番外編2 ウィリアム、教官殴り込み事件2(全2話)

「……ロックウェル訓練生。貴様は今、誰に対して、何をしているのか理解しているのか?」


 真っ直ぐと伸びたウィリアムの拳は教官の左頬を捉えていた。

 

 しかし、その拳を振り抜く事は出来なかった。


 教官の頭を支える鍛えられた首の筋肉は、ウィリアムの拳の衝撃を完全に押さえ込んでいたのだ。



 

 拳を左頬に受けたまま、教官の鋭い視線がウィリアムを刺す。

 

「し、失礼致しまし――」


 カッとなってしまったウィリアムの頭が教官の視線を受けて、急に冷静さを取り戻す。

 

 それと共に自身が行った行動に自分自身が一番驚き、叩き込んでいた自身の拳を慌てて引いた。


 そして教官に対して謝罪をしようとするも、それに対して彼に返ってきたのは教官の拳だった。



「ウグッ!」


 ちょうど先程のウィリアムの殴打が再現されたように、教官の拳はウィリアムの左頬を捉え、しかし先程のとは違い、その衝撃によってウィリアムの体は後ろへと吹っ飛ばされていった。



 

「ウ、ウィル!!」



 

 床を転がって行ったウィリアムの様子に、横で泣きべそをかいていたアルマが驚いて顔を上げた。


「ウィル! ウィル! だ、大丈夫!?」

 

 そして、慌てて床に倒れたウィリアムに駆け寄って、その肩を揺すった。

 

 それに対してウィリアムは「うぅ」と悲痛な声を出しながら弱々しく体を起こす。

 

 殴られた左頬は赤くなり、鼻と口の端からは血が流れている。



  

「カーマイン訓練生!!」

「ひゃ、ひゃい!!」


 ポケットからハンカチを取り出して、ウィリアムの介抱をしていたアルマは、背後からの突然の呼びかけに、その場でピョンと飛び上がった。


 そして恐る恐る後ろを振りむいた彼女の視線に飛び込んできたのは、意外にも穏やかな顔をした教官だった。

  



「カーマイン訓練生。まずは、貴様の為にここまで必死になれる友人を持てた事に、貴様は感謝をしたまえ」


 そう言いながらウィリアムの横まで歩いてきた教官がウィリアムの手を取り、彼をその場に立たせた。


 そして、穏やかな口調のまま彼に問いかける。

 

「先程から気になっているのだが、どうやら私とロックウェル訓練生との間に認識の差があるようだ。ロックウェル訓練生はカーマイン訓練生の進路希望の内容を知っているのかね?」


 そう言われて初めてウィリアムは気づいた。

 



 自分がアルマの希望進路先を全く知らなかった事に。




 自身が希望を出した艦隊司令官養成課程はこの幼年学校でも競争率も高い人気の進路先であった為、彼はすっかり彼女も同様の希望を出していたと思い込んでいた。


「いえ、知りませんでした」


 ウィリアムの返答に短く「そうか」と返した教官は自身のデスクへと帰るとそこから一枚の紙を取り出す。


 それは各生徒が提出した進路希望票の一枚、アルマの進路希望票だった。


 本来であれば学生に対して開示することは厳しく禁じられたものであったが、教官はそれをウィリアムの方に差し出す。

  

「カーマイン訓練生が希望した進路はな――」


 それを受け取ったウィリアムが紙に書かれていた文字に目を滑らせると同時に、目の前の教官からアルマの進路希望の名前が告げられた。



 

「陸戦隊装甲強襲兵だったのだよ」






 

「………………ん?」






 

 その言葉と、意外にも達筆で『陸戦隊の装甲強襲兵』と紙に書かれていた文字の意味を理解すると、ウィリアムの体がピタッと止まる。

 

 目をパチクリさせ、頭の上には???が踊りまくっている様子だ。


 


 陸戦隊。しかも装甲強襲兵。


 


 その言葉の意味と彼の思い浮かべるその言葉のイメージ。

 

 そして、自分の横でキョトンとした様子で立っているアルマの外見。




 彼の頭の中では陸戦隊装甲強襲兵の特徴が、見事にアルマと全くと言っていいほど噛み合わなかったのだ。



 

「……えぇと、教官。失礼ですが、浮遊艇レビテートシップで大気圏内の敵陣に己の体ひとつで切り込む、あの陸戦隊ですか?」

 

「あぁ、そうだ」



 ウィリアムの脳内で、大柄な筋肉男がブーメランパンツ一丁でサムズアップをしていた。

 

『HAHAHA! さぁ野郎ども! 敵の基地まで競走だ!』

 

 ニカッと笑い、口から見える歯がとても白く輝いている。

 


 ウィリアムは目の前にいる小柄の同級生にその姿を重ねてしまい、少しめまいがした。



  

「……重さ五百kgを超える機械鎧パワードスーツを装備して、棍棒やメイスを振り回す、あの装甲強襲兵ですか?」

 

「あぁ、そうだ。間違いない。彼らのモットーは『鈍器こそ至高。最強の武器は鍛え上げた我が肉体』だ」



 次にぶかぶかの機械鎧パワードスーツを着た小柄なアルマが地面に倒れたまま起き上がれずに、泣いてわめきながら手足をジタバタさせている光景がウィリアムの脳裏に浮かんだ。


『ウィル~、ウィル~! たすっ、助けて! ウィル~』


 ……未曾有みぞうの大惨事に、めまいの度合いが増してしまった。




 想像上のアルマがあまりにも可愛すぎたのだ。 



  

「……お、おお、大柄で筋骨隆々な男性しかいないあの装甲強襲兵ですか?」

 

「あぁ、そうだ。――ただし、一応一名女性がいるにはいる。が、女性に対して失礼だが身長が二mを超える彼女の隊内でのあだ名は――」



 

「『野生☆爆誕!ゴリマッチョ』だ!」



 

 教官からの言葉を聞き終えたウィリアムは、表情がストンと抜け落ちた顔でアルマに振り向いた。

 

「……アルマ。君はバカなんじゃないの!?」

「バカとはなんだよ、バカとは! うわーん!!」


 その場でひっくり返って手足をジタバタするアルマはまるで子供のようであった。


 

 

「我々、教官達がカーマイン訓練生の希望を却下した理由は理解したかね? ロックウェル訓練生」


 教官のその一言に、ウィリアムは音を超えた速度で頭を振り下ろして、きれいな礼をする。

 その角度、見事な直角90°だった。

 

「はっ! 先程からの数々のご無礼、大変失礼致しました。そして学校側のご配慮に感謝致します」




 まさかの裏切り!


 その光景を真横で見ていたアルマは、この世が終わったように愕然がくぜんとした表情をその顔に浮かべた。


 

 

「カーマイン訓練生!」


 落ち込んだアルマに対して、教官が声をかける。

 

「貴様の進路の機動騎士ガーディアン指揮官養成課程は誰でも務められるものではない。はっきりと言えば一握りの『』しか務まらない」


 妙に『エリート』の部分を強調した教官の声に、沈んでいたアルマの体がピクっと反応する。

 

「まず抜群の運動神経が必要だ。そして特殊な空間把握能力が無い者は機動騎士ガーディアンに乗る事すらできないだろう」


 次いでアルマの耳がピクピクと動く。

 顔は伏せたままだ。

 

「その上で的確な指揮をする為には、『』が必須だ。しかも激しい機動中に判断しなければならない事が舞い込む非常にタフネスなものであろう」


 

『明晰な頭脳』


  

 この言葉にアルマは顔をガバッと上げて教官を見つめる。

 

 その様子に教官は、うむ、と大きく頷いて先を進めた


「貴様は体力測定では同学年の中では、『』高く、学業面でも次席とはいえ、とても『』ものだ。まさに――」


 さらに言葉の一部分を強調する話し方をする教官にウィリアムは目を見開いてしまう。

 

機動騎士ガーディアン指揮官になるべくして生まれてきた、そう言っても過言では無い」


 あれぇ?

 この人こんなことを言うキャラだったかな?


 いぶかしむウィリアムをよそに教官は机の上から一枚の札を手に取り、それをアルマへと渡した。


「士官学校の通行証だ。私から士官学校に連絡をしておく。今の時間であれば生の機動騎士ガーディアンを見学する事が出来るだろう」


 そして、アルマに目線を合わせるために膝立ちになった教官は、彼に似合わない満面の笑顔を作るとトドメの一言を下した。



   

機動騎士ガーディアンはな、カーマイン訓練生。とってもかっこいいぞぉ!」



 

 ついに目をキラキラさせ始めたアルマは、全身からパァァァっと嬉しそうなオーラを放つと、「ウィル! ウィル! 早く行こ! 早く行こ!」と叫びながら立ち上がって、回れ右してドアから出ていってしまった。


 

 

「ロックウェル訓練生。貴様も艦隊司令官養成過程に進むのであれば、少しは人の動かし方を学んだ方がいい」


 呆然としたウィリアムに対して、元の厳格な表情に戻った教官から言われた一言。

 

 確かに、その手腕に脱帽するしかない。


 結果をみれば、望まぬ進路に絶望して涙を流していたアルマを、立ち直らせるどころか最終的に笑顔で納得させているのだ。


「……はい。精進します」


 さすが幼年学校で教官を勤める人物だ。

 ただの筋肉ダルマではないな。


 そう、教官に対して失礼なことを考えていたウィリアムもアルマの後を追うために回れ右をして、部屋から出ていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ウィリアムとアルマが出ていって、静かになった部屋で教官は自分のデスクに戻り、大きな体を質素な椅子に沈めた。

 

 そして、おもむろに引き出しを開けると、中にしまってあった写真立てを取り出す。



 

 帝国軍幼年学校の青みがかった黒色の制服を着た一人の女子生徒を、同じ格好の三人の男子生徒が取り囲むようにして写された写真。




 皆、幼い顔に満面の笑みを浮かべていた。



 

「今年もひな鳥達が巣立っていくよ」


 それは教官がこの学校を卒業する時に撮られた一枚の古い写真。


 傲慢な貴族のドラ息子だった自分を変えてくれた、一般市民の三人の友人達。

 

 今では自分の中でセピア色に色あせた、しかし教官にとっては大切な思い出の一ページだった。

 

 ゆっくりと、特に写真の中央に写る女子生徒を愛おしそうに指で撫でながら、不器用に微笑む。


 


 教官が軍人になって三年目。

 

 この四人は奇跡的に同じ駆逐艦に配属され、再会に歓喜していた。

 

 しかし哨戒任務中に、敵艦の放った一発の砲弾で四人の運命は大きく違ったものになった。


 艦橋にいた自分と他の区画にいた三名は、永遠に離れ離れになってしまったのだ。


 未だに三人とも遺留品すら見つかっていない。




「ロックウェル訓練生。貴様もこの学校で大切な存在に出会えたのだな」


 入学当初から優秀ではあったが、どこか陰のあるロックウェル訓練生を教官達は危惧していた。


 しかし、カーマイン訓練生といる事が多くなり始めた頃から、その陰はとんと表には出てこなくなった。

 

 ……よくカーマイン訓練生を見つめていたオッペンハイマー訓練生を見る眼はいつも恐ろしかったが。


 それがどういう感情が基にあるのか、充分な大人である教官には手に取るように分かった。



 

 人間は一人でも生きていける。


 しかし、一人では成長しない。


 多くの者と接して、

 様々な価値観に触れて、

 時に成功して、

 多くの場合は失敗して、

 子供は大人になっていくものだ。


 思春期の子供は身体もそうだが、特に心の成長具合には大人はしばしば目を見張る程のものがある。


 普段生徒に対して厳しく接している自分にとって、それは密かに楽しみにしている事であり、そして、成長していく子供達を見ているのはとても誇らしい事だった。



 

「しかし、なんとも奥手なことだ」


 そう言ってくつくつと少し笑う教官。


 彼の見ている写真立てに写っている三人の男子生徒。

 

 満面の笑顔ながら、それでも中央に写っている女子生徒に対してソワソワしている雰囲気が写真を通しても感じられた。


 

 

 その言葉はウィリアムに対して放った言葉か、過去の自分へのものなのか。

 

 それは薄く笑みを浮かべている教官にしか分からないものだっただろう。 



 

 すぐに表情を引きしめた教官は写真立てを引き出しにしまい直すと、通信機を取って士官学校の知り合いへと連絡を取り始める。


 静かになった部屋に、教官の厳つい声と少しの笑い声が響いていた。


 

 校舎の外からは

「ウィル、遅い!」

「待ってよアルマ」

 と元気なひな鳥達の楽しそうな声が聞こえてきていた。


 

 身を刺すような冬の寒さが和らいできた七月。


 柔らかい恒星プロメデスの光が降り注ぐ穏やかな昼下がり。

 

 地上では、つぼみを付けた桜の木がそろそろ花を咲かせる頃だろう。

 

 ここソルベリアの帝国軍幼年学校にも、今年も別れと新たな出会いの季節が巡ってこようとしていた。

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