第一章 第四節 第八話

 堂島さんの車で高速に乗り件の洋館へ向かいながらこれまでのことを話し終えると、ハンドルを握る堂島さんの口から、


「全部殺人の可能性があるな」


 そんな言葉が飛び出た。


「どういうことですか?」


 俺の言葉を引き継いだ藤堂が問う。今彼女は、あくまで俺の通訳に徹していた。


 周防による呪殺の線は確かに消えた。あの日記の内容から察するに、周防は丑の刻参りの手順の何かを間違えた。そしておそらくそれは、結果に致命的な影響を与えるものだった。結果、これまで何一つ上手くできていなかった反動で河内を殺しに現れた。


 一年に一人、相模の命日に、十人のインディアンの歌になぞらえて殺すというルールすら無視して。


 だがだからといって、殺人の可能性が出てくるわけではないと思うのだが。周防が失敗したことで、依然としてそのルールは揺らいでいない。


「御影君が見た丹波という男だが、水草で両手と両足を縛られていた。ただ飛び込んだだけじゃそうはならんだろ」


 それは……だが、そうなると、どうやって丹波を飛び込ませたのかという問題がある。


「だからこっちじゃ、どうにかして丹波を飛び込ませて、それから縛ったんじゃないかと見てる」


 流石に警察でもその方法は見出だせていないらしい。あるいは、実はもう判明しているがそこまでは明かせないか。


「じゃあ、他の連中も」


「事故や自殺に見せかけた殺人……今のところ証拠は何もないが」


 そもそも俺達は、これまでの被害者についてまともに調べていない。初手でいきなり周防と遭遇して監禁された挙げ句、瀬津湊の関与が判明して諸々がめちゃくちゃになったのだ、調べる暇がなかったともいえる。


「そもそもだ」


 時刻はそろそろ一時を回ろうかというところ。心なしか、堂島さんがアクセルを強めた気がした。


「呪いだけで狙った死に方をさせるなんて、できるのか?」


 ……名前と死因を書けばそのとおりになるノートでもあれば話は別だが、どうなのだろうか。


 落ちて、眠って、首の骨を折って、くたばって、落っこちて、酔いつぶれて、水に落ちて――あ、しまった。


「なんで飛び降りたのか聞いておけばよかった……」


 瀬津のことにばかり気がいって、すっかり忘れていた。だが、後悔してももう後の祭りだ。


 堂島さんの話では、あのまま周防は逮捕されたらしい。となると、俺達が面会するのは難しいだろう。現状で唯一の例外で、かつ今日の今日まで首謀者と目されていた女。彼女からその辺りの話を聞かなかったのは、完全に不手際だ。瀬津が事情を聞いている可能性に賭けるしかない。


「とにかく今は、瀬津を探しましょう」


「そうだな」


 街の灯りは遠ざかり、他に走る車もない。周りから迫る暗闇は色濃く、今にも飲み込もうとしてくる。いくら夜目が効くといっても、限度がある。


 ヘッドライトだけが文字どおり一筋の光であり頼みの綱。押しつぶされそうな圧迫感を感じながら、ただ前を睨みつけた。

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