第3話 いい女は殿方への秘密が多い、らしいですわよ? お兄様

 およそ八百年前、宇宙へ進出した人類の活動領域の拡張は留まるところを知らなかった。

 

 結果、初めこそまとまっていた人々は徐々に自由を求め、特に中央政府が置かれた地球から離れれば離れるほどの支配が及ばない地域が増えていった。



 

 宇宙進出からおよそ二百年後。


 最初の独立勢力が当時の人類支配領域の端で誕生の産声を上げた。



 

 この時、国際連合から地球圏連合と名前を変えていた中央政府はこれを許さずに、武力を以て生まれたばかりの独立勢力を文字通り、徹底的に殲滅した。


 独立宣言をした惑星へ数千発の熱核兵器が投下され、人はおろか、その惑星に生きる全ての生物が根絶やしにされたのだった。


 この情報は瞬く間に各地に拡散された。

 一部には地球圏連合自身が積極的に広めた物もある。


 これには第二の独立勢力の誕生をさせない為の見せしめ、警告の意味もあった。


 この時、既に地球圏連合は太陽系内の物資だけでは存続できないほど組織が巨大化されていた。

 新たに獲得した、いわゆる辺境と呼ばれる地域から物資を搾取していかなければ、ブクブクに肥え太ってしまった巨人は体を維持できない状態だったのだ。


 それ故、中央政府は地方の独立に恐怖心を抱き、徹底的に弾圧を加えた。


 この時、思想犯、政治犯として無罪のものが多く投獄され、そして、二度と表社会へは帰ってこなかった。


 わずか十年という短い期間で宇宙から四十億人という数の人間が消え去ってしまった。



  

 人々は地球圏連合の暴虐に恐怖した。


 そしてそれ以上に、辺境の住民であればあるほど中央政府への憎しみの感情がジワジワと育っていった。



 

 そして、ついにその時がやってきた。

 

 辺境の住人が一斉に蜂起したのだ。



  

 地球圏連合へと流れていた物資が全てストップし、一部の軍隊の離反まで起こった。


 これに対して地球圏連合は即座に鎮圧を決定し、各地へ強大な軍を差し向ける。


 各地へ派遣された軍隊は地方の独立勢力を根絶やしにしながら突き進んでいった。


 しかし、その勢いはすぐに止まる事となる。


 各地から物資を得られなくなった地球圏連合はすぐに疲弊していき、ついには大規模会戦で大敗を喫してしまい、自身の切り札であった圧倒的な武力を失ってしまう事になったのだ。


 その後の報復は苛烈を極めた。


 最終的に火星の内側まで押し込まれた地球圏連合はこの宇宙から、人類の母なる惑星である地球と一緒に消されてしまった。

 

 その後四百年をかけ独立勢力は緩やかな合併や武力による恫喝どうかつを経て、現代では四つの巨大星系国家といくつかの小規模国家にまとまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 アルグレン帝国 首都星 ソルベリア


 四つの巨大星系国家の一角に座するアルグレン帝国。


 その国は人類支配領域のおよそ三分の一を占める巨大なものであった。


 ただ一人の皇帝を絶対的な権力者とし、多数の貴族階級が皇帝を補佐する中央集権体制が敷かれたこの国家は、絶頂期と呼んで差し障りない繁栄を謳歌していた。


 ある恒星系の第四惑星を大規模に惑星改造テラフォーミングし、入植したのは七百年前。


 ソルベリアと名付けられたこの惑星は、地上からは数えるのもバカバカしいほどの巨大な柱が無数に建っており、地上千mの位置に各柱を八角形で結んだ構造物が人々の居住地となっていた。


 宇宙から見ると巨大な蜂の巣のような構造物が惑星全体を覆っている事が分かる。


 その中で一際巨大な構造物にはこの帝国の絶対権力者、皇帝の住む豪華絢爛な帝城が鎮座しており、周囲にその威容を示していた。



 

 帝城の周辺には数日前から多くの浮遊艇レビテートシップがひっきりなしに飛び回っており、恒星系内外から集まった多くの貴族がこの惑星ソルベリアへと降り立っていた。

  

 第一皇子アルフレッド・アルグレン


 御歳三十五歳の生誕祭が国を挙げて盛大に執り行なわれていたのだ。


 そして、その帝城に向けて一艇の浮遊艇レビテートシップが大気圏外から静かに近づいていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここ帝城に近い浮遊艇レビデートシップ発着場は人で溢れ返っていた。

 

 今まさに着いたばかりの若い貴族の夫婦は地方から初めて帝都まで来たのだろう、不安そうに職員に案内されながら歩いていた。

 

 恰幅のいい二人の貴族の男性は顔なじみらしく、豪華なソファに腰を下ろして葉巻を咥えながら楽しげに談笑している。

 

 向こうのテーブルでは色とりどりのドレスを纏った女性貴族の集団が、使用人を傍に控えさせて優雅にお茶を飲みながら他愛ない話に華を咲かせている。


 第一皇子アルフレッドの生誕祭に集まった貴族達は数百万人を超えていたが、実際に本人と会える者は公爵家や侯爵家、伯爵家の当主といった上級貴族のみで、この浮遊艇レビデートシップ発着場に集まっている下級貴族達はこの後に行われる式典を立体映像装置ホログラフィックディスプレイを通して見る事になる。

 

 それでも、多くの貴族が集まる為、世代交代を控えた貴族家は次世代の若者達を経験を積ませる為に帝都へと送り込み、特産品を持っている貴族達は帝都の商人や他の貴族へ売り込む良い機会だと、はるばる星の海を越えて来ていた。


 

 

 そこにまた一艇の浮遊艇レビデートシップが降り立ってくる。


 その機体が降りてくる所をモニターで見ていた発着場の管理スタッフは思わず息を飲んだ。



  

 上空に姿を現した浮遊艇レビテートシップには黒地に金色の双頭鷲の紋章が大きく描かれていたからだ。



 

 アルグレン帝国の国旗に描かれている双頭の鷲。


 それを金色で描く事が出来るのは皇族のみとされていた。


 本来であれば帝城の専用発着場に着くはずの皇族専用機が、何故少し外れたこの発着場に来たのかは分からない。


 しかし、この異常事態に職員達は、この先絶対に使う事が無いと思っていた皇族対応のマニュアルをデータバンクから引っ張り出して、先程以上の忙しさで動き始めた。


 中央の発着場に泊まっていた浮遊艇レビテートシップは直ぐに他の桟橋へと回され、倉庫に眠っていた絨毯を持ち出し、十人以上の職員で皇族専用機が留まる桟橋へ敷き詰めていく。


 そして、帝城へと連絡を取って迎えの車を呼ぶと、付近の警備員をかき集めて発着場の桟橋から車の到着するカーポートまでの間にズラっと立たせた。

 

 職員達の奮闘の甲斐があり、音もなく皇族専用機が降り立ってくる頃には全ての準備が終わっていた。

 

 発着場の桟橋に到着した皇族専用浮遊艇レビデートシップは後部のハッチを開けると、そこから赤い絨毯で装飾されたタラップを伸ばしてくる。




「第六皇子ウィリアム・アルグレン殿下、第四皇女ソフィア・アルグレン殿下、御到着!」

 



 皇族の登場を知らせる呼び上げ役の役人が、緊張感に若干声を震わせながらも大きく声を響かせた。


 その瞬間、皇族専用機の来訪を知らず、辺りで雑談に興じていた貴族達の声が一斉に止まった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 周囲が静かになる中、トントンとタラップを靴で踏む音が響き渡る。  


 まず降りてきたのは男性のウィリアム・アルグレン。


 帝国軍の黒い制服を来た長身の男性を見た人々は呼吸を忘れたかのように呆然と立ちすくむ。


 既に帝国宇宙軍で活躍していた彼は若干二十三歳で閣下と呼ばれる立場についている。

 

 昨年に起こったセプテリア宙域会戦では、帝国と同じく四大列強国の一つとして数えられている連邦軍を相手に半分の戦力で堂々と戦い抜き、帝国に勝利をもたらした事はまだ記憶に新しい。


 その功績を以て、彼は皇帝直轄の帝国近衛艦隊の司令官に今年抜擢されていた。


 もちろん、皇族という血筋による後押しがあったのは否めないが、彼は幼少の頃より突出した才能を示し続けてきた才人で、この人事を聞いた時は誰もが納得を示したと言われている。



 

 しかし、彼を称える言葉は数あれど、圧倒的に多いのは彼の容姿についてだろう。


 曰く、氷の貴公子。

 曰く、神の創造物。

 曰く、天より降り立った美の天使。

 曰く、読者が選ぶ抱かれたい男ランキング三年連続一位

 

 艷やかな青みがかったアイスシルバーの銀髪を後ろに撫でつけ、神が究極の美を追求して造型したとしか思えない程に完璧に配置された目鼻は、まるで一種の芸術作品のように感じられる。

 

 事実、この時ウィリアムを間近で見た女性陣は熱に浮かされたように口を開けたまま呆然と彼を凝視し、中には卒倒してしまう者まで出てしまっている。


 更に彼が未だに結婚どころか婚約者すらいなかった事も女性達からの熱狂的な支持を集めていた要因だっただろう。


 

 

 ウィリアムは地上に降り立つと、艦隊司令官しか着用を許されていない黒地に銀糸で刺繍が施されたのマントを翻し、後ろから降りてきていた女性に手を差し伸べる。


 後ろから来た女性、ソフィア・アルグレンはまだ十歳の少女だった。


 ウィリアムとは対照的なふわふわとした蜂蜜色の金髪に、猫のようにつりあがった大きな目はいたずらっ子のような愛嬌を感じさせる。

 

 レースをふんだんにあしらった、膝が隠れる丈の白いプリンセスドレスを着ている様子は子供らしさを感じるが、細部にまで金糸を複雑に縫い付けられている様は豪華ではあるが上品な佇まいをしていた。


 

 ウィリアムが差し出した手を取るとソフィアは、すぐに彼の腕に白磁のような細い腕を回し、二人は歩き始める。


 彼らが歩く先にいた人々は潮が引くように左右へと別れていく。


 辺りにはウィリアムとソフィアが歩く時の靴が絨毯に当たる音以外は何も聞こえなくなっていた。


 ある種異様な光景であったが、その静寂はウィリアムとソフィアが迎えに来た浮遊車エアカーに乗るまで続いた。



 

「あれが軍神と呼ばれるウィリアム殿下か……」


「まだ二十三歳だろ? 天才という人間は本当にいるんだな」


「わ、私、ウィリアム様を初めて生で見ちゃった……もう死んでもいいかも」


「ハァハァ、ソフィアたんかわゆす。ハァハァ」 


 浮遊車エアカーが発車した事を確認した人々は大きく息を吐くと、先程の光景を語り合う声がポツポツとあがり始めた。


 ある者は皇室への尊敬を更に深め、

 

 ある者は故郷に帰った際に良い土産話が出来たと喜び、


 そして、若干一名はその後ポリスメンに連行されていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふふっ」


 浮遊車エアカーの車内はウィリアムとソフィアの二人きりだった。


 AIで制御された車は専用のチューブを通り、帝城の謁見の間へと向かっている。


 その車内でソフィアはおかしそうに小さく笑い声を漏らした。

 



「何か面白い事でもあったのかい? ソフィ」


 その様子に目尻を下げながら、優しい眼差しになったウィリアムは年の離れた妹にそう質問した。

 

「ウィルお兄様を見ていらっしゃた方々の顔を思い出したらおかしくって。みな、どうしてお兄様がこんな場所にいるんだ! ってポカンとしておりましたわ」


 先程の周りにいた人々の様子を思い出して興奮したのか、ソフィアはウィリアムのお腹の辺りに抱きついて、くすくす笑い始めた。

 

「こら、はしたないよソフィ。離れなさい」


 兄妹と言っても男女であることには変わりない。


 ウィリアムは抱きついている妹の脇に手を差し入れて引き剥がそうとする。


「車の中ですもの、誰も見ていませんわ」


 それに対してギュッとさらに力を入れたソフィアは、少し不安そうな目で自分の兄を見上げる。

 

「大好きなお兄様に久しぶりに会えましたのに、離れなくてはダメですか?」


 普段は勝気な猫のような目をした妹の、そのような態度にウィリアムは差し入れていた両手をソフィアの脇から抜くと、降参、といったように上げる。


「やれやれ、私も身内には甘いようだ。一体誰に似たのやら」


 そして、妹のふわふわとした髪にその手を置いて、優しく撫でる。

 

「それにしてもソフィ。いつの間にそんなテクニックを覚えたんだい? そんな目をされると私は大罪人になった気分で心が押しつぶされそうだよ」


 撫でられてくすぐったそうに目をつむったソフィアは、にかっと子供らしい笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、淑女の嗜みですわ。私も日々成長しておりますの。それに……」


 細い腕を兄へと伸ばして人差し指を立てると、ウィリアムの唇にトンッとその指を当てた。


「『いい女は殿方への秘密が多い』……らしいですわよ? お兄様」


 パチリと片方の目を閉じてウィンクするソフィアの姿は、子供の可愛らしさの中に大人の女性としての妖艶さが姿を見せつつあるように思えた。

 

 このままいくと将来はとんでもなくいい女になるな、とウィリアムが茶化して言うと、お互いに笑い合う。


 そのまま帝城までの短い道のりを、久しぶりの兄妹水入らずの時間に花を咲かせた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 浮遊車エアカーがゆっくりと帝城前に着地すると中からウィリアムとソフィアが降りてくる。


「ウィルお兄様。では参りましょうか」


「はいはい、お姫様。エスコートは私におまかせを」


 そう言ったウィリアムは左手を胸に添えて右手をソフィアへと差し出す。


「ウィルお兄様! 『はい』は一回で宜しいのですっ!」


 ほっぺたを膨らませてプンプン怒っているソフィアは、しかし、差し出された手に嬉しそうに自身の手を重ねる。


 その様子を微笑ましそうに眺めていたウィリアムは重ねられた妹の小さな手を優しく握り彼女を先導し始めた。


 


 車を降りてすぐ、白亜の階段が彼らの目に入ってきた。

 

 大人が五十人並んでもまだ余裕のある広大な階段には中央に赤い絨毯が敷かれており、両端には一段ごとに衛兵がサーベルを掲げて、直立不動の体勢で並んでいる


 その階段を一歩一歩ソフィアの手を取ったウィリアムは進んでいく。


 階段の終着点は広い広場になっていた。


 その先には巨大な門が鎮座している。

 

 そしてその前には細長い帝国旗を付けた三mのポールスピアを持ち、互いに交差させている一際豪華な制服を着た衛兵が二名立っていた。


 ウィリアムとソフィアを確認した衛兵は、全くおなじタイミングで肩幅に開いていた足の右足を横に振りあげる。


 そしてそれぞれが自身の左足に打ち付けると周囲にカツンという乾いた音が響いた。


 衛兵はお互いに向かい合う形に横を向くと交差させていたポールスピアをゆっくりと立てていき、交差を解いていく。

 

「第六皇子ウィリアム・アルグレン殿下、並びに第四皇女ソフィア・アルグレン殿下、御入場!!」


 衛兵が声を張り上げると、彼らの後ろの巨大な門がゆっくりと開いていく。

 高さが十m以上ある門は全く音を立てずに開き切ると、その中の謁見の間が姿を現す。


 教本のような綺麗な帝国式の敬礼をする衛兵にウィリアムは小さく答礼を返し、ソフィアは浅くお辞儀をすると二人は中に向かって歩き始める。


「お役目ご苦労」


 衛兵の横を通り過ぎる時にウィリアムが小さい声で労いの声をかけると直立の衛兵は心なしか更に背筋をピンと伸ばし、顔は誇りで紅潮している。


 その様子を見てとったソフィアはクスッと笑うと兄に手を引かれるように謁見の間へと足を踏み入れた。

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