第22話 中型種駆逐艦型との戦い
『こちら快適巡洋艦オーベイホテル。
アルマが艦隊に帰ってきた際に割り当てられた着陸先は巡洋艦オーベイだった。
……ちなみにこの時、アルマの割り当てを知った駆逐艦ヨークの整備士長が暴れたり暴れなかったりしたという。
「はい。お世話になります」
巡洋艦のオペレーターの言い方に少し笑顔を浮かべたアルマが降着装置を騎体から出して慎重にオーベイの格納庫に着艦した。
『ナイスランディング、フェアリー1――整備班、整備開始せよ』
すぐにオーベイの整備士達がアルマの騎体に集まってきてXIKU-25Cへの補給を開始する。
「推進剤補充開始!」
「弾薬はパッケージ五六だ。お嬢の騎体と間違うな!」
「冷却剤交換! 騎体の温度を基準値まで戻せ。関節特に注意だ!」
「音波走査開始。金属強度の計測怠たんじゃねぇぞ!」
通信を通じて整備士達の会話がアルマの耳に届いていた。
それをチューブ飲料を口に含みながら聞いていたアルマは、整備士達はどこも同じだと自身の母艦の整備士達を思い浮かべならがら聞いていた。
ピピッ
その時、彼女のコックピット内に響く電子音。
『オリビア中佐より秘匿通信です』
すぐに腰ミノからの報告でアルマは相手が誰か分かり、ヘルメットをすぐに脱ぐと少し手櫛で前髪を整えると通信をつないだ。
『アルマ少佐、お疲れ様です』
モニターに映ったのはアルマのよく知るすみれ色の髪色をした女性だった。
いつものニコニコとした柔和な笑顔ではなく、今は少し険しい顔をしている。
「オリビア中佐、お疲れ様です」
通信のオリビアに向かって敬礼をするアルマの顔を確認したオリビアは、おや?とした表情を顔に浮かべた後に、いつものような優しい顔に戻った。
『あら。今日はお化粧しているのね。とっても魅力的になっているわよ。アルマちゃん』
い、いえ、そんな……と反射的に顔を真っ赤にしたアルマをクスクスと笑いながら、しかしオリビアの顔はまた険しいものに戻る。
『アルマ少佐。率直に聞きます。戦場はどのように感じていますか?』
「はっ! 現在までに艦砲射撃と
オリビアの問いかけに自身も顔を引き締めて答えるアルマ。
『敵の構成はどのように感じていますか?』
「現在は小型種しか出現していません。中型種は報告のみに留まっています」
『……その事についてのアルマ少佐はどう思うかしら?』
アルマは直感でオリビアの険しい顔の理由を理解した。
それは自分自身も感じていた事だったからだ。
だからアルマはハッキリと自分の感じた感想を口にする。
「少なすぎる、と思います」
事前の情報ではアモスの規模は三万の群れ。
過去の帝国軍に蓄積されている膨大なアモスとの交戦記録から考えて、今回の状況では中型種の出現はもう少し早くなければならない。
それらを考慮した事前のシミュレーションでは既に多数の中型種が艦隊に押し寄せていて、本来なら今は艦隊の迎撃能力が徐々に圧迫され始める時間だったはずだ。
それが蓋を開けてみれば小型種しか出てきておらず、防空圏内に入った敵は
「私達だけで敵を食い止めている事は良い事だと思います。……思いますが、私は少し不安です」
『軍の把握していない増援があったか……もしくは事前情報の間違いか、『情報の
オリビアが吐き捨てるようにいった一言にアルマはハッとした表情を浮かべる。
「そんな!?
『軍の汚さなんて私達はよく知っています。アルマ少佐も知っている事でしょう?』
「……………………」
オリビアの言葉にアルマは返す言葉を失う。
過去、アルマは軍の汚い部分をその目で見ていたし、そしてオリビアは当事者としてその事に巻き込まれた事を知っていたからだ。
『アルマ少佐。作戦中にあなたに対してこのように不安にする言葉を伝えるのは佐官として失格だと思います。しかし――』
オリビアは少し口を結ぶと、意を決した表情でアルマと視線を交わす。
『いざと言う時は自分の部下を優先させなさい。判断は誤らないようにね、
少し悲しそうに目を伏せながら言葉をこぼすオリビアにアルマは何も言えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『俺っちは凄腕スナイパー♪ 狙った獲物は百発百中~♪ 狙った女も百発百中~♪』
補給が終わり、再び集合したフェアリー小隊は戦場へと急いで戻っていた。
通信機からはさっきから明るい声のパトリックの鼻歌が聞こえている。
声は明るそうなのに本人の目は少し赤くなっていた。
……整備士達に締めあげられたな。
彼の騎体に再び固定されている長銃身のロングレンジライフルと赤くなっているパトリックの目。
それを見た小隊員は即座に理解していた。
『うるせぇぞ、馬鹿リック。少し静かにしろ』
ゲイズの怒った声にピタッと歌声は止む。
『ったく……。隊長……隊長?』
「へっ?……あ、あぁ。すみません、ゲイズ中尉」
『いえ、何かお考え中でしたか。こちらこそ申し訳ありません』
アルマの脳裏に先程のオリビアの表情が繰り返し思い出されていた。
軍の情報秘匿。
戦闘中にその事を思い至らなかった訳では無い。
しかし、
それがアルマには分からなかった。
『マスター、戦闘宙域です』
その答えが絶対に出ない思考に囚われてグルグルと頭の中で考え続けている間にどうやら戦場へと到着していたらしい。
腰ミノの報告で頭を二、三度振ったアルマは前方の宙域を凝視する。
そこには光の花が次々と咲き乱れて戦闘の激しさを物語っていた。
「フェアリー小隊、戦闘に復帰します! 全騎戦闘速度。私に続いてください!!」
『『『『『『イエス、マム!!』』』』』』
今は目の前の戦闘に集中しよう。
そう結論を出したアルマは不安を振り払うように目一杯フットペダルを踏み込む。
アルマの騎体、XIKU-25Cはその行動に応えてスラスターから暴力的な推力を吐き出すと力強くアルマの体を背中から押し出していった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ウラァァ! 沈めぇぇぇぇぇ!!』
『全騎援護! 隊長を喰わせるな!』
アルマが戦場に復帰した時、そこでは死闘と呼ぶにふさわしい戦いが終わろうとしていた。
ついに防空圏内に中型種駆逐艦型が到達していたのだ。
「アインセル1、状況報告」
『っ!? フェアリー1!』
戦場に到着したアルマはすぐに指揮を移譲していたアインセル1に通信をつなぐ。
通信モニターに表示された中年の男性、アインセル1は少し安堵した表情になると今までの状況をアルマへと報告し始めた。
『約三百秒前に宙域に中型種駆逐艦型一機と小型種突撃型多数が侵入。デュラハン小隊とピクシー小隊で駆逐艦型の、その他の小隊で小型種の迎撃を開始しました』
少し興奮した様子のアインセル1は早口で報告を続ける。
『状況は見ての通りです。小型種はほぼ駆逐し、駆逐艦型も――』
そう言ってアインセル1の頭部ユニットがむく方向を見たアルマの視界に白い騎体が駆逐艦型に突っ込む様子が見えていた。
ピクシー1、リリー・マルレーン少尉の駆るFE-31は背部のメインスラスターを全開に巨大な縦に長い長方形のアモスの機体、中型種駆逐艦型に突っ込んでいた。
敵の駆逐艦型からは機体各所から青白い光がリリーへと向かって吐き出されていた。
それは対空レーザー機銃の雨だった。
隙間なくリリーへと襲いかかる機銃の嵐を、しかし彼女は肩のサブスラスターを巧みに使いながらヒラヒラと避けていく。
そして、駆逐艦型の後部にある一段盛り上がった箇所に到着すると激突する勢いで表面に降りたって、そこに自身の左椀部を突き出した。
『もらったァァァ!!』
その場所はすでに何度か攻撃を受けていた様子で装甲板がボロボロになって内部の機構がむき出しになっている。
そこはアモスの中枢ユニットが収めらている重要区画の真上に位置していた。
リリーは自身の左腕部に装備されている複合多層シールドの裏側に装備している小型ミサイルの発射トリガーを引くと、すぐにフットペダルを思いっきり踏み込んだ。
その途端、白いFE-31から一本のミサイルがゼロ距離で発射されて、駆逐艦型の内部に突き刺さる。
しかし、爆発はしない。
それを確認したてすぐに背部メインスラスターを全開にしたFE-31は駆逐艦型から飛び立つとどんどんと敵から距離を開けていった。
『ピクシー1回避! 敵の追撃くるわよ!!』
『っ!?――うぅぅ~~! だらっしゃー!!』
駆逐艦型から飛び立ったリリーに向けてアモスの対空レーザー機銃の銃口が一斉に向けられる。
そして一瞬光った後に雨あられと短いレーザーの光がリリーの騎体に向かって吐き出さられる。
レーザーの光がリリーを捉えた瞬間、彼女は左右のフットペダルを交互に踏みしめて操縦桿を思いっきり倒す。
彼女の操作に忠実に応える白い
その急な機動変化に直前まで彼女の騎体を捉えていた機銃の光は虚しく誰もいない空間を素通りして行った。
しかし、アモスの駆逐艦型を構成する中枢ユニットは優秀であった。
機銃の角度を細かく調整し、自身に肉薄して攻撃を仕掛けた忌々しい敵を撃破すべく機銃の雨をリリーへと的確に修正していった。
『くぅぅ……。でも、残念!!』
通信モニターの中に映ったリリー少尉は急激な機動に顔をゆがませて苦悶の表情を浮かべていた。
しかし、その直後に苦しそうにだが笑顔を浮かべてそんなことを言っていた。
ドォォォオオオン!!
直後にアモスの駆逐艦型に爆発が起こる。
それはリリーが突き刺したミサイルの爆発だった。
爆発しなかったミサイルは故障や誤作動での不発では無かった。
ゼロ距離からの発射だったのだ。
その場で爆発してはリリーもそれに巻き込まれてしまう。
それを見越して発射の直前に戦闘補助AIに対して短く五秒の遅延起動を指示していた結果が今になってようやく効果を発揮していたのだった。
中枢ユニットの真上で爆発を起こされた駆逐艦型は一度大きくその巨体を揺すると、それまで間断なく吐き出していたレーザーを一斉に止めて沈黙した。
その様子に各小隊の
ゴォォォオオ!! ドンッ! ドンッ!!
しかし、彼らが次の瞬間に見にしたのは敵の最期の姿だった。
アモス駆逐艦型はミサイルの刺さった装甲板の隙間から炎を吹き出すと、その炎の道は装甲板の隙間に沿って急激に機体全体に広がっていく。
それと一緒に小さい爆発が各部で起こって、巨大な体から次々と装甲板を吹き飛ばしながら崩れていった。
『敵駆逐艦型撃沈!!』
『やったぜ! ザマァ見ろ!』
『さすがピクシー1だぜ!!』
『イィィヤッホウ!』
沈黙していた通信が大隊パイロットの歓声で溢れた。
この戦闘で訪れた中型種との戦いでの大金星なのだ。
大隊のパイロット達は全員が興奮した様子を見せていた。
『ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ』
その大金星を挙げたパイロット、ピクシー1ことリリー・マルレーンはコックピット内のシートに背中を預けて荒い息を吐いていた。
無理もない。激しい機動は彼女の体から容赦なく体力を削り取っていたのだから。
『……大丈夫かしら? ピクシー1』
その時に歓声とは違う優しい声が彼女の鼓膜を打つ。
『ぴいっ!! ジョ、ジョージさ――バンシー1!!』
雑多な声の中から素早くその声を聞き分けたリリーの肩が跳ね上がり、わたわたと慌てた様子でシートから体を起こした。
『うふん♪ 大丈夫そうね。よかったわ♪』
『ひゃ、ひゃい! あーしは全っ然らいじょうぶれす!!』
優しく声を掛けたのはバンシー小隊隊長のジョージ少尉だった。
彼に声をかけられたリリーはすぐに顔が火がついたように真っ赤になって挙動不審に陥る。
『隊長、よかったですね』
そして彼女の騎体の傍に集まってきたピクシー小隊の部下がニマニマしながらそんな言葉を自身の上官に掛けた。
いや、彼だけでは無い。
ピクシー小隊の全員が顔を緩めて、なにか甘酸っぱいものを見るようにニマニマしている。
『~~~~っ///!! う、うるさいっ!! ピクシー1、敵中型種駆逐艦型撃沈。ピクシー小隊は持ち場にもどるよ!!』
『『『『『『了解、ピクシー1』』』』』』
自身の恥ずかしさを消すように駆逐艦型から離れる際以上の素早さで騎体を翻したリリーに随伴して、ピクシー小隊は元の場所に戻って行った。
その様子をジョージはニコニコとしながら、それ以外のパイロット達はニマニマしながら見送った。
『と、まぁ今のところは全騎健在です、フェアリー1』
『り、了解しました。指揮ありがとうございますアインセル1』
こちらもニマニマしているアインセル1は敬礼をアルマへと向けると向こうへと飛び去っていった。
対して目をキラキラさせたアルマはちょっとだけ「いいなぁ、素敵だなぁ」とつぶやくと、リリーとジョージの方をチラッと見て、ふふっ、と笑った。
「フェアリー大隊各員へ。これより指揮はフェアリー1が執ります。私の不在中に敵駆逐艦型の撃沈はさすがでした」
アルマは通信機から隊員達に労いの言葉をかける。
その言葉にリリー少尉の顔が得意げになるのをアルマは微笑ましく見る。
「これより敵の中型種が続々と接近してきます! 大隊各員のより一層の奮闘に期待します!!」
『『『『『『了解!! フェアリー1』』』』』』
この時まで
全員がこれまでの戦闘を無傷でやり遂げ、生還への期待感が隊全体に漂っていた。
アモス迎撃戦開始から約二時間半。
事前のシュミレーションではそろそろ敵の物量が艦隊の迎撃可能能力を超える時間帯であった。
彼らはまだこの時知らなかった。
第二〇八辺境パトロール艦隊が討ったアモス達は表面の小部隊だった事を。
そして、その奥から主力と呼べる大部隊が続々と接近していた事を。
そして、本当の激戦はここから始まる事を彼らはまだこの時知らなかったのだ。
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