第1話 皆の命、私に預けてもらいます!
「戦闘終了。全騎、出力を通常まで落としてください」
そこは暗い暗い闇が広がる空間だった。
四方には無数の光が煌びやかに輝いている。
空気も水もなく、人類の生存を拒絶した環境のそこを人々は宇宙と呼んでいた。
「敵の殲滅を確認」
その空間には少し幼さの残る声が響き渡っていた。
もちろん空気のない宇宙に声が響いているのでは無い。
闇色の巨人が浮かんでいた。
それは人類の科学技術が生み出した機械仕掛けの巨人。
体高が十八mもあるその巨体は、しかし宇宙という広大な海の中ではちっぽけな存在に見える。
その巨人の胸部装甲の内側には白い宇宙服のようなものを着た人物が乗っている。
先程から響いていた声はその人物から発せられていた。
声は少し幼い、そして高い。明らかな女性の声だった。
「これより十時間後に敵の本隊がこの宙域へと殺到します」
闇色の巨人の周りには、銀色に光る機械の残骸が漂っていた。
それも一つでは無い。
元々は大きい物だったのだろう。
それは引き裂かれていたり、内部から爆発したりと元の原型は留めているものはなかった。
それが無数に闇色の巨人のそばに浮かんでいた。
「すでに
銀色の機械の正体は“アモス”
人類に敵対的な、統一規格で作られた機械達だった。
宇宙に人類が進出して十年目に遭遇した、異星で発生した金属で出来た何者か。
彼らとの遭遇は、初めは人々に驚きと喜びを持って迎えられた。
この広大な宇宙の中で生きている生命体は人類だけではなかった、きっとこの機械を作った知的生命体がどこかにいるはずだ、と。
このまだ見ぬ新しい隣人たちとの輝かしい未来が待っていると多くの研究者や学者、市民が好意的に
アモス達は人類に対して非常に高い敵意を向けたのだった。
人類と接触すると必ず戦闘へと突入。
全滅させるまで彼らの攻撃は止まることは無かった。
「偵察衛星からの情報では、敵本隊はおよそ三万。超大型種が確認されています」
そして人類は絶望した。
進出した様々な恒星系でアモス達の活動が確認されていたからだ。
人類に対して好戦的な異星起源の機械達は、この宇宙で人類の想像の及ばない範囲にまで広がっていた。
「対して私達の艦隊は戦闘艦が八隻に輸送艦が二隻。それに
人類が幸運だったのは、彼らの活動範囲が非常に狭かったことだろう。
人類の宇宙進出のきっかけとなった
たとえ目的地が数光年先にあっても、この技術のお蔭で通常動力での移動より遥かに早く移動することが出来た。
現代では宇宙での移動には必須とされているこの技術をアモス達は持っていなかった。
彼らは金属機械の不老という利点を活かして、古典的な通常の動力と帆船のように帆で恒星風を受けてほぼ光速で広い宇宙を漂って移動していた。
光速という速度は地上の人類から見れば一瞬の速さでも、広大すぎる宇宙から見ればひどく鈍足だった。
彼らを捕獲した人類の解析では、古い個体の金属は生成されて数百万年も経っていることが分かっている。
「私達の後ろには新たに入植した惑星があります。――私達が退いてしまうとアモスが目と鼻の先にある入植惑星に襲い掛かります」
だから、人類はアモス達の間を縫うように領土を広げて行くことが出来た。
もちろん、時にはアモス達を殲滅したり、時にはアモス達に殲滅されたりしながらも。
そして数百年後。
人類は宇宙の一角で繁栄を謳歌していた。
人口は数兆人を超え、支配下恒星系は数万を超え、銀河系のほぼ五十%にその生存圏を広げていた。
……だからなのだろう。
ここで人類は悪い癖を出してしまう。
もはやそれは人類の業と言ってもいいだろう。
宇宙への進出から数百年。
人類は分裂した。
当初は国際連合という枠組みでまとまっていた人類は、母なる星を自らの手で破壊し尽くすと数個の国に別れてお互いの支配下領域を巡って争いを始めていたのだ。
「先程の先発した小集団を叩くのとは訳が違います。敵の本隊が到着してしまっては……私達がここで残っても稼げる時間はわずかです。きっと最後は全滅は必至です」
各国の軍隊は戦闘艦の船首を揃えて宇宙を闊歩し、戦闘艇がその速力を以って戦場を斬り裂いていき、機械仕掛けの巨人が隊列を整えて砲火を放った。
機械仕掛けの巨人。
元々は作業用の大型重機から発展した人型の機械人形は、戦闘艇並の速力と様々な武装を換装できる汎用性によって、現代の戦闘では前線の花形とされた存在。
各陣営での呼ばれ方は違い、この宙域を支配していた帝国では
「……しかし、私達が稼いだ僅かな時間は、味方の貴重な反撃機会を作り、きっとアモス達の侵攻を挫く事でしょう」
先程から女性の機体の周りには銀色の機械の残骸が漂っていたが、それとは違う機械の塊が、味方の闇色の巨兵が彼女の周りに静かに佇んでいた。
その無数にいた味方機のコックピットにいたパイロット達に女性の声が届いていた。
その時、女性の宇宙服のヘルメットに彼女以外の声が聞こえてきた。
「……ぁー、副長より野郎どもへ。まぁ、なんだ。難しい言い方でお前らにはちっとも分からねぇだろうが、我らが親愛なる隊長殿は俺らに『死ね』とご命令をしているようだ」
砕けた物言いだが、妙に威圧感のある男の声が聞こえたと思うと、通信にはゲラゲラと下品な男達の笑い声が響いた。
「さすがゲイズ副長! 隊長ちゃんが何やら小難しい話をしていたけど、俺っちにはさっぱり分からなかったっすよ」
「ギャハハハ! 俺たちゃ学がないですからねぇ。隊長ちゃんはもっと簡単に話をしてくれんと」
「おいおい。お前達、ちゃんはないだろ。殿つけろよ殿を。ガハハハ!」
それまで静かだった宇宙が一気に賑やかになる。
それが下品な男達の声だという事が少し残念ではあるが。
「あ、あなた達……ちょっとは緊張感というものをね……」
女性はウンザリした様子でヘルメットのバイザーを上げる。
そこには女性というよりは少女という方がピッタリな顔が埋まっていた。
クリっとした大きな目に対して顔の造形が全体的に小さく、亜麻色の髪の毛がヘルメットと顔の間からちょろっとはみ出している。
少し幼い印象を受ける顔立ちだったが、彼女は美少女と言って差し支えなかった。
そして、男達の声と同時に、彼女のコックピットの通信モニターには先程聞こえてきた声の主達の顔が映っている。
「あーっ! 皆またヘルメットしてない! 戦闘中は危ないからあれほどつけて、って言ったでしょ!」
そこに映っていたのはむさ苦しい強面の男達。
なぜかモヒカン一名にその他スキンヘッドが六割を占めるという異常な集団が映っていた。
「いやぁ、ヘルメットなんかしたら俺っちの最高にイカした髪型が崩れるっしょ!」
「それに蒸れるしな! ハゲるわ、マジで!」
「あら? あなたもうハゲてるんだから、今さら気にしなくても」
「おい、今言ったクソオカマ、後でぶっ殺すわ、マジで!」
「やだぁ。ブランソンちゃんが怒ったぁ♪ 隊長ちゃんこわーい!」
ひどい。
多分、修学旅行中のバスで移動しているハイスクール生徒よりもうるさい。
そして、往々にしてこういう時はなかなか止まることがない。
案の定、隊長と呼ばれた少女は「こらー」とか「みんな静かに!」とか怒っているが、男達の無秩序な通信は止まらない。
そして、彼女の顔が真っ赤になってクリっとした大きな目に涙が溜まり、体もプルプルと震え出した時。
「うるせぇ!」
ゲイズ副長の怒鳴り声がうるさい男達を一喝する。
その瞬間、ピタッと隊員達の話し声が止まった。
「てめえらさっきから、その汚ぇ舌をよく回してるけどよ……まさかとは思うが、この中にぶるっちまっている奴がいるのか?」
ドスの効いた声が皆の耳に響く。
「敵は三万、味方は俺達だけ。このクソッタレで素敵な状況で、しっぽ巻いて逃げたい奴がこの隊にいるのか?」
シーンと静まった通信機からは、しかし音にならないマグマのような熱気が漏れ出してきていた。
「そんな奴ぁ、いねぇよな!? 」
ゲイズ副長の煽りとも取れるこの発言にその熱気が爆発した。
皆が思い思いの歓声を上げるので、何を言っているの全く分からない。
ただし、彼らの戦意が全く落ちていないことだけは分かる。
「アルマ隊長殿! 俺を含めた大バカ野郎ども一〇七名はいつでも死ぬ覚悟は出来とります。さぁご命令を!」
通信モニターの中でニカッと笑ったゲイズ副長に対して、隊長のアルマは心の中で「ありがとう」と呟くと、キッとした顔つきをつくり声を上げる。
「これより十時間後にクソッタレな鉄クズ野郎共を迎え撃ちます。それまで母艦で整備と補給を受けてください」
そこで間を作りモニターに映る隊員達を見渡すと、アルマは決意を込めた様子で口をギュッと結ぶ。
「皆の命、私に預けてもらいます」
またもや怒声に包まれた通信機に満足したアルマは、目の前のパネルを操作して別の場所に通信を繋げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エドマン提督」
部隊の後方に待機していた十隻からなる船団の一際重厚なフネにその通信が届いた。
数瞬の間を置いて、白髪の優しそうな老人がモニターに現れる。
「はいはい。どうしましたかね? アルマ少佐」
優しげな声でニコニコ笑っているのは、この十隻の艦隊を率いるエドマン・アンダーソン提督。
彼はグリーンティーの入ったアリタティーカップを口に付けるとズズッと中身を美味しそうに飲んでいた。
その姿は大佐の階級章を付けた帝国宇宙軍の黒い制服を着ていなければ、その辺のおじいちゃんに見えるだろう。
「これより
きっと自分達はアモス達によって蹂躙されるだろう。
彼女はその前に
「おやおや? アルマさんは私達に逃げろ、と仰っているのですかな?」
その提案にエドマン提督は少し残念そうな顔つきに変わる。
老齢とはいえ腐っても帝国軍人である。
アルマの考えは一瞬で理解したのだろう。
しかし、少し考える様子を見せると不意に口角を上げて、イタズラを思いついた子供のように笑う。
「あー……全艦推進器の故障で残念ながら転進はできないぞー。困ったなー」
明らかに棒読みの困った声が聞こえてくる。
絶対困っていない。
そもそも全艦の推進器が同時に故障するなんて言い訳は苦しいにも程がある。
「――いや、提督。それは無理があるでしょ」
「いえいえ。嘘ではありませんよ。――まぁ、推進器が不具合の艦隊でも固定砲台の真似事ぐらいはできるでしょうな」
「……ここは提督達の『死に場所』ではありませんよ?」
「……それは、まぁ、おいおい考えましょうか、アルマ少佐殿」
ニヤニヤと笑うエドマン提督の様子に、アルマはハァとため息をこぼした。
この老人は自分達と運命を共にしてくれると言っているのだ。
その様子に内心嬉しさを感じたアルマは、しかし、実は相当頑固なこの老人を説得できない事を悟った。
「分かりました。提督のご助力に感謝します」
「はっはっはっ。まぁ、艦隊の事は気にせずにアルマ少佐も早く自分の母艦に戻ってください」
「……はい」
そして素直に自分の母艦、駆逐艦ヨークへと機体の向きを変えてスラスターを吹かせていった。
アルマの所属する第二〇八辺境パトロール艦隊は、今まさに設立されてから最大の危機に立たされていた。
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