番外編21 とある小妖精の恋物語6(全10話)
二日後
「な、なんで!? なんでなんだよ!」
戦場になっている宇宙空間であーしは
『
ヘルメットのスピーカーからは悲しそうなジョージさんの声が聞こえる。
「う、動け! 動けよ!! あーしの手ェ!! あーしの足ィ!! 動いてよォ!!!」
操縦桿を握る手がブルブルと震えて、フットペダルに乗っている足がガクガクと震えている。
『……もういいっす。もういいっすよ、アンタ』
ビーーーーッ!!
その瞬間、コックピット内に警報が鳴って視界の隅に文字が出てくる。
【LOCK ON】
それはあーしの騎体が誰かにロックオンされたって事。
で、でも近くに敵はいない。
恐る恐る周りを見渡したあーしの目にロングレンジライフルを構えたパトリックさんのIKU-21の姿が飛び込んできました。
「ヒィッ!!!」
あーしの騎体のコックピットに銃口をピタリと付けたパトリックさんは忌々しい表情であーしを睨んでいる。
『
『流石にそれはまじぃぞ! 銃を下ろせ!!』
『おいおいおい、しゃれになんねぇぞ』
周りのパイロット達が慌てて止めようとしているけどパトリックさんは構えた銃を下げようとしなかった。
『フェアリー11。やめなさい……』
突然のパトリックさんの凶行に震えるしか出来なかったあーしの目の前で、パトリックさんの騎体に銃を構えるIKU-21が一騎。
ジョージさんの騎体だった。
『――
『……それはこっちのセリフよ。あなたは何を考えているの?』
いつもと違った怖い声のジョージさんに対してパトリックさんははっきりと言った。
『この小隊から“いらない物”を排除するんすよ』
いらない物。
冷たいパトリックさんの声があーしの心に驚くほどスっと染み渡ってくる。
だって。その言葉にあーしは思い知らされたんだ。
いつも冷たい目で見てくる、あーしに興味のないお父様とお母様。
いつもあーしに対してバカにした表情の弟。
いつもあーしがいないように振る舞うお手伝いさん達。
家族の中であーしはいつもいらない子。
……そっか。
……そうだよね。
ここでもあーしは……
『ここにいるのは全員仲間よ?』
優しいジョージさんの声。
『この役たたず以外は、っすよ……』
冷たいパトリックさんの声。
それとさっきからあーしには何も言わない他の小隊員のみんな。
そっか……
ここでもあーしは“いらない子”になっちゃたんだ。
「ジョー……フェアリー2……」
『……フェアリー10?』
「あ、ありがとう、ございます。で、でももういいんです。あーし――」
出来るだけ明るい声を出したあーしは笑顔を作る。
通信モニターに映ったジョージさんに気を使わせたくなかったからね。
でも、さっきから頬には何かがとめどなく流れている感触があった。
唇もブルブル震えている気がする。
あーし……きちんと笑顔作れてるよね? あは。
「フェアリー10は、き、基地に帰還します」
『リリーちゃん……』
「ご、ごめんなさい。う、うまく操縦できないから
あーあ。
結局。ここでもあーしはダメだったんだな。
こんなとこまで来て……ひ、人も殺しちゃって。
……なにやってんだろな、あーし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一時間前
一日休んだあーしは絶好調だったよ!
ジョージさんに教えてもらったメイクをして鏡を覗き込んだあーしはサイキョーだったんだ!
「うふふ♪ 今日は大丈夫そうね。リリーちゃん」
「はいっ! 今日は絶好調です。ジョージさん」
格納庫で騎体に乗り込む寸前。
ジョージさんが話しかけてくれて、あーしはさらにハッピーになったんだよ。
「…………ふん」
その光景を不満そうに見ている人に気づかないまま。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『フェアリー2より大隊各機へ。前方より
それで出撃したんだけど、すぐに連邦軍の部隊と鉢合わせになったんだ。
『前と同じでフェアリー10はフェアリー2と同行ね♪』
ジョージさんの騎体があーしに近づいてきて、それ以外のパイロット達は前と同じように五騎ずつに分かれるとすぐに前に向かって飛んでいく。
『フェアリー10。大丈夫かしら?』
前方で光が弾けて爆発が何個か起こっていた。
せ、戦闘が始まったみたいだね。
「はい。あーしもいつでも行けます!」
ジョージさんからの確認が素直に嬉しかったな。
『……うん。じゃあワタシ達も行きましょうか』
「はいっ!」
そしてあーしはフットペダルを踏み込むとジョージさんと一緒に二回目の戦場に向かったんだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昔見たネットの掲示板で連邦には一つの都市伝説があるらしいんだけど、
『連邦兵士はコロニーの生産工場で作られる』
って言われているんだって。
どういうことかって言うと、倒しても倒しても連邦軍はどんどん湧き出てくるって事。
連邦軍はその大兵力をいつも戦場に投入してきてた。
今日の作戦前の説明でも昨日までにもう何機も落とされたはずなのに、敵は今日も同じような大部隊で帝国に侵入してきたらしい。
『前方から一機の
その時に煙を吐いている一機の
たぶんこっちの攻撃から何とか逃げてきたんだろう。
装甲板はボロボロだし、機体の色々なところから火花が散っている。
「はいっ! 行けます!! フェアリー10エンゲージ!」
あーしはフットペダルを踏み込むと近づいてきている敵に向かって加速を始める。
すぐに敵との距離が詰まって、あーしの攻撃範囲に入ったんだ。
あーしは照準に敵を収めると操縦桿を少し操作して微調整。
微調……あれ? 敵が細かく動いて照準が外れ――
『フェアリー10!! 回避しなさい!!』
ジョージさんの声にハッとすると、目の前にはライフルを構えた敵機の姿。
「ヒィッ!」
あーしは慌てて操縦桿を引いてその場から飛んだんだ。
その直後に敵の放った銃弾があーしのいた場所を通り過ぎていく。
でもその敵機はライフル銃の反動で腕がバラバラになって攻撃手段を無くしてしまったんだよ。
「お、驚かせやがって!」
あーしはもう一度敵機を照準に入れると……入れるんだ……あれ、入んない。
敵が細かく動いて照準に上手く入んないんだ。
でも、その時に気づいた。
細かく震えていたのは敵機じゃない。
あーしの腕だったんだ。
「うぁぁぁぁああああ!」
あーしは混乱していた。
銃がダメなら長刀で!
そう思って、腰から長刀を引き抜くとフットペダルを踏みしめた。
「あっ! ウゥ!!」
でもその時もあーしの思いとはかけ離れた力で踏まれたフットペダルを騎体が素直に反映してくれて、爆発したように前に向かってはじき出されていった。
敵までの距離はすぐ近く。
でも大丈夫。
今から長刀を振れば間に合うよ!!
あーしの思った通り小さな円を描いた長刀の軌道は、敵機に到着する頃には一番いい所を通っていた。
あとはもう当たるだけ。
そんな状況だったんだ。
『い、いやだぁぁあ! 私まだ死にだぐな――グゲッ、プツ』
「ヒィィィ!!」
気がつくとあーしは全速力で敵の脇を通り過ぎていた。
「ハァハァハァ……ゲホッ、ゲホッ、ウエェェ」
な、なに? 敵に攻撃が当たる瞬間にあの時の黒髪の女の子の声が。
後ろを振り向いたあーしの目には銃を構えたジョージさんの騎体と爆発する敵の姿が入ってきた。
『フェアリー10。大丈夫なの? 本当に』
悲しそうなジョージさんの顔にあーしは焦った。
この時にあーしの心の中にはこれ以上無様な姿を見せたらジョージさんに嫌われる!
なんて馬鹿な思いが巡っていたんだ。
「だ、大丈夫です!! ちょっと力が入りすぎちゃったみたいで、えへへ」
『…………無理をしていない? ワタシに遠慮はしないでね?』
「全然大丈夫なんでっ! って、フェアリー2! 敵機がまた来ました! あーし行きます」
あーしを心配してくれるジョージさんに何とか挽回策はないか考えていた時に都合よく敵機がまた来てくれた。
よーし。
今度こそ華麗なあーしの操縦で敵を撃墜しちゃうんだからっ!!
「ハァ、ハァ、ハァ」
それから数分間。
あーしは敵機を堕とせないでいた。
おかしい、おかしい、おかしい!!
さっきからあーしの腕が震えてまともに敵機を捉えられない。
あーしの足も震えて細かい機動が取れない。
それと敵が銃を構えるのを見ただけで、怖くて体が固くなっちゃう。
「な、なんで!? なんでなんだよ!」
『フェアリー10……』
ヘルメットのスピーカーからは悲しそうなジョージさんの声が聞こえる。
「う、動け! 動けよ!! あーしの手ェ!! あーしの足ィ!! 動いてよォ!!!」
それで無理やりフットペダルを踏み込んだら、騎体が勢いよくその場で回転してしまって敵に背中を見せた状態で止まってしまった。
殺られる!!
その想いが頭に浮かんだ瞬間。
あーしは……
あーしは操縦桿から手を離して自分の頭を抱えてしまったんだ。
ドオォォォン!!
ヘルメットから爆発音がしてさらに身構えてしまったあーしは目を瞑ってしまったんだけど、あれ? あーしは無傷だ。
恐る恐る目を開けて周りを見渡してみるといつの間にか十一騎の
それはフェアリー小隊の味方だった。
その中の一騎がロングレンジライフルを構えていて、その延長線上には火を吹き出している
あ、あーし助かったんだ。よかったぁ。
そう安心した途端、あーしに冷たい声が聞こえてきたんだ。
『……もういいっす。もういいっすよ、アンタ』
それで、話はさっきに戻るんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(視点変更 フェアリー小隊 三人称)
小隊員達は複雑そうな顔で遠ざかっていく一騎のIKU-21を見送っていた。
「さ、お嬢さんは帰ったっすよ。任務の続きをするっすよ」
そんな中でパトリックが場違いな程明るい声を上げる。
「フェアリー11、お前な――」
「俺っちなんか間違ってるっすか?」
隊員の一人が非難めいた声をあげようとするが、パトリックはピシャッと遮ってくる。
「正直あんなお荷物を背負って任務をこなすなんて、俺っちからしたらそっちの方が気が狂ってるっすよ」
「テメェ。その気持ちは分かるが、言い方ってもんがな――」
「もうやめなさい!!!」
若干空気が悪くなってパトリックと隊員達との間にピリピリした緊張が漂い始めた時、ジョージの仲裁の声が上がる
「フェアリー10は基地へ帰還。ワタシ達は任務を続行するわよ」
「了解っす~♪」
「……ちっ、了解」
ジョージからの命令にパトリックは上機嫌に、もう一方の隊員は不承不承といった風に答える。
それからフェアリー小隊は編隊を組んで周辺の警戒任務を続行していった。
『…………っす。……く…………れー』
任務が続行されて数分後。
ジョージの耳に微かな声が聞こえてきた。
最初はどこかの無線の混線かと思っていたジョージは、それがパトリックのつぶやいている小さな声であるとすぐに分かった。
そしてそれに気づいたジョージは音量を最大限に上げる。
その途端パトリックのつぶやきが明瞭に聞こえてきたのだった。
『――うがないお嬢さんっすね。ホント。……俺っち達みたいになろうなんて頭ヤバいんすよ』
それはリリーに対する愚痴だった。
と、最初はジョージもそう思った。
『綺麗な所で生きてきたんっすよ。だったら綺麗な所で生きればいいっすのに……俺っち達みたいに“人殺し”なんてならなくていいっすのに。わざわざ好んでこんな所に来るなんて頭悪いっす』
でも次に続く言葉でジョージは自分の考えが間違っていることに気が付かされた。
『戻れるんなら……。普通の生活に戻れるんだったら戻った方がいいに決まってるっす。ホントあの女マジで頭沸いてるっすよ』
パトリックが最初からリリーに対して邪険にしていた事はここにいる全員が知っている。
そしてそれは全員が
だが、どうやらそれは違ったらしい。
『それにしてもきちんと帰れてるっすかね、あの女……』
「くくっ」
畳み掛けるようなパトリックの言葉にジョージは顔に浮かぶ笑顔をを隠すのに必死だった。
が、その時にヘルメットからジョージのものではない誰かの笑い声が聞こえてくる。
どうやらパトリックのつぶやきを聞いていたのはジョージだけじゃなかったらしい。
パトリックは激しい気性をしていたが、彼が攻撃性を見せるのは自分の味方以外の存在にだった。
敵か味方か分からない者にも彼は容赦なく牙を剥いた。
噂で流れていた『パトリック狂犬説』の中で殴られた上司は、自分の手柄の為に部下を使い捨てていたクソ上司だった。
後ろから背中を撃たれて殺された同僚は年端もいかない孤児達を使って兵士相手に売春を斡旋していた、人間として終わっているクズだった。
しかし、そのような裏事情を知らない一部が普段の攻撃的な彼を見て『狂犬』と彼を呼んでいるだけなのだ。
長年彼と付き合っている小隊員もその事はよく分かっていた。
ゴールデンコームス小隊を始めとしてパトリックを慕っている後輩達が大勢いるのがいい証拠だ。
彼は一旦懐に入った、仲間と認識した相手には優しかったのだ。
恐らくリリーの事も既に仲間として認識しているに違いない。
それがパトリックのつぶやきから伝わってきていた。
「……ふぅ。フェアリー2より小隊各員へ」
薄く微笑んだジョージが隊員達に呼びかける。
「フェアリー2はこれより基地に帰投します♪……う~ん。今朝からお化粧のノリがイマイチなのよね。一旦お化粧直しに帰るわ♪」
およそ帰還する為には意味不明な理由。
「くくっ……了解フェアリー2。じゃあ、指揮は俺が執るから全員宜しくな、マジで」
「ちょっ、何言ってるっすか!?」
すぐにブランソンが了解と返すが、パトリックは驚いたように声を上げる。
「う~ん、さっき帰還したフェアリー10も
そんなパトリックにニヤニヤした様子で返すジョージに他の隊員達は静かな笑いを浮かべる。
恐らくさっきのパトリックのつぶやきをほとんどの隊員が聞いていたようだった。
「――あぁもう!! 勝手にすればいいっすよ!!」
パトリックもその事に思い至ったのだろう。
顔を真っ赤にさせると叫ぶようにそう言っていた。
「うふ♪ じゃあフェアリー2は一時帰還します♪」
パトリックに対して優しい笑みを浮かべていたジョージは反転して小隊とは反対方向へと騎体を進めていく。
それをぷるぷると羞恥に震えながらパトリックは見送ったのだった。
それから三十分後
ピピッ
付近を警戒中のフェアリー小隊に司令部から一本の通信が入ってきた。
『指揮所より周辺宙域で行動中の全ユニットへ緊急連絡! 現在帝国領へと侵入してきた敵の大部隊が発見された。全ユニットは指定する座標へ至急集合せよ。敵の規模は大型艦二、中型艦十二、小型艦多数。更に
一瞬隊員達の体が硬直する。
艦艇の多さもそうだが、
一昨年の連邦軍大規模侵攻の際にアルマが率いていた当時のフェアリー小隊は、敵の
その時は命からがら全騎が生き残れたのだが、実情は満身創痍で全騎撃墜でもおかしくない激戦だった。
そして今ここにいるのは全員その戦闘に参加していた古参のメンバー達。
その事を思い出したパイロット達は敵の規模が連隊と聞かされて顔を青ざめさせていたのだった。
『敵の現在位置と予想侵攻ルートを送る。至急指定ポイントまで集合せよ』
さらに悪い知らせというのは重なってしまうらしい。
指揮所から送られてきた敵の侵攻ルートを表示させた隊員達はさらに顔色を失ってしまったのだった。
「お、おいおい……マジかよ……マジで」
その侵攻ルートはリリーが自動帰還モードで帰っているルートと見事に交差していたのだ。
「っ!?」
すぐに反応したのはパトリックだった。
彼は自分の騎体を操ると一目散に後ろへと引き返したのだった。
「パト――!?…………ちっくしょう! フェアリー小隊全騎反転!! フェアリー11を追うぞ、マジで!!」
一瞬。
ほんの一瞬だけ逡巡してしまったブランソンだったが、すぐに命令を部下に下す。
恐らくパトリックは基地に帰還しているリリーとそれを追いかけるジョージを追ったのだろう。
「「「「「「り、了解!」」」」」」
ブランソンの命令に小隊の
フェアリー小隊にとって、今回の対連邦戦線派遣で最大の激戦が始まろうとしていた。
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