第18話 死ぬのを考えるのは死んだあとにすればいい事
このお話から本編に戻ります。
前までの詳しい話は11話前の第17話『ゲイズ副長……あなたは少しやり過ぎた』をご覧下さい。
それでは宜しくお願い致します。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
作戦開始二十分前
巡洋艦オーベイ艦橋
第二〇八辺境パトロール艦隊旗艦として艦橋内は慌ただしく動いていた。
そんな環境の中央、艦長の席にはオリビアが座り、巡洋艦全体の指揮を忙しなく執っていた。
「エドマン、艦の全兵装に問題ないわ。機関も快調言うことなしね」
オリビアの座っている席の後ろ、一段高くなっているそこには艦隊指揮官用に増設された指揮官席でエドマンが腕を組んで静かに座っている。
「ふむ、オリビア。
その問いかけにオリビアは通信オペレーターに指示を出す。
指示を受けた、十代の若いオペレーターは自身のコンソールを操作すると彼の目的の情報を艦橋中央のモニターへと表示させた。
「
オリビアへと振り返ったオペレーターの頭の動きに彼女の黒色のポニーテールがフワッと宙を舞った。
「現在司令部は第四十九
中央のモニターに惑星SEー49S198の拡大図が表示されて、各方面から戦力が集合する様子がCGが表示される。
戦力の中枢は準二キロメートル級戦艦一隻が担い、キロメートル級戦艦が四隻。
それに加え中型空母が四隻に巡洋艦、駆逐艦、防空艦などの小型艦が約五百隻あまりの迎撃艦隊が惑星の公転軌道外縁に布陣し、そのさらに外側に十万基を超えるプラズマ融合機雷を散布。
鉄壁の体制で布陣をしている様子がみてとれた。
「……………………」
「エドマン?」
その映像を見ていたエドマンは不機嫌そうにそれを眺める。
「……今回は惑星の防衛が目的です。最近入植が開始された惑星であるSE-49S198には衛星軌道上どころか地表にもまともな防衛設備がありません」
そこでエドマンは手元のコンソールを操作して、画面のCGを変更していく。
「私ならレゾナンス粒子の存在が確認されている辺りまで進出。極短距離
画面のCGは惑星から遠く離れた場所に集結する艦隊に変更された。
その艦隊は画面外から侵入する矢印、アモスの集団に対して取り囲むようにして後退していきながら攻撃を与える様子が映されている。
「それだと補給が十分だと言えないわ? 不確定事項が発生した時の対処が段違いよ」
エドマンの意見に対して、オリビアが苦言を呈する。
「生産能力が低く、軌道エレベーターすら完成していない惑星でも、ですかな?」
それを一刀両断にするエドマン。
「それは……」
惑星や要塞を拠点として防衛を行う際にメリットとしては補給線の短さを挙げられるが、今回防衛される惑星は十分な施設はまだ稼働していない。
それを指摘されて口ごもったオリビアに対して、エドマンの表情がフッと柔らかくなった。
「もちろん、私の考えすぎかもしれませんが……はっはっは。いやいや、歳をとると変に偏屈になりますな!」
冗談を笑い飛ばす様子を見せながらも「しかし」と続けたエドマンの眼光が若干鋭くなった。
「防衛計画というには
そこまで言って、エドマンは口ごもった。
『本気で守る気がない、ただのポーズのようですな』
そう言いかけていた口をきつく結んだのだ。
彼らの周りには様々な人間が動いており、指揮官の会話に聞き耳を立てている人間もいるだろう。
そのような中でわざわざネガティブな発言を聞かれて、士気を下げられては敵わない。
指揮官として冷徹な判断力がこれ以上言ってはならないと彼の口を閉じさせたのだ。
もし何か問題があったとしても、自分達がこの場所で十分敵を減らせば問題の起こる可能性は減るだろう、とエドマンは腹を括った。
「司令官、各艦長から通信が入っています。お繋ぎしても宜しいですか?」
若干空気が固くなった艦橋。
それをどうするか、とエドマンが思案顔になったタイミングで、若い通信オペレーターから報告が入る。
渡りに船とばかりにエドマンはその報告に応えた。
「艦長達から? どうぞ繋いでください」
すぐにオペレーターがコンソールを操作すると指揮官席の頭上の
サッと敬礼をしてくる九人の男達。
その様子にエドマンも綺麗な敬礼を返す。
『提督、お時間を作って頂き――ってその格好は!』
男達の中の一人、がっしりとした体型のちょび髭を生やした男が驚いていた。
指揮官席に座るエドマンの格好は軍服の前を開け、軍帽を前後逆に被っている異様な出で立ち。
その格好を見て九人の艦長達がざわざわと騒がしくなる。
「まったく、嫌になるわよね。その格好されると昔の事を思い出してしまうわ」
いつの間にか艦長席から立ち上がってきていたオリビアが心底うんざり、と言った感じでエドマンの横に立つ。
そして、薄い笑顔を浮かべて艦長達を見ていた。
『オヤジのその格好をまた見れるなんて!!』
ちょび髭の男が感極まった感じで叫ぶと、周りの艦長達も
「オーランド少佐、ただの年寄りの冷や水ですよ。……いやいや、久しぶりの
エドマンが大笑いすると釣られて艦長達も、くっくと笑い声をあげる。
オリビアは肩を竦めて苦笑いを浮かべている。
「いやいや。あまり興奮してオヤジ殿が『突撃』しないか俺達は心配です。なぁ、みんな!」
「『敵中心に向かって突撃! 野郎ども続け~!』って言わんでくださいよオヤジ殿」
「“突撃卿エドマン”の顔が出てこないか気が気じゃないですよ」
口々にそう言ってまた男達は声を上げて笑っていた。
「それで、オヤジ殿――」
ひとしきり笑いあうと、艦長達は顔を見合せてエドマンとオリビアに向かって一斉に頭をさげた。
「「「「「「今までお世話になりました!」」」」」」
その様子にエドマンとオリビアはひどく慌てた。
屈強な男達が軍帽を脇に挟んで腰を深く折り曲げている光景に普段は
「い、いきなりどうしたのですか!? 頭を上げなさい!」
慌てて艦長達の頭を上げさせようとするが、それを無視するように話を続ける。
「どうしようもない不良だった俺が艦長なんてやってこれたのはオヤジ殿とオフクロのおかげだ」
「左遷された私を拾ってくれたオヤジ殿とオフクロには感謝してもしきれない」
「先月俺も孫が生まれたんだ。孫の顔を見れたのも全部オヤジ殿達がいてくれたからだ」
「あの時クソみたいな上官を殴り飛ばしてくれたオヤジ殿に心酔してるんだ。最期を共にできて心残りは無い」
この艦隊の艦長達。
いや艦長達だけではない。
多くの乗員達は古くからエドマンと連邦戦線で死線を共にくぐり抜けていた。
特に今、頭を下げている艦長達は全員二十年以上苦楽を共にしてきた戦友達だった。
若い時のエドマンは食い詰めていたり組織からハブられてしまった者に声をかけては部下として迎え入れていた。
時にはオリビアに苦言を言われることもあった。
しかし、その都度エドマンはそんなオリビアの苦言を笑い飛ばしながら彼らを迎え入れていた。
「――私も皆さんと共にあったことを誇りに思っていますぞ」
そんな艦長達の様子を見ていたエドマンの顔が崩れて、口から自然とそのような言葉が出てくる。
「ま、皆さんが頑張りすぎたおかげで、私はこのような分不相応な地位に収まってしまいましたがな! はっはっは!」
エドマンが笑い声をあげると、艦長達も下げていた頭を上げて一緒になって声を上げて笑った。
中には堪えきれず、とうとう頬に光る筋を流す者もいる。
「『It's a good day to die』……」
不意にそのような言葉がエドマンの口をついて出てくる。
その言葉に艦長達がハッとした顔をした。
「
――It's a good day to die『今日は死に日和。死ぬにはとてもいい日だ』――
それは昔、エドマンが皆に語った言葉だった。
「軍人として全力を尽くして戦い抜きましょう」
九人の艦長全員を見渡しながらエドマンは言葉を続ける。
「全員が死力を尽くして戦い抜きましょう」
顔は穏やかに好々爺とした微笑みを湛えながら。
「私達の人生を証明するのです。私達は戦いばかりしてきました。何かを生み出し、育てて帝国に貢献してきたのではありません。いつも――いつも何かを壊し、殺してきた私達の人生の証明をしましょう」
軍人というのは消費者だ。
しかもなんら生産に寄与しない、むしろそれを食い潰す大食漢だ。
「私達のもつ知識が、技術が――効率よく何かを壊す知識が、殺す技術が帝国臣民を守る為のものであったと」
そんな大飯喰らいの存在が許される理由。
それは帝国を、帝国臣民を、仲間を、家族を守る存在である為であった。
倫理では禁忌とされている殺人を含めた暴力を効率よく行う方法を模索し、習得し、そして実行する。
それも全ては守る為に必要であるからだ。
世間から人殺しと後ろ指をさされ、平時には役たたずと暴言を浴びせられ、まるで人の道から外れた畜生のように見られる。
しかし今回のような非常事態の為に、自分達のような存在は必要であったのだ。
エドマンはそれを証明しようと皆に語りかけていたのだった。
「そして最期はみんなで笑って逝くのです」
少し悲しそうに。
少し寂しそうに。
少し苦しそうに。
そして少し誇らしそうな笑顔でそう言ったのであった。
静かにエドマンの言葉を聞いていた九人の艦長達は一斉に敬礼をする。
「「「「「「……It's a good day to die!」」」」」」
彼らもエドマンと同様に笑顔でその言葉を発した。
そこに後悔も、焦燥も、不安もない。
軍人としての自信のみが見受けられる誇りに満ちた笑顔。
彼らはそんな笑顔をエドマンとオリビアに向かって見せていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……死を賛美するなど軍人としては失格ですな」
艦長達との通信が終わった直後、真横に立っていたオリビアにポツリとこぼした言葉。
「そうね。『死を恐れるな。しかし、死に憧れるな。死に憧れると、その死への道筋しか見えなくなる。死を回避するための方法は死ぬまで考え続けろ』」
それに返したオリビアの言葉にエドマンはハッとした表情になる。
「……おや? 良い言葉ですな。どなたかの名言でしょうか?」
オリビアはそんなエドマンをウンザリした表情を返した。
「あなたが私に言った言葉でしょうに。自画自賛はほどほどにしなさいな」
「はっはっは。どうりで聞き覚えがあると思いましたぞ……そうですか。死に憧れるな、ですか……」
名誉の戦死。
言葉の響きは良いが、軍人が死ぬという事はつまり守る者が居なくなるという事。
本人は満足して死ぬことは出来るだろうが、守られる存在の者達にとっては最悪な事になる。
敵対者を止めるものがいなくなった後にそういう者達に待ち受ける運命は悲惨だ。
だから軍人は生き残らなければならない。
石にかじりついて、泥水をすすってでも生き残らなければならない。
「ちなみに私は死ぬ事は普通に怖いから死なないように頑張りますわよ?」
すまし顔のオリビアが冗談ぽくエドマンにウィンクをするとエドマンはタハハと頭をかいた。
「そうですな。死ぬのを考えるのは死んだあとにすればいい事。今は生き残る事を考えましょう」
えぇ、そうね。とオリビアも笑いながら自身の艦長席へと戻って行った。
「……司令官。作戦開始一五〇秒前です」
その時、丁度オペレーターからエドマンへと報告が入る。
「全艦観測機器の稼働を開始してください。光学、電波全ての機材でアモス集団の動向を見逃さないように」
「はっ、『全艦、全観測機器の最大稼働を開始。観測手は敵の兆候を――』」
オペレーターの指示を聞きながらエドマンは自身の椅子に深く腰を沈め直す。
死への憧れ。
少しでもそれに魅了されていた事は否定できない。
もうすでに自分は希望ある無限の将来に憧れるような年齢ではなく、その人生をどう閉じるか考える頃になっている。
少しでも意味のある、意義のある人生だったと自分が納得できるもので終わらせたいと思っていた。
しかし、自身の目の前に座るすみれ色の相棒は口調こそ穏やかだったが、自分の言った言葉を使って痛烈に非難をしてきていた。
「いやはや、手厳しいものですな。全く」
それに考えが及ぶとエドマンは口角を上げて自嘲ぽく苦笑いを上げた。
(では、悪あがきを始めましょうかね)
「作戦開始まで残り十秒、九、八…………三、二、一……作戦開始します」
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