第13話 相手は変態じゃない! 変態相手じゃないならやれる!やれるぞ!!

「総員、アルマ少佐へ敬礼!」


 副官のゲイズ中尉の大声が響き渡り、アルマの眼の前で一〇六人の部下が一斉に帝国式の敬礼を捧げる。


「直れ!! 着席」


 アルマの答礼を合図にゲイズの怒声にも似た声が部屋にこだますると一〇六人が一斉に自身の席に着いた。



 

 ここは巡洋艦オーベイの一室であった。


 アルマの眼前には自身の指揮する機動騎士ガーディアン隊のパイロット達が揃っていた。


 各隊員達はそれぞれ別の艦艇に乗艦していたので、アルマの目の前にいる隊員達全員がこの場にいる訳ではない。


 艦隊の通信ネットワークを介しての立体映像装置ホログラフィックディスプレイを使用して各艦の会議室をオンラインで繋いでいるのだ。



 

「皆さん、これよりアモス迎撃作戦についての概要を説明します。C-4ファイルを開いてください」


 アルマの言葉に各隊員の目の前に半透明のウィンドウが現れる。


 各員の端末の立体映像装置ホログラフィックディスプレイが起動したようだ。


「……あれ? あれ??」


 若干一名、金髪の世紀末風の髪型をした優男だけが周りをキョロキョロと見渡し、焦った様子で隣の隊員のウィンドウを覗き込んでいた。



 

機動騎士ガーディアン隊は作戦開始三十分前に艦隊を離れます。そしてアモス迎撃作戦のセオリーに従い、艦隊を中心に半径二万kmの範囲に小隊ごとに分散します」


 各隊員のウィンドウに△が現れ、艦隊と書かれている◯から広がっていく様子が描かれている。

 各△には第一から第九の番号が振ってあり、これは小隊の番号を示していた。


 ちなみに一小隊は十二騎の機動騎士ガーディアンで構成されている。



 

「第一フェイズでは作戦開始時間より、各騎体のジェネレーターを最大起動、周辺へ通信波をばら撒きながら同時に携行発光弾を前面へと全弾投射します」


 ウィンドウに描かれている艦隊の◯が小さくなり、画面の左から大きい矢印が艦隊に向かって進んでいる様が描かれている。


 艦隊を表しているちっぽけな◯に比べて、その矢印はバカバカしいほどに大きく、そして早い速度で艦隊に進んでいる事が分かる。

 



「作戦開始時間より二分が経過するまでにアモスの減速が確認され次第、作戦は第二フェイズへと移行します。……なお、減速がされない場合は光の速度でアモスが艦隊へと接触。当作戦は失敗となります」


 部屋の中から「ゴクリ」と喉を鳴らす音が聞こえた。


 誰が発したかは分からない。


 しかし、隊員達は皆一様に緊張した顔をしており、額に汗を浮かべている者もいる。




 アモスは普段、光速に近い速度で宇宙空間を移動している。

 

 彼らはその速度で、進行方向に恒星や惑星が現れても巧みに躱しながら移動を続けている。



  

 そんな彼らが唯一速度を落とす時がある。



  

 それは進路上に、ある一定の数の人類の活動が認められた場合だ。

 

 もちろん、機動騎士ガーディアン一騎や艦艇一隻ではその対象になることはない。

 

 状況にもよるが大体五千人程度の人類の活動が確認された時がひとつの目安とされていた。


 人類の活動を認識したアモスは共に行動している、人類側は“群れ”と呼んでいる単位で活動を共有することが分かっている。


 今回であれば、侵攻してくるアモスは三万の大きい群れを形成しており、アルマ達を認識した場合、三万の群れ全体がアルマ達を殲滅するために大きくその速度を落とす事となる。




 これが皇帝であるオルフェインが侮蔑を込めて“餌”と呼んだ所以である。



 

 本来であれば“餌”となった部隊や艦隊は極短距離の空間跳躍ワープを繰り返し、アモス達に人類を補足させたまま大部隊が展開する戦場におびき寄せる事がセオリーとなっていた。


 しかし、現在アルマ達のいる宙域には空間跳躍ワープに必要なレゾナンス粒子は存在しておらず、使用ができない。


 かと言って、通常の推進器を使用した移動では足の遅い輸送艦がネックとなり、途中で追いつかれてしまう可能性が高かった。


 その為、アルマの所属する第二〇八辺境パトロール艦隊はこの場での迎撃を選択していたのだ。



 

「作戦の第二フェイズでは機動騎士ガーディアン隊は十分以内に艦隊のいる宙域にまで集合します。そして艦隊を中心に千km範囲で戦場を構築。アモスの迎撃体制を整えます」


 隊員達のウィンドウの小隊を表わす△が反転して、艦隊の◯に向かって進んでいく。

 

 次第に集まっていく△と対照的に、艦隊からは小さな丸が離れていき、アモスの矢印が迫る左側へと進んでいく。



 

「この時、艦隊からは前方五千kmの空間に追尾型のプラズマ融合機雷を二百基散布します。……気休めですが数分から三十分はアモスの足を更に遅らせることが出来ます」

 

 艦隊を示す◯の前に広がった小さい点にアモスを示す矢印が当たると✕印が現れる。


 この✕印はアモスが撃墜された事を表すものである。

 

 それが画面を埋め尽くす勢いで現れ、若干矢印の動きが鈍るが、しかし、すぐに×印の発生速度も鈍り、矢印はさらに右へと進んでいく。


 そして遂に艦隊を示す◯に接触する事となる。

 


 

「次にアモスに接触した時点から第三フェイズへ移行します」


 画面が〇に近づく。

 

 〇の周りには機動騎士ガーディアンの小隊を示す八つの△が浮かんでいる。

 

「第三フェイズでは戦場に侵入してくるアモスを逐次迎撃します。各小隊は艦隊前面にて戦闘をしますが、一小隊ごとにローテーションを組んで、各艦で補給作業を実施します」


 画面の左側からは小さい矢印が無数に近づいてきて△や〇に衝突してくる。


 そして、接触した途端に✕印が画面に浮かんだ。

 

 先程も説明したが、この✕印はアモスを撃墜した時の表示だ。

 

 時間の経過とともに画面のすみに表示されているアモスの予想撃墜数が増えていく。


 時間とともに画面の左から流れてくる矢印の密度はどんどんと増していった。


 序盤はまだ密度の低いアモスの群れは、徐々に数を増やしていき、画面は無数の矢印に埋め尽くされる。


 そして、唐突に画面へ赤い✕印が現れる。

 画面のすみに表示されている機動騎士ガーディアンの数が一〇八から一〇七と一つ数を減らした。


 赤い✕印は味方の撃墜を表している。




 艦の量子コンピュータを用いた演算の結果、戦闘開始から三時間程で、襲来するアモスの規模はこの艦隊が迎撃できる数を超えてしまうことが分かった。


 その後は数の暴力による蹂躙じゅうりんだ。

 

 指数関数的に数を減らす機動騎士ガーディアン

 

 それと同時に、戦闘艦の数も減っていく。


 それが、戦闘開始からわずか四時間後のシミュレーションの結果であった。


 その予想に誰もが完全に黙ってしまう。

 

 先程までは隣と小声で囁きあっていた男達の声もいつしか消えてしまい、部屋の中は少女の高い声しか聞こえなくなっていた。




「最後に……万が一、今回のアモスの群れの中心である『大型種』を補足できた場合は第四フェイズへと移行します」



 

 画面の左側に赤色の矢印が現れた。

 上にはLargeの文字が書かれている。


 その赤色の矢印が現れた瞬間、艦隊を表す〇と機動騎士ガーディアンを示す△が矢印に向かって進んでいった。

  

「第四フェイズは巡洋艦オーベイによる大型種への特攻です。搭載されている反応弾での大型種の破壊を目指します」


 以上が作戦概要になります。

 

 アルマの言葉が終わった部屋の中は静寂に包まれた。



 

 説明を聞き終えたパイロット達が真っ先に思った事はただ一つ。


 何体敵を倒したら撤退。

 この敵を倒したら終了。

 援軍が来たら後退。


 等の作戦の終了条件が示されなかった事だった。

 

 それはすなわち今回の作戦が生存を前提としたものでは無いという証拠。

 

 先程の戦闘の後に気勢を上げていた隊員達も現実的な話を突きつけられて、ただただ青い顔色を晒している状況になっていた。


 


 重苦しい空気が部屋に満ちて、沈黙が支配する中、しかし、その静寂は唐突に終わりを告げる事になる。



 

 ブウゥゥゥ!!


「うわっ、くっせぇ!!」



 

 下品な音が響いたと思えば数人の男が鼻をつまんで席を立ち、騒ぎ始めた。


 途端に何だ何だと周りが色めき立ち、ほぼ全員が騒動の中心部へと視線を向ける。

  

 そこには腕を組んだままの世紀末風な髪型の男、パトリックが得意げな顔でいた。



 

「まったく、情けないっすね」



 

 パトリックは心底ヤレヤレといった顔で、煽るように周りに語りかけた。


 その言葉に数人の男の額に青筋が浮かぶ。


「何年、隊長の下で戦ってると思ってるんすか」


 彼はそう言いながら席を立つとアルマの横まで歩いて行き、パイロット達に振り向いた。


「そんなチキンなみんなに俺っちから、魔法の言葉を伝えるっすよ」


 パトリックの言葉に、更にザワザワと騒がしくなる。

 

 それは喧騒などではない。

 

 明らかな怒気が空気に混ざり、気の早い者は今にもパトリックを殴り倒そうとする雰囲気を出している者もいた。


 しかし、その雰囲気は次にパトリックから放たれた一言で霧散してしまう事になる。



  

「……アルマ隊長式シュミレーション訓練」(ボソッ)



 

「ヴォおぇぇぇ」

「助けてママー! ア゛ーーー!!」

「オロオロオロオロオロ」

「殺してくれぇ! もういっそ殺してくれぇ!!」

「おがーぢゃーん! うわぁーーん」


 そのを聞いた途端に、数人が間髪入れずに嘔吐し、その数倍の人数の屈強な男達が泣き叫び、ほぼ全員が顔を真っ青にさせていた。

 

 アルマの横にいたゲイズ副長さえも顔を青くさせている。


 そして、言ったパトリック本人もその場に崩れ落ちて、胃の内容物を盛大に逆流させていた。



 

「うっぷ。……ア、アルマ隊長のシミュレーション訓練に比べて、な、何が怖いっすか!!」


 生まれたての子鹿のように脚をぷるぷると震わせながら立ち上がったパトリックが放った言葉。

 



 それは魂の叫びだった。




「撃墜されればそのままお陀仏んすよ!? 電流を流されて、起きなくなるまで終わらない訓練地獄じゃないんすよ!」


 顔は青いまま、しかし、パトリックの口から出てくる言葉は魂を削るように絞り出され、まさに鬼気迫っていた。

 

「アモスなんて、こっちが攻撃すればきちんと当たって、きちんと撃破出来る相手なんすよ!!」


 ツバを飛ばし、涙を流しながら語る彼の言葉に、部屋の中にいたパイロット達は皆真剣に耳を傾けている。

 

「絶望なんて言葉じゃ生ぬるいあのシュミレーション訓練をくぐり抜けて来た俺っち達が! あの地獄を体験してきた俺っち達が!たかが三万程度のアモスにビビってる必要なんてないんっすよ!!!」


 パトリックが叫び終えた時、数人の男が彼に寄ってきて、その背中をさすりながら自身も涙を流していた。

 

「もういい! もういいんだパトリック!!」


「そうだな……。自分のゲロと小便とウンコに塗れながら操縦する屈辱と比べたら天国だな」


「すまなかったパトリック! 俺が間違っていた! あの地獄を見たはずの自分が恥ずかしい」


「確かに相手はあの変態機動の隊長じゃないもんな!」


「あぁ、そうだ! 相手は変態的な隊長じゃないんだ! やれるぞ皆!」




 そうだ!


 敵は変態じゃない!


 変態相手じゃないならやれる!やれるぞ!!


 おぉ、やってやるぜ!



 

 そこかしこから声が挙がり、映像で実際にパトリックの触れられないパイロット達もパトリックの近くに集まってくる。

 

 パトリックの周りに集まったパイロット達は、彼を担ぎ上げると胴上げを始めた。


 ワッショイ、ワッショイ!

 そうだ敵は変態じゃない!


 ワッショイ、ワッショイ!

 俺達の弾丸も当たるんだ!


 ワッショイ、ワッショイ!

 やれる!やってやるんだ!




 それはある種、感動的な光景だった。


 深く沈んでいた隊員達の士気がパトリックの発言で今や爆発寸前になっている。

 

 まさに魔法の言葉だったのだろう。



 

 そして、全員の中の絆がひとつになり、いまやこの部隊は本当の意味でひとつになった。



 

 ただ一人を除いて……



  

「……ゲイズ副長。私の訓練ってそんなにキツかったですか?」


 ポカンとしたアルマが隣の副官に話しかける。

 

「控えめに言って地獄ですな。……まぁ、私を含めて思い上がっていた男達の心を折るには十分だったかと」


 青い顔から立ち直っていたゲイズは敬愛している自身の隊長からの問いかけにサッと顔を背けた。


 その態度に内心、ガーンとアルマが軽く凹む。

 

 へー、そうだったんですか。

 

 またもやハイライトを失った虚ろな目で隊員達を見るアルマ。


 学生時代に考案した自身の訓練方法を過激にしていた事は認めるが、大の男達が泣き叫ぶ状況を見てやりすぎだった事を今更になって自覚する。



 

 それにしてもさっきから部下達は「変態変態」言い過ぎじゃないだろうか。


 確かに人より回避は上手い方だとは思うが、そんなに言わなくても良いのでは?


 だってウィルはガンガン私に当ててきていたし……


 と落ち込んだ様子のアルマだったが、現実は残酷なものだった。




 というのも、学生時代に出ていた機動騎士ガーディアンの大会でアルマが被弾した回数はたったの四回。


 アルマ自身は大会と言えども所詮は学生達の集まりでの事、と思っていたがこれには大きな認識のズレがある。


 確かに学生のレベルではあるのだが、アルマの記録は地方の予選会の数字だけではなく全国大会も含んだものである。


 実戦で功績を挙げた、エースと呼ばれている超一流の現役のパイロット達には総合力で劣るであろうが、数百万人もの学生が参加している大会での事なのだ。

 

 更に彼女のいた時期には数十年に一度と持て囃されていた天才パイロット達が集った黄金世代。



 

 レベルが低いはずが無かった。



 

 むしろ、命のやり取りがない大会では、実戦と比べても大胆な機動をする選手が多く、そのような中で公式戦四年間で被弾四回という記録は“異常”であった。


 アルマはウィリアム・ロックウェルがガンガン当ててきたと思っているが、それは彼の技量が飛び抜けていたという事では無い。


 アルマの思考を極限まで知り尽くした彼が、何度もシミュレーションを行った末に何百回と行った模擬戦にて、やっとの思いで当てた“十数発”の事を、彼女は“ガンガン”当ててきたと認識している。




 アルマ・カーマイン。 


 

 軍人になって五年。


 彼女がこの五年間の実戦で経験した被弾は計十一発。


 乱戦で流れ弾が事が七回。


 部下を守るために敵弾をシールドで防いだ事が四回。


 未だに自身の騎体に致命的な攻撃を受けた事がない彼女は“怪物”と呼んで差し障りなく、部下が評するようにその機動は“変態”と呼ばれてもおかしくないものであった


 


「総員、傾注!!」


 横目でうつろな表情になったアルマを見ながらゲイズが大声を張り上げる。


「各員はこの後、機動騎士ガーディアンへ搭乗し、作戦開始「げぶっ!」まで待機! 以上、解散!!」


 急な声にも関わらず、流石は軍人達である。


 ワッショイワッショイと胴上げをしていたパイロット達は、サッとゲイズの方を向き、綺麗な敬礼をする。



  

 そのあまりにも早い変わり身のせいで、大きく宙を舞っていたパトリックは誰も受け止めてくれる人がおらず、硬い床へと落とされてしまう事になった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それでは、隊長。駆逐艦ヨークでお帰りをお待ちしております!」


 隊員達が出ていったブリーフィングルームでゲイズ副長が敬礼を上官に捧げると、その姿が一瞬ブレて、直ぐに消えてしまう。


 それはブリーフィングに使用していた回線が切られ、立体映像装置ホログラフィックディスプレイが停止した事を意味していた。


「フフフ……」


 それを見届けた虚ろな目をしたアルマは、一度大きく手を広げると、自分の頬を二、三度パンパンと叩く。


 この戦いが終わったら、訓練内容を過激なものに変えてやろうと、昏い決意をその胸にたたえながら。



 

 そうして、良くない思考に陥ったアルマは部屋を出ようとした時、出口に一人の男が立っている事に気づいた。


 その男は出口を塞ぐように立っており、鋭い視線をアルマへと向けている。


「アルマ隊長……」


 その男から発せられた一言はとても冷めたものだった。


 浅黒い肌にアルマが見上げるほどの高い身長、そして筋骨隆々な彼は静かな怒気をその身にまとっていた。


 片方の手をズボンのポケットに突っ込んでおり、その膨らみから、何かを握っている事が見て取れる。



 

「前に約束していた事、もう忘れた?」




 彼の言葉を聞いたアルマはハッとした表情になり、次いでバツが悪そうに下に俯く。


 アルマの様子を無視するかのように、その大男は大股でアルマに近づいていき……



 

 そして、ポケットに突っ込んでいた手を彼女の前で抜いてみせた。

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