第一章 第四節 第六話・前
道路には何かと怪異が湧く。その中でも『ターボばあちゃん』は派生を含めて様々な呼び名、特徴を有する現代怪異の一種だ。
……今の俺を指すならば、何になるのだろうか。
「バイクなんて持ってたのかよ」
藤堂の体格は俺の目から見れば平均的だ。大柄でも小柄でもなく、大半の人間が普通の女性と言われて思い浮かべるであろう、そういう輪郭をしている。
「高校出てすぐにね」
全てを切り裂いて突き進むとでもいわんばかりに鋭角的なフォルムの深紅のフルカウル。見た目からして重く、そして巨大な車体を、藤堂はものの見事に操っている。
「羨ましい限りだな」
生きていたときには、中型だが免許を持っていた。結局一度も自分のバイクを持ったことはなかったし、免許的にこのクラスには乗れなかったわけだが、やはり憧れる。
大通りを突っ切ると、目的の住所はもうすぐ近くだった。時間にして十分も経っていない。
時間も時間だしこの辺りの治安もいいのだろう、人通りはなく、それが人探しにはありがたい。
路肩のスペースでバイクから降りた藤堂は、ヘルメットを脱いで素早く周囲を見渡した。
「この辺だけど……」
閑静な住宅街というのはこういうところをいうのだろう。ほんの微かに人の生活音が聞こえるくらいで、雑音はない。見える範囲で何か人だかりができているようなこともなく、平穏そのものだ。
より、耳を澄ます。俺が聞くべきなのは、生者でも聞き取れるようなただの音ではなく、音の定義からは外れた、強い思いの残り滓。だから、耳を澄ますというのは実際は正しくない。
廃神社のときがそうだったように、思いが強ければ強いほど、それは嫌でも聞こえてくる。今何も感じないということは、この場所には来ていないか、そもそも外に漏れ出すほどの強烈な思念がないということ。だがそれでもと一層の注意を払って、まだ見ぬ音に手を伸ばし――
――す――
「……いる」
聞こえてきたのは、他の何よりもはっきりとした意志を感じた声。それは間違いなく周防みずはの声だった。
廃神社の濃縮された怨嗟ほどではないにしても、まだ充分に濃い。周防がここに来てまだ三十分と経っていないだろう。
何処だ。より強く、より鮮明な声を探して周囲を見渡していると――
――殺す。この手で――
「いた」
街灯の光が届かない細道、そこに小さな人影を見つけた。
「え、何処?」
藤堂の目ではあれではよくは見えないだろう。というより、余程目が慣れていない限り、そこに何かがいることなど想像すらできまい。周囲を照らす光のせいで、そこにあるのは只管に色濃い黒だった。俺でさえ、ふとした瞬間に見失いそうになるほどに。
藤堂を置いてそちらに急ぐ。背後に、藤堂が慌ただしく続く気配がする。
小さく見えたのは、人影が座り込んでいるからのようだった。ぱっと見へたり込んでいるようにも見え、しかしよく見ると何か、いや誰かの上に跨り、押さえつけていた。
その、人影の右手の中に酷く直接的な殺意が見えて――
「やめろ、周防!」
届かない叫び。それでもと、俺は手を伸ばしていた。無駄なのに。どう足掻いても俺の手は、何物も掴むことはできないというのに。それでも、そうすることしか、今の俺にはできることはなく――
「駄目!」
藤堂の悲鳴が響き渡り、その瞬間。
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