番外編18 とある小妖精の恋物語3(全10話)

 それからあーしの目の腫れが引くまでジョージさんのちょっとした昔語りが始まったんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ワタシは昔は普通のメンズでね。でも心は女の子だったからとっても引っ込み思案な男の子だったの」


 あーしの目元には冷たいコットンが被せてあるからジョージさんの表情まで見えなかったよ?


 でもその声は少し落ち込んだような悲しい雰囲気だったんだ。


「でもある日、母親の真っ赤なリップを塗って学校に行ったの。そしたら……どうなったと思う?」


 あーしにはその質問には答えられなかった。


 だって、多分こんなに悲しそうに話しているんだもん。


 きっといい結果じゃなかったんだ。




「同級生から『化物』って言われたわ♪」




 その一言を聞いたあーしは慌てて目の上のコットンを払い除けて、急いでジョージさんの方に目を向けたんだ。


 目を向けたんだけど、ジョージさんは……めちゃくちゃいい笑顔で笑っていたよ。


「『化物』よ? それまで目立たない根暗な男の子が一気に注目の的になったの――まぁ、いい注目じゃ無かったけどね♪……うん。腫れはいい感じね」


 そう言ってニッコリと笑ったジョージさんはあーしのまぶたを太い指で優しくグリグリしながら、うんうんと頷いていた。




「それからね、ワタシはメイクの勉強を続けていっつもバッチリとメイクをして登校してたの」


 あーしの顔に何か塗りながらジョージさんの話は続いていった。


「そのうちにね、女の子達からメイクについて色々聞かれるようになってちょっとした有名人になったのよ。ワタシ♪」


 次はあーしのまぶたを上にあげて色々としてくれてるんだけど、正直少し恥ずかしい。



 

『君はかわいくないな。特にその目。睨んでいるようで気持ち悪い』



  

 昔、お見合い相手の男の人に言われた一言。


 あーしの可愛くない目は……あんまり見て欲しくないな。



 

「でも、やっぱり『気持ち悪い』って悪口を言われる事が多かったの。でもね――」


 なにかペンのようなものをまぶたにスッスッと滑らせながら、ジョージさんはまたにっこりと笑ったの。


「その度に『もっと綺麗になってやるんだからっ!』って燃えたわよ♪」


 最後にあーしの唇にリップを塗ってくれて、ジョージさんの手がとまる。


「ふう~♪」って言いながら腕で額を拭った後にテーブルに乗っていた鏡をあーしに見せてきたんだ。


「どうかしら?」




 そこに映っていたあーしの顔に、あーしは……あーしは。


「……うそ。これが……あーし?」




 目がぱっちりと大きくて可愛らしい女の子が映っていたんだ。




「うふふ♪ それでね、女の子がメイクをする理由はね――」


 メイク道具を仕舞いながら、鏡を前にほげーってしているあーしに向けてジョージさんの話は続く。



 

「メイクはね。女の子がなりたい自分に変われるように、勇気をくれる魔法の道具なの♪」



 

 なりたい自分になれる勇気をくれる魔法の道具。


 確かにそうだよ。


 あんなに嫌いだったあーしの鋭い目付きが、こんなに柔らかい女の子っぽい目に変わるんだもん。


 どんなに動画配信で見て、自分でも頑張ってしてみようと思って、それでいつも失敗して諦めていたのをこんなに簡単にしてみせるなんて。



 

「どんなに引っ込み思案な女の子も明るいメイクをすれば笑顔になれるし、悲しい思いをしている子も好きな色のリップ一つで気分が晴れるの♪ それでみんなに愛されるかわいい女の子に変身できるのよ♪」


 この人、凄い。


 あーしの中でジョージさんは明確に『いい人』から『尊敬する人』に変わったんだ。



 

「……女の子ってみんな臆病で、傷つきやすくて、恥ずかしがり屋さんで、いっつも自分に自信なんてなくて、ね♪ でもメイクってそんな女の子に自信をくれて、前向きで明るくてキレイでかわいい女の子に生まれ変わらせてくれる最強の武器なのよ♪」




 この時からあーしの中でジョージさんは『師匠』になった。


 自分に自信たっぷりで、ずっと笑顔のこの人はあーしの中で憧れの人になったんだ。




「す、すげぇ!」


「ぴぃっ!!」


 急に横から声が聞こえて、あーしはビクッとびっくりしたよ!


「ジョージの旦那。相変わらずすげぇな!」


 それはさっきまで土下座スタイルで床に頭をつけていたニルスさんだった。


「うふん♪ それほどじゃないわよ」


 あーしに鼻息がかかる距離まで詰め寄ったニルスさんは目をキラキラさせながらあーしの顔を見て、ここがいい。ここがかわいい。って褒めてくれたんだ。


 最初は怖いと思っていたニルスさんの子供みたいな顔を見て、あーしはこの人もいい人なんだと思ったよ。


 だから、思わずあーしは笑っちゃったんだ。



 

「ふふっ」



 

 するとジョージさんとニルスさんはキョトンとした顔になった。


 えっ! あれっ!? あ、あーし変な顔しちゃったかな!?


「……ジョージの旦那、こりゃずりぃよ」


「……え、えぇ。確かにこれは……凄いわね」


 そして二人とも顔を赤くして交互に見るとウンウンと頷いている。


 何? 何? 何かわからないけどあーしにも分かるように話してくださいよっ!!




 そんな感じでワタワタしているあーしを見て、二人ともクスッ笑っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「へぇ。それでここに来たんだな」


 それからジョージさんが美味しい紅茶とキレイなマカロンを用意してくれて女子会が本格的に始まったよ。


「うん。でも全然ダメだったなぁ……。てか、妖精小姫フェアリー強すぎでしょ! あーしビックリしたもん!!」


 私がここに来た理由をジョージさんは紅茶を、ニルスさんは二本目のビールを飲みながら聞いてくれた。


「ま、まぁ、隊長ちゃんは、ね?」


「あの人は規格外だからなぁ、ホント……」


 そして二人は苦笑いだった。


 今ならあーしの無謀さは身に染みてわかる。


 あの人はなんていうか……あーし達とは根本的に違うんだ。




 妖精小姫フェアリーアルマ・カーマイン




 今日戦ってみて分かったよ。


 この世に『別格』があるとするとああいう人の事を言うんだって。


 どんなに頑張っても届かない、んじゃない。


 そもそもが別次元にいて届く届かないなんて問題じゃなくて近づけもしない。



 

 彼女はそんな存在だってハッキリ分かったんだ。




「でもリリーちゃん♪ そんなに悲観しなくてもいいわよ?」


 その時、ジョージさんはマカロンを口に入れながらコロコロと笑っていた。


「隊長ちゃんの最初の訓練で攻撃を受けたのはリリーちゃんが初めてだもの♪」

 

 ん???


 どういう意味だろう?


「そうだな。他の奴らはそこまで進むのに二週間くらいかかるもんな。しかも大勢で」


 頭の上に疑問符がついたあーしにニルスさんがまたグビっとビールをあおりながら答えてくれた。


「隊長ちゃんの訓練は、まず攻撃をしない隊長ちゃん相手に攻撃を当てるところから始まるの。最低十騎以上でね? それで攻撃が当たってはじめて次の段階に進むのよ♪」


 次に詳しい事をジョージさんが教えてくれる。


 え? 妖精小姫フェアリーに攻撃を当てるのに十騎以上で二週間!?


「そうやって初めて始まるのよ。攻撃をしてくる隊長ちゃんとのきちんとした模擬戦がね。もちろんこの時も十騎以上のチーム対隊長ちゃん一人で♪」


 うぇ。

 

 だ、だとすれば……




「き、今日のあーしってただのバカじゃん!!」




 ガーン、とへこむあーしにジョージさんとニルスさんは笑いながら傍に寄ってきてあーしの頭を撫でてくれた。


「違うわよ。それだけリリーちゃんの実力が凄いって事よ♪」


「そうだぜ? オレら整備班にすら『すごい新人が来た!』って噂になって全員でシミュレーター室に行ったんだけどよ。その時には部屋から人が溢れるくらいギャラリーが居たからな」


「うふふ♪ たった一人で隊長ちゃんの攻撃を避けながら、それでも反撃の機会を狙っているリリーちゃんを見て、男達なんてみんな興奮して顔が真っ赤になってたんだから♪」


「整備士達も『そこだ! 行けぇ!!』って怒鳴りっぱなしだったしな。カカッ」


 そうは言われるけど、あの戦いを大勢の人に見られていた事が恥ずしくなったよ。


 ゲームの大会の観戦者とは比べ物にならないくらい少ない人数なのにとっても恥ずかしかった。


「みんな『ヤバい、あの新人ヤバいっすよ!』、『すげぇ、なんであんな機動出来るんだよ、マジで!』って褒めちぎりだったわよ♪」


「それを言うなら一番褒めてたのはジョージの旦那だっただろう?」


「あら。見られちゃってたかしら? 恥ずかしいわぁ♪」


 あーしの頭を撫でながら二人が言ってくれる言葉に、あーしの胸の中に暖かい物が込み上げてくるのが分かった。



 

 それはどんなにゲームの中で頑張っても決してみんな言ってくれなかった言葉。


 きちんと『あーし』を見てくれて、あーしの事を『凄い』って評価してくれるもの。



 

「……あーし、ここに来てよかったぁ……」



 

 だから自然と口からそんな言葉が出てしまったんだ。


 それを聞いたニルスさんがあーしの体を優しく抱きしめてくれる。


「まぁ、色々とみんな抱えているけどよ。ここじゃ同じ部隊の仲間なんだ。機動騎士ガーディアン隊だけじゃねぇ。オレら整備班もみんなリリーちゃんの味方だからな」


 横にいたジョージさんもニッコリ笑ってあーしの両手を握ってくれる。


「そうよ。それに貴重な女の子枠だからね♪ これからもワタシ達と女子会をしましょ♪」




 二人の優しい言葉を聞いて、あーしの目からボロボロと涙があふれてくる。


 でも実家のシミュレーターやベッドの中で流した悲しい、悔しい涙じゃない。


 とってもあったかい嬉しい涙だった。




「はいっ! あーしの方こそ、よろしくお願いします」




 あーしはここに来てほんとに良かったよ。


 ここにはあーしをきちんと見てくれる、こんなにも優しい人達がいるんだから!


 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  

(場面転換 大隊長の部屋 アルマ視点)


「う~ん……」


「アルマ隊長どうしました? 難しい顔をして」




 私が手元にある一枚の書類を難しそうに覗き込んでいると同じく書類仕事をしていたゲイズさんが声を掛けてきてくれました。 

 

「いえ、前に私達がいた対連邦戦線から応援要請がありまして……」


 そう言って手元の書類をゲイズさんに見えるようにヒラヒラと振ると、ゲイズさんは少し考えてポンと手を叩きます。

 

「あぁ。……確かあっちは一ヶ月前に大敗してましたなぁ」




 自慢じゃないですけど、私達のフェアリー小隊って結構凄かったんですよ。


 一昨年に起こった連邦軍の一大侵攻作戦『コースマスブーリァ作戦』の終盤に連邦軍からフェアリー小隊が変に注目されちゃってて。

 

 私達が戦場に出ると敵の侵攻がピタッと収まったのには私もビックリしちゃいましたけどね。

 

「はい。それで再編の期間に帝国軍の各部隊から戦力の貸与の申請がされていまして、うちにもその話が来てるんですよ」


 でも私達が対連邦戦線から抜けて一年以上。


 どうやら連邦軍もその事を把握してしまって、最近またちょっかいを出てきたみたいなんですけど……帝国軍が負けちゃったみたいなんですよね。

 

「でもこっちも今は大隊の編成中で、まだ全体で作戦行動が出来るまでの練度には仕上がってませんしね」


 それで古巣からの救援要請が届いて私も助けには行きたいんですけど、今は新しく大隊の編成中でして。

 

「うちからは一個小隊の抽出なので問題は無いんですが、私は今動けませんし……ゲイズ中尉、行って貰えませんか?」


 残念ながら私は身動きが取れないほど忙しかったりするんです。

 

「一応俺も大隊の副長ですから、今はあまり行きたくはありませんな」


 そうですよねぇ。私と同じ理由でゲイズさんも行きたくないですよねぇ。



 

「……そうすると誰を派遣するか」


 私は目の前に立体映像装置ホログラフィックディスプレイを立ち上げて、隊員達のプロフィール表を表示させます。


 一個小隊十二騎の派遣ですが、まずは小隊長を誰にするか?


 能力で言えば新しく編入してきた少尉がいいんですが、まだ隊員達と完全には打ち解けていませんしね。



 

「……ジョージ・マッケンジー少尉がいいんじゃないでしょうか?」


 その時、ゲイズさんからの提案がありました。


 ジョージさんはフェアリー小隊結成時からの古参メンバーで気配りが出来て隊員達からの信頼も厚い人です。


 編成中の大隊でも小隊長就任が内定していて、今年少尉に昇進したばかりでした。


「私もその案を考えていたんですけど……一時期とはいえ古参メンバーが抜けるのは――」


「確実に俺達の負担が増えるでしょうな」


 そうなんです。


 能力が高い人は多いのですけど、信頼出来る人材って結構貴重だったりするんですよね。




 私はジョージさんのプロフィールを表示してうんうん唸りましたが、これ以上いい案はなさそうですね。


「それと――」


 なんとか未練を断ち切って私の中でジョージさんを小隊長にする事をほぼ決めていた時、ゲイズさんから更に提案がありました。


「先日着任したリリー・マルレーン嬢も派遣部隊に入れてはどうでしょう?」




 リリー・マルレーン少尉相当待遇




 先日着任したばかりの民間登用された女の子です。


 着任した日に私も勝負を挑まれましたけど、あの技量には正直びっくりしましたよ!


「聞けばまだ実戦経験がありません。この機会に経験を積ませるのもいいかと思います」


 確かに。


 この時私の心は大きくゲイズさんの提案に傾きました。


 ジョージさんとも仲が良いみたいですし、信頼出来る古参メンバーで固めればみんなフォローをきちんとしてくれるでしょう。




「うん。そうですね! ゲイズさんありがとうございますっ!」


 私は考えていた派遣部隊を決めると派遣人員を司令部に報告しました。



 

 こうして対連邦戦線への救援部隊の編成を私は決めたのでした。

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