第17話 ゲイズ中尉……あなたは少しやり過ぎた
アルマ達フェアリー小隊の騎体が減速をやめて宇宙空間で停止する。
第二〇八辺境パトロール艦隊と相対速度がゼロの状態。
それが停止したとみなす合図だ。
「フェアリー小隊各員へ。作戦開始まであと二百秒」
アルマの声が電波に変わり、周辺へと流れていく。
彼女の目に映る光景は真っ黒のキャンバスに所々に煌めきが見える。
それははるか遠くにある恒星の輝き。
静かな機械の駆動音以外は何も聞こえない静かな暗い海。
操縦桿から手を離して大きく手を広げると、広い海の中にぷかぷかと浮いている錯覚に囚われる。
「……落ち着くなぁ」
どこか懐かしい感じになり、そうつぶやいた。
地上で生まれて、地元の原生林のごとき森で過ごして、宇宙に出たのはここ数年間の話だ。
『懐かしい』
と感じるにはいささか表現がオーバーな気がするが彼女はそう感じていた。
「あの星の向こう……あの向こう」
彼女の頭の中に懐かしい故郷の姿が浮かぶ。
赤いお日様の匂いをたっぷりに浴びた柔らかな草原。
二つの青い衛星が双子のように寄り添って昇る、明るい夜。
寒い家の中で暖かなホロイのお茶を口に入れた時の幸せなあの瞬間。
あの時は傍に姉妹や兄弟達がいて、いて、、、いた?
彼女は網膜に映った映像に向かって手を伸ばす。
実際は狭いコックピットの中で手を伸ばすだけで何も届かない。
でも、あの赤くて大きな星。
アノムコウガワニ――
『作戦開始まで三十秒。マスター、準備をしてください』
腰ミノの電子音声でハッとして、操縦桿を握り直して頭を左右にブンブン振る。
自分は今、何を考えていた?
絶体絶命の崖っぷちでもがいているのに、何を悠長な事をしていたのか。
恥ずかしさのあまり、彼女の顔にサッと赤い色が差した。
「作戦開始まで残り二十秒! 全騎、閃光弾用意!!」
アルマの騎体が腰にマウントされていた投射器を取ると、腰だめに構えてその時を待つ。
「残り十秒!」
周りの
「三、二、一、作戦開始!! 全騎、ジェネレーター最大起動!!」
グウゥゥゥと唸り声が騎体から聞こえてくた。
騎体の腹部に搭載されている核融合炉の反応が臨界まで引き上げられ、騎体へ莫大なエネルギーを送り始める。
消費されないエネルギーは背面にある排出口から出てきて、赤い陽炎が揺らめいた。
「全騎通信を流せ!」
小隊内の通信で使われるもの以外の各通信帯に膨大な量のノイズが流れ始める。
「閃光弾用意!――――――
音にすると、『ポンッ』という音がふさわしい。
投射装置の先から飛び出した閃光弾は底に付いているロケットに点火。
勢いよく前方へと飛んでいく。
各騎体から合計三十六発。
それぞれの方向に散らばるように、ロケットからの炎の尾を引きながら閃光弾が四方八方へと進んでいく。
『搭乗者保護のため、光量制限します』
腰ミノの電子音声が聞こえると同時に、アルマの視界が少し暗くなる。
次の瞬間
カッッッッッ!!!
目の前に恒星が産まれたような激しい白い光が宇宙を照らした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宇宙空間を進む無数の機械達がいた。
それは小さなものから大きなものまで整然と列を組み、漆黒の宇宙を光の速度の一歩手前のスピードで進んでいた。
全ての個体の先頭を走る機械のセンサーが、前に広がる宇宙の変化を目ざとく見つける。
『……。。。。。、?、』
『、。、!。、。。』
『。。?、、、、。。』
彼らにしか分からない信号が激しく二個体間でやり取りされる。
報告を受けた上位存在は、更に上の存在へ、上の存在へとリレー形式で報告が上がっていく。
そして、
機械達の中で一番巨大なモノに報告が行くと、すぐさま全個体へと指示が下る。
『。。!!。、、、!!』
その瞬間、周りにいた全ての機械達に変化が現れた。
静かな宇宙空間に小さな音が響いたのだ。
機械達の内部の基盤についているランプが「カチッ」と切り替わる音が小さく響いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ふーっ、ふーっ』
アルマのヘルメットから誰かの荒々しい鼻息が聞こえていた。
ひどく興奮した様子が伝わってくる。
閃光弾を打ち終わって十秒。
もちろんだが、アモスの群れが減速した連絡など入っていない。
アルマ自身もパイロットスーツの手の中で嫌な汗がにじんでいた。
その時だった。
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
部隊間の通信から悲鳴が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
悲痛な男の悲鳴。
それがヘルメットのスピーカーから流れてきた、次の瞬間。
『『『『『『ククッ…………ギャ〜ハッハッハ!!!』』』』』』
小隊の全員が腹を抱えながら爆笑する声がスピーカーを埋めつくした。
『だ、誰っすか!? こんなん流したのは誰っすか!!』
いや、一人だけプンプンと怒っている隊員がいた。
パトリックだ。
『隊長ちゃんの訓練で高圧電流を流された時の音声なんていつ録ってたんすか!?』
通信モニターを見るとパトリックの顔が真っ赤になっている。
『ククッ、俺だよ』
それに対して、目の端に涙を溜めたゲイズ副長があっさりとネタばらしをする。
ご丁寧に通信モニターの一部を使って、映像も流れ始める。
映像の中では立派な金のトサカの優男、パイロットスーツを着ていないパトリックが全身を
『げっ!? こ、これって』
『懐かしいだろ? 初訓練の時のだ』
古参の小隊メンバーは「あぁ」と懐かしそうに目を細めている。
『や……やめ、やめて下さいっす! この後は!』
ジョワァァァ!
映像の中のパトリックの股間部分が盛大に濡れていった。
『ギャアアアアア!! み、見るな! みんな見るなっす!!』
『『『『『『ギャ〜ハッハッハ!!!』』』』』』
アルマは思わず頭を抱えた。
通信モニターの中に映るのは爆笑をするパイロット達と顔を真っ赤にして怒っているパトリック。
さっきから隊員達の緊張をほぐそうとしているのは分かった。
分かったのだが、アルマの過去やパトリックの過去などの人には知られたくない事でそれをするのはどうなのかと。
彼女が顔を上げると、その目に炎が灯っていた。
ゲイズ副長……
あなたは少しやりすぎた!
アルマの顔に悪い笑みが浮かぶ。
あなたがそういう事をするのだったら、やり返されても文句はないでしょうね。
人を呪わば穴二つ。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある者だけだ!
「腰ミノ。私の携帯端末に入ってるH301456動画を流して」
『了解致しましたマスター。それと私の名前は――』
「早くしてね」
『――イエス、マイマスター』
『ん?』
通信モニターの映像が切り替わったのを最初に気づいたのは、奇しくも当本人のゲイズだった。
そこに映っていたのは、小さな公園で抱き合っている男女。
他のパイロット達も映像が切り替わった事に気づいて、なんだ?と映像を凝視した。
『げっ!? な。な……』
その時、ゲイズの耳に少女のような高い声が聞こえてくる。
「ゲイズ中尉。あなたはやりすぎました……」
声の主はアルマだった。
そして、その声を聞いたゲイズの頬を冷たい汗が一筋流れた。
流れてきた映像の中の男女は抱き合って、軽いキスをした。
しかし、すぐに離れる。
その時、映像がズームされて映っている男女がハッキリと映った。
女性の方はいい感じにぼかしが入っている。
恐らく腰ミノの配慮による加工がされたのだろう。
そして、男性の方は顔を真っ赤にしたゲイズだった。
『だ、ダメだ! みんな見るんじゃねぇ!!』
ゲイズが通信で叫ぶが、もう遅い。
フフフ。
今度はあなたの番ですよ。ゲイズ中尉!!
女性の方がゲイズの首に腕を回して、飛びつくように再びゲイズの唇に自分の唇を重ねた。
しかし、勢いが強かったのだろう。
ゲイズはその女性を受けとめ損ねて、後ろに倒れてしまう。
ちょうど倒れたゲイズのお腹の上に座るようにマウントを取った女性は、舌なめずりをしながらゲイズの顔に自分の顔を近づけていく。
『や、やめ――』
そして、短いゲイズの悲鳴が聞こえたあと「ちゅっちゅ」とキスをする音しか聞こえなくなる。
そこにアルマはゲイズへとトドメを刺す。
「ミラー家の夫婦仲はアツアツですねっ!」
「「「「「「ゲイズ副長ヒューヒュー! アッハッハッハ!!」」」」」」
通信にパイロット達の笑い声で溢れた。
パトリックも違う意味で顔を真っ赤にして手を叩いている。
ゲイズは手で顔を覆ってとても恥ずかしそうだ。
ふぅ。
悪は打ち倒してやったぜ!
アルマはおでこを腕で拭って、満面の笑顔でパトリックに対してサムズアップをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ピピッ
小隊内でこうした寸劇が繰り広げられていた途中。
機械的な電子音が全員の耳を打った。
その瞬間、あれほど騒がしかったパイロット達が一瞬でピタッと声を止める。
『オーベイ……トロールより、全
ついで流れてきたのは女性オペレーターのノイズの入った声だった。
それは、第一フェイズが成功した事を告げる報告であった。
「全騎、巡航編隊を組みます!」
即座にアルマから小隊員へと指示が飛ぶ。
通信モニターに映っているパイロット達はさっきまでのバカ騒ぎの雰囲気は全く残っていない。
「「「「「「了解!!」」」」」」
アルマの一言で小隊が慌ただしく動き出した。
すぐさま、アルマを先頭に横に倒した三角錐のような編隊を組むと各騎の背中から力強い炎が吹き出し、背中を押し始める。
「巡航速度で編隊を維持。二十秒後にプロペラントブースターを点火します。全騎用意!!」
騎体の背中に接続されていた細長い筒状の物が起き上がり、先に付いているスラスターノズルがせわしなく動く。
それは追加ブースターの一種、推進剤が満載されたプロペラントタンクと大型ブースターが一体となったプロペラントブースターと呼ばれる物だ。
編隊が完成し、騎体の間隔が十分な距離を保てていると判断したアルマは通信機に向かってカウントダウンを始める。
「……三・二・一」
操縦桿を握る右手を一旦離して、モニター横の赤い物理ボタンに指を添えた。
「イグニッション!!」
赤いボタンを押し込むと、プロペラントブースターのノズルの先から爆発したように炎が吹き出して、騎体を莫大な力で後ろから押す。
「――っ!?」
アルマの体に殺人的なG(重力加速度)が襲いかかった。
瞬時に電気信号でシートの内容物が液状の柔らかい物に変化し背中を優しく包み込むが、それ以上の強い力が加わり、体の中のもの全てが押しつぶされる感覚を彼女は感じた。
『搭乗者保護の為、擬似重力発生装置を最大稼働します』
うっ、と苦しそうな悲鳴が口から漏れるがそれも一瞬の事。
腰ミノの声が聞こえた瞬間、アルマの体がフッと軽くなった。
騎体の心臓部、核融合炉に備わっている擬似重力発生装置。
普段は核融合炉の制御に使用される装置だが、緊急時には騎体全体にその効果を及ぼす事ができる。
加速でかかる重力とは逆のベクトルでかかる擬似重力でパイロットにかかるGを打ち消していたのだ。
アルマの騎体の後ろに続く十一騎の
アルマを先頭に前後が重ならないように艦隊に向かって進んでいく。
最初に艦隊から離れていく時とは比べ物にならない速度で真っ暗な宇宙空間を十二騎の
モニターに映っている小隊の位置と艦隊の位置がぐんぐんと近づいていく。
「六十秒後にプロペラントブースターを切り離します! 全騎用意!!」
そして、艦隊との位置が十%を切った時。
アルマの叫び声に近い指示がフェアリー小隊の隊員達へ下された。
「全騎! ブースターパージ(離脱)!!」
バシュッッ!!!
騎体のバックパックとプロペラントブースターを繋いでいたボルトが爆発し、付け根から逆噴射が行われると、プロペラントブースターはゆっくりと騎体から離脱していく。
三角錐に編隊を組んでいた騎体から一斉に離脱していくプロペラントブースター。
そのうち宇宙の闇の中に消えていった。
「艦隊が見えた!!」
その声はゲイズだった。
騎体のレーダーが十隻の艦影を捉え、その距離がどんどん詰まっていく。
「全騎減速!!」
騎体の脚部を前に出して、背中のメインスラスターと足裏のサブスラスターを全力噴射。
近づいていく艦隊への速度がガクッと落ちて、網膜へと投射される景色に艦隊の姿が見えた時には通常の速度まで減速されていた。
そして、艦隊に向かって多くの光点が近づいてくる事が見える。
それはフェアリー大隊の各小隊の騎体のスラスターの光。
アルマの小隊が艦隊の前で止まった時には続々と他の小隊が集まってきた。
「アインセル小隊全騎健在」
「バンシー小隊もみんな揃ってるわん♪」
「ケットシー小隊欠落ありません」
「デュラハン小隊問題ありませんぜ」
「エサソン小隊任務完了」
「グレムリン小隊、みんないるよ」
「ホビット小隊全騎到着しました」
「ピクシー小隊、あーしらも揃ってるよ」
「フェアリー小隊も全騎健在です。各小隊はお疲れ様でした。計画通り、ピクシー小隊より補給を実施します」
フェアリー大隊の
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