第一章 第三節 第六話・後
「――私のせい、だよね」
目を伏せて不意にそう忸怩するように漏らした相模はやはり、何か事情を知っているようだった。
「アンタの自殺に関係してるんだな? 周防が呪ってる相手は」
何故自殺したのか、ここまで来ると嫌でも察しがつく。いや、河内から依頼を受けた時点で、その可能性は頭の何処かにあった。今の今まで表出してこなかったのは、河内に詳しい話を問わなかった瀬津の落ち度……いや、あえて聞かなかったということもあり得るか。
相模の自殺の原因が河内を含むこれまでの犠牲者にあるのなら、正直に話すとは限らないのだから。
「よくある話だよ。いじめられて、嫌になって、自分で自分を終わらせた。ただ、それだけ」
決して軽んじていい話ではないが、当の本人は他人事のように無味乾燥としていた。きっと彼女は、その選択自体に後悔はないのだろう。あるいは、長い歳月をかけて自分の感情に整理をつけてきたか。
だが。
「そう、思ってたのに」
それだけなら歯噛みし肩を落とさずに済んだ。相模にとって、今の状況は彼女が望んだものではなかった。
「それだけ、アンタのことが大事だったってことだろ。周防にとっても、お兄さんにとっても」
奇しくも、俺にも妹がいる。仲はいいわけではなかったが、取り立てて悪いということもなかった。ただ、家族として大切に思っていたのは確かだ。
そんな人間が、誰かのせいで自殺したとしたら、俺なら――いや、やめておこう。
……あいつは、俺が殺されたと知って、どう思ったんだろうか。ないだろうが、もし犯人を恨んで恨んで、抑えきれないほどの負の感情をたぎらせ、その果てに呪術なんてものにまで手を出しているとしたら。
「話は分かった」
相模と妹が重なったわけではない。そもそも、二人はまるで似ていない。ただ相模が抱いているであろうものは、俺にも共感し得るものだった。
「だけどいいのか? 周防を止めるってことは」
「河内さんを助けるってことだよね」
グループの中で河内がどういった役割を持っていたのかは分からないし、具体的に何をされたのかもまだ聞いていない。ただ、この神社で口にしていない名が出てきたことから、周防が河内を次のターゲットにしているのは間違いないだろう。つまり今、彼女もまた相模を自殺に追いやった一人であるということが確定した。
「いいの。みずはちゃんが苦しむほうがずっと嫌」
今にも泣き出しそうなのに、その眼差しは強く、真っ直ぐだった。
人を呪い殺すということは、自分の命を天秤にかけるに等しい。瀬津はそう言った。ならば周防が吐き出すのを堪えていたのは血反吐で、彼女は文字どおりその生命を削っていたのだろう。
それほどまでに、周防にとって相模は大切だった。そして相模も、周防のことをただの友人以上に想っている。彼女にしてみれば、自分を死に追いやった河内の死と周防の安寧は、そもそも比べるに値しないものなのだろう。
「そういうことなら」
まあ、どうせ依頼を果たすなら周防を止めるのが手っ取り早いわけだが。問題があるとすれば、これを正式な依頼として受け取るかどうかだが――その判断は瀬津に委ねるべきだ。
「俺は探偵じゃなくてただの助手だ。依頼の諾否は雇い主に聞くことになる。もし受けることになったら、多分何かの対価をもらうことになるが」
「私にできることなら、なんでもする」
幽霊相手に金銭は求められない。瀬津が何を要求するかは本人が決めることで、俺には想像すらつかないが……まあ、あまり無茶なことは言わないのではないだろうか。
「ここから動けないから、何ができるのかは分からないけど」
……何だって?
「地縛霊っていうんだよねこういうの。何度外に出ようとしても、駄目だった」
「じゃあ、これまでの被害者に会いに行ったりとか」
「してない、というか、できないよ」
なら、河内が言っていた、三川夏菜が見たという相模の霊は?
三川の見間違いだったのか? その可能性はあるが確かめるすべはない。
河内が嘘をついた? あり得なくはない。実際、その証言がなければ瀬津は依頼を受けなかっただろうから。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」
今は気にしても仕方がないか。ほんの僅か覚えた気持ち悪さを払うように、小さく息をついた。
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