージさんがしていたメイクは全然違和感がなかった。
むしろすごく似合っていて、とっても綺麗だった。
あーしは動画配信サービスでメイクの勉強を始めたばかりだったから、今から思い返したらこの時は子供のように下手っぴなメイクだったんだ。
「ワタシ、ジョージ・マッケンジーって言うの。お嬢ちゃんのお名前は?」
あーしに目線を合わせて少し屈んだジョージさんは、ニッコリと笑うとあーしをじっと見てくれていた。
「リ、リリー・マルレーンって言います。今日からここでお世話になります。よろしくお願いします!」
あーしはその目線に少し恥ずかしくなって、視線を外しながら自己紹介をする。
「リリーちゃんね♪ 女の子が少ない職場だからリリーちゃんのようなかわいい女の子が来てくれてワタシ嬉しいわ♪」
ジョージさんはそう言ったところであーしを案内してくれている女の子に視線を移して少し冷たい声を出していた。
「『どこかの誰かさん』と違って、お化粧も気を使っているみたいでリリーちゃんとっても素敵ね♪」
ギクッといった風に女の子の肩が跳ね上がって、顔からは冷や汗をダラダラ流していた。
どこかの誰かさんってこの女の子の事?
いや、こんな小さな女の子にまだメイクは必要ないでしょ。
てか、その時あーしを“かわいい”って言ってくれた事であーしの顔は真っ赤になったんだ。
し、しかも“素敵”って。
あーしは初めて他の人からそう言われた事で頭の中がグルグルと混乱していた。
「わ~~! ジョージさん! あとでっ! あとで時間をとって紹介しますからっ! 私達先を急ぎますね!!」
「あぁ、もうっ!……リリーちゃん、また後でね♪」
女の子に手を引かれてまたあーし達は歩き始めた。
後ろではジョージさんが笑顔で手を振ってあーしを見送ってくれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『大隊長の部屋』
それから少し歩いて、一つの部屋の前にたどり着いた。
プレートには
ついにここまで来たのかとあーしは知らず知らずのうちにゴクリと喉を鳴らしていた。
帝国宇宙軍 南天方面軍 第四十九
学生時代は全国
ペアの部は二年生の時だけ出場して優勝。
団体の部は二年生の時から三連覇。
公式記録は全戦全勝。
軍人になってからは一年目に対連邦戦線に着任。
そこで通称“フェアリー小隊”を結成。
この年、連邦軍の一大攻勢作戦が発動した事もあって、わずか一年で小隊規模の
(まだこの記録は破られていない)
中尉に昇進。
二年目に
そこでアモスの襲撃を受けていた連邦軍対帝国戦線総司令官ウラジミール大将を乗せた戦艦を援護。
アモスを撃破後にウラジミール大将を帝国領で保護。
大尉に昇進。
三年目に南天方面第四十九
フェアリー小隊も解体される事なく同
この年発生した第四十九
少佐に昇進。
これが去年までの彼女の実績だった。
『なんの漫画の主人公!?』
この記録を見た時のあーしの率直な感想だ。
これがあーしがここに来るまでに調べた彼女の情報だった。
残念ながら
一応画像検索とかしてみたけどその度に出てくるのは、『みたらし団子を美味しそうに食べている小さい女の子』や『サンドイッチを頬張っている時にゲンコツを食らっている小さい女の子』。または『バケツを持って廊下に立たされている涙目の小さい女の子』の画像ばかりだった。
……この子は
ここまでの実績を挙げている軍人さんなんだ。
きっとThe軍人といったピシッとして部下にも自分にも厳しい大人の女性に違いない。
……あーしは父親がよく怒鳴るから、あんまり声の大きくない人だったらいいな。
そう思いながら部屋に入ったけど、アルマ・カーマイン少佐はその部屋にいなかった。
キョロキョロと見渡してみるけど、あーしと案内してくれた女の子以外いない。
「席に座っててくださいね」
挙動不審なあーしに女の子が応接ソファーを勧めてきたから、「勝手に座ってもいいのかな?」と思いながらもそこに腰を下ろした。
それにしても、この子は随分図太いんだな。
今も部屋のすみの戸棚を開けて、ティーセットの準備を始めてしまった。
でもでも、厳しい軍人が身内と言ってもそこまで許すものなのかな?
あーしが頭の中でグルグルと答えの出ない問題を考えていると、女の子はお茶の入ったティーセットをトレイに載せて、カチャカチャと音を立てながらあーしの前に運んできた。
「それにしてもマルレーンさんみたいな若い女の子が辺境基地に配属なんて珍しいですね。徴兵組でも無さそうですし」
そう言って、慎重にあーしの前にそれを置いたんだ。
「……
あーしは意を決して女の子に聞いてみた。
その瞬間、目の前にいた女の子が「ブッ」と吹き出す。
そんな様子を見てあーしは「あぁ、やっぱり知っているんだ」と思って、あーしは話を続けた。
「ここだけの話にして欲しいんだけどね……あーしはその
そして、あーしは女の子に思い切って頭を下げた。
「あーしは絶対に
そう言ったあーしの目の前にお茶を置いた女の子は、気まずそうにあーしから離れていく。
「そ、そうですね。特に苦手なものは無いですけど、強いていうなら椎茸とか苦手ですかね。ちっちゃい頃、おかーちゃんが椎茸栽培キットを買ってきて、ひと夏の間ずっと延々と椎茸ずくめだったもので」
??????
たしかに弱点とは言ったけど、それは苦手な食べ物って訳じゃなかったんだけど……
女の子はあーしから離れると、指を折り曲げながらブツブツと「幽霊とか苦手かな……ゴキ〇リは平気だし……あ! お化粧も苦手かも」とつぶやきながらトコトコとゆっくり歩き始めた。
それであーしの目の前の机に向かうと、ゆっくりと椅子を引いて、なんとその席に座ったんだ!
え?
ま、まさか!
「……あ~……ごめんなさい。私まだ自己紹介をしてなかったですよね」
その机には達筆な文字で『大隊長指定席』って書かれたプレートが置かれていた。
「私が、あの……マルレーンさんの言っている……
「……ぴぃっ!?」
あーしは今日いちの驚きで言葉を失ってしまったんだ。
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