第13-5回
空に目を向けてみると、そこはすっかり、黒と紫の色で満たされていた。
ホーホックの森に張っていた、敵の撃退に成功した俺達は、新しく
目線を再び周囲に戻してみると、あちこちから粥の甘い
ああ・・・・・・。
お腹、
さっきからくうくうと、音を立てている腹をさすりながら、火の光が届かない所や、周辺に目を凝らしていく。
今回の戦いは、大きな勝利となったらしく、残された敵の首級と、偵察で導き出した全体の数との差を計算して、この森に展開していた敵の、半分を倒した事になるらしい。
「この勝利を通して、ようやく攻勢への
少し前に、目の前でそう話していた、指揮官のオッドマンの声が、また、頭の中に響いてくる。
その言葉と、温かな白い煙で、思わず
それでも、敵が減ったからといって、油断してはいけない。
まだ落として間もない、防衛能力に
しっかりしろ、ここが一番大切なんだ。
そう、自分に言い聞かせながら、さすっていた手をギュッと
が、すぐにまた、その集中を
やはり、お腹の
「はあ・・・・・・。腹減ったなあ」
思わず、そう
「アール、代わろうか」
すぐ近くから
声のした方へ目を向けると、彼は少しだけ穏やかな面持ちを
その口からは、充分に腹を満たせた、と言うような白息が、もわり、と立ち
「あ、どうも。いいんですか?」
「おう、もう大丈夫だ。悪いな、残り物になって」
「い、いえ。自分なら大丈夫ですよ」
分配された雑穀を各班で分けて、夜食にありつく事になったのだが。
どうしても、見張り役が
ふと、視線を下に向けると、まだリリスも皆も、鍋を囲んで食事をしている。
「本当にいいんですか?」
「いいから。行って来なよ」
俺の心配をするより、自分の腹の心配をしろ。
そう言うような表情を浮かべて、彼は
それなら、お言葉に甘えさせてもらおう。
心の中でそう呟きながら、一礼を返して、皆が囲んでいる所に向かおうと、足を進めていく。
「なあ、ちょっとだけいいか」
突っ掛かりに足を掛けようとした時、不意に彼が、呼び止めてきた。
何か、大事な話だろうか。
下ろそうとした手を止めて、声のした方へ目を向けてみる。
「はい、なんでしょうか?」
「まあ・・・・・・。その、今日の事だがな・・・・・・」
そう言いながら、モーリーさんの
なんだろう、今日の事・・・・・・?
あっ、と頭によぎったのは、声を上げて真っ先に
そうだ。
攻める前に、突っ走るな、無理をするな、と口
ああ・・・・・・その事で、怒られるのかな・・・・・・。
険しい彼の表情に、
が、彼の口から出てきた言葉は、意外なものだった。
「アール。大した勇気だ、驚いたよ」
「・・・・・・えっ?」
その言葉と共に、ひそめていた彼の眉が、
想定もしていなかった声に、頭の中が真っ白になる。
「そりゃあ、周りも気にせず突っ込んでいったあれは、正直
「あ、そ、そうですね。すいません」
その後に来た言葉が、想定していたものだった事ので、ようやくそれで彼の発言を、受け止める事が出来た。
「その・・・・・・次からは気をつけます」
「ああ。でも、狙われていると思い、
その言葉で、その表情で。
先ほどかけられた、あの言葉がもう一度響きだし、頭の中で波紋のように、広がっていく。
大した勇気───驚いた?
視線を上げて、モーリーさんの顔を、あらためるように見つめ直してみる。
その表情は険しいが、いつものような厳しさに満ちたものでは無い。
どこか、恥ずかしさと、
これまで見た事も無いものだった。
まさか、俺の事を・・・・・・。
褒めてくれた、のか・・・・・・?
彼は、穏やかな表情のまま、言葉を続けてくる。
「よくやったな、アール。今日の成果は、お前のお陰だよ」
その言葉と共に、見えた笑顔は───。
昼下がりの日のように、あたたかいものだった。
ああ。
この人は、こんな表情も、持っていたんだ・・・・・・。
少し、怖かったけれど───。
あそこで頑張って、良かったな。
彼の笑顔に、思わず笑みが
ふつふつと
そんな気がしてきた。
「おーい、アール君。食べないの~?」
「残り貰っちまうぞー」
ハッと下から声がしたので、目を向けてみると、リリスとトミーさんが呼びかけていた。
「ほら、行きなよ」
「す、すいません。交代、ありがとうございます」
彼は、俺の返事にすぐ声を返す事なく、頷きだけを向けている。
1つ、2つと手を掛けて、手足を降ろしている時。
また、上から声をかけられた。
「アール」
「はい」
「俺は、ちゃんと見ているからな。くれぐれも、無理だけはするなよ」
頬を緩ませながら、そう話しかけてくるモーリーさん。
俺も、彼に笑みを返す。
「はい!」
「アールく~ん」
「はい、行きます!」
失礼します、と言うように、もう一度彼に頭を下げてから、3つ、4つと体を地面に降ろしていく。
満足げな表情を浮かべながら、彼も見張り台の向こうへ、姿を消していった。
彼の、心からの笑顔と言葉に、ほくほくと胸が熱くなる。
突っ掛かりに手を掛けて降ろす速さも、なんだか気分に乗って、良い感じだ。
「ほら、アール。お前の分だぞ」
「すいません。残してもらって」
側に寄って間もなく、ディアナさんから、粥に満ちたお
それを受け取ってから、彼らが囲む鍋の近くに寄って、俺も半座りをした。
「アール君、嬉しそうじゃん。上でなに話していたの?」
「えっ」
湯気立つお粥に口をつけようとした時、横に居るリリスに声をかけられた。
そ、そんなに嬉しそうな表情だったのか、俺。
彼女の言葉に何故か、恥ずかしい、という気持ちが込み上げてくる。
その声に答え返すのも忘れて、つい目線を
「分かった。今度、
「そんな
茶化すトミーさんを、ディアナさんがたしなめる。
2人の様子で、浮かんできた恥ずかしさを覆うように、あのぽかぽかとした気持ちが湧き上がってくる。
俺も、皆の笑顔を乗せて、軽く笑い返した。
「ほら、食べてよ。冷めちゃうよ」
「う、うん。いただきます」
リリスに
体に染み渡るそれは、モーリーさんの笑顔を思い出させるような、あたたかなものだった。
-続-
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