番外編1 ウィリアム、教官殴り込み事件(全2話)
このお話から番外編となります。
全2話でアルマとウィリアムの帝国軍幼年学校でのドタバタをお送りします。
お付き合い頂ければ幸いです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
とある惑星の、ある一般市民の家庭の夕食どき。
両親と小さな娘の三人が狭い食卓を囲んでいた。
赤ら顔で発泡酒をコップに注いでいるご機嫌な父親に、三本目の発泡酒を父親に飲ませないように牽制する母親。
そんなどこにでもある、普通の家族
今日は娘の大好物のコロッケなのに珍しいな、と母親が娘に目線を向けた時、隣の父親の方から聞こえてくる「カシュッ」という小気味良い音。
「あんた! さっきのが最後って言ったっしょや!」
「ひぃ! 最後! これがホントの最後の一本だべさ!」
結局、両親のやり取りは半分を母親が飲む事で平和裏に終わったようだが、その間も娘はずっと下を向いたままだ。
そろそろ様子がおかしい事に心配した母親が、娘へと言葉をかけようとしたその瞬間、ガバッと顔を上げた娘は両親の思いもよらぬ言葉を吐き出した。
「おとーちゃん、おかーちゃん! 私、おっきくなったら軍人さんになる!」
そして、隠していた数枚のパンフレットをバンっと机の上に叩きつけてくる。
~
子供にも読みやすいように読み仮名もついているパンフレットの一枚目を見た両親は、特に母親は目玉が飛び出でるほど驚いていた。
「アルマ! な、なしただ急に」
「し、したってアルマ! あんたおなごん子っしょや。軍人さんなんてとんでもねぇ!」
しかし、そんな反応の両親に、娘は力強い視線を返した。
アルマ・カーマイン 九歳
その日、彼女は胸の内を両親に明かした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルマが生まれた所は
物心ついた頃には野山を駆け回り、父親が生業としていた猟師の仕事を一緒にこなしながら元気いっぱいに育っていた。
そんな彼女は年に一回、目一杯おしゃれをして両親と一緒に往復六時間かかる都会のギオンデパートに行くことが楽しみだった。
おいしいお菓子やおもちゃ、マンガなんかを買ってもらえるからだ。
九歳の時、そんな彼女に人生の転機が訪れる。
家族で出かけたギオンデパートシネマで見た一本の映画。
そこに出ていた帝国軍人役の俳優にアルマは目をキラキラさせながら見惚れていた。
映画の中では未開惑星に降り立った金髪の若き帝国軍人が、原住民の青髪の娘とモンスターに立ち向かうアクションラブロマンスに、子供だったアルマの心は憧れで一杯になった。
自分も軍人さんになればこんなにキラキラ出来る、と。
行動力の塊だった当時のアルマは、ギオンデパートからの帰り道で
『え、お嬢ちゃんが!?……うーん、お嬢ちゃんの年齢だとなぁ……あ、そういえば』
アルマの話を聞いて目を丸くした職員は、それでもアルマに帝国軍幼年期学校のパンフレットを渡してくれた。
『十二歳から入れる、軍人さんになる為のお勉強をする学校の資料だよ。でも、なかなか入るのは難しくて――って、お嬢ちゃん! 待ってお嬢ちゃん!!』
職員からパンフレットを受け取ったアルマは目をキラキラと輝かせながら、ろくな説明も聞かずに両親の元へ走っていってしまう。
その日からアルマの目標は帝国軍幼年学校への入学になった。
家に帰ると、早速両親に気持ちを打ち明けた。
が、返ってきた反応は上に書いた通り、あまり良いものでは無かった。
現代においても軍人とは男の仕事の象徴であり、特に田舎ほどその傾向は強い。
しかし、何とか両親の説得をすると、そこから猛勉強の日々が始まった。
生家が街と離れすぎていた為、オンラインでジュニアスクール(小学校)の授業を受けていた彼女は、先生と対面していないのをいい事に、カメラ外で帝国軍幼年学校の入試対策を進めていく。
そして生来の頭の良さと、小さな頃から野山を駆け巡って鍛えた身体能力のおかげもあり、十二歳の時には軍人としての第一歩、帝国軍幼年学校の入学切符を見事勝ち取ることに成功したのであった。
首都星ソルベリアにある帝国軍幼年学校に入学してから三ヶ月。
地元の未開発区が広がるのどかな田舎とは比べ物にならないくらいに洗練された都会での生活に気後れしながらも、彼女は地道に勉強に励んだ。
しかしそれは周りの学生達が貴族ばかりで、数少ない同じ女子生徒とも友人関係になれなかった、孤独の裏返しでもあった。
『田舎臭い娘』
『平民の女がなんで……』
『うっとおしいな。辞めろよ、平民が』
学校の厳しいカリキュラムで
女性で、
一般市民で、
体が小さく、
何を言っても言い返してこない。
特に貴族階級の成績が振るわない子供ほど、
何度も泣きそうになった事があった。
何度も逃げ出したくなった事があった。
しかし、周りからそう
あの日見た夢を叶えるために。
『君が首席だと!? 一体どんな汚い手を使ったぁ!』
そして、生涯のライバルとも呼べるウィリアムとも出会えた。
そんなライバルに愛称で呼ぶようお願いされた時のあの嬉しさは、今でも鮮明に思い出せる。
『いいね、いいね、愛称ってなんか仲良しさんみたいで、とってもいいねっ!』
この黒髪のライバル、ウィルと出会えたことで、アルマは生来の明るさを取り戻し、徐々に周りにも友人と呼べる人間が増えていった。
ちなみに、「ウィル~、ウィル~」とウィリアムの後をついて回るアルマを見ていた同級生が陰で二人の事を『ロックウェル夫妻』と呼んでいた事をアルマもウィリアムも今でも知らない。
そして、帝国軍幼年学校の卒業式まで二週間を切った頃、ひとつの事件が起きた。
ウィリアムによる教官殴り込み事件が起きてしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日、幼年学校の卒業を控えていた生徒達は浮き足立っていた。
総合訓練も終了し、各人の適正検査が全て出揃い、今日は教官達による進路先の振り分けの発表日だったからだ。
もちろん、生徒達には進路先の希望は聞かれている。
しかし、適正が外れていたり、進路先の希望者が多い場合は毎年自分の希望通りに行かない生徒も多く出ており、涙を飲む生徒も少なからずいた。
この日は生徒達にとって、今後の人生が決まる日、と言っても過言ではなかった。
「神様ー!!」
自習室で先程貰った進路通知の封筒の前で手を合わせるアルマ。
その横では黒髪のライバル、ウィリアムが一足先に封筒を開けて、小さくガッツポーズをしていた。
どうやら彼は自分の希望通りの結果になったらしい。
そして、恐る恐るアルマは封筒を開けて、中の紙を見た。
「……………………ッ!?」
通知書を見たアルマの顔が一瞬で曇り、その目から大粒の涙が溢れてくる。
それは嬉し涙などでは無かった。
「ど、どうして? あ、あんなに頑張ったのに……」
いつもニコニコ笑っているアルマの涙に、ウィリアムは大きく目を見開いて慌てる。
「アルマ……君、まさか……」
「うん……私の希望は駄目だった。通らなかったみたい」
はらはらと泣くアルマを前にしてウィリアムの気持ちは穏やかではなかった。
「うっ……ひっぐ、うぅ……」
アルマの涙を見ているうちにウィリアムの腹の中に黒い物が出てくる。
「アルマ。教官の所に行こう? 僕もついて行くから」
「うぃるぅ~、う、ひっぐ……うん、行ぐ〜」
そうして、アルマはウィリアムに手を引いてもらい、教官室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
教官室の前に着くとウィリアムは一つ深呼吸をしてその扉をノックした。
「ロックウェル訓練生です! 教官、ただいまお時間よろしいでしょうか?」
数秒の沈黙の後、部屋の中から野太い声が聞こえてくる。
「入れ!」
アルマ行こ? と泣いているアルマを促して、ウィリアムは部屋に入っていった。
「失礼致します」
部屋の扉を開け、敬礼をしたウィリアム達を出迎えた教官は、泣いているアルマを見てピクリと眉毛を跳ねさせる。
そして、椅子に座ったままの教官の前まで入ってきたウィリアムに、教官の方から声をかけてきた。
「この時期の事だから士官学校への進路についてか?」
恐らく、毎年の事なのだろう。
落ち着いた様子で教官はウィリアムの来室予定を言い当ててしまった。
「……はい。カーマイン訓練生の進路についてお聞きしたい事があります」
「ふむ、ロックウェル訓練生。貴様にはカーマイン訓練生の進路は関係無いだろう」
ウィリアムの質問を教官が一刀両断にする。
当たり前の事だが、アルマの問題にウィリアムが関わってくる事自体がそもそもおかしいのだ。
「申し訳ありません。しかし、カーマイン訓練生の様子が尋常ではない為、代わりに自分がお聞きします」
睨むようにウィリアムを見ていた教官がアルマの方をちらりと見る。
「……カーマイン訓練生、それでも良いのか?」
教官の問いかけに、アルマがえぐえぐと泣きながらコクリと頭を縦に振った。
「……ふむ、カーマイン訓練生がそれで良ければ……それで何を聞きたいのだ?」
机の上で手を組むと少し身を乗り出してウィリアムの話を聞く素振りを見せる教官に、ウィリアムは真剣な表情で問いかける。
「なぜカーマイン訓練生の進路が希望と違うのでしょうか?」
教官はその質問に間髪入れずに即答した。
「我々、教官達がそう判断したからだ」
その言葉にウィリアムが鋭い視線で応じた。
まるで学生達にその選考過程を知る必要は無いと切って捨てる響きが教官の言葉にあったからだ。
もちろん、本来であれば選考過程などは学生が知る必要の無い事であろう。
しかし、この選択で学生の今後の人生が決まるのである。
ましてや、自身の大切な人がその決定に納得できずに、いつもは見せたことの無い姿を見せている。
ウィリアムは教官に向かって一歩踏み出すとさらに訴えかけた。
「お言葉ですが、カーマイン訓練生の成績は優秀です。例年では成績優秀者の進路は本人の希望通りになる事が多いはずです」
しかし、その質問にすら事前に回答を用意していたのではないかと思わせるほどの速度で、教官が吐き捨てるように答える。
「よく分かってるではないかロックウェル訓練生。『
ここまで頑なに理由を教えない教官に対して、ウィリアムは一つの考えが頭に浮かぶ。
それは、この幼年学校においてタブーとされている事だった。
毎年、特権意識を持った貴族階級の者が一般市民の学生へと起こす問題行動。
しかし、その事は入学する時に学生達は皇帝陛下の肖像画の前で、絶対に行わないと宣誓までされていたものだった。
すなわち身分による差別である。
「まさか……まさか、彼女が貴族ではなく一般市民だからですか!?」
「口を慎みたまえ!! たとえカーマイン訓練生が貴族だったとしても今回の選考には全く関係がない!!」
ウィリアムの発言に教官は椅子から立ち上がり、明確な怒気を持って吠えた。
この軍隊の士官を育てる教育機関において、設立より身分による差別は軍の弱体化を招くとされ、忌み嫌われる行為の一つとされていた。
それを骨身に染みて分かっている教官にとって、先程のウィリアムの発言は最大限の侮辱に感じたのだろう。
部屋を震わせるほどの声量で、ウィリアムの考えを否定する。
教官の一喝に部屋の空気は張り詰め、質問をしたウィリアムは思わず固まってしまった。
そして、次の一言を出すのがやっとであった。
「で、では、一体なぜ……」
教官は一度、ふぅと短く息を吐くと彼の疑問に答えた。
「……それはな――カーマイン訓練生が
その答えに今度はウィリアムの中の怒りの感情が爆発する。
女性だから?
身分差別は怒るくせに、性差別は容認するのか?
気がつくと――
ウィリアムは固めた己の拳を教官の顔に叩き込んでいた。
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