番外編4 オレの名は2(全3話)
家に帰ると、オレは工場に飛び込んで興奮しながら叫んだ。
「親父! オレに整備士の事を教えてくれ!」
「はぁ!? おめぇ、なんだよ藪から棒に」
「オレ、
工場の中で何か整備していた親父が素っ頓狂な声を上げるが、構わずオレは叫んでいた。
「……
「決めたんだ! オレの心の底から溢れてくるんだよ! この気持ちに嘘はつきたくねぇんだよ!」
そう言いきったオレの目を真っ直ぐと親父は見てくる。
オレはそんな親父の目を逸らさずにじっと見続けたんだ。
「……かかっ。鼻たれ坊主がなんて目してやがるんだい」
親父はそばにあった灰皿から吸いかけのタバコを取ると、一度大きく吸い込んで、ぷかっと煙を吐き出した。
「いいだろう。知り合いのブンちゃんがそういうの詳しいはずだ。連絡してやる」
「ありがとう親父!!」
そこでタバコを灰皿に押し付けると親父は射抜くような眼光でオレを睨んできた。
「だがな。
「ったりめぇだろうが。バイクでも
そう言いきったオレから目線を外すと親父は携帯端末を取り出して電話をかけ始めてくれた。
「……おぉ、ブンちゃん久しぶりだな。早速なんだけどよ、俺のガキがな――」
どうやらブンちゃんとやらに連絡をしてくれているらしい。
そうと決まれば、あとやることは一つだけ。
“ケジメ”をつけることだけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あぁ!? 特攻隊長のてめえが
郊外の今は使われていない駐車場でオレは総長に抜けることを告げた。
目の前にいる総長は去年交代したばかり男だった。
筋肉質な大柄な体は小麦色に焼けており、脱色して金色になっているその頭は、オレからしたら汚ぇ髪になっていた。
喧嘩も強ぇんだろうが、こいつはどっちかって言うとコウモリのようなずる賢い男だ。
人の弱みを握って手下を多く作り、数の暴力で
多くのメンバーを引き連れて、前総長を下ろしてからはチームの中は奴の独裁政治が始まってしまい、何人もの古参メンバーを引退に追い込んでいった。
そして、自分の意見に反抗しない奴ばかりになった今の
まぁ、オレから言わせれば、裸の王様、いや、ただの『バカ』でしかない。
「あぁ。やりたいことが出来たんだ。それにもうオレは
その言葉にバカは嬉しそうに喉を鳴らして笑いやがった。
前々から自分の子飼いの部下から特攻隊長の称号が欲しいと言われて、オレをどうにかして引きずり下ろそうとしていたのは知っていた。
「おいおいおい。
俺の申し出は渡りに船だっただろうが、その顔にはサディスティックな笑いが浮かんでいる。
「分かっている。好きにすればいい」
暴走族の足抜けなんて、昔からされる事はただ一つ。
寄ってたかってボコボコにされるのが、馬鹿馬鹿しいが昔からの伝統だった。
だが、これでケジメがつくのなら、と甘んじて受けようと考えていたオレの言葉が終わるか終わらないかの時には、もうオレの腹に拳が突き刺さっていた。
「白鬼ちゃ~ん。俺はずうぅっとこの瞬間を待っていたよぉ!!」
バカの隣のアホ面した男がオレに走り寄ってきて、その拳を叩き込んできたんだ。
「おめぇは、オラッ、ずっと、オラッ、気に入らなかった、オラッ、んだよ!」
ずっとバカにオレの特攻隊長の称号が欲しいと言ってきていたその男は容赦なく殴ってくる。
オレは咄嗟に腕を守るように体に回して前に屈んで、そのパンチを受け続けた。
これから
腕以外の顔、肩、腰と殴られるが、オレの口からは自然と笑い声が出てきちまった。
「……ハァハァ、あん? てめぇ何笑ってんだよ?」
それに気づいた男が不機嫌そうに俺に聞いてくる。
「いや、なに。別に何でもねぇんだけどよ――」
オレは顔を上げて、挑発するように笑顔を作ると言い放つ。
「ずいぶん軽い拳だな、って思ってよ」
その瞬間、俺の右頬に奴の拳が入り、顔がグルンと後ろに反っちまった。
後ろに視線が向くと、さっきまでそこにいたタッちゃんが居なくなっていることに気づいた。
別にオレはタッちゃんを薄情者と言う気は無い。
この場にいたままだったら、オレの連れということでタコ殴りに会うだろうから、逆に安心していた。
そして、また前を向くとさっきの奴の拳が飛んでくる。
あぁ、いつになったら終わるだろうな。
そう思いながら、オレはバカの子分にいいように殴られていた。
数十分後。
オレの足元で二人の男達が息を荒らげて座り込んでいた。
別にオレは何もやっちゃいねぇ。
こいつらは、ただ殴り疲れてへたり込んでいるだけだ。
今、俺の前にはパンチパーマの男が立って、さっきから執拗に蹴り技を叩き込んでくる。
何度も足に食らったオレは倒れないように気力だけで立っていた。
足だけじゃない。
顔はもうボコボコに腫れていて、服の下は赤や青や紫の色でカラフルになっているだろうな。
「おう、白鬼。そろそろ我慢するのを止めたらどうだ? 今なら俺様に少し『媚び』売ってくれるだけで無かった事にしてやるが……」
それまで偉そうに椅子に座っていたバカがニヤニヤしながらオレに近づいてくる。
よく見るとズボンの一部分が膨らんでテントを張ってやがる。
……はっ、いい趣味してんな、このバカは。
恐らく、その「媚び売った」事を脅しにしてオレをいいように使おうとしているんだろうな。
「……ハァハァ、ゲホッ。ハァハァ、死に、やがれ、バカ、が」
オレの返答に対して、バカは顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてくる。
「そうかい、そうかい! 俺様の優しさを馬鹿にしやがって!……おい、てめぇら白鬼の腕を持て!」
後ろにいた手下に命令すると、手下二人は体に回して守っていたオレの腕をほどいて横に伸ばすように広げる。
そして、さっきまで俺を蹴っていたパンチパーマに鉄パイプを持たせると、顎をクイッと上げて口角を上げて気持ち悪い笑みを浮かべた。
「白鬼。てめぇがさっきから腕を殴られないようにしてたのは分かってんだよ」
人の弱みをよく見つける奴だ。いい目をしてやがる。
「その腕、グチャグチャにしてやったら少しは俺様に対して『素直』になるかもなぁ?」
オレの前に立ったパンチパーマが鉄パイプを大きく振りかぶる。
どんなに体を痛めつけられても絶対に守ろうとした、これからのオレの夢が詰まった大切な腕がバカ達の目の前に晒されている。
もう数秒後には鉄パイプが振り下ろされて、この腕は壊されるんだろう。
筋肉が、腱が、骨が、神経が、ぐちゃぐちゃに壊されてしまうんだろう。
「ハァハァ。
どうしようも無いその状況に、オレは悔しさで大声で吠えた。
もう吠えることしか出来なかった。
そして、腕にくる衝撃を予想して目をグッと瞑った。
その瞬間。
「おもしれぇ事してんじゃん!! ねぇ、ボクも混ぜてよ!!!」
集会場の入口から男の声が、子供のような男の声が聞こえてきたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
集会場の入口から聞こえてきた男の声を聞いた
そこにいたのは黒髪を短く刈り込み、白地に赤いラインの入った特攻服を着た男だった。
その男は、ゆっくりと歩いてオレの方に近づいてくる。
カツ、カツ、カツ。
コンクリートの床をブーツが叩く音だけが不気味に集会場中に響いた。
誰も動けない。
俺の両腕を掴まえている二人も後ろを振り返り、腕を通してガタガタ震えているのが分かる。
目の前のパンチパーマも一緒だ。
オレじゃない方を見て、鉄パイプを振り上げたまま止まっている。
その足音がオレの前まで来ると、二度と会いたくないと思っていた男の顔が視界に入る。
「ドミ……ニク……? ゲホゲホ!」
「あはは、なんだよ白鬼。――めちゃくちゃボコボコじゃん」
いつものニコニコした、少年のような笑顔でドミニクはオレに話しかけてきた。
そして、目線を前に戻すと
「……これは君がやったのかな?」
さっきまでオレをいいように蹴りまくっていたパンチパーマの顔を覗き込むように下から見上げる。
絶好の位置だった。
鉄パイプを持ったパンチパーマから、ノーモーションで蹴りが飛んできた。
ちょうど背の低いドミニクの顔に綺麗に吸い込まれるように突き刺さる絶好の位置。
だが、ドミニクは簡単に躱すとパンチパーマのヒザの裏に自分の肩を当てた。
そして、足を捕まえて上に持ち上げながら残った足を刈ってパンチパーマを地面に転がしたんだ。
次の瞬間
奴は地面に倒れたパンチパーマの顔目掛けて、容赦なくブーツで踏み抜きやがった。
グチャッという音の後からパンチパーマが悲鳴を上げるが、もう一度足を上げて踏み降ろすと悲鳴は止んだ。
笑ったままのドミニクは次に後ろを振り返ると、目にも止まらない速さで拳を二回振り抜く。
たったそれだけでオレの両腕を掴んでいた二人のアゴを破壊し、受けた二人はぐらっと意識を失って地面に沈んじまったんだ。
「おっとっと。白鬼、君重いんじゃないの?」
「……へっ、テメェがちっちゃすぎるんだよ」
支える二人がいなくなって、足にきてたオレまで倒れそうになるのを寸前でドミニクが支えてくれた。
その時、さっきまで気持ち悪い笑顔を浮かべていたバカが大声を張り上げる。
「ドォミィニクゥ!! てめぇ、俺様に喧嘩売ってんのか!?
バカが叫んでいるがドミニクは動じない。
オレを支えたまま、バカ以上の大声を張り上げる。
「戦争? ハッ。この状況見て、なんでお前はまだそんなに
そして、この小さな体のどこから出ているのか分からないくらいの声量に怒気を乗せて解き放つ。
「もう、どう見ても戦争状態だろうがバカヤロウ!! てめぇもチームのトップだったら、今この場でボクの
二つの組織のトップの応酬。
しかし、傍から聞いてて悲しいくらいの差があった。
もちろん、
「……もういい! だったら今から
それまで我を忘れてボサっと突っ立っているだけだった
約百人の
「え? ボクが一人で来たなんていつ言ったかな。こっちは戦争しに来てんだよ? ――なぁ、そうだろ!!」
ドミニクがバカから目を外して、後ろに叫ぶように語りかけた。
その時、まぶしい光がオレ達を照らした。
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