第一章 第五節 第二話・後
思い切って目の前の壁に顔を通り抜けさせた瞬間、その疑念は確信へと変わった。すぐに顔を戻し、振り返ると、
「この奥に階段がある」
人一人がようやく通れるような狭い幅だが、そこには下に通じる階段があった。足を滑らせたらそのまま下まで落ちていきそうな急勾配は、その心配がない俺でも踏み出すのを躊躇わせる。幸いにも手すりはあるし、途中で右に折れているから実際にはその心配はないとは思うが。
藤堂の通訳を受けて、堂島さんが壁に手を添える。時折壁を叩きながら何やら探りを入れている様子だ。
「特に仕掛けがあるようには見えないが……」
言いながら、今度は体重をかけてあちこちを押している。左側から順に、少しずつ右に動きながら。やがて、中程まで進んだ頃。
スルリと音もなく、壁が戸となって道を開いた。
「……行くか」
ライトで足元を照らしながら慎重に下りる堂島さんのあとを、藤堂が手すりを握りしめながらおっかなびっくり続く。俺はというと、さっさと堂島さんを追い越して一足先に下りきった先――一枚板を雑に加工して取り付けただけのような扉の前についていた。
振り返ると、丁度二人も扉の存在に気づいたらしく、気圧されたかのように足を止めたところだった。
「先に見てくる」
一応そう伝えて、また扉から顔だけを向こう側に覗かせる。
石を適当に積んだだけのような壁と床面。天井だけは申し訳程度に板で補強しているようだが、ところどころにある隙間から押し固められた土が見えている。足元を改めて見れば、落ちた砂礫がそこら中に散らばっていた。
明かりはない。それどころか、明かりを灯せるようなものが何もないように見える。俺ですら一寸先が見渡せないほどの濃密な暗闇が、侵入者を拒絶しているようだ。
――少し、ざわついている。俺には跳ねるような心臓も総毛立つような身の毛もすでにないが、生前は確かにあったそれらがジリジリと騒ぎ立てているような感覚がある。あまり、よくない兆候だ。
何があるかは分からない。だが、確実に何かある。こんな中に藤堂を放り込んで大丈夫か? 顔を引っ込めながら思案し、振り返ると彼女と目が合った。
「どうだった?」
「嫌な感じがする」
そう答えると、藤堂の顔に渋面が浮かび、だがすぐさま別の顔が現れた。ほんの僅かな時間で、彼女はあまりにもあっさりと覚悟を決めてしまっていた。
「御影が何か感じたみたいです。注意していきましょう」
俺としては引き返すかここで待っていてもらいたいのだが、その相談すら許さないと言わんばかりに、藤堂は堂島さんの脇をすり抜けて扉に手をかけ――
いきなり、膝からがくんと崩れた。
「藤堂!」
「藤堂さん!?」
急激に血の気が引いて青ざめた顔。瞳孔は張り裂けそうなほどに開き、紫に変色した唇の間からは荒い息がゼェゼェと漏れ出ている。凍えるように震える全身からは汗が流れ落ち、自分を掻き抱くように回した腕、その末端たる指先は、二の腕の肉を破らんばかりに食い込んでいた。
「だ……大丈、夫……」
そんなわけがあるか。誰がどう見ても重篤だ。踏み込む前からこれでは、とても連れていけない。
なんとか藤堂をこの場から遠ざけなければ。それも一刻も早く。せめて堂島さんに声が届けば――
「藤堂さん、失礼します」
そう言うなり、堂島さんは有無を言わさず藤堂を軽々と抱き上げた。そのまま、苦もなさそうにあの角度がきつい階段を駆け上がっていく。
見た目に違わぬとんでもない膂力だ、などと感心している場合でもない。俺もそれに続き、一度扉を睨んでから上階に戻った。
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