第一章 第五節 第二話・前

 屋敷に入って右手に合ったのは、書斎と倉庫だった。何が置かれいるかというと何もかもといった具合で、整頓もろくにされていなかった。


 エントランスに戻り、反対側へと。そちらにはリビングとキッチン、風呂場とトイレがあった。見た感じ特に奇妙な点はない、ただいずれの部屋も、屋敷の外観に似合う広大さだった。


 そして上階。こちらは左右どちらも同じ部屋が並んでいた。階段に近いほうからトイレ、寝室、また寝室、一番端もやはり寝室だった。どこもかしこも同じ構造で、果たしてこの中のどの部屋で瀬津湊が寝起きしているのかも分からなかった。


 というよりも、どの部屋にも使われた痕跡が一切なかった。倉庫のような埃はなかったが、シーツの僅かな乱れも、小さなテーブルと椅子の配置も、何から何まで丸ごとコピーしたかのような様相だった。そのことに薄ら寒さを覚えたが、それ以上のことはない。


「で、全部見たわけだが……」


「いませんでしたね、瀬津さん……」


 どの部屋にも、瀬津もその姉もいなかった。それ以前に、あの書庫と倉庫以外に誰かがいたような形跡すらなかった。


 リビングに置かれていた家具にしても、風呂場やトイレにしても、まるで展示場のように整えられていた。それを思えば異常なまでに整理された寝室も納得がいく。不気味さはともかく。


 よしんば瀬津がここに辿り着けていなかったとしても、瀬津湊のほうは間違いなくここにいたのだ。だというのに、今となってはそれすら幻だったのではと思えてしまう。


 ――違う。冷静になれ。瀬津湊は絶対にここにいたし、瀬津はこの屋敷に来ている。その証拠に、あいつの車はすぐそこにあるのだ。ここまで来て何もせずに引き返したとは到底思えない。


 何かを見逃している。堂島さんを見ると、腕を組み項垂れて物思いにふけっているようだった。恐らく、彼もつけ損なった目星を頭の中で探しているに違いない。藤堂は藤堂で、そんな俺達を交互に見、かと思うと――


「……倉庫」


 そう唐突に呟いた。


「倉庫がどうかしたか?」


「ちゃんと見てない場所って、倉庫だけかなって」


 言われてみれば、そこにあるものを一つ一つ見たわけではない。入った瞬間にそのあまりに雑然とした状況に辟易し、さっさと出てきてしまった。


 他の部屋にしてもちゃんと確かめたというわけではないが、確かに何かあるとすればそこだ。


「もう一度、見てみましょうか」


 自然と目線は倉庫のあるほうへ。言うやいなや進み始めた堂島さんのあとに続きその扉の前に立つ。


 堂島さんが開けた扉の先には、先程見たのと変わらない、一見片付けられていないガラクタの山。この中に、果たして何かあるのだろうか。そしてあったとして、見つけられるのだろうか。


 まずは落ち着いて部屋の様子をしっかりと観察する。違和感はないか、明らかな異常はないか。瀬津なら、何かあればひと目見ただけで見つけられるようなものでも、俺には相応の集中が必要だ。


 不意に、二人の声が耳に入ってくる。


「にしても、他の部屋よりだいぶ暗いな」


「倉庫だからですかね、埃っぽいし、なんだかジメジメしてます」


 暗くて、埃っぽくて、ジメジメしている――倉庫として使用しているのなら、そこまで不思議ではあるまい。だが……


 ああ、そうか。


「……窓がないんだ」


 角部屋なのに、ここには窓が一つも見当たらない。どの部屋もドアとは反対側に大きめの窓があったがそれもなく、当然あるであろう右側の壁にも、それらしいものはない。物に埋もれて見えないだけだろうかと思ったが、そういうわけではなかった。


 壁の様子を観察するが、あとから塞いだということでもなさそうだ。


 はじめから倉庫として使うつもりだったのか? せっかくの角部屋なのに? 勿体ないと考えてしまうのは俺だけか?


 何かまだ見落としている気がする。もっとしっかりと、だが視野は広く――


 窓は最初はあった。そう仮定しよう。だが、今目の前にある壁にはその痕跡がない。どうすれば、跡形もなく窓を取り除けるか。


 ……いや、そうじゃない。


「御影?」


 藤堂の声を背に、部屋の奥へと進む。壁際には、思いの外すぐに辿り着いた。


 一度、右側の壁に目を向ける。暗闇で距離感がおかしくなっていないとしたら、やはりそうだ。




 この部屋、間違いなく狭い。

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