第28話 中型種巡洋艦型との戦い3 『それだけはダメだ!マスター!!』

 中型種巡洋艦型の後部に降り立ったアルマに全てのアモスからの攻撃がピタッと止まる。

 小型種突撃型は彼女の周りを回りながらも一切の攻撃をしてこない。


 それも当たり前の話だ。


 アルマの足の下にいる存在こそが彼らの一番上位の存在だからだ。


『マスター。あと五メートルほど左です』

「う~ん、この辺かな? 腰ミノ」

『ハミングバードです。はいドンピシャです』


 中型種巡洋艦型の周りを所在なさげに漂っているアモスたちは、機械の身でありながらどこか戦々恐々とした雰囲気を醸し出しながらアルマの一挙手一投足をセンサーで見守っていた。


 そんな彼らの前でアルマの乗るXIKU-25Cは長刀を振り上げて、勢いよく装甲板に叩き付けようとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「それにしても不思議だね、腰ミノ」

『私の呼び方には同意しませんが、マスターの疑問には肯定します。言い遅れましたがハミングバードです』


 その直後。

 アルマは切り裂いた装甲板の隙間からあろう事か中型種巡洋艦型の中に入り込んでいた。


「だって、ここなんて機動騎士ガーディアンが通ることを想定したような空間だもんねっ」


 そして入り込んだ後に周りを見渡す。

 

 そこには機動騎士ガーディアン三騎が通れる様な空間が八百メートルの中型種巡洋艦型を縦に貫くように広がっている。

 もちろん照明などなく真っ暗な空間だったが、暗視装置が起動したセンサーを通した外の光景は昼以上の明るさでアルマの網膜に投影されていた。


『このような空間は機械にとって全く意味のない――いえ、むしろマイナスになりかねないデッドスペースです』


 そして宇宙空間にいる時とはちがい、自分の脚部で一歩一歩硬質な床材を踏みしめて進むXIKU-25C。

 騎体の頭部ユニットは先程からアルマの頭の動きに連動して辺りをキョロキョロと見渡していた。


『帝国の学会でも様々な議論がされていますが、おおよその結論は――』


 その時、アルマの網膜に一つの光景が映し出される。

 それは無機質な壁に突如現れた長方形の四角い枠。


『恐らく人類に似た生命体が使用する前提で製造された、ということです』

  

 アルマが知っている単語で言うのであれば『ドア』と呼ぶに最も相応しい代物だった。


 


『アモスの中型種以上の個体にはあのようなドアのようなものが、そしてその先には今私たちが進んでいる通路よりも狭い空間が続いています』

「そうそう。昔読んだ『宇宙の秘密に挑戦するハイパーミステリーマガジン ラムー』には大昔に人間が実際に乗っていたって書いてあったね」

『……マスター。それはいわゆるオカルト雑誌というものなのであまり真に受けない方がよろしいと……』


 少しの間、その『ドア』の前で止まったアルマは興味深げにそれを凝視する。

 縦二m、横一.五mのドアは人類が使う物と似た大きさで見れば見るほど自分たちが普段使っているドアに似ているものだった。


『まぁ、あながち的外れではありませんが……。このいわゆる『ドア』とその先に続く通路上の構造体は縦一.八m、横幅六十cmの物体が通過するのに最適な大きさでした』

「うんうん。つまりそれって――」


 意外とこういう話題が好きなアルマはハミングバードの講釈にワクワクした表情で相槌を打つ。


 


『はい。人類とほぼ変わらない体型のナニかが使用するのに最適な構造をしている――更に飛躍した仮定としては人類に似た知的生命体が使用していたのではないか、ということです』


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『これを見てみろ!』

『なんて事だ! こ、これは――』


 今からおよそ五百年前。

 帝国中央科学集団(のちの帝国科学アカデミー)の所有する宇宙ドックに、ある残骸が運び込まれて研究者たちがそれの調査をしていた。


 その残骸はアモスの大型種戦艦型と呼ばれている個体の一部であり、先の戦闘で比較的損傷の少ない残骸が調査の為に運び込まれていた。


『し、信じられない』

『あぁ。これはまるで――』


 彼らをまず驚かせたのは『通路』と呼ぶにふさわしい構造が各所に伸びていた事だった。

 人類が通る事を前提に作ったような空間が規則正しく張り巡らされており、研究者たちはそこを通り研究を進めていた。


 もちろん過去からこのような構造を有しているアモスの報告はされており、決して目新しい発見ではなかった。


 しかしある研究者が、ある『ドア』を開けた時。

 彼らの目の前に驚きの光景が広がっていた。


 そして、『ソレ』をみた研究者達は口を揃えてこう叫んだと記録にはつづられている。




『『『『『『べ、便器じゃないか!!!!』』』』』』




 彼らの目の前にあったもの。

 多少の様式は違えど、自分たちもいつも使用している座るタイプの便座だったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『と、いうことからアモスは人類に似た知的生命体によって製造された機械群であるとされる仮説が、現在でも学会で多く支持を受けています』

「……その一番の根拠がトイレ、ってとこがおかしいよね……」

 

 自慢げに語るハミングバードとは対照的にアルマの口角は引きつった笑みを浮かべている。


『まぁ、中々興味深い話ではありますが、現状では答えのない議論をマスターと続ける時間はありません』

「うっ。……うちのAIが私に厳しい件について」


 そうこうしている間にも通路を進んでいたアルマの乗騎XIKU-25Cはついに中型種巡洋艦型の通路の最奥にたどり着いていた。


『短距離ミサイルの信管を時限式に変更。タイマーは三十秒に設定しました』

「おっけー、腰ミノ! じゃぁ、後はバビュンと脱出だねっ」

『ハミングバードです』


 アルマが騎体を操縦し、シールド裏のミサイルをその場に設置してハミングバードがタイマーを設定する。


 そしてアルマの網膜にタイマーが出現し、カウントダウンを開始した時には彼女はフットペダルを軽快に踏んで騎体のスラスターに火を入れる。

 スラスターから青白い炎が出始めたのはそのわずかゼロコンマ数秒後。

 その場で器用にクルッと機体を半回転させたアルマは更に強くフットペダルを踏みしめる。


 ゴォォォォォ!!


 途端に背中と腰のスラスターユニットから四条の光が溢れ、中型種巡洋艦型の内部を燃やしながらアルマの背中を力強く押す。


『脱出口は騎体の幅ギリギリです。お気をつけくださいマスター』

「ふっふーん。腰ミノくん、楽勝おっけーお茶の子さいさいですとも」

『マスターの言葉のチョイスが大渋滞ですが、私はハミングバードです』


 その僅か数秒後、アルマの駆るXIKU-25Cは自身の長刀で切り開いた装甲板の隙間から再び宇宙へと飛び出す。

 その際に左肘の先のパーツが装甲板と数ミリ接触して赤い火花を散らした事にアルマの額から汗がつーっと一筋垂れるが、騎体はこれといった支障もなく動作する。



 

「って、やっぱりこうなる! よねっ!」

『小型種突撃型が複数接近! 対空レーザーも多数、本騎をロックオンしています! 回避して下さい!!』


 宇宙空間に飛び出したアルマを待ち構えていたのは憎悪のこもったアモス達からの多数の電波の嵐だった。

 一瞬でアラート表示で真っ赤になるアルマの視界。


 自身の上位個体である巡洋艦型の中に入られて手も足も出なかったアモス達は、溜まった鬱憤うっぷんを晴らすかのようにアルマに容赦のない攻撃を開始する。



 

『多数の対空レーザー機銃に補足されています。また、小型種突撃型三十一機が正面より接近。接敵まで十秒。続いて後方より中型種巡洋艦型の向こう側から十二機が接近。接敵まで十五秒です』

「ミサイ、ルの起爆は? 腰ミノっ!」

『残り二十三秒です。あと、ハミングバードです』

「それは、どーにかなり、そうだね! 腰ミノ!」

『私への呼称をどーにかしてください、マスター』



 中型種巡洋艦型から飛び出したアルマへと殺到するアモスの攻撃。

 普段であれば余裕をもって対処できるアルマは、この時だけは危機的状況に陥っていた。


 騎体の速度が圧倒的に不足していたのだ。


 十分に加速出来ていない機動騎士ガーディアンは格好の的に成り果ていた。



 

「ほりゃ!」


 しかし、そのような状況であっても左の腰部スラスターを切ってクルッと騎体を半回転させたアルマは、冷静に足裏のスラスターを起動させながら両脚を強引に上へと振り上げる。


 その直後、アルマの背後を濃密な対空レーザーの雨が吹き抜ける。

 

「ほい、ほいっと」


 そのまま上半身を両腕を振り回すことで捻り、強引に騎体の進行方向を元に戻すと背中のスラスターを全開にして飛び出そうとする。


 急な静止から進行方向を百八十度変えた機動騎士ガーディアンを補足し直した対空レーザー機銃群。

 それらを統括する中型種巡洋艦型アモスの中央演算装置はアルマの予測進路上に濃密な弾幕を張るべく照準の変更を完了する。

 しかし、次の瞬間には両腕を振り回して強引に騎体の進行方向を戻したアルマの行動に再計算をいられてしまう。

 

「まだまだぁ!」


 次の瞬間に中型種巡洋艦型の彼は僅かな振動をセンサーで感知する。

 それは巨大な彼からするとほんの些細ささいな違和感。


 だが、彼の思考に無視できない情報が舞い込んでくる。


 彼の多数ある対空レーザー機銃が二基。

 敵機動騎士ガーディアンの攻撃で破壊されてしまった情報だった。



 

『いつ見ても変態的な戦闘機動ですね。マスター』

「褒め言葉どーも。でも仕方ないじゃん、腰ミノ」


 中型種巡洋艦型の対空レーザー機銃を撃ち抜いたライフル銃をいつの間にか抜いていたアルマは、次の機銃に照準を付けることもなく無造作に横に滑らせると立て続けに三発の弾丸を吐き出す。

 

『別にバカにしてませんよマスター。あと――』

「おっと! 危ないよ腰ミノ! 喋ってる暇があったらサポートを――」


 その弾丸が命中直前に狙われた対空レーザー機銃から最後のあがきのように二発のレーザーが発射され、それがアルマの頭部ユニットの真上を通り過ぎる。

 いや、強引に首を仰け反って避けたと言った方が正しい表現か。


 無事レーザーを避けたアルマの目の前で火を噴く対空レーザー機銃の銃座が更に二基追加される。


 

  

牽制けんせい用の機銃の割り出しをしたのは私ですが? マスター』

「う~、それに関しては反論できないや。ありがと腰ミノっ!」


 この時、正確な照準をつけて攻撃をしてくる機銃の他に、ただただレーザーの雨をばらまいてアルマの行動を制限する機銃が複数存在していた。

 予測進路をずらすことで敵の攻撃を回避していたアルマにとって、それらからの流れ弾が今の状況では一番危険だった。


 それを打破する為の攻撃。

 激しい機動中にその目標を選定していた功労者に感謝をのべるアルマだったが、その功労者自身は少し不満そうに口を閉ざしてしまうのだった。

 

 さらに足裏のスラスターを交互に吹いて、肩部サブスラスターで進行方向を制御することでクルクルと回りながら、ステップを踏むように横に滑っていくアルマはコックピット内で小型種突撃型の表示を注意深く見つめる。


 中型種巡洋艦型、さらにそれよりも遠くに位置している中型種駆逐艦型からの対空レーザー機銃を避けていたアルマの姿はまるで海で溺れている子供の様だった。

 前後逆に何度も正面を向き直り、バタバタと両腕を振り回し、上下左右頻繁ひんぱんに位置を変える機動の移動距離は、広大な戦場の中にあってはほぼゼロと言ってもいい距離だ。


 発射された後は方向を修正できない射撃武器を惑わす事は出来ても、ミサイルのように軌道を修正してくる小型種突撃型とははっきり言って今の機動は相性が悪い。


 もっと速度をつけて回避行動を取りたいのは山々であったが、それをするには加速時間中に機動が単純になってしまい対空レーザー機銃で騎体を蜂の巣にされるだろう。


『前方の小型種突撃型との接敵まで残り五秒』


 ハミングバードからの報告を聞いたアルマは騎体の左腕を前に出して腰部のスラスターを水平方向に調整する。


 彼女の目の前には小型種突撃型三十一機が互いの隙間を埋めるように密集した状態でアルマへと殺到していた。


 それはまるで剣の切っ先が隙間なく並んだ壁のようなでの攻撃。

 上下左右どこに逃げてもアルマを刺し貫く、まさに必殺の陣形を組んだ小型種突撃型の突撃だった。




 時間にしてゼロコンマ一秒にも満たない刹那の瞬間。



 

 先頭の小型種突撃型の鋭い先端がアルマの騎体のコックピットへと触れるまでの『短い』というには到底足りない短すぎる凝縮された時間の狭間。


 アルマはその切っ先の上に、突き出した左腕のてのひらを置くと既に最大噴射していた腰部スラスターの勢いを使って小型種突撃型の機上を前転するようにゴロッと一回転して後ろ側に抜けてしまった。


 言葉にすれば簡単だ。

 しかし実際にやった行動は神業に等しい。


 どれかひとつでもタイミングを間違えれば彼女を宇宙の藻屑もくずへと変えてしまっていただろう。




 だが、安心するにはまだ早い。

 さらに五秒後に後ろから次の集団が突っ込んできていたからだ。



 

 それに対してアルマは腰部スラスターを前後逆の方向に向けて最大噴射を行い、肩部サブスラスターを一度起動する。


 遅い速度で左に流れだす彼女の騎体を捉えるように衝突の直前に左に方向を修正する後ろからの小型種突撃型の先頭の個体は、確かにアルマの騎体の脇腹を捉えた。


 鋭い切っ先がXIKU-25Cの右の脇腹に二十センチほど食い込む。


 しかし、その時には最大噴射した腰部スラスターからの推力を受けたアルマの騎体は独楽こまのように急激に回り始める。


 左に流れながら三角の形をした小型種突撃型の縁を転がるように衝撃を受け流して後ろへと逃れることに成功したのだった。



 

『……マスター。あなた本当に人間ですか?』


 並のパイロットであれば対空レーザー機銃で蜂の巣にされて、エースパイロットでもその後の小型種突撃型の攻撃でほぼ確実に撃墜されるような濃密な攻撃の嵐。


 その中で神がかり的なタイミングで回避に成功したアルマの機動騎士ガーディアンの損害はほぼゼロ。

 左手首に軽微な損傷と右脇腹に二十センチ程の裂傷。

 たったこれだけだっ――


「うっぷ! う、うぅぅうぅぅ……」


 いや、違う!


『……マスター?』


 最大の被害は騎体には出ていなかっただけだ。


「う、う、う……」


 コックピットの中で真っ青な顔をしたアルマが、目をバッテンにしてヘルメット越しに両手で自身の口の辺りを抑えてしまう。


『はっ!? だ、ダメです、マスター! それは……それだけはダメだ! 女の子としてそれだけはダメだ! 我慢してくださいマスター!!』


 機械の身であるはずのハミングバードは、ある事に気がついて思わずうろたえた声を上げてしまう。


 アルマは縦の方向に急激な回転をした後に、更に横に急激な回転をしたのだ。

 それも擬似重力発生装置でもうち消せないほどの急激な回転を。



 

 この戦闘での最大の被害。

 それはアルマの三半規管に現れてしまったのだった。



「オ、おぉ、オ、オ、オロロロロロロ!!」

『マ、マスタアアァァァァァーーーー!!』




 この日。

 宇宙の片隅で。

 ある意味アルマは死んでしまったのだった。

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ウチの隊長は学生の時の同級生が皇子様と同一人物という事に全然気づかない ニム @nimnthor67

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