第一章 第二節 第四話・前

「恭司君は、十人のインディアンは知っているかな?」


 そんなことを言いながら、瀬津が有名なリズムを刻み始めたのは、河内が帰ってしばらくしてからのことだった。




 一人二人三人いるよ


 四人五人六人いるよ


 七人八人九人いるよ


 十人のインディアンボーイズ




「そりゃまあ」


「じゃあ、十人のインディアンには別のバージョンがあるってことは?」


 そういえば、そんなことを以前耳にしたことがある。それこそ……そう、あの小説を読んだときのことだ。


 作中では確か、インディアンではなく兵隊だった。歌詞の内容は元々あった十人のインディアンの歌詞を参考にした、だったか。ついさっきも、見立て殺人と聞いて俺が思い浮かべた、あの小説のタイトルは、


「『そして誰もいなくなった』?」


「なんだ、やっぱりミステリーを読むんじゃないか」


 いや、あまり読まなかっただけで全く読んだことがないとはいっていないんだが。

「あれはマザーグース版を参考にしているね。内容もほぼ同じだし。ただ、これはそれより前、オリジナルをなぞっているようだけど」


 ああ、そうか。それで結びつかなかったのか。


 俺が知っているのは、『そして誰もいなくなった』で歌われた『十人の小さな兵隊さん』だけだ。オリジナルはおろかマザーグース版も見聞きしたことはない。加えて一致する文言がないとなれば、似ているとは思ってもそこまでだ。


 なるほど、どうやらこれは、本当に見立て殺人らしい。


「ところで『そして誰もいなくなった』を読んでいるんなら、UNOが何を指しているのかも、察しがついているのかな?」


 ……ああ、なるほど。


「U.N.オーエンか」


 一連のメッセージがあの民謡のオリジナルをなぞっていること自体知らなかったのだから、思い至っていたわけではない。ただ、流石に言われればどういうことなのかは分かる。


 U.N.オーエン。それすなわち、アンノウン。そこには何の意味も込められてなどいなかったのだ。


「勿論、そうでない可能性も多分に残されているよ。だけど、今手元にある情報と知識をまとめるに、やはりその線が濃厚じゃないかな」


 テーブルの上にはいつもどおり書類が散乱している。それらは河内の依頼に関係するものばかりで、しかし先日のマンションのときと比べると、数は半分、いや三分の一にも満たない。しかもそれらは、大半が瀬津が走り書きしたメモだった。


 メッセージの内容の丸写し、河内とこれまでの犠牲者がかつて通っていた高校の所在地に、死人七人と他の心当たりの情報。


 八年前に死んだ――河内の話では自殺だったらしい――相模由布子ゆうこ


 河内がしきりに『間違いない』と言っていた丹波明彦。河内によれば、相模との明確な関係は分からないが、親しげにしているところを度々目にしていたらしい。


 去年、メッセージによれば酔い潰れて死んだ加賀風花。


 その前年、落っこちた田島麻衣。


 更にその前年、くたばったのは三川夏菜。丹波と付き合っていたのは、彼女だったらしい。


 更に更にその前年、首の骨を折った上野浩一。彼に関してだけは、死因は事故だと分かってる。相模や河内の担任だった教師だ。


 そうして更にその前年が、眠ったまま死んだ出羽かなえで。


 そして――


「いやはや、またこの名前を目にすることになろうとは思ってもみなかったよ」


 どこか、瀬津は愉快そうだった。人の死をネタに薄ら笑うのはどうかと思うが、まあ仕方のないことなのかもしれない。


 六年前。落っこちた。思えば、その時点でこの結果は示されていた。ただ俺も瀬津も、結局辿り着くことはできなかった。そもそも結びつけようともしていなかった。

 一連の出来事。その最初の犠牲者の名は。


「周防みずは、か。もしかすると、藤堂さんが見た霊も、何かしら関係があるのかも、なんてね」


「まさか」


 とは言ったが、実際は断言できるほどの材料は持っていない。というかそもそも、俺達は藤堂が目撃した霊について何も調べてなどいないのだから、材料自体が一切ないというべきか。二件続けて起点に同じ人物というのは確かに気になるといえば気になるが、それこそ偶然の一致でしかあるまい。


 まあ、そもそも依頼が来ること自体珍しいこの事務所にしてみれば、その偶然が発生する確率がどの程度なのかと聞かれると、かなり低いのは間違いないとは思うが。

 それはそれとして。


「にしても、あと一人は誰なんだろうな」


 今日、水に落ちて二人になった。そして、現時点で名前が挙がっている中で存命が確認されているのは河内だけ。来年、彼女が命を落とすのだとしても、一人足りない。


 河内は心当たりはないと言っていた。曰く、自身は相模とは取り立てて仲がよかったわけでもなく、他の面々にしても似たりよったり。唯一、周防だけは彼女とよく一緒に行動していたようだが、それだけ。なのに何故自分達がと、またしても癇癪を起こしかけた。あれではどの道、まともな話を聞き終える頃には日が暮れていただろう。幸いというかなんというか、瀬津が強引に会話を進めたおかげでまだ昼前だ。


「さあ? でもまあ、とりあえずは棚上げでいいんじゃあないかな」


「いいのかよ。そりゃ、次までまだ一年はあるけどさ」


 時間的余裕はあっても、河内の様子を見れば心理的余裕はないと考えるべきだろう。勿論、瀬津がたった一つの依頼の解決に一年も時間をかけるとは思っていないし、彼女にしてもそのつもりだからそう言った――と思ったが、そういうわけではないようだ。


「それもあるけどね。歌詞的に考えると、酷いことになるのはあと一人なんだ。だから、残りが誰かなんて今はどうでもいいんだよ」


 ……どういうことだ?


「『二人になった』ってんなら、死ぬのもあと二人なんじゃないのか?」


「最後の一人だけは、『結婚して』いなくなるんだ」


 結婚……? 『首を吊って』ではなく?


「なんで最後だけそんな平和な落ちなんだ」


 これまで散々……いや『眠って』に関しても、文面だけを見れば穏やかではあるか。


 と、何が愉快だったのか、クスクスというオノマトペがそっくりそのまま飛び出したかのような密やかな笑いが、瀬津から漏れ出た。


「なんだよ」


「いや、まるで平和がお気に召さないような物言いだったからつい、ね」


 何を人聞きの悪いことを。

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