第一章 第四節 第三話

「もしかして御影、苛ついてる?」


 詳細を話すわけにはいかず、さりとて沈黙も選べず。とりあえず色々あって手伝いから外されたことと、その原因は、俺が死霊だからということだけを伝えると、そんな問いかけが返ってきた。


「まあ、多少は」


 見て分かるほどに立腹しているのに、他でもない俺自身はその根本的理由に辿り着けない。それもまた余計に苛立ちを募らせる。


「瀬津さんが言葉足らずなのは私にも分かるけど」


 藤堂と瀬津の会話らしい会話は、俺が知る限りで二回。今日を含めても三回。たったそれだけの回数であってもそう認識されてしまうのは、どう考えても瀬津に問題がある。


 行間を読めとでもいうのか。だったら読ませるだけのものを用意してくれなければ――


「それって、御影のこと心配してるってことじゃない?」


 ――それは。


「そう思うか?」


「思うってか、それ以外ないかなって」


 それは、どうだろう。瀬津が俺のことをどう考えているかによる。


 便利な道具、のようには見られてはいない気はする。少なくとも物という扱いは受けてはいない。そう考えると藤堂の意見は正しく見える。


 だがどうだろうか。俺は瀬津の真意など知らない。あいつが何を考えて俺を迎え入れたのか、聞こうとすらしたことはない。


「だったら余計にちゃんと話せと思うけどな」


 話している内に、いくらか頭が冷えるのを感じた。肉体はないのにおかしな話ではあるが。


 冷静になれば、俺が腹を立てる理由などないはずだ。調査から外されたことについて何も思わないわけではないにしても、藤堂の言うとおり俺を心配してのことなら仕方がない。事情を全て言わなかったのだって、瀬津なりの考えがあったのだろう。


 ……と、理屈では分かっていても、感情の部分はどうしようもない。


「ねえ、御影」


 ふと呼びかけられてそちらを見ると、


「御影にとって、瀬津さんってどんな人?」


 いささか唐突な問いかけ。雑談のような気軽な声色で、しかし誤魔化しは許さないと言わんばかりの眼差しが突き刺さる。


 客観的な答えなら、奇人変人色々と言葉が浮かんでくる。だが、俺にとってとなると、その答えは四年前からもう決まっていた。


「恩人、だな」


 大半の霊がこの世に残した未練によって形をなしたものだとするならば、俺にはそんなものは思い当たらない。突然の死に理解が追いつかず、意識が置いてけぼりを食らったのが、俺だ。それも、半年もしない内に状況は把握できていたし、少しずつ自分が薄まっていくのを感じてもいた。


 あの日、瀬津に声をかけられなければ、今頃俺は文字通り消えていただろう。いや、死んだのだから潔く消えてよかったはずなのだが、それを「嫌だな」と思ってしまった。


 そんなときに、瀬津が現れた。消えかけの残り滓の俺を見て、あいつは笑いながらこう言った。




 せっかくだ、うちで働いてみないかい?




 死んだ人間に何を言っているんだと思ったが、結果として俺は消えることなく、こうしてここにいる。ここまで来たら、せめてできる限り役に立ちたい。いずれは消えるのだとしても。


 ――ああ、そうか。要するに俺は、


「だから、あいつの助けになりたい」


 蚊帳の外に置かれたことよりも、その事情を説明されないことよりも、そして、この依頼の結末が見られないことよりも、瀬津を手助けできないことが嫌なんだ。


「じゃあ、手伝うよ」


 その申し出は、まさしく渡りに船だった。俺一人でできることはあまりにも少なく、藤堂がいてくれるなら選択肢は一気に広がる。


 だが、だとしても。


「駄目だ」


 部外者、しかも霊障に遭いやすい藤堂をこれ以上巻き込むわけにはいかない。


「大体、瀬津に俺の監視を頼まれたんだろ? だったら止めるのが普通じゃないか」


 まあ、こちとら物理的障害が効かない死霊、そう安々と妨害されるつもりもないが。


「実質一回しか会ったことがない瀬津さんの頼みと御影のわがまま、どっち聞くかって、もうそれ選ぶ余地ないじゃない」


 そうだろうか。いや、親密度でいえば流石に瀬津よりは俺のほうが上とは思うが、それとこれとは……


「恩人を助けたいって、私も同じだもの」


 それは、もしかして俺のことを言っているのか。


「御影がいたからこうして無事に過ごせてる」


 朗らかに笑う藤堂にそれはただの偶然、と言いかけて、やめた。それは俺も同じだ。


 偶然、瀬津が俺を見つけてくれたから、今の俺がある。それを一方的に恩義に感じている俺に、藤堂のそれを拒否する権利はない。


「アンタが死んじゃって、もう恩返しできないと思ってたけど――そういう意味じゃ、私にとっても瀬津さんは恩人なのかな。だから、駄目だって言われても勝手に付き合うから」


 そんなふうに言われては、もう俺には止めるすべなどあるわけがなかった。

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