第15-2回「砦を狙う影」


 荒れ地にたたずむ、最前線のとりで

 ヘクト11に到着してすぐ、砦の隊長、ジョックから役目を伝えられ───。

今は、小さな待機所の中で、座りながら装備の再確認をしている。

すぐ側ではモーリーさんが座って、使っている剣をぎ直しており、その近くにも他の遊撃班の人達が居て、様々な事をしていた。



 ぼんやりと、虚空こくうを見つめている者。

 目の前に立っている人と、話しをする者。

 ジッと目を閉じて、休んでいる者。



あまり広くない部屋の中で、さまざまな人が、それぞれの事をして、その時をジッと待っていた。

自分も、彼らやモーリーさんの動きを確認しながら、見よう見真似でもう一度、脛当すねあてのひもの緩みを、め直してみる。



 右は終わり、次は左をやろうかな。



と視線を動かした時、1人の伝令が入り口に現れ、声をあらげた。


「すいません!敵襲てきしゅうです!」



 出撃の合図───。



あまりにも唐突な出来事で、つい背中から飛び上がりそうになる。

遊撃班の出番がやって来てすぐ、何の前触まえぶれも無く、それは突きつけられた。



 こんなにも早く、役目を与えられる事になるとは・・・・・・。

 最前線、しかも激戦地と聞いてはいたので、多少は覚悟していたが・・・・・・。



「どれくらいだ」

「え、ええと・・・・・・4、5体くらいかと」

「遠いのか」

「発見が早かったので、今はの地点くらい・・・・・・です、おそらく」


 情報を飲み込み処理する間も無く、目の前でどんどん話が進んでいく。

モーリーさんはそんな状況を物ともせず、うんうんとうなずきをはさみながら、声を返していた。

その背中からは、物怖ものおじするような気配が、まったく感じ取れ無い。


「2段目なら初動勝負だ。俺が行こう」


 ためらいも無くモーリーさんはそう言って、その場を立った。

脛当てはもう付け終わっており、前を見据みすえながら、堂々とした手つきで胴当ても付けている。

迷いの無い、彼の真っ直ぐなひとみに、思わず生唾なまつばを飲んでしまう。



 これが、経験の積み重ねから来る自信、というものなのか・・・・・・。



呆気あっけに取られて彼の立ち姿を見ているうちに、どんどん話が、目の前で進んでいく。


「なら、私も行こう。あと2人───」

「待て、俺も行くよ。あんたが行くって言うんだ、俺も行かなきゃみ合わねえ」


 モーリーさんの後に続くように、壁際に座っていた2人が立ち上がり、歩みを進めた。



 彼らの様子からして、日頃から2人は組んで、動いているのだろうか。



間を空けずに続いた動きから、ふと、そんな空気を感じ取る事が出来る。

2人が名乗りを上げて、ほんのわずかに、場に沈黙ちんもくが流れた。


「えっと・・・・・・どうされますか?これで、向かわれますか?」


 沈黙を嫌ったように、焦った様子で口を開く伝令兵。

モーリーさんも、2人も、えて言わない、といった様子で、ジッと周囲に返事を待っている。

周りの人達は、何も言わずに互いを、きょろきょろと見ているだけ。



 敵の偵察に対して、迎撃人数3では、心許こころもとないのは目に見えている。



だが、もう1人───という中で、声を上げる者は、誰も居ない。

誰か行けよ・・・・・・と言うように、周りを見渡すばかりであった。



 それなら、ここはもう・・・・・・。

 俺も、行くしかないよな・・・・・・。



腹をくくって、声を上げる。


「俺も、行きます」


 ひそひそと話していた空間に、再び流れる、沈黙。

その後にグッと、突き刺すような視線が、俺にだけ集中していく。

彼らの目に、ドキリと胸がはじけそうになるが───。

俺の申し出に、安堵あんどしたのか、すぐに視線も外れて、場に流れる空気も、緩んだ。


「えーと・・・・・・。どうしましょうか?」


 さらに迎撃役をつのろうとする伝令に対して、モーリーさんが口を開く。


「もうこれで充分だ。時間が無い、追加はまた後で決めたらいいさ」


 既に出撃の準備を済ませた彼は、そう言いながら俺と、2人に目を向ける。


「ああ、急ごう。少しでも奴らに、情報はあげたくないからな」


 彼らもこくりと頷いて、モーリーさんの出撃合図に同意した。


「では部隊長に報告してきます。お気をつけて」

「ああ。ほらアール、早くしろ」


 伝令兵が去っていく中、彼はそう返事をしてすぐ、流れるように目線をこちらに向けて、支度したくを済ませるようにうながしてきていた。

その声で慌てて、自分の姿に目を動かす。

まだ脛当てしか付けておらず、胴当ても中途ちゅうと半端はんぱな状態だった。


「す、すいません」

「歩きながらでいい、待っているぞ」


 先に行くぞ、と言うように、前に出て行く2人を追うように、動き出したモーリーさん。

俺も、ゆさゆさと引っ掛かったように腰に付けたベルトを揺らしながら、片手で胴当てを押さえて、その背中を追いかける。

待機所から外に向かってと、体が広間に出た時だった。

スッと、モーリーさんが側に寄ってくれて、ちゅうぶらりんになった胴当てに、手を差し伸べてくれる。


「頑張った分、後が楽になる。ここが踏ん張りどころだぞ」


 そう、声をかけてくれながら、手際よく締めて、紐をしばってくれるモーリーさん。

えっ、と声が出そうになった時。

俺の体はもう、いつでも出撃出来る状態に、なっていた。


「さ、行くぞ」


 ポンと、そう言いながら、俺の背中を押してくれる。

そしてそのまま、彼は先を行く2人を追うように、また足を動かした。


「ま、待ってください!」


 3人に置いていかれないように、慌てて俺も、その背中を追いかける。



 何の前触れも無く、突如とつじょ立ちはだかった、ヘクト11での初仕事。


 敵の偵察の、妨害───。

 見慣れていない場所で、これから起こる戦い───。


 気持ちの整理は、まだついていないが───。

 その時は、その場所は、刻々と目の前に、迫ってきている。



 それでも───。

 誰も行かないのなら、俺が行けばいい。


 頑張った分、後が楽になるんだから。



かけられた言葉と、鼓舞こぶを、もう一度頭の中でつぶやきながら、け足でその背中を追いかけた。

角を1つ曲がる度に、少しずつ気持ちが、落ち着いてくる。

砦を出て、3人の側に寄り添えた時には。

不思議な事に、どくどくとした心音も、荒れようとしていた息も、穏やかなものへと、変わっていた。


「B2はあそこだ、急ごう」


 2人のうちの片方が、少し離れた所に見えている、木々と岩の集まる場所を指差す。

2人は、ためらう事無く、そこを目指して地面をり上げた。


「行くぞ、アール」

「はい!」


 モーリーさんの呼びかけに、掛け声のような返事が、自然と込み上げてきた。

かちゃり、と腰に差した剣に手を当てながら、前に続いていく彼らの背中を追って、前を見据えながら、俺も地面を蹴り上げる。

くもっていた空は薄く、どこか優しげな雰囲気をまとわせながら、青い部分をのぞかせていた。




 -続-

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