第21話 分岐点
巡洋艦オーベイ
「敵前衛は問題なく撃破しています」
巡洋艦オーベイの艦橋。
様々な報告が飛び交う中で一人のオペレータの報告が指揮官に届けられる。
司令官席にどかっと腰を下ろした初老の男性は艦橋の大型モニターを見つめたまま、口を開く。
「ふむ。ここまでは問題ないですな。オリビア、弾薬の残りは大丈夫ですかな?」
その声を前方の艦長席に座るすみれ色の相棒へと声をかける。
「重粒子砲、陽電子砲ともエネルギー供給に問題ないわ。レールガン、ミサイルとも三十%を使用しているけど、後方の補給艦から随時弾薬補給をしているから当面は問題ないわね」
自身の手元のコンソールを操作するオリビアは答えを口にした。
第二〇八辺境パトロール艦隊が戦闘に突入して一時間が経とうとしていた。
今の段階では艦隊に被害らしい被害は出ておらず、物資の欠乏も起きていない。
現状では満点に近い防衛戦をしていた。
しかし、艦隊司令官のエドマンの頭の中にはひとつの懸念が渦巻いていた。
「中型種が少なすぎる……」
その懸念がポツリと口から出てくる。
それに対してオリビアも額に汗をにじませて同意する。
「……えぇ。シミュレーションではすでに多数の中型種が出ていてもおかしくないけど、ここまで小型種突撃型ばかり出てくると気持ちが悪いわ」
アモスの小型種と中型種を分ける基準は、もちろん大きさによるものが大きいのだが、攻撃手段も大きな要素になってくる。
現在主に来襲してくるのは小型種ばかり。
今最も多くの数が進撃して来ている小型種突撃型は三角錐の機体をただただ真っ直ぐに敵へと向けて文字通り突撃して鋭い切っ先を相手に突き込んでくる戦い方をする。
次に小型種制圧型は五~十mの多脚型、昆虫に似た戦闘機械。
主に惑星やスペースコロニーなどの人工建造物内での戦闘で数多く投入され、短射程ながらも低出力レーザーとチェンソー式の前腕で施設の破壊を行う。
宇宙空間の戦闘ではほぼ活躍が出来ない為、今も出現はしていない。
そして最後に破壊型。
簡単に言えば爆弾のように周囲を巻き込んで大爆発を起こす自爆型だ。
これら小型種は全て遠距離攻撃の手段を持ち合わせていない。
それに対して中型種からは遠距離攻撃手段を多数持ち合わせている。
中型種駆逐艦型は全長三百mの長細い長方形の形をしており、前面の平面に二門の可動式高出力レーザーを備えており、側面にもデブリやミサイル、
光学兵器の防御ができる電磁防壁を装備する艦船に対しては高出力レーザーは即有効な攻撃手段にはならないが、
次に中型種巡洋艦型になると更に多彩な攻撃手段を有する。
三角錐を縦に半分に切った様な機体は全長で六百mを超え、上面にあたる丸みを持った面には6門の可動式高出力レーザーを備え、平らな底部には一門の陽電子砲を備えている。
前方と後方に合計六基の誘導弾発射装置を備えており、ここからミサイルに似たエネルギー体を発射する。
特に陽電子砲の威力は凄まじく、小型艦の電磁防壁なら角度が悪ければ一撃で抜かれ、それ以外でも相当な負荷をかけることが出来る。
負荷をかけられた電磁防壁は数分間防御力が著しく落ちてしまい、大きい的を敵へと無防備に晒してしまう事になってしまうのだ。
「……アモスの群れによっての構成のバラツキは考えられますが、ここまで極端な話は聞いたことがないですな」
「そうね。群れ内部での分布の偏りを期待したいけど……考えたくはないけど事前情報の三万という敵の数字を疑う可能性も出てくるわ。――通信官、後方の司令部からの情報は変わりない?」
オリビアの問いかけに黒髪の女性通信オペレーターはコンソールを素早く叩き、司令部からリアルタイムに更新されている敵の集団情報を検索する。
「……十分前に更新されている情報では大型種一に率いられた三万の群れである、とされています」
それは開戦前の情報と変更のないものだった。
「光学センサーに感あり。敵中型種駆逐艦型が多数接近。接敵まで残り十分!!」
その報告は別のオペレーターからであった。
その報告を聞いた瞬間、エドマンとオリビアは変な話であったが、少し安堵してしまう。
やはりここまで中型種が出てこなかったのは、群れの中での偏りであったのだった、と。
「艦隊の攻撃目標を変更! 中型種の殲滅を優先しますぞ!!」
「
更に慌ただしくなる艦隊。
数人の通信オペレーターは他の艦や、前方でアモス達からの防波堤となっているアルマ達
しかし、エドマン達はここで小さなミスを犯していた。
人間とは数ある情報を均等に公平に判断できる生き物では無い。
自分の信じたい情報を信じる愚かな生き物であるのだ。
この時、中型種が中々出てこない状況をエドマンはもっと深刻に受け止めるべきだった。
この小さな違和感は後になればなるほど彼らの首を絞める事態へと悪化していく事になる。
アモス迎撃戦開始より約一時間。
敵の集団に中型種が出現するようになって、事態は坂道を下るように悪化の一途を辿る事になる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『敵第三十三波、十機。第三十四波、六機。第三十五波、十三機接近』
「……くっ。敵の迎撃はバンシー小隊、アインセル小隊、デュラハン小隊が――」
『続いて第三十六波、十二機。第三十七波、十六機。第三十八波、九機。第三十九波、十機が接近。至急迎撃態勢を取ってください』
「ッ!? ピクシー小隊はバンシー小隊を援護。三十四波、三十六波、三十七波の敵は任せました!」
「「了解!」よ♪」
「ホビット小隊も迎撃を開始して下さい」
『了解』
徐々に敵機が増えていく戦場で、序盤は比較的余裕のあった大隊にアルマの指示が多くなっていく。
多方面から次々と侵入してくるアモスの迎撃をする為に全ての小隊が目まぐるしく位置を変え、空いた穴にアルマの率いるフェアリー小隊がカバーする事で、戦線は何とか維持ができていた。
ピピッ
『オーベイコントロールより全
その時入ってくる凶報。
今まで出てこなかった中型種の登場にアルマの体は少し硬直した。
自分達の装備している火器は小型種には通用するが、中型種には決定打を与えられない。
その事に思い当たったアルマは苦い顔をするが、対照的な反応をする人物もいた。
『へへっ。やっと出てきたっすね』
その時に通信モニターに出てきたのは興奮した金髪トサカことパトリックだった。
彼の配置された後衛というポジション。
ここは重火器で部隊をサポートする位置づけとされていた。
装備されている火器の特性上弾数が少なく、小型種相手には過剰である攻撃力の為、いままでろくな攻撃機会が与えられないままでいた。
もちろんパトリックも小型種相手に自分の持つ破壊力の高い武装を使う効率の悪さは分かっている。
しかし、分かってはいるが、それによってフラストレーションが高まっていることは否定できない。
中型種の出現を聞いて、彼は舌なめずりをして喜んでいたのだった。
「……ふふ。
『ふふん♪ 俺っちの自慢のフランクフルトも待ちどおしそうにしてるっすよ』
パトリックの乗る騎体、頭に赤い線のマーキングが施されたIKU-21の肩で小さい爆発が発生する。
それはマウントしていたロングレンジライフルの固定を解く為に爆裂ボルト(火薬が中に仕込んであるボルト。ボルト自体を爆発のショックで壊してしまう)を起動した証だった。
彼は肩から開放されたロングレンジライフルを両手で持つと、銃口を敵の方向に向けていた。
少し気の早い彼の行動にアルマは苦笑を浮かべながら、艦隊の方向を見ると明らかに攻撃の方向が変わっている事が分かる。
きっとその方向に中型種が存在しているのだろう。
まだ見えぬ強大な敵に対してアルマは厳しい目を向けていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『バンシー小隊、敵の迎撃完了よ? このまま指示を待つわね♪』
『ピクシー小隊も完了だよ』
アルマが少し気を逸らしている間に次々と各小隊から迎撃完了の報告が上がってきていた。
「次は――」
ジョージ達の声でハッしたアルマが次の指示を出そうとした時、割り込むように部下の通信が聞こえてくる。
『グレムリン小隊補給完了。戦闘に復帰する』
それは補給を完了した小隊からのものだった。
「グレムリン小隊はアインセル小隊と交代。フェアリー小隊は補給に艦隊へ帰還します。アインセル1。私が戻るまで大隊の臨時指揮をお願いします」
その報告に対してすぐに判断を下したアルマの指示に明るい男の声が聞こえてきた。
『アインセル1了解。よーし、野郎ども! 俺の指揮下に入りやがれ』
その声とともに十二騎の
『うるせーぞアインセル1!』
『下手な指揮しやがったらぶっ殺すぞアインセル1』
『アインセル1、今日までご苦労だった。君の勇姿は忘れないよ』
『……このように大隊は士気旺盛です。フェアリー小隊は安心して補給を実施して下さい』
指揮の引き継ぎに気勢を上げたアインセル1に対して、口々に明るい口調で文句を言う他の小隊のパイロット達。
アルマの目の前まで来たアインセル小隊は
その様子にアルマは安心したような笑顔を浮かべてフェアリー小隊に指示を下した。
「フェアリー小隊は補給に艦隊へと戻ります」
そう言うと彼女は騎体を百八〇度真後ろに向けて、小隊を率いて補給に戻ろうとした。
『…………えぇ~……っす』
ただ一騎、それに対して不満の声を上げるパイロットがいた。
そう。パトリックだ。
わざわざ肩にマウントしていたロングレンジライフルのロックを解除して使用可能状態にしていたのに、それを使用する前にまさかの後退命令が出てしまったのだ。
『まぁ、なんだ。ご愁傷さまだな。フェアリー11』
ゲイズから哀れみの声がかかる。
『必要時以外は武装の展開は控えましょう、って整備士達が言ってたな。マジで』
ブランソンも笑いを噛み殺しながらパトリックを見ている。
重量の重たい火器は移動時などに邪魔となる為、固定具で騎体にロックされている。
さらにその固定の方法は解除時に固定具自体を爆発によって粉々にする爆裂ボルトを使用している。
これは何を意味するのか?
一度解除してしまえば戦闘中に再固定が不可能であるのだ。
再固定するためには再度ボルトでロックをする必要がある。
つまり何が言いたいのか?
パトリックは使いもしない武装を構える為だけにボルトを破砕してしまったのだ。
これはもう整備士達からの説教コース確定である。
ただでさえ忙しくて殺気立っている整備士達に「ごめん。一発も撃たなかったけどボルトでもう一回固定して?」と頼むのだ。
しかもその理由が敵の迎撃ではなく、ただのカッコつけの為。
流石のアルマも弁護のしようもなく、可哀想なものを見るようにパトリックに目を向ける。
『嘘っすよねぇぇぇ~~~!!!!』
パトリックの魂の
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