番外編5 オレの名は3(全3話)

 そこにあったのはバイク、バイク、バイクの群れ。

 

 音はまだ小さいがバイクのエンジン音が聞こえてくる。


 十台、二十台じゃねぇ。


 低い、重たい音がいくつも重なって轟いて来やがる。


 何十台ものバイク達が皇龍ドラグーンの集会場の廃駐車場に乗り入れてくるがそれは一部だけで、他は道路に溢れるように停車した。

 

 そしてそれにまたがっていた白地に赤の線が入った、揃いの特攻服を着た男達が一斉にバイクから降りると、オレ達皇龍ドラグーンを囲むように立ちやがったんだ。



  

沙羅曼蛇サラマンダー第一支部、総勢六十八名集合してます!」

 

「第二支部、総勢五十六人揃ってますぜ総長!」

 

「第三支部、総勢四十八人来てやったゾ、さぁ暴れようゼ!」

 

「第四支部、五十人いつでも行けるぜ?」

 

「第五支部、総勢四十九名参りました。ドミニク総長に楯突くおバカさんはどちらですか?」




 大勢の白服の男達を見たバカの顔が一瞬で青く変化した。

 

 さっきまで膨らんでいたズボンの部分は、可哀想な事にシュンと縮こまって平坦になってしまっている。

 

「う、あ……う、うそだ……」


 三百人近い沙羅曼蛇サラマンダーを見て、バカは体を震わせ、もう既に後退あとずさりし始めてやがる。 




「さぁ、とっとと始めようぜ? 沙羅曼蛇サラマンダー皇龍ドラグーンの戦争のはじまりだぁ!!」 


 ドミニクの嬉しそうに放ったその一言で白い特攻服達が動き始めた。



 

 今日集まっている皇龍ドラグーンのメンバーは百人程度。

 

 雄叫びを上げて走ってくる白い特攻服の群れに、皇龍ドラグーン側は完全に腰が引けてやがる。


 最初の一人が殴り倒されると、あとはもう喧嘩ですらなかった。


 寄ってたかって皇龍ドラグーンのメンバーを引きずり倒す沙羅曼蛇サラマンダーのメンバー達。

 

 笑みを浮かべて怒号を上げるあちらさんに対して、こっちは悲痛な顔で「やめてくれ!」と泣いて蹲る奴ばっかりだった。




「わりぃ、ドミニク。ちょい離してくんねぇかな?」

 

「お、白鬼やる気じゃん。……ほら、行っといで」


 腕を肩に回して支えてくれていたドミニクが、オレの体を離してくれて、その背中を優しくポンと押してくれる。

 

 ドミニクの手のひらの感触を感じながら、オレは一歩一歩バカに近づいていく。


 そんな中、何もしないで顔を青ざめて震えるだけのバカ。



 

 ……あぁ。もう皇龍ドラグーンは終わってたんだな。


 


 仲間がヤられてるのに動こうとしないトップ

 

 こういう時は頭が体張って前に出なきゃ手下も動かない。

 

 オレが憧れて、オレ達が守り抜いてきたチームはこのバカが完全に終わらせていたんだ。


 いや、それを見て見ぬふりしてたオレも同じか。


  


「し、白鬼! お、俺様を守りやがれ!! 俺様が逃げるまでそこでドミニクぶっ殺しておけよ!!」


 近くまで来たオレにやっと気づいたバカがなんか叫んでるが、もういいや。


 

 終わらせよう……


 

 今日ここで





 

 オレ達の皇龍ドラグーン


 




「総長を名乗ってる奴がよ。仲間ヤラれてんのに逃げんじゃねぇよ!!」

 

「ふ、ふふ、ふざけんじゃねぇぞ! 俺様は皇龍ドラグーンの総長だ! サ、サイキョーなんだよ!! てめぇは俺様の言う事聞いてりゃいいんだ!!」


 懐からナイフを取り出したバカがオレに向かって突き出してくる。

 

 そんなに震えた手でどうやってオレを倒す気なんだ?

 

 どうやって仲間守る気なんだ? 


「テメェはトップの器じゃねぇ」


 バカの手を軽く殴っただけで、無様にナイフを落としやがった。 


「ひぃ!」


 カランカランとナイフが落ちる音の中で尻もちをついて、怯えるようにこっちを見てくる。 


「いっぺん死んどけ、ど阿呆あほうが!!」

 

「や、やめ!」


 大きく振り上げたオレの拳を見て、バカは泣きながら命乞いしてきやがる。

 

 が、オレは固めた拳を躊躇なく振り抜いてやった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 


「ほれ」 


 全部が終わっちまった後、ドミニクがタバコを差し出してくる。

 

 受け取って口に咥えて「ん」とぴこぴこ上下に動かすと、ドミニクはそのままオレに自分の顔を近づけてきた。



 

 ……ちっ、ライターぐれぇ出せってんだよ。



 

 仕方ねぇからドミニクの咥えてるタバコの火種にオレのタバコの先を押し当てて、大きく息を吸い込む。


 途端に肺を満たすニコチンとタールの煙に満足しながらも、さっき殴られて切れた口の中が痛みを主張してきやがった。 


「うぇ、ペっペっ。口の中切ってるからみるな……つぅかよ。なんでテメェが来てんだよ」


 タバコを吸いながら、さっきから気になっている事をドミニクに聞いてみた。


「君のところのタータリアン君がさ、沙羅曼蛇サラマンダーの集会に乗り込んできてね。ウチの奴らにボコされたんだけど、ハハッ。……それでも泣きながら土下座して『助けてくれ』って頼んできたんだよ」


 さっき、途中で姿が見えなくなったタッちゃんは沙羅曼蛇サラマンダーの所に向かったらしい。

 

「そっか……タッちゃんが」


 積極的に敵対していた訳では無いけど、敵の所に単身乗り込んだんだ。

 

 下手すりゃ殺されるかもしれない状況にどれほど勇気がいったことか。

 

 タッちゃんの勇気にオレは内心感謝した。




「でもよ。だとしてもテメェがオレを助ける理由なんてないだろ」


 しかし、それでもオレを助ける理由なんて無いはずだ。

 

 目の上のたんこぶである皇龍ドラグーンの内輪もめ。しかも自分で言うのもなんだが、チーム内の一番の武闘派のオレを潰す為の内輪もめだ。

 

 黙って見ていた方がリスクなく戦力が落ちるチャンスに、沙羅曼蛇サラマンダーが首を突っ込む理由なんて全くない。

 

「助ける理由か。………………あるんだよ」


 ドミニクは鼻をかきながら、恥ずかしそうにしている。

 

「はぁ? 意味分かんねぇよ。だいたいテメェ――」



 

 そう言いかけたオレの唇に柔らかい感触が触れた。



  

 オレの咥えているタバコがサッと取られると、目の前にいたドミニクがオレに唇を重ねて来たんだ!


「ん〜〜〜〜!!」


 オレが固まって動けないでいると、ご、強引に舌を割り込ませてきたやがった。

 

 少しだけ舌同士が触れた時にやっとドミニクを押し返して距離をとった。 



  

「はは。初めてのキスはヤニタバコと血の味だったな」


「テ、テメェ何し――」


 嬉しそうに笑っているドミニクに、オレは思わず殴りかかろうとするけど―― 

 

「惚れた女なんだ」

「はぇ?」


 奴の予想外な言葉で振り上げた拳を止めちまったんだ。 



 

「お前はボクが初めて惚れた女なんだよ――ニルス!」

 

「はあぁぁぁあ!?」



 

 突然の告白にオレは頭が回らなくなった。

 

 周りで見ていた沙羅曼蛇サラマンダーのメンバーが「いいぞ! 総長!」と囃し立ててくる。 


「惚れた女のピンチなんだ。守ろうと思って何が悪いんだよ。言わせんな、恥ずかしい」

 

「……えぇぇ、だだだって、オ、オレこんなんだぞ? 背だってめちゃくちゃデカいし、可愛くないし、女らしくないし、かわいくないし……バ、バカじゃねーのかよ!」


 意味分かんねえ、意味分かんねえ、意味が分かんねぇ!

 

 さっきから目の前の男ドミニクが何言ってるのか全く分かんねぇ!



 

「デケェとかちいせぇとか関係ねぇ。初めてお前と喧嘩したあの時に、ボクに嬉しそうに拳を打ちつけてくるお前を見て、とても綺麗だと思ったんだ! ボクの拳をやせ我慢で無理にでも笑いながら受け止めているお前を見て、どうしてもカワイイと思ったんだ! ボクの中じゃニルスは最高に綺麗な女で最強にカワイイ女なんだよ!!」



  

 あ、あうあうあ。

 

 カ、カワイイ言い過ぎなんだよ。


「チッ。なんだよ、じゃあ族っぽくしようか……おい、テメェら!!」


 まだ真っ赤になって止まっているオレを置いて、ドミニクが仲間の方に振り向いた。

 

「テメェらには皇龍ドラグーンをぶっ倒した名誉をやる!」


 大声を張り上げた次の瞬間には、固まったままのオレの肩に手を回してグイッと自分の方に引き寄せる。

  

「代わりにボクはこの最高の女ニルスをもらう!! 文句のある奴は今この場で出てこい!!」




 辺りが歓声に包まれた。

 



「やっる~! さすが総長!」

 

「カッコイイ! 俺も抱いてくれよ総長!」

 

 指笛と拍手の音もそれに加わる。


 三百人近い男がやいのやいの騒ぐから誰が何を言っているのかほとんど分からない。

 



「負けたお前は今日から勝ったボクの、ドミニク・バークレイのものだよ」

「は、はひ……」




 そう言って、もう一度ドミニクの顔がオレの顔に覆いかぶさってくる。

 

「……んぅ……ちゅぷ、ん……ちゅ」


 ……オレが抵抗しなかったから、今度のソレはたっぷりと一分以上続いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 後から聞いた話だが、ドミニクがオレに言ってた「遊ぼう」というのは本当に文字通りデートのお誘いだったらしい。

 

 じゃあなんで目が笑ってなかったのか聞いたら。


「……好きな女を目の前にして緊張していた」


 と恥ずかしそうな返事が帰ってきた時は、目の前の背の低い男が可愛らしく見えて、思わず彼に一日中抱きついてしまったのはいい思い出だ。




 その後、親父の知り合いのブンちゃんという爺さんの元で一年間みっちり機動騎士ガーディアンについて勉強をした。

 

 どうやらこの爺さんは退役軍人で、軍隊時代には整備士をしていたらしい。


 本来の学校で習う機動騎士ガーディアンの整備とは違った、より実践的な知識を短期間で叩き込められたのは堪ったもんじゃなかったけど、そのおかげで二十歳の時には軍の採用試験に合格した。

 

 目立つからということで(ドミニクにそう懇願された)、髪を茶色に染めてから配属された駆逐艦でも、最初は女ってことでバカにされていた。

 

 でもそんな男どもを完膚無きまでに叩きのめしていたら、気づいたら整備士長なんて地位に収まっていた。



 

 そして、軍隊に入ってから一年半後。

 

 オレの乗っている駆逐艦にあの時の少女アルマ・カーマインが配属されたんだ!


 あぁ。オレは自分がデカイから、小さくてかわいいものが好きなんだと思う。

 

 目の前に来たアルマ隊長はちっちゃくて、い、いい匂いがして、ち、ちっちゃく、柔らくて、本当に本当に柔らかくて、スベスベでウヒ、ち、ちっちゃくて、サ、サイコーでしゅ!!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「アルマ隊長ぉ。頑張ってくださいぃ」

 

「ニルス整備士長、ありが、ってちょ。うっぷ」

 

 ちっちゃいのにおっきくてクリックリなおめめを見てると、思わずアルマ隊長を抱きしめてしまう。

 

 しかも、今日は滅多にしていないお化粧までしてて、当社比五百%増しの可愛さだ。


 ――きっと第三小隊のジョージ少尉の仕業だな……

 グッジョブ、ジョージ!


 オレは心の中で彼にサムズアップを送る。



 

『良いってことよん♪』



 

 ほら、格納庫の空でジョージが満面の笑みでサムズアップを返してくれた。

  

「すうぅぅ。あぁ、アルマ隊長……かわいい、カワイイ、いいかほりィ!! イヒ、イヒヒヒヒ!!――ゲボッ!」


 抱きついたオレに対して、いつも通りアルマ隊長の愛かわいいパンチを貰うと、大して痛くないけど嬉しくてついつい大きなリアクションになってしまう。

 

 パンチを貰ったお腹の部分からジーンと暖かい何かが広がっていくのが分かった。



  

 オレはニコニコしながらアルマ隊長がコックピットに収まったのを確認すると、後ろを振り返って目を吊り上げる。


 腹の底から声を張り上げると、パイロット達に向かい叫んだ。


「テメェら、絶対ぜってー帰ってこい! 騎体壊したってオレらが何度でも直してやる! だから、テメェの命を落とす前に必ずここに帰ってこい!!」

 

「「「「「おうっ!」」」」」


 

 そして、今度は整備士達に向かって吼える。


「整備班! 腑抜けた整備しやがったらオレがぶっ殺してやるからな!! パイロットの命預かってるって自覚を忘れるんじゃねぇぞ!!」

 

「「「「「はい! 姐さん」」」」」




 

 オレの名前はニルス・バークレイ。

 



 駆逐艦ヨークの整備士長。





 

 そして愛する旦那様ドミニクと先月五歳になった娘を持つ、戦うお母さんだ。

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