番外編22 とある小妖精の恋物語7(全10話)

「はっぴばぁすでいとぅゆぅ。はっぴばぁすでい……」


 なんか寒いなぁ。


 あーしは狭いコックピットの中でシートの上で三角座りをして抱いていた足をギュッと強く抱き締める。


 ヘルメットはもう脱いでて頭の後ろで結んでいたお団子を解いてたからふわっとコックピットにあーしの金髪が舞っていた。


 

 

 視界の片隅には【AUTO PILOT】の文字が映ってて、あーしの騎体はまっすぐ基地へと進んでいる。


 何となく操縦桿をガチャガチャ動かしてみるけど騎体は何にも反応しない。


 自動帰還モードオートパイロット


 中のパイロットが何らかの理由で操縦出来ない、させたくない場合に指揮官クラスが設定できるもので基本は中にいるパイロットは操縦が一切出来なくなる。


 レーダーが敵機を捉えたりすると中の人が解除出来る事も出来るんだけど――今のあーしには関係ないよね。




 コツン




 その時、あーしの肩に何かが当たったんだ。


 そっちを見るとそこにあったのは一本のリップ。


 外付けのポケットに入れていたジョージさんがくれたリップがいつの間にか飛び出していたんだ。


「わっ、わっ」


 慌ててそれを掴まえるとその拍子にシートから転げ落ちてしまう。




「ふふっ、うふふ……ふふ、ふ」


 それが何かおかしくてあーしはつい笑ってしまった。


 仮想世界の中であんなにすごい機動をするあーしは現実じゃこんなにも鈍臭いんだ。




 すぐにシートに座り直すとリップを手に取って少し見た後にキャップを開けてあーしの唇に当ててみた。


 ピピッ

 

 それでちょっと塗ってみたんだけど……


「なんか微妙……」


 塗った後にミラーを取り出して見るけど――なんかベチャッとして微妙だな。


「ふふっ。メイクも下手くそだな。あーし」




 さっきなんか音がしたけど、まぁいいか。


 あーしにはもう関係ないもんね。




 それにしてもこっからどうしようかなぁ。


 基地に帰ったらすぐに荷物をまとめて、それからどうやって帰ろうかな?


 定期便が出てるみたいだけどそれに乗れたりするのかな?


 ……てかどこに帰ればいいんだろ、あーし。


 実家の事を考えて塞いでた気持ちがもっと沈んでしまった。




 その時だった。




「ん?」


 あーしの視界に変化が起きたんだ。


 それはレーダーマップの表示だった。


 あーしは右下のレーダーマップに視線を向けるとAIが気を利かせてレーダーマップを拡大してくれた。


「うそ……」


 そこに映っていたのは赤い点滅する光点。


 敵を表している光点が三つ輝いていた。




 あーしは長い髪をパイロットスーツに押し込めて、急いでヘルメットを被り直した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ヤバいヤバい、マ、ジで、ヤバ、いぃぃぃ!!」


 あの後、一瞬だけ敵が見逃してくれるかも? なんて考えが頭によぎったんだけど世の中そんなに甘くないよね。


 すぐにこっちを認識した敵機があーしに向かって来たんだよ。


 あーしは慌ててオートパイロットを解除したんだけど逃げるだけで精一杯。


 ……一応反撃しようとしたんだけどやっぱり手が震えるんだよね。




 チュン!


「ヒィッ!!」




 敵機が執拗に攻撃してきてさっきから銃弾が何度もあーしを掠っていく。


 その度に情けない悲鳴があーしの口から漏れていた。




『ウートカ1よりウートカ2、ウートカ3へ。もういいだろ? そろそろケリをつけろ』


『え~、いいじゃんかよ。さっきからコイツの逃げ方おもしろいしさ。もう少し遊ぼうよ』


『そうだぜ。相手は悪の帝国の兵士なんだ。少しくらい絶望を味わって死んでもらわないと』


 敵の通信が混線してきてあーしの耳を子供の声が打つ。




 え? え? こ、子供?



 

 あの時の黒髪の女の子もそうだったけど連邦軍はなんで子供なんかがロボット乗ってんのよ!


『……時間切れだ。これ以上は作戦に支障をきたす。……それとも『先生』にこの事を報告していいのか?』


『ぶぅ、『先生』をだすのは卑怯じゃん』


『はいはい。優等生のウートカ1は堅物ですね~』


 その通信が聞こえて来た途端に敵の行動が変わったよ。


 二機があーしの前に飛び出すと進路を塞いで来ようとした。


「くっ!!」


 とっさに左右の操縦桿を左に倒して右足でフットペダルを踏むと騎体は左に横っ飛びで外れるんだけど、後ろの一機が難なく追跡してくる。


 敵の機械兵士マシーナクークラは細身の軽量型だ。


 あーしの重いIKU-21の機動なんかじゃ簡単には振り切れない!


 そう思って正面を向くともう敵機が回り込んできていた。


「ちくしょう……ちくしょう!」


 あーしは右に進路を変えたんだけどこの時ミスをしてしまった。


 スラスターの出力を大きくしちゃったから、勢い余って敵の三機と正面をむく体勢になっちゃったんだ。



 

 あーしの目に武器を構えた三機の機械兵士マシーナクークラの姿が映ると、あーしの手と足はまたブルブル震え出したんだよ。


「い、いや」


 怖い、怖い、怖い!!


『手間ぁ取らせやがって』


 右の機体がマシンガンを構えた。


『楽しかったよ。じゃあね、バイバ~イ』


 左の機体もマシンガンを構えた。


『なぜこのような所に単機でいたのか分からないが、まぁ運が悪かったな』


 中央の機体がライフルを構えた。



 

「い、いやだ! あーし、あーしは死にたく――」


 もう顔はぐしゃぐしゃに歪んでいた。


 目の前に迫った死の現実。


 それに対してあーしは反撃をするんじゃなくて頭を抱いて叫んでいただけだった。


 

  

『い、いやだぁぁあ! 私まだ死にだぐな――グゲッ、プツ』

 

 その時、あーしの言葉にあの時の女の子の断末魔が重なったんだ。



 

 ……あぁ。あの子もこんな気持ちだったんだね。


 怖くて、苦しくて、悲しくて、寂しくて。


 ごめんね、ほんとにごめんね。


 あーしは死ぬのがこんなに怖いなんて知らなかったんだ。


 こんなに苦しくて、悲しくて、寂しいなんて全然知らなかったんだ。

 

 あーしもそっちに行ったら少しは許してくれるのかな?



 

「ごめんなさい……」


 気がつくとポロポロと涙が出ていた。


「ごめんなさい…………」


 あの黒髪の女の子やお父様やお母様の顔が走馬灯のように頭の中に浮かんでいった。


「ごめんなさい……ジョージさん」


 それと最後にはいつも笑顔のあの人の顔が浮かんだ。


 浅黒い大柄な男の人の体に優しい女の人の心を持った、メイクの上手なあーしの憧れの人。




『『『沈め!!』』』


 敵の武器の銃口が光った。


 その時は不思議と視界に映る全てがスローモーションになっていて、飛び出してくる銃弾がはっきり見えていたんだ。


 あと一秒もしないうちにあーしは敵の攻撃でズタズタにされちゃうんだ。


「たすっ、助けて! ジョージさん!!」 


 あーしって本当に生き意地汚いんだ。


 だって、こんな時に最期の叫びが助けを求める事だったんだもん。



 

 でも。


 でもでも。



  

『お待たせっ♪ リリーちゃん!!!』



 

 突然ジョージさんの声が聞こえたと思ったら、あーしの視界は黒い影で覆われたんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『ぐぅ!! ううぅぅぅぅうううう!!』


 目の前を覆ったのはジョージさんの騎体だった。


 ジョージさんは左腕のシールドを自分のコックピットの前に構えると、右腕と両脚を広げてあーしの前に立ち塞がっていたんだ。


 あーしに飛んでくるはずだった攻撃はもちろんジョージさんを襲う。




「ジョージさん!! ジョージさんっ!!」


 あーしの目の前でジョージさんの騎体をどんどんと敵の銃弾が貫いていく。


 あーしの横を削れた装甲板や何かのパーツが飛び散っていく。


『うふ、ふ♪ 大、丈夫よ。リリーちゃん』


 そんな状態なのにジョージさんはあーしを気遣った事を言ってくれる。


『ワ、タシ言ったでしょ? ワタシ、はカワイイ、女の子の、味方なん、だから♪』


 そんな事言ったってジョージさんの騎体は広げた右腕が関節から火を吹いて変な方向に曲がっている。


 右脚はもう足首から下の部分が取れちゃってるし!


「ジョージさんっ! もういいっ!! もう下がってくださいっ!!!」


 通信モニターに映っているジョージさんの周りには白い煙が出てて、ヘルメットのスピーカーからジョージさんのコックピットで鳴っている警報音が痛いくらいに響いてる。


『リリーちゃんに、教えてない、メイクはいっ、ぱいあるんだから♪ こんな所で、死なないわよ、ワタシ――ウグゥ!!』

 

 何かの破片が飛んだのか、ジョージさんのヘルメットが割れて額から血が流れている。


 顔は苦痛で歪んでいるのにそんなに笑おうとしないでジョージさん!!




「あ、あぁ……」


『あらん? そのかわいい女の子はだぁれ?』


 さっきから変な方向に曲がってたジョージさんの騎体の右腕がちぎれて飛んだ。




「あぁ、あぁぁぁぁ……」


『かわいい女の子なんだもん。ワタシ、リリーちゃんを一目見た時からリリーちゃんのメイクをしてみたいって思っていたの♪』


 何発もマシンガンの弾を受けて頭部ユニットが火を吹き出して粉々になる。




「あぁ、あぁぁぁぁぁあああああ――」


『……女の子ってみんな臆病で、傷つきやすくて、恥ずかしがり屋さんで、いっつも自分に自信なんてなくて、ね♪ でもメイクってそんな女の子に自信をくれて、前向きで明るくてキレイでかわいい女の子に生まれ変わらせてくれる最強の武器なのよ♪』


 ついにコックピットを守っていたシールドが弾かれてジョージさんのコックピットが無防備に晒されてしまう。




「あぁ、あぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」


『リリーちゃんが鋭くて嫌いだって思っているその目もワタシからしたら切れ長のとっても綺麗で美しい目よ。もっと自分を好きになりなさい♪』




 ジョージさんの騎体が傷つく度にジョージさんが掛けてくれた優しい言葉がどんどんとあーしの頭の中に溢れてきた。




 不安な思いで惑星SE-49S198に来たあーしを“かわいい”って言ってくれたジョージさん。


 妖精小姫フェアリーにボロボロにされて落ち込んでいたあーしを励ましてくれたジョージさん。


 メイクの楽しさを教えてくれたジョージさん。


 あーしが嫌いだった目を、好きと言ってくれたジョージさん。




 だからあーしが――


 今度はあーしが――



 

 あーしの中で何かが“キレた”音がした。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『ちっ、弾切れだ』


『すぐにマガジン交換しろ。確実にとどめを刺すぞ』


『ホント、帝国の機動騎士ガーディアンって硬くてイヤに――ギャアアア!』




 あれ?


 おかしいな?


 一機しか倒せなかったや。




『ウートカ3!』


『もう一機って動かなかったんじゃ!? ちくしょう! ウートカ3の仇!!』




 アハッ。


 自分から近づいてくれるなんて――




『うぉぉぉ!!――って、速っ。えっ?』




 手間が省けたよ。本当にありがとね。




『ウギャアアァァ!!』


『ウートカ2!!』




 あーしはライフル銃を最後に残った敵にむかって構える。


 ふふっ。仲間が倒されて少しうろたえている最後の敵。




 あーしはスラスターを少し吹かせるとジョージさんの前に出て、彼の騎体をチラリと見た。


 胴体以外は蜂の巣になっているボロボロのIKU-21。


 あーしを守ってくれたせいでボロボロになったジョージさんの騎体。




 だから、今度はあーしが――




「今度はあーしがジョージさんを守るんだからっ!!!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ウララララァァァァアアアア!!」


『くっ! こちらウートカ1!! エリア二三五で敵と遭遇。至急援軍を! ぐぅぅ!!』


 あーしが発砲すると敵はすぐに左後ろに向かって全速力で後退をしながらライフル銃で牽制を始めたよ。


 でも、そっちに逃げるなんて想定済み。


 だって、



 

『くそっ! 左脚部が!!』


 間髪入れずにあーしが撃った弾が敵の左脚を貫通する。


 ……うん。照準は全然問題ない。


 さっきまでの腕や足の震えは嘘のようにピタリと止まって、いつもの――ううん。いつも以上の精度で射撃出来ている。




『うぅ、今度は右脚!? しかも両方とも当たったのは関節部とは――ま、まさか狙っているのか!?』


 せーかい。


 だって、そっちの機械兵士マシーナクークラってあーしのIKU-21より速いんだもん。


 サブスラスターが集まっている脚部を優先して壊すなんて当たり前じゃん。


 しかも後ろに飛んだから脚が前に出てて狙いやすいしね。




『至急援軍を願う! こちらは……』


 ついに背中を向けてジグザグに逃げ始める敵機。


 左右の早い切り返しに照準が外されちゃうな。




 ――なんてね!



 

『敵は一機!! こっちはもう二機落とされた!! しかもこいつは――』


 あーしがそんな甘い回避で外すわけねぇじゃん!


『目の前にいるのは敵の“エース”だ!! は、早く、ぐァ、そ、そん、な――――――』


 最後の一機もあーしの撃った弾がコックピットを貫いて、直後に大爆発を起こした。

 



「ハァ、ハァ、ハァ――って、ジョージさんっ!!」


 敵機の撃墜を確認したあーしは慌ててジョージさんの騎体に向かって飛んで行ったよ。


 ジョージさんの騎体はボロボロだったけど火が出ていたところは自動消火装置が作動したのかもう消えていた。


「ジョージさん! 返事をしてください、ジョージさん!!」


 でもジョージさんからの応答がないんだ。


 あーしの中で嫌な予感がする。


 慌ててジョージさんの生命反応を確認すると――




 信号は青。


 つまり生きているって事だ。




「よかったぁ……ふぐっ。ほんとよかったよぉ」


 あーしの中で安心感が広がっていく。


 ジョージさんは生きている!


 応答が無いのは気絶しているようで、生命反応が青って事は命に危険は無いって事だ。


 その事実であーしはシートからずり落ちそうになるくらい体から力が抜けたんだ。




 ピピッ




 でもその時、あーしのヘルメットから警告音が鳴った。


 それにあーしは酷く嫌な予感がしたんだよ。


 


 あーしがその警告を確認するとレーダーに赤い光点が映っていたんだ。


「う、嘘……」


 しかもその光点は一つ二つじゃなかったんだよ。


 十個以上の赤い光点。


 しかもそれはどんどん増えている。


 それで、そいつらが進んでいる先はこの場所だったんだ。




 あーしは素早く騎体を動かすとジョージさんの騎体を近くの岩塊の裏に持って行って、ワイヤーアンカーで固定する。


 それと帝国軍だけが受信できる三次元マーカーをジョージさんの騎体に取り付けたんだ。


 ……うん。これであーしに何かあっても仲間が見つけてくれるはずだよ。


 その際にジョージさんのウェポンラックに挿さっていたライフル銃とマガジンを持てるだけ拝借したんだ。




 あーしは両手にライフル銃を持った。


 右腕はあーしが元々持っていた中距離用のライフル銃。


 左腕はジョージさんが持っていた中近距離用の少し短いライフル銃。


 武器の種類は違ったけどどっちも同じ弾丸を使っていたからよかったよ。




 全部の準備を終えたあーしはジョージさんの方を向いて、軍人さんみたいに帝国軍式の敬礼をした。


 ふふっ。少しカッコつけちゃったかな?


「行ってきます、ジョージさん……今度はあーしがあなたを守ります」


 その間にも赤い光点はどんどん増えてて、ざっと見た感じ五十は軽く超えていた。


 でも不思議と怖いなんて事はなかったんだ。


 それとは逆に体は軽いし気分は晴れやかだった。




 あーしがフットペダルを踏むと騎体はすぐにスラスターから青白い炎の筋を吐き出してくる。


 背中から力強く押されてぐんぐんと加速を始めるあーしのIKU-21。




「リリー・マルレーン、IKU-21行きますっ!!」


 あーしは飛び立った。


 大切な人を守るために。


 電子の小妖精ピクシーは現実の宇宙の大空に飛び出して行ったんだ。

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