番外編7 結成! フェアリー小隊2(全10話)
その翌日
少尉殿の連絡で俺達はシミュレーター室に集められていた。
昨日意識を刈り取られたパトリックは不機嫌な様子を隠しもせずに椅子に座ってふんぞり返っている。
そして、訓練開始の時刻になって、少尉殿がカツカツと部屋に入ってきた。
「今日から三週間の部隊再編期間は皆さんでシミュレーター訓練をしたいと思います」
わーぱちぱち、と笑顔の少尉に対してこちら側の反応は薄い。
相変わらずパトリックは少尉殿の方を険しい顔で睨んでいたし、隣のオカマ野郎は我関せずと言ったふうに自分の爪を研いでやがる。
「色々と準備に時間がかかりまして、今日は私とあと一人分のシミュレーターしか用意できませんでした」
残念、といった風に少し凹んだ様子の少尉殿。
「これから用意できたシミュレーターで皆さんには私と模擬戦をしてもらいます。が、最初に言っておきます」
そう言ってもったいぶった様子で一同を見渡す。
「私は皆さんに攻撃はしません」
最初言われた時はその意味が分からなかった。
「皆さんは私に攻撃を当てれば訓練終了です。ただし、当てる事ができなければ、当たるまで訓練は終わりません。最初は誰が乗ってもいいですよ?」
しかし、次の少尉殿の言葉でやっとその意味を理解した俺達の額に一斉に青筋が浮かんだ。
「ちょっと俺っち達を舐めていないっすか?」
そんな俺達を代表してパトリックが勢いよく椅子から立ち上がり抗議の声を上げる。
「パトリック伍長ですね? 別に舐めていませんけど――」
その言葉に、また少尉殿はニヤニヤと人の悪い笑顔をその顔に貼り付けやがった。
「あなたが乗るのでしたら……私が攻撃したらきっと訓練はいつまでも終わりませんよ?」
「っ!?……上等っすよ! このクソアマが!!」
パトリックの性格を考えるなら、本来ならここでパンチの一発でもあったんだろうが、昨日の事を警戒して奴は自分の席から一歩も動かず気勢を張る事しか出来なかったようだ。
「ふふっ♪ ちなみに三十分で命中できなければ、きっつい『おしおき』がありますので頑張ってください」
そう言って、自分のシミュレーターに歩いていく少尉殿。
その小さな背に向かって、パトリックが叫んだ。
「じゃあ、俺っちが最初に乗るっすけど、そんなに自信があるのにすぐに撃墜。なんて寒い結果にならないといいっすね!」
おーおー。これは何とも安い挑発だ事で。
「……んふっ。 お気遣いありがとうございます。でも、もし私を撃墜出来れば、そうですね……今後はパトリックさんの言うことにはなんでも従いましょう」
それに対して振り向いた少尉殿はニッコリ笑ってとんでもない提案をしやがった。
「……へへっ、言ったっすよ? 今夜、俺っち自慢のフランクフルトでヒィヒィ言わせてやるっす」
その言葉を聞いたパトリックの顔がいやらしくひん曲がり、
「パトリック伍長」
「……あ? なんっすか?」
「私の経験上、シミュレーターに乗る前にはパイロットスーツを着て、オムツを履いておいた方がいいですよ?」
少尉殿が薄く笑いながら言った一言にパトリックはムカついたように中指を立てて応じて、シミュレーターに乗り込んで行った。
その様子を楽し気に見ていた少尉殿は、自分もシュミレーターに乗る前に俺達を振り返った。
「私の教育モットーは『出来ない子は出来るまでやらせましょう。出来ない子が出来たらいっぱい褒めてあげましょう。そして次の訓練はもう少し難しくしましょう』です。それでは、皆さん頑張っていきましょうね」
そうして少尉殿とパトリックの模擬戦が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シミュレーター室の大型モニターに仮想現実空間に立つ二騎の
二騎の
一騎は少尉殿の騎体なんだろう。
本当に何の武装もしていなかった。
対照的にパトリックの騎体にはこれでもかと武装が積まれている。
「それでは始めましょう。パトリック伍長いつでもどう――」
最後の『ぞ』が終わる前にパトリックが動き出す。
持っていた長いライフル銃を構えると高速弾を数発吐き出したんだ。
「ひゃはは! もう終わりっすよ! ザマぁねぇっすね!!」
開始直後の騎体がまだ動き出していないタイミングでの発砲。
今から回避しようとスラスターを起動しても絶対に回避が間に合わない。
しかし、画面の中の少尉殿がニヤリと笑みを浮かべると、騎体が地面に向かって倒れていった。
少尉殿の騎体の上を虚しく通過する数発の高速弾。
しかし、パトリックもただのごろつきでは無い。
すぐに照準を下に合わせて更に数発を発砲する。
だが、その時には少尉殿の騎体はスラスターを起動していて、騎体を前転させるとその場から飛び去ってしまった。
『あれっ? くそっ! なんでだよ!!』
その後、パトリックの騎体が何度発砲しようとも、少尉殿の騎体には掠りさえしなかった。
「パトリック! 下手クソ!」
「あぁ! そこ右だ!」
「なんであんなに弾が逸れてんだよ」
周りからは汚いヤジが飛んでいるが、さっきからぴょんぴょんと跳ね回る少尉殿の騎体の左右や上下にパトリックが放った弾が通り抜けている。
俺は少し唖然としていた。
光学兵器と比べたら弾速が遅いとはいえ、高速弾相手にあんなにヒラヒラ避けるなんて聞いたことがねぇ。
普通はシールドをしっかりと構えて、重要箇所に当たらないように祈りながら回避するのが当たり前だ。
横を見るとオカマ野郎も爪を研ぐのを止めて、モニターを食い入るように見ていた。
『ほいっ、ほいっ、そりゃあ♪』
そして、そのモニターのなかでは少尉殿が笑っていた。
本当に楽しそうに語尾に♪でも付いているんじゃねぇかってくらい楽しそうに笑っていた。
そして、模擬戦が始まって二十分後。
『ゲロゲロゲロゲロ』
「うわっ、汚ぇ!!!」
だんだん顔を青くさせていっていたパトリックが、ついに胃の中身を吐きやがった。
このシミュレーターは模擬重力を発生できる機能がある。
機動に対して掛かる重力をシミュレーターが計算してパイロットに負荷を与えるんだ。
奴は少尉殿の挑発に乗って、パイロットスーツを着ずに操縦している。
本来なら、パイロットスーツがその負荷を幾分か和らげてくれるんだが、今はそれが一切無かった。
加えて、さっきからぴょんぴょん跳ね回る少尉殿を追って、パトリックの騎体自体も上下左右の激しく騎体を動かしている。
びちゃびちゃと自分の腹と太ももをゲロで汚しながらもパトリックは更にフットペダルを踏み込み、スラスターを全開で少尉殿を追っていく。
顔は真っ青になっていたが、その分、目は真っ赤に血走っていて奴の狂気が顔を覗かしていやがる。
しかし、少尉殿はまだ笑顔のまま、パトリックが放った渾身の攻撃をヒラヒラと躱していく。
『パトリック伍長、そろそろ三十分経ちますよ~』
『はぁ、はぁ、くそっ!!』
そして、気がつけば少尉殿が言っていた『おしおき』が発動される三十分までもう一分を切っていた。
昨日、少尉殿と一緒にシミュレーターを改造したから、俺はそのおしおき内容を知っていた。
……あれは、えげつないもんだ。
そして、時間は刻一刻と過ぎていき。
ついにその時がきた。
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
改造点その一
時間内に少尉殿を攻撃を当てれなかった場合。
――高圧電流がパイロットに流れます。
パトリックの叫び声でみんながパトリックのコックピット内の映像を見る。
ピンと体を硬直させたパトリックは目を限界まで見開いて、口からは白い泡をこぼしていた。
さらに恐ろしいことに、服からは湯気が出ている。
それは、さっきパトリックのゲロを被った所から出ていた。
それと同時にシミュレーター室に若干酸っぱい臭いが漂ってきやがる。
そして、叫び終えたパトリックの股間部分から「ジョワアァァァ」と音がして徐々に湿っていった。
あぁ、こりゃ小便漏らしたな。
俺が周りを見ると、訓練が始まったばかりの頃はニヤニヤ笑って野次を飛ばしていた他の隊員達は、今やみんな顔を真っ青にしていた。
中にはパトリックの漂ってくるゲロの臭いで、貰いゲロをしそうになっている奴まで居た。
そうして、ぐったりとしたパトリックは操縦桿から手を離して時折ビクンビクンと体を跳ねさせている。
『パトリック伍長』
動くなくなったパトリックの騎体の近くに降り立った少尉殿から無慈悲な一言が出てくる。
『――まだ訓練は終わっていませんよ?』
そう言ってパトリック騎のコックピット付近を勢いよく、何度も踏み付ける。
すると、それに合わせてパトリックのシミュレーターが激しく震えて、その衝撃でパトリックがハッと目を覚ました。
「私に
そう言って太陽のようにニッコリと笑う少尉殿の顔が俺達には悪魔のように見えた。
パトリックの顔は盛大に引きつっていた。
それから更に三十分後。
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
パトリックの叫び声がまた響いていた。
シミュレーターに入る前の生意気そうな奴の顔は今は見る影もなくなっていた。
涙と鼻水とヨダレで顔面はグシャグシャになっていて、今の電撃でゲロ臭に加えてアンモニア臭までシミュレーターの外に流れてきていた。
しかもそれが焼けたような最高に気持ち悪い臭いが、だ。
『も、もう無理っす!』
そう言って、パトリックがコックピットシートから立ち上がり、シミュレーター出入口の緊急脱出レバーを下ろした。
『あ、あれ? あ、開かない! 開かないっすよ!!』
改造点その二
訓練中のシミュレータは少尉殿にしかロック解除出来ません。
『さ、パトリック伍長、続きをしましょう』
またもやパトリックの傍に降り立った少尉殿が倒れているパトリックの騎体を蹴った。
すると斜面で倒れていたパトリックが勢いよく斜面を転がっていく。
『ぎゃあああああ!!』
ぶりぶりぶりミチミチ。
パトリックの叫び声に不穏な音が混ざる。
……クソを漏らしやがったな。
『あ、言い忘れてましたが――』
転がって行くパトリックを、とても楽しそうで、とてもいい笑顔な少尉殿が言葉による追撃を行う。
『一時間過ぎますと『おしおき』の間隔は十分おきになりますので悪しからず~』
その一言で俺達のいる場所はお通夜のように真っ暗に沈んだんだ。
そして、パトリックは意味不明な叫び声を狂ったように上げながら、泣いていた。
その後は十分おきにパトリックは、叫び声とゲロと小便とクソが焼けた臭いを放ちながらも懸命に操縦した。
しかし、不幸な事に少尉殿に攻撃を当てるどころか、その機体に触る事すら出来なかった。
ライフル弾は綺麗に避け、機銃は見当違いの方に逸れていき、ミサイルは遮蔽物で防がれた。
何度も何度も気絶するパトリックを、何度も何度も蹴り上げて衝撃で起こす少尉殿。
それでも起きなくなったら、今度は高圧電流をわざと流してパトリックを叩き起す。
その時の少尉殿の顔は満面の笑顔だった。
口だけ笑っている貼り付けたような笑顔じゃねぇ。
心の底から楽しい時に出る、子供のようなあどけない笑顔だった。
その笑顔に、俺達いい大人が全員すくみあがっていた。
そして、二時間後
『あれ? もう起きませんか』
遂にパトリックは白目を向いて何をされても反応しなくなった。
『じゃあ、今日の訓練は終わりですね。…………残念です(ボソッ)』
その一言で俺達はホッとした。
そして、少尉殿がパトリックが入ったシミュレーター出口のロックを解除するとシミュレーターの扉が開いた。
その中は端的に言って――地獄だったよ。
扉が開いた瞬間、中から濃厚なゲロと小便とクソが焼けた悪臭が漏れてきて、数人がその場で吐いちまった。
そして、その中にいたパトリックはドロドロに汚れていて、その汚れはシミュレーター自体にも付いていやがる。
誰もが顔を
オカマ野郎こと、ジョージ軍曹だ。
ドロドロのシミュレーターの中に
「……お掃除はよろしくね? 『死神ちゃん』」
そして、最悪の一言を言ってオカマ野郎は部屋から出ていった。
他の隊員達も我先にと部屋から出ていきやがった。
「うええぇぇぇ!」
「……なんであんたも吐いてんだよ!」
その後、後ろのシミュレーターから出てきた少尉殿が、あまりの惨状とシミュレーター室に立ち込める臭いにorzの姿勢でリバースしてやがった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日。
またもやシミュレーター質に集合した俺達は全員が顔を見合せていた。
みんなパイロットスーツを着ていたんだ。
……そりゃそうか。
昨日のパトリックの
今日は自分の番、と思っても仕方ないだろう。
それにしてもパトリックの奴が来ていない。
まさかとは思うが、バックれやがったのか?
とか、考えていた俺の耳にパトリックの声が聞こえてくる。
「……して下……っす! いや……す! もういやっすよォ!! 助けてー!!!」
それはシミュレーター室の入口の外からだった。
誰ともなく、ゴクリと唾を飲む音がシミュレーター室に
「皆さん、おはようございます!」
ひょこっと部屋の入口から顔を出したのは少尉殿だ。
幼い顔に笑顔を浮かべた少尉殿が部屋に入ってくると、俺達は言葉を失った。
手に金髪のトサカを持っていたからだ。
そして、その髪の正体を俺達は簡単に予想出来た。
案の定、少尉殿の後に引きずられてきたのは泣き叫ぶパトリックだった。
部屋の中に入ってきた少尉殿が掴んでいたモヒカンを離すと、パトリックが床に崩れて亀のように丸まった。
「パトリックさん。……訓練というのは一日サボると取り戻すのに三日はかかるらしいですよ? 今日も頑張りましょうね!」
丸まったパトリックの頭の上から楽しそうな声が降り注ぐ。
その声にハッとした表情で上を向くパトリック。
顔がどんどんと青白く染まっていった。
少尉殿の言葉の意味がわかったんだろうな。
つまり今日のシミュレーター訓練、パトリックは強制参加なんだろう。
その瞬間、俺達はパトリックに対してビシッと敬礼をした。
パトリックがガタガタと震え出す。
「泣くほど嬉しいなんて、上官として私も嬉しいですよ!」
……この少尉殿は時々計算なのか、天然なのか測りづらい時があるな。
「そんなパトリックさんに、なんと今日はプレゼントを用意しました!」
「い、い、いらないっす」
「そう言わないで……ほら、そこの白い布をめくってください」
少尉殿が指さした方向を見ると不自然に膨らんだ白い布があった。
……てか、そのデカすぎる白い布の膨らみを、どうして俺達は誰も気づかなかったんだろう。
少尉殿に促されてパトリックが白い布の横に立って、その端を掴む。
可哀想にパトリックはその時点で、手と足をガタガタと震わせて顔はグシャグシャになっていた。
恐怖だろうな。
きっと常軌を逸してるブツだろう。
それでも、目をつむって思いっきり布を引っ張った。
バサッッ!!
そこにあったのは、三台のボロボロのシミュレーターだった。
「なんと今日から四人で訓練出来るんです! 仲間が増えて良かったですね、パトリックさん」
その一言で俺達の顔は青ざめた。
ちくしょう、このクソ少尉殿はいらん事しやがって!
そんな俺達に対して、パトリックの顔に生気が戻る。
青色だった顔に赤い色が差し始めて、口の端が上がり始めた。
「……ひひ?……ひひひ……ひゃはははハハ! いい気味っす! ザマァ、ザマァ! ひゃはははハハ!」
指さして俺達を笑うパトリックに便乗して、トドメを刺したのはまたもや少尉殿だった。
「じゃあ、パトリックさん。一緒に訓練したい人を選ばせてあげますよ?」
ニタァァァ。
その時にパトリックの顔に浮かんでいたのは狂気だった。
俺達は一斉に顔を背ける。
そんな俺達を楽しそうに覗き込むパトリックが非常にウザかったが、誰も何も言えなかった。
……絶対選ばれたくないからな。
そして三十分後
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
『ぎゃぁぁぁぁぁァァァアババババ!』
とりあえず、今日選ばれなかった事に俺は神様に感謝したよ。
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