第14-1回「新たなる戦地へ」
ホーホックの森を、敵から
入れ替わるようにやって来た整備班や、防衛の役目を
今日の空は、どんよりと
向こうに見える山の方は、濃く集まった雲の
今にも、雨が降り出しそうだな・・・・・・。
そんな事を、胸の中でポツリと
オッドマン副部隊長やモーリーさんが、堂々とした足取りで、真っ直ぐに、砦だけを
ふと後ろを見てみると、トミーさんにリリス、それに自分達以外の班が続いて歩いていた。
リリスや、班の皆は大丈夫そうなのだが・・・・・・。
その周りに目を向けてみると、疲労ですっかり参ったような表情を浮かべている人や、
「し、死んだのかな・・・・・・」
「やめとけよ。あんまり見てやるな」
つい漏れ出てしまった言葉を、トミーさんに
「す、すいません」
あの動かない彼にも、仲の良かった人や、家族が居るんだ。
気安く、死んだ、なんて言うべきじゃなかった。
「大丈夫、そのうち慣れるさ。こればっかりは、どうしても
トミーさんは、そう呟いてから、再び前を見据え直した。
この光景に、慣れる・・・・・・。
そう、胸の中で呟きながら、後ろを振り返ってみると、エディさんもリリスも、
その後ろを歩いているディアナさんは───。
なんだか
俺も、よく考えたら・・・・・・。
無心とはいえ、敵を
彼らにも、身内や家族が、居たりするのかな・・・・・・。
その
自分のしてきた事は、正しかったのか。
という言葉が、頭の中に浮かんできた。
「開けてくれ!オッドマンの部隊だ!」
ハッと意識を戻し、声のした方へ顔を上げると、モーリーさん達は立ち止まって、砦と対面していた。
門番の合図で、鈍い音を立てながら、少しずつ開いていく大扉。
開かれたその向こうには、昨日と変わらない光景が広がっていた。
完全に開かれるのを待たずに、彼らは中へと足を進めていく。
俺も、ゆっくりと進む、人の波に乗って、流されるように中へと足を踏み入れた。
「おお。みんな、よくやってくれた」
俺達の到着を待ちかねていたように、そう話しながら、こちらに歩み寄ってくる砦の部隊長、エンブル。
その側に居た人の姿に、アッと口が、開きそうになる。
スタックス支部長が、そこに立っていたのだ。
「良かった。みんな、無事だったんだな。いやあ、良かった・・・・・・」
俺達が、ここまで帰って来られた事に、心から
あまりにも意外な出会いと、安らぎを
釣られるように、笑い返してしまった。
「どうした。何か、大事な話でもあるのか?」
彼の笑いを
「ああ・・・・・・。その、これからの仕事について、ちょっと」
「分かった。俺は
彼の問いかけに、少し表情が暗くなる支部長。
分かっている、また面倒な用件なんだろ・・・・・・。
とでも言うよな、表情を浮かべながら。
「それにしても、支部長が居るとは珍しいな。でも、どうしてここに居るんだ?」
うっすらと漂う、暗い雰囲気を振り払うように、声をかけるトミーさん。
「久しぶりの大仕事だからね、つい心配で、来てみたんだよ」
彼の問いかけに答えるスタックスさん。
トミーさんも、それに笑い返そうとするが、後ろから聞き
「それと。また何か、面倒な仕事の打ち合わせもあって……。そういう事なんだろ?」
ディアナさんが、彼にそう問いかけている。
彼女もまた、支部長の言いたい事を、理解している様子だった。
「・・・・・・まあね。なんでもお見通しだな、参ったよ。ははは・・・・・・」
そう言いながら、乾いた笑いを浮かべて、小さく頭を
疲れて帰って来たところに、こんな話を持って来て、申し訳ない。
とでも、言うように。
「で、支部長。その新しい仕事、っていうのは・・・・・・」
苦笑いの落ち着きを見
彼は、うん・・・・・・、と呟いてから、気まずそうに口を
「その・・・・・・。『ヘクト11の
ヘクト11───。
その言葉を聞いた瞬間、ディアナさんの
彼女ですら
そこは、それだけ恐ろしい場所、という事なんだろうか・・・・・・。
「えっと、その・・・・・・。どういう所なんですか?ヘクト11って所は」
聞いてみたい、という気持ちに押されて、つい口走ってしまう。
「・・・・・・そうだね。アール君には説明していなかったな」
「うん。せっかくだ、教えておかないとな。激戦地の事も」
激戦地───。
支部長の後に続いたディアナさんの言葉に、
彼らの口から、その砦について、現在の戦局について、教えてもらう事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大きな川を
そのヘクトを囲むように、10の
魔物の
今では『ヘクト10』の補助として建てられていた、小さな
ヘクト11を奪われると、最前線最後の防衛都市『アウターバン』の町は、
なんとしてでも、この砦だけは、守り抜かなければならない。
そういった事情もあり、ヘクト11では、毎日のように
その
「そこに、俺達が・・・・・・」
「ああ。ヘクト10を
俺の言葉に、支部長は返事をしながら、
「えっと・・・・・・。全員来てくれ・・・・・・って事なんですか?」
不安そうな表情で尋ねるエディさんに、彼は首を横に振った。
「いや、そうじゃない。2人、腕の立つ者を頼めないか、という話だよ。だから、まあ・・・・・・。行ける人は、限られてくるのだが」
険しい表情を浮かべながらも、そう答える支部長。
腕の立つ───と言われて、2人の顔が、頭の中に浮かんできた。
「支部長、いくらだ」
彼の真横で、モーリーさんが尋ねていた。
「うおっ・・・・・・!も、もう終わったんですか」
「ああ。それで、いくらだ」
間を
「この砦の仕事と、同じ日数。5日で金貨6枚、6ルーツって話だ」
「倍だな・・・・・・。じゃあ俺は引き受けた」
顔色一つ変えずに、激戦地での仕事を
彼の言葉には、何か
ふと、その
自分の為ではない。
自分の待ってくれている、その人の為に、
そんな、覚悟のようなものが、奥でギラリと、光っているような気がした。
「で、みんなはどうする。
その後に続いた、モーリーさんの言葉に、思わず頭の中が、
即決しておいてすぐ、今度は断るという言葉を、彼は自分から、口にしたのだ。
えっ、と言うような表情を浮かべて、スタックスさんも目を丸くしている。
「モ、モーリーさん?」
「要請、なんだろ?みんなが辞めておくというなら、断れるはずだ。向こうも、無理に頼んできた訳じゃないんだろ?」
彼の言葉に、ああ、と声を漏らしながら、スタックスさんは頷き返していた。
「うん。モーリーさんの言う通り、断ったら他に話が回るだけだな。まあ多分、
「で、どうする。今なら断れるが」
彼の問いかけに、皆
「俺は、うーーん・・・・・・。別の奴から、あそこの話聞いているからな。正直・・・・・・」
苦笑いを浮かべながら、トミーさんが
ディアナさんも珍しく、俯いたまま、
エディさんは気まずそうに俯いたまま。
リリスは───なぜか俺の方に目を向けていた。
アール君は、どうするの?
とでも、言うように。
彼女の視線で、ふと、ある疑問が浮かんでくる。
「えっと・・・・・・。もし断ったら、支部長はどうなるんですか?」
答えを先延ばしにするつもりじゃないが、その事が気になり、スタックスさんにそう、尋ねてみる。
「うん?あ、そうだね・・・・・・。将軍に嫌な顔されるだけだよ。気にしないで」
彼はそう言いながら、笑い返してくれた。
だが、その目は明らかに笑っていない。
参った事になるな・・・・・・。
と、今にも呟きそうな表情で、乾いた笑いを浮かべている。
険しい表情を浮かべたままのモーリーさんと、目線を
その様子を見つめながら、俺も胸の中で、もう一度考え直してみた。
皆の様子と話で───。
ヘクト11の役目が、とても厳しい事だというのが、痛いほど分かる。
取って取られて、
双方
激戦に
行かなくて
でも───その気持ちを持っているのは、自分達だけじゃない。
他の兵隊さんや、ダンフォード商会の人達も、同じように、持っているんだろう。
普段の仕事よりも、高い
つい、尻込みしてしまうほどに、それはツラいものなんだ。
誰もが、その役目を嫌がっているんだ。
断っても、スタックスさんが
矢面に立たされて、ツラい状況を突きつけられる。
受けてしまえば・・・・・・。
モーリーさんは、やると言ってくれているんだ。
あと1人───。
受ければ、スタックスさんの気持ちが───。
お世話になったお礼を、少しでも返せるかもしれない。
それなら、やってみよう。
自分に今ある力で、それが出来るかどうかは分からないけれど───。
少しずつ場数も踏んで、出来る事が増えてきたんだ。
少しでも、やれる事があればやってみたい。
「俺、やりますよ。俺でいいなら、行きます」
思いを込めて、スタックスさんに、モーリーさんに、皆に、返事をした。
「・・・・・・本当に、いいのか?」
重い口を開いて、モーリーさんが尋ねてきている。
俺は真っ直ぐに、その目を見つめながら、頷き返してみせた。
「アール君、本当に行くの?」
「おい・・・・・・。別に無理しなくていいぞ?断っても、おめえが怒られる
リリスも、トミーさんも不安そうな表情で声をかけてくれている。
「うん・・・・・・。私も、アール君を向かわせる事は、正直不安だね。まだ入って間もないんだし、何かしてあげたいという気持ちは、充分理解しているつもりなのだが。その・・・・・・」
2人の言葉に頷くように、スタックス支部長も言葉をかけてくれている。
そうだ───まだ入って、ひと月も経っていないんだ。
心配されるのも当然だ。
「アール、無理して行くつもりなのか?それとも・・・・・・」
行きたいから、行くのか?
と言うように、尋ねるディアナさん。
彼女の目を見つめ返してから、いいえ、と首を横に振る。
「俺、少しでも、何かしてみたいんです。お世話になった分、力になりたいんです」
彼女は、何も言わずに、俺の言葉に頷き返してくれた。
その気持ち、確かに受け取った、と言うように。
「もしも、アールが来てくれるのなら、その腕前は俺が保証するよ。支部長の思っているより、彼は出来るし
俺の決意に背中を押すように、モーリーさんは、支部長に言葉を
少しだけ、目を閉じてから、ゆっくりと口を開く。
「・・・・・・分かった。じゃあ2人とも、頼んだよ」
「ああ」
モーリーさんの頷きに続くように、俺も頷き返す。
「アール君、絶対に無理をしたらいけないからね。必ず、生きて帰ってくるんだよ」
「大丈夫です、ありがとうございます」
念を押すように、声をかけてくるスタックス支部長。
俺も、彼の言葉に笑顔を返す。
彼は、何も言わずに、不安げな表情をまとわせながらも、笑みを返してくれた。
「おーい。支部長、そろそろ食事にしようよ」
ふと、聞き馴染みのある声がしてきたので、目を向けるてみると、
彼の側では、副料理長のホーラーさんが、にこにこと笑っている。
「支部長、あれっていったい・・・・・・」
不思議そうに尋ねるトミーさん。
その言葉に彼は。
やっと、言いたい事が言えた。
と言わんばかりの笑顔を浮かべて、答えてくれた。
「いや、聞いたよ!一番
そう言ってから、向けられる視線の先。
釣られるように俺も目を向けてみると、机の上に並べられていたのは、いつもの雑穀粥が待つ、光景では無かった。
皿に盛られたソーセージの山に、籠に詰め込まれたパン。
ほかほかと、甘い湯気を立たせている鍋が、そこに並べられていたのだ。
「いいんですか!」
「ああ、よく頑張ってくれたからな!存分に食べてくれ!」
エディさんも、頬を緩ませて、向こうで待っているご
「よーし、なら行こうぜ!俺もう腹減って仕方ねえよ!」
居ても立っても居られない、と言うように、机に向かって駆けていくトミーさん。
彼を追うように、皆もスタスタと、その後ろに続いていく。
一瞬で明るくなった、場の空気。
ここまでの頑張りを、労うように。
激地へ
待っているご馳走と、それに喜ぶ皆の雰囲気に、思わず頬が、緩みそうになった。
・・・・・・俺も、頑張ろう!
そう思い、彼らの向かった、その場へ足を運ぼうとした───。
その時。
後ろからの視線に、ハッと気づく。
リリスが俯いたまま、動こうとせずに。
ジッと、そこに立っていたのだ。
「リッちゃん?どうしたの?」
彼女は、とても暗い表情を浮かべたまま、下を向いている。
ふと感触がしたので目を向けてみると。
その
「無理だけは、絶対にしないでね・・・・・・」
「えっ」
思わず尋ね返した言葉に、ハッと我に返った彼女は、その握っていた手を
ただならぬ、暗い雰囲気。
何か怖い光景でも、頭の中に浮かんだのだろうか。
彼女は、いつになく不安げな
「ご、ごめん。つい、変な事考えちゃって」
「変な事、と、いうと・・・・・・?」
ポツリと呟いた彼女の、その言葉が、雰囲気が気になったあまり───。
思わず、そう尋ね返してしまう。
彼女は
「なんだか・・・・・・。今日でもう、アール君と、会えなくなるかもって。そう思ったら、つい・・・・・・」
ま、まさか。
と、出そうになった言葉を、慌てて
そうだ。
次に自分が向かう場所は、誰もが尻込む激戦地なんだ。
彼女の心配は、もっともだ・・・・・・。
これまでの感覚で行ったら、この首を、落とされるかもしれない。
その心配を、ここで、
「分かった。ちゃんと生きて帰ってくるから。無理なんかしないよ」
その暗い表情を、少しでも
大丈夫だよ、と思いを込めて、笑みをかける。
「・・・・・・絶対、無理しないでね」
そう言ったリリスの頬が、少しだけ緩んだ。
安らぎを取り戻した、その面持ちに、俺もついホッと胸を
「2人ともどうした?」
突然かけられた声の方に目を向けてみると、モーリーさんが立っていた。
その後ろでは、早く食べようと言うような視線を、席についた皆が、こちらに向けてきている。
「ご、ごめんなさい。行こっか」
モーリーさんに返事をしたリリスは、そう言って俺に目を向けている。
分かった、行こう。
と、俺も頷き返して、皆が囲んでいる食卓へと足を向け直した。
いつもと違う、砦に作られた
すぐそこまで近づいている、真っ暗なこれからを照らすように。
明るく、俺達を、
-続-
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