第一章 第二節 第四話・後


「まあそれはさておき。何だって一年につき一人なんだろうね?」


 浮かべていた笑みを少しばかり嫌らしいものに変え、メッセージの内容と時刻を写し取った紙に目を向けた瀬津につられ、俺も改めてそれを見た。


 メッセージの着信時刻は、ほぼ全てが八月三十一日の午前二時から三時前となっている。唯一違うのは一番最初、曰く周防の転落を指し示す『一人が落っこちて八人になった』というものだけで、これだけは午後十一時前と表示されていた。


「そりゃ、自分の命日に合わせてってことなんじゃないのか? 相模の怨霊が犯人だとして、だが」


「何のために?」


 それは……


「自分のことを忘れるな、とか? てか、怨霊に理屈求めても仕方ない――」


 ああ、そうか。


「私が犯人なら、こんな無駄に手間のかかるやり方は採らないよ。それに、人に害を成すほどの怨念の持ち主だ、小賢しいことを考える余裕なんてないんじゃないかな?」


 恨み辛みを募らせた霊というのは、例外なく理性的な話し合いは不可能だという。俺の実体験ではなく瀬津の経験則によるものではあるが、確かに納得できる言い分だ。


 もし俺が、多くの人間を殺したいと思うほど憎んでいたら。そして、人を呪い殺せるだけの力を持っていたら。わざわざ真綿を使うようなことをするだろうか。


「怨霊に限らず、本来霊というのは恣意的なのさ。なのに、これにはあまりにも規則性がありすぎる」


「結局、犯人は生きた人間ってことか?」


 ならば、三川夏菜が見たという相模の霊は一体何だというのか。見た本人はすでに亡くなり、証言自体が又聞きでしかない曖昧なものではある以上、事実関係を確かめるすべは今のところない。


 まあ、そんなものであっても、依頼を受けてしまう節操なしが瀬津なのだが。


「さあね」


 現段階で結論を出すのは不可能だろう。だからか、瀬津は素っ気なく一蹴した。


「何はともあれ。今は必要な情報が出揃うのを待とうじゃないか。そろそろ連絡が来る頃合いだろうし」


 そう言った矢先、瀬津の手元で無機質な鳴動が起きた。彼女がさっきからずっと持ったままのスマホが、メッセージの着信を告げたようだ。


 多少古くてもいいから、名前を挙げた人物の顔写真が欲しい。河内にそう告げて、瀬津はメッセージアプリのIDを交換していた。見てみれば正しくその河内からの連絡で、メッセージとともに五枚の画像データが添付されていた。


 画面の上を瀬津の指が忙しなく滑った。何をしているのかと思えば、書類棚のほうから何やら機械の音がする。そちらに向かった瀬津が戻ってくると、手元には紙が六枚ぶら下がっていた。


「印刷しなくてもいいんじゃないか?」


 プリンタが吐き出したのは、届いたばかりの画像だった。元データがあるのだから、わざわざ紙媒体で保存する必要もないように思うが。


「こっちのほうが何かと都合がいいからね」


 それらがテーブルに丁寧に並べられていく。


 何かの集まり、恐らく例の同窓会で撮ったのだろう、河内を含む四人が写ったものが一枚。どことなくぎこちなさが見える。


 体育祭の応援団か何かで先陣を切る男性を切り取ったものが一枚。画角的に隠し撮りではなく、アルバム用に撮影した一枚だろう。


 カラオケだろうか、私服姿の二人が写った自撮りが一枚。二人とも笑顔で、仲睦まじげだ。ただ、一方のセミロングの少女は丸っこい目をしていて優しげな色が見えるのに対し、もう一人のショートカットの少女は勝ち気そうな切れ上がった目が印象的で、近寄りがたい雰囲気がある。口元にはほくろが、連星のように二つ並んでいた。


 あとは卒業アルバムと思しきものが二枚ある。一枚はセーラー服の女子生徒、一枚は教師のものだった。


 瀬津がそれぞれに名前を付記していく。教師の写真には『上野』、卒アルの生徒は『出羽』、同窓会の写真にそれぞれ『三川』『田島』『加賀』『河内(依頼人)』と書いて線を伸ばし、二人が写ったものには『周防』と『相模』。どうやら、朗らかそうなほうが相模で、気の強そうなほうが周防らしい。


 正直なところ、その二人と上野、丹波以外、あまり見分けがつかない。直接会った河内でさえ、似たりよったりの四人が並ぶと埋もれてしまうようだった――と、再び瀬津スマホが、今度は先程よりも長く鳴った。今度はどうやら電話のようだ。瀬津はすぐには応答せずに、スマホをテーブルに置いてスピーカーに切り替えた。


「やあ勤君。意外に早かったね」


 河内が事務所を出てすぐ、瀬津は堂島さんに連絡を入れた。未明の水死体が丹波明彦なのかを確かめるためだ。そのときの堂島さんの話ではまだ分かっていないとのことだったが、ならばと分かり次第教えてほしいと、ほとんど無理矢理約束を取り付けていた。


『まあ、お陰様でな』


 なんて言いながらも、その声にはどこか不貞腐れたような気配があった。


「ということは、やはり?」


『ああ。丹波明彦、二十五歳。地元の建築会社の社員だった。それ以上は今は分からん。まあ、分かったとして教えるかどうかは別だがな』


 それはそうだろう。というかこの情報を教えてくれただけでも充分といっていいのではないだろうか。いずれメディアで報道されるのだとしても。


「まあそのあたりは別にいいさ。助かったよ」


 そのまま通話を切ろうとスマホに手を伸ばす瀬津。おいおい、流石にそれはあまりにも素っ気ないのではないか。それほど重要な話でもないだろうが、これはこれで歴とした情報漏洩なのだから。


『待て待て』


 彼も気配を察したらしい。瀬津の指が画面に触れる直前、慌てたような声が届いた。


『結局お前、どこで情報見つけてきたんだ?』


 そういえば、最初に連絡を入れたときに河内の話は一切していなかった。というか、またいつものように一方的に要件だけ伝えてさっさと通話を切っていた。


『朝行ったときは何も言わなかったじゃねぇか』


 しかも、割と直前にやり取りを交わしているのだから、その疑問は当然といっていい。


「そこはほら、守秘義務ってやつさ」


『俺には話させておいてか?』


 しかも相手は警察。ことと次第によっては、正式に取り調べを受けることになりかねない。いくら守秘義務といっても、そんなものは捜査令状一つで無視されるのではないだろうか。


『……まあ、いいけどよ。どうせ依頼があったんだろ、丹波明彦に関する何かの』


「そんなところだね」


 正確には、今その関連性が証明されたというべきか。


「とにかくありがとう。手間が省けた」


『おう』


 今度こそ、瀬津の指は終話ボタンをタップした。


 これで改めて、河内が言っていた関係者全員の死が確認されたことになる。状況に進展があったわけではないが、不確定情報が一つ減ったのは事実だ。


「で、どうするんだ?」


 とはいえ、やはり方針を決めるには散らかりすぎている。どれから調べたらいいのか、俺にはさっぱりだ。


 広げられた資料に目を向ける。この街で死んだのは最初の周防みずはと現状最後の丹波明彦だけで、他は全員バラバラの場所のようだ。地理の知識には明るくないせいかそこに共通点は見出だせない。


 本当に、同じ高校出身で多少なりとも面識がある程度の共通点しかないのか――もうここからは、事務所にこもっていてはどうしようもなさそうだ。


「そうだね……ひとまずはここに行ってみることにしようか」


 そう瀬津が手に取ったのは、曰く一連の犯人である相模由布子が自殺したという場所が書かれたメモだった。


 その場所は県外にある小さな村で、相模、そして周防と河内の故郷でもあるらしい。そこの朽ち果てた神社で、相模は死んだという。確かに、始めるならそこからが一番いいだろう。


 考えている内に、瀬津は自室からデイパックを引っ張り出してきて、事務机の引き出しの中身をいくらか詰め込むと、必要な情報をスマホに打ち込んでいた。


「高速使って二時間ってところだね。ドライブデートと洒落込もうじゃないか」


「仕事だろ」


 そんな軽口を流しつつ、瀬津に続いて事務所を出た。

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