第19話 開幕


 時間は少し進んでアルマ達フェアリー大隊が再び艦隊に合流をした後


 

 

『第二〇八辺境パトロール艦隊全乗組員へ』


 アルマは自身の騎体の中でその声を聞いた。


『これより作戦は第三フェイズへと入ります』


 落ち着いた、そして深いシワが刻まれたような深みのある声音。


 艦隊司令官のエドマンのものだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『難しいことは言いません』


 ニルスは駆逐艦ヨークの格納庫でその声を聞いた。


『各員が全力を尽くして各々の仕事を全うしましょう』


 それは希望に満ちた明るい、まるでこれから起こる事が取るに足らない日常の延長線上に位置する事であるかのような物言いだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 艦隊の各乗務員はそれぞれの持ち場でその声を聞いた。


『帝国を守るため、後方の惑星を守るため、そして私達がもう一度生きて故郷へ帰るため』


 しかし、その声は現状をきちんと理解しているはずの自分達の上官からのものだった。


『各員の奮闘に期待しますぞ!』


 それを理解した上でエドマンは全員へ語りかけるように言葉を紡いだ。


 この戦いに絶望は無い。きっと全員が生き残ることが出来る。


 それはそのような事を連想できる、とても明るい声だった。



 

 第十九話 アモス迎撃戦


  


 開幕

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 巡洋艦オーベイ


「敵アモス集団機雷群と接触! プラズマ融合機雷の起動を確認、敵の進行速度四%低下」


「敵先頭集団が消滅。ほとんどの機雷はアモスと接触しています。機雷は残り約四割」


「敵左翼の集団が増速。機雷を迂回しようとしています」




 旗艦であるオーベイには各艦からの情報が逐一集まっていた。

 

 それを整理・上官への報告・各艦への情報共有をしている通信オペレーターは忙殺されていた。


 しかし、そのような中にあっても彼ら、彼女らは己のスキルの限りを尽くし、津波のように押し寄せる雑多な情報をさばいて艦隊運営に支障なく動いていた。



 

 艦の中央にある巨大なモニターには敵の動きがリアルタイムで表示されている。


 巨大な赤いアメーバの如く表示されているアモス達。


 前へ前へと触手を伸ばすかのように艦隊へと迫ってきていた。

 



 そして、敵の集団がある一定のラインを超えた時。


 通信オペレーターにエドマンから指示が入る。

 

「音声記録をお願いします」


 通信オペレーターが慣れた手つきでコンソールを操作すると短く司令官へと完了の声を送る。

 

「どうぞ」


 それに小さくうなずいたエドマンは椅子に備え付けてあるマイクを手に取った。


  

「『帝国標準時間九月二日二十一時三十六分。我が第二〇八辺境パトロール艦隊はアモス集団と接触。以後戦闘へと移行する。我が艦隊の艦砲射撃を以って、敵への反撃の狼煙とす』以上ですぞ」


 すぐさまオペレーターは高速の手つきでコンソールを何度か叩く。

 

「記録終了。後方の防衛司令部へと超光速通信F T Lにて送信完了しました」


 その報告に大きく首を縦にふるエドマンに次の報告が入る。


「敵左翼集団、射程範囲内に侵入。各艦艦砲射撃いつでもいけます!」


 その報告にエドマンは司令官用の椅子から立ち上がり、大声を張った。


「全艦砲撃を開始する! 目標敵左翼集団!!」


「巡洋艦オーベイ重粒子砲スタンバイ! 目標敵左翼集団!!」


 間髪入れずに副官のオリビアの指示が砲撃手へと飛んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


機動騎士ガーディアン大隊へ。これより艦砲射撃が始まります。ただちに射線より退避してください』


 アルマ達機動騎士ガーディアンの通信に管制オペレーターから指示が入った。


 それと同時にモニターには敵に伸びるオレンジ色の線が映る。


「大隊全騎、艦砲射撃が始まります。射線から十分に距離をとって下さい」


 アルマの声に機動騎士ガーディアン達は小隊ごとに位置を調節すると安全なエリアで止まる。


 この時、中に乗っているパイロットの様子を見ることは出来ないが、パイロットの視線と動きが同調されている頭部ユニットが向いている方向を見るとほとんどの者が艦隊の方を見ていたのが分かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 巡洋艦オーベイの先端の装甲がスライドして重粒子砲の砲身が露出する。


 それは光を発しながら二重についているフィンを逆方向に激しく回転させ始めた。


 それと同時に他の駆逐艦達も主砲である陽電子砲の砲塔を同じ方向に向けて固定する。



 

「これより作戦を第三フェイズへと移行する! 全艦砲撃開始! 撃てぇぇーーてぇぇーー!!!」




 エドマンの怒号に似た号令が下された瞬間、各艦から様々な光の攻撃が開始された。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「きれい……」


 アルマは自身の網膜に映った艦隊の攻撃を見て、そうつぶやいた。


 巡洋艦から放たれた一際太い光の奔流ほんりゅう


 赤黒い光を放つ重粒子砲の太い光とそれに追随する駆逐艦から放たれた陽電子砲の白い光の束。


 それらは目にも止まらぬ早さで宇宙の奥へと消えていった。



 

 そして、消えていった先に幾つもの爆発が生まれた。




 円柱状に咲く赤い爆発の花。


 直接光に当たった敵は瞬時に蒸発し近くにいた敵は余波で装甲が溶かされて内部が破壊され尽くす。


 突出した敵の数十機の集団はたった一撃で物言わぬ金属の塊に姿を変えてしまった。




 しかし、敵は三万の大集団。


 たかだか数十機の損失では止まるはずもなく次々と、まるで津波のように押し寄せていた。


 それに対して艦隊からは止まることなく重粒子砲が、陽電子砲が、レールガンが、ミサイルが放たれて敵を破壊していく。


 絶え間なく放たれる攻撃によって一定時間、敵の侵攻を完璧に抑えていた。


 しかし、時間とともに更に密度を増していく敵の勢いに徐々に押され始める。


 そして、じわじわとだが確実に敵の集団は艦隊へとその牙が届く距離にまで迫っていた。




『防空圏内に敵機侵入を確認。フェアリー大隊、戦闘を開始して下さい』


 そして、ついにアルマ達機動騎士ガーディアン隊に戦闘開始の指示が下された。




「これよりアモス迎撃を開始します! 各小隊は持ち場で戦闘を開始してください! フェアリー小隊は遊撃に回ります!!……全員の健闘を期待します」


「「「「「「イエス! マム!!」」」」」」


 アルマがフットペダルを踏み込むと愛機XIKU-25Cのメインスラスターが力強い雄叫びをあげる。


 それに同調する小隊の他の騎体達。


 一斉に艦隊の前に向かって進んでいき敵の眼前へと飛び出していった。



 妖精フェアリー達はその羽を羽ばたかせてついに戦場へとその身を躍らせたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 駆逐艦ヨーク


「着艦はピクシー1、リリー・マルレーン少尉だ! 冷却剤、推進剤の補給準備!」


 ここ、駆逐艦ヨークの格納庫では長身の女整備士長が声を張り上げていた。


 格納庫の隔壁はすでに開いていて、これから来る騎体を待ち構えていた。


 気密が保たれていない格納庫には、普段ならエアロックに退避しているはずの整備士達が宇宙服を着た状態で待機している。




 そこに飛来してくる一騎の機動騎士ガーディアン


 まるで帝国宇宙軍の教本に乗っているかのような綺麗な着艦をした機動騎士ガーディアンに大勢の整備士達が集まっていき作業を開始した。


 それを指揮するニルスの声にも熱が入る。


 まだ戦闘に参加した訳では無いので補給と言っても騎体を冷却するための冷却剤の交換と移動のための推進剤の補給ぐらいだ。


 しかし、ここでロスした時間はあとになればなるほど彼女達の首を絞める行為となってしまう。


 そのため、ニルスは尻を蹴っ飛ばすように整備士達をせっついていた。



  

『終わったらすぐ行くんで、秒でよろしく~』


 その時、騎体の中のパイロットから通信が入る。


 声はとても若く、すこし気だるそうな喋り方をしていた。


 ニルスが手に持っていたタブレットの機能をパイロットとの映像通信に切り替える。


 すると、すぐにコックピット内の映像が映されて一人の少女の姿がタブレットに出てきた。


「リリー少尉。補給はすぐに済むんで――」


 少女の名前はリリー・マルレーン少尉。


 若干十八歳にしてピクシー小隊を任せられている天才(と言われていた)パイロットだった。


 コックピット内でヘルメットを脱いでいた彼女は長い茶色の髪を後ろでまとめており、女性にしては柔らかさのない鋭い眼差しを手に持ったコンパクトミラーへと注いでいた。


 そしてそれとは逆の手でリップを持って自分の唇へと塗っている最中であった。



 

「ふふ。リリー少尉はお化粧に余念が無ぇな」


 その様子に忙しい作業中だという事をニルスは一瞬忘れて思わずリリーへと声をかけてしまう。


「『お化粧は女の子の最強の武器。メイクの乱れは心の乱れ』って師匠も言ってたしね」


 それをミラーから目を外すことなく当たり前のようにつぶやくリリー。


 そして、「うん」と満足したのかコンパクトミラーを畳んで、ポーチの中にしまった。


「どう? 変じゃないよね?」


 そう言って騎体内のカメラへと不安そうに顔を向けてくるリリーに対してニルスは胸がトゥクンとした。



 

 リリーが師匠と言ったのは、第三小隊であるバンシー小隊隊長である乙女、ジョージ・マッケンジー少尉のことであった。


 ニルスはよくジョージとリリーと一緒にガールズトークに華を咲かせたり、ウィンドウショッピングを楽しんでいたりしていたのだが、その間リリーは必ずジョージの横にポジションを確保していた。


 席に着くのも必ず隣だし、歩く時も右後ろにピタッとくっついて歩いている。


 そして、『師匠、師匠』と彼にひな鳥のように付いてまわり、そんな彼女をジョージも妹のように可愛がっている。


 ……妹としてしか見られていない事をリリーはニルスと二人だけの時によく不満を漏らしているのだが。




 実は彼女がメイクに気を使うのは全てはジョージにいちばん綺麗な自分を見てほしい、という彼女の純粋な乙女心から来ている。


 そして、その事をよく知っていたニルスはこの時、心にクリティカルヒットを受けて内心で「てぇてぇ(尊い)。めっちゃてぇてぇよぉ」と悶絶もんぜつしていた。



 

「ふひゅひゅ……こ、こほん。リリー少尉、全然変じゃないよ。とっても綺麗だよ」


「ぅん」


 少し顔を赤くして恥ずかしそうにコクリとうなずくリリーを見てニルスの胸は天元突破してしまうかと思った。



 

 なに、この可愛い生き物。



 

 アルマの天真爛漫てんしんらんまんな可愛さとはベクトルの違う、いじらしい可愛らしさがリリーにはあった。



 

「ニルスの嬢ちゃんや。補給は終わったぜ?」


 ヘルメットの中で「ふひゅひゅ、でゅひゅひゅ」と悶えているニルスにゲン爺の声が聞こえてくる。


「リリー少尉、補給が完了したよ。整備士達を退避させるからもう少し待っててな」


 一瞬で整備士長としての顔に戻ったニルスが整備士達に騎体から離れるように言い、自身も急いで格納庫の隅にある壁の退避壕へと身を隠した。


「補給ありがとね。あーしも頑張るからニルスっちも頑張ってね」


 リリーの機動騎士ガーディアンは格納庫の先まで自分で歩いていき、その最前部で前かがみに騎体を停止させた。


「ピクシー1、リリー・マルレーン出るよ!」


 そして、スラスターを最小限に使用するとそらへとその身を躍らせていった。




 リリーの騎体が宇宙へと飛び立っていったのを確認するとニルスのタブレットが点滅し、新しい情報が更新された事を示していた。

 

「……次はアインセル9がすぐに来る! こっちも冷却剤と推進剤の補充だ! 全員準備開始しな!!」


「「「「「「はい! 姐さん!!」」」」」」 


 そして再び忙しなく整備士達は動き出す。




 第三フェイズ、アモス迎撃戦。


 艦隊に所属する全員がそれぞれの持ち場でそれぞれの戦闘を開始していた。

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