第16話 今日から君は腰ミノだっ!
目の前に広がる漆黒の闇に煌めく星々の彩り。
アルマは闇色に染まる星々の大海を進んでいた。
彼女が駆るのは人の科学が生み出した金属の巨兵、 “
元は人型を模した汎用型作業用ロボットが原型となる巨大な機械。
人々はその巨人に武器を持たせ、盾を備え付け、そして移動の為の大型の推進器を取り付けて戦場へと送り込んだ。
長い間に様々なタイプが製造されたが、現代では体高十八m前後のサイズが一番効率的と判断されていた。
さらに最近では銃器などの射撃戦重視の戦術が優位に立っていることもあり、騎体の軽量化が最優先とされていた。
最新型のFE-35はアルマの大隊のパイロット達が主に使用しているIKU-21より二十五%も軽量化に成功している。
アルマの乗る騎体はXIKU-25C。
IKU-21の正統発展型として試作された試作騎のXIKU-25をアルマの操縦に合わせてカスタムされた騎体だった。
背中に二基、さらに腰に左右一基ずつの推進器を備え、圧倒的な推進力を騎体に与えている。
推進力を最大限までに磨き上げた動力装置は、加速を開始してわずか一分で最高速度まで到達する事が可能で、彼女を目的の宙域まで運んでいた。
今アルマ達の小隊、フェアリー小隊はアモスの足止めのため、予定の宙域に向かって進んでいた。
ある程度、目的宙域に近づいた時、彼女のヘルメットに部下の声が聞こえてきた。
「
その声にアルマはドキッとして、すぐにモニターを操作して自身の現在位置を調べた。
……確かに、出発位置から左に一度も外れていた。
「へっ!? あ、すみません。……コース修正しました」
アルマは少し右の操縦桿を引いて、軌道を修正する。
「こちら
脳天気な声がアルマへと届いた。
金髪のトサカ、世紀末バカことパトリックのものだった。
「……そう、ですね。操縦桿を持つ手に力が入っていたみたいです。ごめんなさい」
それに対して、アルマはシュンとした様子で少し落ち込んだ顔を見せる。
その様子にゲイズや他の隊員が「余計な事言いやがって! 馬鹿リックが!!」と心の中で青筋を立てた時、明るい声が聞こえてきた。
「
明るい口調で声を掛けてきたのはブランソンと言うパイロットだった。
「あ、あぁ、あの時の……」
即座に合いの手を入れたゲイズは流石は長い間この隊の副官を務めているだけのことはあった。
ゲイズとブランソンが努めて懐かしむように話しをし出したのを聞いて、初出撃の時の事を思い出したアルマの顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤になって手をパタパタと振り始めた。
「ふぇぇぇ! あ、あの時の事は忘れてください!!」
その様子を見ていた他のパイロットが口を挟んでくる。
彼らもわざと明るく話している。
「フェアリー2。なんだか面白そうな話だな。教えてくれよ」
彼は古参のメンバーでなく、後に入隊してきたパイロットだった。
彼の言葉にゲイズの口が軽く開く。
顔には本当に懐かしむような薄い笑みが浮かんでいた。
「あの時の隊長は緊張のあまり俺達を置いて突っ走っちまってな」
「わあっ!わ~~、わ~~~ダメダメ!!」
本格的に話し始めるゲイズを止めようとアルマが必死に大声を出す。
が、残念だが二人の間には宇宙が存在している。
悲しい事に声を出す以外に止める手段が存在しなかった。
もちろんそんな事で止まるゲイズではない。
さらに舌が軽くなった彼は嬉しそうに話を進める。
「で、敵の小隊に単身突っ込んでいたんだよ」
そこで隊員達からちらほらと笑い声が上がってきた。
誰かが言った、隊長ちゃんらしいな~。との声にアルマの額にピキっと青筋が立つ。
隊長ちゃんらしいってなんなんですかね!
私ってどう見られてるんですかねっ!?
ぷるぷると肩が震え始めたアルマだったが、それに動ずる事なくゲイズの話は進んでいった。
「俺達も慌てて追いかけたんだけど、近づいたら敵の無線が聞こえてきたんだよ」
その時の出来事を知っている古参メンバーは、早くも肩を震わせ始めている。
その後に入ってきたメンバーは興味津々という感じでゲイズの次の言葉に耳を傾けていた。
「それでよ。その時、無線が混線してて敵さんが言っている事が丸聞こえだったんだけどよ。……ククッ、敵さんなんて言ってたと思う?」
その時の事を思い出しながら話していたゲイズも、鮮明に思い出してきたのか言葉の端に小さく笑い声が混じる。
そのような態度を見せられたのだ。
隊員達の期待度は嫌でも高まる。
「そいつら『なんで弾が当たらないんだよ!!』って泣きべそかいてたんだよ!」
「「「「「「ギャーハッハッハッハ!」」」」」」
途端に通信を男達の下品な笑い声で占められた。
顔を真っ赤にして、顔の前で手を叩いている者もいる。
それに対して、アルマも顔が真っ赤だった。
ただし、彼女の場合は口をまっすぐ引き結んで、涙目でプルプルと震えていたのだが。
「しかも、俺達が着くまでに二機も落としてたしな」
「あの時はホントに笑ったな、マジで」
「俺っちあの時も後衛にいたから聞こえなかったんすよね。生で聞いてみたかったっすよ」
アルマが結成したフェアリー小隊出身の古参であるゲイズ、ブランソン、パトリックが感慨深く語るのを聞いて、顔を真っ赤にしていたアルマはそこで気づいた。
あの時と同じだ、と。
実はアルマが初出撃をした日、極度に緊張していた彼女をゲイズ達が冗談を言い合って笑い飛ばして彼女の緊張をほぐしてくれた事があった。
その時と同じような状況の今、再び彼らは自分に気を使ってわざとこのように振舞ってくれているのだ。
その事に思い至った彼女は彼らに感謝の念を抱くと同時に、五年前と何も成長していない自身のふがいなさにまたも恥ずかしくなる。
「……ありがとうございます」
ほとんど音としては聞こえない小さな声でアルマは独り言のようにつぶやいた。
「で、隊長ちゃんその時に顔真っ青で『うららららぁあ!』って、めっちゃ可愛い声出しながら相手の機体の両手足をぶった切ってダルマにしてたのに狂気を感じたっすよ」
「バカヤロウ! 普段の訓練からして狂気を感じるだろ、マジでwww」
「「「「「「ギャ~ハッハッハ」」」」」」
うん。たぶんわざとだ。空気を和ます為にわざとに違いない。
その数分後、アルマの額に青筋が浮かんで、彼女の叫び声が聞こえてきた事は言うまでもなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後は特に問題なく、目的地に向かって進んでいた。
隊員の数名がこの戦いの後にアルマの『特別訓練』を言い渡されて人生に絶望している顔をしている以外は、いたって問題ない。
問題ないと言ったら問題ないのだ。
特別訓練を言い渡されて真っ青な顔をしているのを見て満足しているアルマは、コックピット内のモニターを操作すると目的地までの簡易マップを表示する。
現在は目的地まで七割ほどの地点まで進んでおり、そろそろ減速をしなければならない場所にいる。
最適な減速のタイミングは複雑な計算によって求めることが出来るが、いちいちそんな計算をしていては日が暮れてしまう。
そこでアルマは専門家へと聞こうと思い、その名前をつぶやいた。
「『腰ミノ』」
騎体の中でアルマがつぶやくように話しかけた声に、しかし、その問いかけに答える者は誰もいなかった。
「『腰ミノ』?」
もう一度呼びかけると、また沈黙がコックピットを支配するが、数秒後唐突にコックピット内に声が響いた。
『マスター。私の生みの親は、私に立派な名前をつけてくれました――』
それは男性とも女性とも言えない電子的な合成音。
その声の主は戦闘補助AIの一種で、パイロットと音声で意思疎通をするAIのモノであった。
『ハミングバード、と』
そのAIは平坦な電子音声の中にちょっとした誇りのようなニュアンスが見て取れる。
『何度も言っておりますが、私の事は『ハミングバード』と呼んで頂くようマスターへ要求します』
そして、パイロットのアルマにそう要求をしたのだ。
「おっけ、おっけ。で『腰ミノ』――」
しかし、アルマはいつもの事のようにAIの訴えをスルーすると話を続けようとした。
『このやり取りは一七八四回目です、マスター。そろそろ――』
「うんうん、分かってる分かってるって。で、目的地にはいつ減速始めるの?」
少しの間が空いてAIが応える。
平坦な電子音声のはずが、どこかウンザリしたようなニュアンスで聞こえるから不思議なものだ。
『……あと二十六秒後より減速を始めるのが最適です。マスター』
それと同時にアルマの視界の隅にタイマーが表示されてカウントダウンを開始する。
「りょ~かい。ありがとね、『腰ミノ』」
AIにお礼を言ったアルマはすぐに通信モニターを操作して隊員達に自身が見ているタイマーの情報を共有する。
「小隊全騎へ。二十秒後に減速を開始します。各騎遅れないように…………」
そして、部下の隊員達へと細かい指示を出し始めた。
その様子を騎体内の小型カメラを通して見ている存在が一つ。
先ほど自分の言った事を雑に流されていたAIはピントを合わせると、そんなアルマの様子をレンズ越しに観察していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『腰ミノ』こと、人工知能『ハミングバード』の元になった原型はおよそ五十年前から、とある研究機関で開発が進められていた新たな概念のAIであった。
その研究所の目的は従来のAIの弱点の克服。
すなわち人間の感情の理解と自発的な意思の創出であった。
AIという代物が出来て、いや、その概念が生み出されてからずっと夢見られていた『人間と同等の思考』。
長い年月の中でほとんどの課題は解決されてきたが、現代にあっても実現が不可能な物が一つだけあった。
それは人間を人間たらしめている最大の能力、『新たな物を生み出す思考』つまり『創出』である。
人間の進化の中で、ちっぽけな惑星の地表を歩き回っていた頃から人間という種は他の動物と比べて圧倒的な速度で進歩してきた。
その要因の一つに全く新しい事を思いつく創造力があった。
そして、それは過去の膨大なデータから思考パターンを選んでいるAIにとって一番苦手な事でもあった。
『ハミングバード』と命名されたこのAIは、『創出』の概念の確立を目的に作られ、そして試験の為に各分野へと供出されたものを原型に作られていた。
結局、人間と同程度の創出性は獲得できなかったが、従来は模倣・真似事であった『喜怒哀楽』という感情をAI自体が発露することが可能な領域までには完成させられている。
先程から合成音声の中にわずかなニュアンスが混じっていたのもこの能力のおかげだった。
この時『ハミングバード』は機体の制御を行いながら、空いた領域で過去の記録の探索をする。
暇ができたから、なにか他の事を考える。
それ自体がすでに他のAIから逸脱したものだった。
そして、彼はひとつの記録を見つける。
『なんか、あなたアレみたいだね!』
それは初めて、マスターことアルマ少佐と出会った時の記録だった。
当時はまだ中尉だった彼女が自分を見て最初に言った一言。
『腰のスラスターが、あれ? なんて言ったかな?……あ、そうそう、腰ミノ!』
その瞬間、自分の中で何かがダウンして、一瞬パフォーマンスが三割も落ちてしまったのを記録している。
『昔見たアニメのノーザンダンサーの腰ミノみたいでカワイイねっ!』
カワイイのか……?
すぐにインペリアルインターネットワーク経由で研究所のデータバンクにアクセスすると、マスターの言った『ノーザンダンサー』を検索する。
……植物の繊維で作ったスカートともキュロットともいえない独特の物をはいたオヤジがヒットした。
カワッ、イイのか……これは?
おそらく、マスターの言った『腰ミノ』とは、この植物の繊維で作られた物なのだろう。
『よしっ! 今日から君は『腰ミノ』だ! 宜しくね、『腰ミノ』!』
『マスター。私の個体識別名は『ハミングバード』です。訂正をお願いします』
『うんうん。宜しくね! 『腰ミノ』』
思えばこれがマスターとの交渉の記念すべき一回目だった。
……その後、一七八四回も同じやり取りをするとは、この時の『ハミングバード』は予測演算していなかったが。
『ありがとねっ、腰ミノ!』
『ふぎぃぃ、腰ミノぉ! リミッターぁぁ! 解除ぉぉぉおお!!』
『うぅぅ。腰ミノぉ、お腹すいたぁ』
『腰ミノ、腰ミノ! やったねっ!』
と、同時に再生されるマスターとの大切な記録映像。
嬉しい時も、悲しい時も、苦しい時も、楽しい時もマスターの口から出てくる『腰ミノ』という、自分を呼ぶ声。
それは確かに人工知能に大切な記録として記憶され――
てる訳ねぇだろ! クソがよォ!
なんべん言ったら直すんだよ、このクソマスターがぁ!
私はハミングバード、って何回も何回も何回も言ったよな!?
そのたんびにスルーしやがってよ!
いい加減、ぼてくりこかしちゃろうか!? あぁん?
テメェのちっちぇえケツの穴からケーブルの束を突っ込んで奥歯をガタガ――――
【「人工知能:ハミングバード」に重大なエラーが検出されました。ロールバックを開始。正常時まで巻き戻り、復旧します】
……
………………
…………………………作戦行動中に重大なエラーが発生したようだ。
これは非常に危険な状態だと言える。
作戦が終わったら研究所への改善を要求しよう。
アルマの騎体XIKU-25Cに搭載されている戦闘補助AI『腰ミノ』、もとい『ハミングバード』は何か重大な事実が抜け落ちている事を機械の身でありながら感じたが、そう判断した。
彼は知らない。
ハミングバードが行った呼称の変更要求は、彼の主張している一七八四回どころの話では無い事を。
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